そして吠える。
「『ルベン!!ここ!!エルフ達に捕まってる!!!』」
ルベンと同じ狐族の言葉で全力で助けを呼ぶ。
結果として自分の口から遠吠えが放たれた感覚に喉が少し痛くなったけど、今はそんなこと言ってられない。むしろこの発声の仕方のお陰で普通よりも遠くまで声が届けられた気もする。
いきなり遠吠えした私に、流石にエルフ達もぎょっとした顔で振り返った。
「なんだ今の?!気持ちわりぃ!」
「トチ狂ったか?!」
特に私とルベンが一緒なのを間近にして覚えているだろう性悪エルフは一拍おいてから気付いたらしく、ぎょろりと目玉が零れそうなほど大きく開いて私を睨んだ。でももう遅い。
窓の向こうからはガウガウと響きで「今行く!!」とさっきと違う確信めいた発声が聞こえてきた。今行くと、言ってくれた。もう間違いなく居場所もわかってくれた。
流石はルベンだ。後を付けてきてくれたのかそれとも匂いで追ってくれたのかわからないけど、本当にルベンがいてくれて良かったと早くも目が潤みそうになる。
性悪エルフが立ち上がり際に椅子を蹴り倒す。恐ろしく尖らせた目で「こいつの口を塞げ!!」と周囲に命令し出した。大股で早足に寄ってくるエルフににじり下がるしかない手足じゃ逃げられるわけもない。
「『ルベン!!!こいつら私を城に売るって!!助けて!!』」
「ッ早く塞げ!!こいつ遠吠えで仲間呼んでやがる!!!」
もう一度遠吠えでルベンへ助けを求める私の口に、性悪エルフが声を荒げながら布を待てず手を突っ込んできた。
指の先から真っ直ぐねじ込んでくるエルフの手に、一瞬おえっと吐き気が物理的に込み上げた。
もう城に連れてかれることも伝えたからこっちの勝ちだと思いながら、エルフ独特の細い指へ歯を立てる。がぶっ!と奥歯まで力を込めればきちんと歯は立てられたけど「いてぇな!!」と怒鳴られるだけで、それ以上痛がる反応がない。細い指では信じられないくらい、彼らの身体が硬い。
今更だけどこの世界じゃ人間は絶対弱い方なんだと思い知る。噛みちぎっても良いくらいに顎に力を入れたのに、手を抜くどころか逆に反対の手で頬を叩かれた。
バチンッ、と。平手でも信じられない威力で私の方が噛み付く力も抜けて頭が眩む。途端にまたぐいぐいと指を奥歯までしっかり突っ込んでくるから、吐きたいのと痛さで泣きたいのが混ざって一瞬わけわからなくなる。
堪らず吐くまでいかなくてもゴフゴフと噎せたのに口から手を抜いてくれるそびるもない。
「早く布噛ませろ汚ねぇ!!さっさとここ出るぞ!!枷は途中で買う!!」
「おい。たかが子狐だろ?そんな慌てるなって」
「ッ狐だけじゃねぇよボケ!!忘れたのか?!あの狐と一緒にいる大男が」
バキバキ、ドスドスドスドスッッ
突然、まるで地震でも起きたかのように全部が揺れた。
私の目眩じゃない。途端に騒いでいたエルフ達が「なんだ?!」と声を上げてはフラフラと壁や窓枠を掴み出す。同時に廊下の向こうからさっきまでの騒ぎ声とは違う叫び声が混じってきた。
この部屋、建物ごと壊しそうな壁や床の悲鳴まで届いてくる。
ドスドスと明らかに重量を持った足音が近付いてくる中、この凄まじい足音も私はよく知っていると思う。
ちょうど私に手下が布を噛まそうと構えていたところで、性悪エルフが手を抜いた時だった。布を噛ませるより前に振動でバランスを崩した手下が、布を掴んだまま床に転がった。
手足が縛られた私も絶えきれるわけがなく、同じ方向に転がり頭を打つ。ゴン、とたんこぶができそうな振動が頭に伝わったけど今はそんなことどうでも良い。げほげほと口の中の異物感を咳と一緒に打ち消しながら、開きっぱなしにされたままの扉を見る。
エルフ達も青白い形相で廊下の先を睨む中、私の位置からは扉だけでその先までは見えない。それでも今は窓よりも、扉の方に間違いなく来ているのだと確信する。一人か二人かはわからない。けど絶対こっちの方が音が近い。
武器を出せ、撃て、殺せ、と振動と物音に紛れて聞こえる中で、足音はまったくぶれず順調に近付いてくる。
地響きのように聞こえたけど、もしかしたらここが結構高い位置にある部屋だったのかなと思う。だとしたら階段を上っている音だ。
出入り口はそこだけだったのか、あまりに順調に近付いてくる音にもう逃げ場がないかのようにエルフ達が壁へと下がる中、また「ソー!!」と呼ぶ声が聞こえてきた。口を塞がれ損ねた今のうちにと、私はもう一度息を吸い上げ喉を張る。
「『サウロ!!ここ!!』」
ザシュンッ。
オーク語を放った瞬間に鋭い音が〝頭上から〟伝わった。
あまりに凶悪な音に顔ごと向けられず目だけを天井に向ければ、だんだんと天井がずれ出した。違和感から切れ目がうまれ、次第に外の景色が窓以外からも見えるようになる。
狭い一人部屋から、天井が斜めに崩れ滑り落ちていった。
眼光をルビーのように光らせるサウロがルベンと一緒に突入してくるのは、それから三秒も経たずのことだった。




