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6.転移者は解説される。


「〝万族翻訳〟……ですか⁇」


サンドラさんに案内されたスキル鑑定。

町の役場内に置かれた一角に、それはあった。本格的な仕事紹介もここで行っているらしく、就活生だった私にはもの凄く既視感がある施設だった。

スキル鑑定は他にも色々な施設に取り入れられているらしいけれど、サンドラさんの家から一番近くがここだった。役場内でのスキル鑑定は仕事を探す人に自分のスキルを確認させる為や、そのままスキルに応じた仕事紹介の為に置かれているらしい。


サンドラさんと役場に駆け込んだ時には、運良くスキル鑑定のお姉さんが暇をしていたのですぐに鑑定してもらうことができた。

この鑑定をするのもそもそもは〝鑑定〟のスキルを持った人だけらしい。促されるままにスキル鑑定の一角の椅子に掛けた私は、小さなカウンターを挟んでお姉さんに凝視された。

首を捻ったお姉さんが最初に判定した言葉が、それだった。

私に判定を出した後もお姉さんは難しい顔をして、カウンター横に並べられた分厚い辞書なようなものをバラバラと捲り続けた。


「はい。新種のスキルと思われます。少なくとも過去の記録にもそういったスキルはありませんし……先ずその〝翻訳〟というものがわかりませんが」

「翻訳が……わからない?」

難しい顔でまた別の辞書を開くお姉さんに私は聞き返す。

翻訳は翻訳だろうに、どうしてそれがわからないのか。私も意味がわからず首を捻ってお姉さんの言葉を待つ。

途中で調べるのを諦めたように、お姉さんは開いた辞書をそのままにもう一度私を凝視した。顔の丸眼鏡をくいっと動かしながらまるで見えない文字を読み上げるように口を動かす。


「〝万族翻訳〟……〝翻訳〟スキルの最高ランクです。全ての種族の言語を全ての言語に変換可能。聞き取りから発音、文字の読解と記述、眷属同士の言語統一も可能です。今は自動で同種族である人間族の言語をベースにしていますが、ソー様が望めばどの言語でも理解可能です」

なんか、スラスラとややこしいことを言われた。しかも最高スキルと言っても私しかそのスキルがないのなら最高と言われてもピンと来ない。取り敢えずはどんな種族相手でも翻訳できるようになったということで良いのだろうか。


「すごいじゃん!」

そう思っていると隣に立っていたサンドラさんが私の背を叩いた。手加減はしてくれたのだろうけれど、割と強くて思わず噎せ混む。

「やっぱり爺様と一緒の最高ランクだし」と嬉しそうに自分の両腰へ手を当てていた。


サンドラさんの話によると、私の前の転移者であるお爺さんはこの世界では料理人だったらしい。

前の世界では料理は得意ですくらいの腕前だったけれど、こっちに来た途端に自分の作りたい料理が調味料からフルコースまで何でも作れる〝料理〟スキルの最高ランクだったとか。

最初はそれも気づかなくて卵かけご飯とか炒飯とかハンバーグとかその辺らしきものから少しずつ異世界料理に挑戦していたらしい。自分のスキルを自覚してからはもっと凄い料理を振る舞って町のレストラン経営から町内で専門料理の支店まで出したと。……そしてその第一号があの卵かけご飯店。

まぁあれなら材料あれば誰でも作れるし美味しいし、気持ちはわからないでもない。そのチョイスから考えても本当にスキル獲得までは料理が大得意っていうわけじゃなかったんだなと思う。

何でも作れるようになるならせめて焼き鳥とか丼ものにしたら良かったのにとか言いたいけど、亡くなった人をこれ以上ダメ出しするのも悪い。

転移者は前世界の能力値で最も優れた能力がスキルに変換され、最高ランクになるらしい。


よって、私が最も優れた能力としてスキルに与えられたのは翻訳能力。……まぁ、当然といえば当然だろう。むしろそれ以外に大した取り柄なんて私に無い。

そしてこれは私にとっても嬉しい驚きだった。折角人生かけて十カ国語も習得したのに、いきなり異世界に飛ばされて今までの苦労が水の泡なんて、ついさっきまで考えないようにすらしていた。

真面目に考えたらそれこそ飛び降りたくなるくらいの重大事項だ。

でも、今まで覚えた分がちゃんとこっちの言語に適応されているなら無意味にはならない!〝種族〟っていうのが少し気になるけれど、とにかくこの世界の住人全員の言葉や文字がわかるなら生きていくだけでも凄い優位だ。


前のお爺さんは過去の転移者も、きっと最初は言葉が分からない状態からのスタートだったのだろう。でも私は最初からこうして意思疎通ができる!やっぱり翻訳最高‼︎

しかも自動翻訳で聞こえるんじゃなくて、ちゃんと異世界の言葉で耳に通った上で頭で理解できるのがありがたい。ちゃんと自分で翻訳できているんだって実感も湧く。

心の中でガッツポーズをしながら花を咲かせる私に、お姉さんは「本当にすごいスキルですね~」と関心するように言ってくれた。サンドラさんにも褒められたし、少し鼻高々な気分でいると



「転移者の方なのに人語ならまだしも、獣人族の言葉までわかるなんて。私達には聞き取ることすらできませんから」



へ??

お姉さんの最後の言葉に私は思わずそのまま聞き返す。

聞き取ることもできない?どういうこと??少なくともモフモフの言葉は英語に近い耳触りの言語に聞こえた。単純に聞き取りにくいという意味だろうか。

だけど、よく考えれば確かにおかしい。訛りが入っていたようにも聞こえなかったし、普通なら誰か一人くらいスキルでなくても〝翻訳〟の概念がある人がいても良いんじゃない?

転移者の人だって知らない言語から身振り手振りで同じ人間と意思疎通や言語習得を計ったのだろうし、モフモフだって少なくとも意思疎通はできるくらいの思考力がちゃんとあった。それこそモフモフが人間族の言葉で「金」の一言くらい言えてもおかしくないと思う。なのにどちらも全く異種族の単語を出さなかった。


私の疑問を察したかのようにお姉さんは自分の耳をちょんちょんっと指した。

私と同じ人の耳。だけどずっと白くて小さな綺麗な耳だった。ピアスとかイヤリングとかしても映えそうだ。


「ソーさんは、動物や虫の声も聞き取れますか?」

私はこの世界に来てからのことを少し思い返してから、首を横に振った。

ここに来るまでに虫の鳴き声を聞いたり犬や猫の吠え声や鳴き声は聞いたけど、どれも前の世界と同じだった。

私の返答に「そうですよね」と笑うお姉さんは改めて目を凝らすように私を見た。多分、正確には私ではなくて目に映し出されているスキルを確認しているのだろう。

どうやら〝全種族〟に動物や虫は入らないらしい。私としてもその方が良い。昆虫採集のターゲットにされた虫の声や家畜とかの話す言葉なんてわかったら耐えられない。


「ソーさんが動物や虫の言葉が解読不可能なように、本来であれば異種族の言語は全く聞き取れません。産まれ持っての耳の造りが違いますから。異種族では犬がワンワン猫がニャーニャー言っているように、同じ音の繰り返しにしか聞こえないんです。」


『動物の言葉なんざわかるわけねぇだろ?!』

お姉さんの言葉に、サンドラさんに蹴飛ばされた男の言葉を思い出す。

アイツの言っていたことはつまりそういうことか。……つまりモフモフが言葉が通じないとわかった上で、陥れて財布を盗もうとしたということになるけど。どんだけクズなの。


「『これもワンワンやニャーニャーに聞こえますか?』」

試しにさっきのモフモフの言語で話してみたら、物凄くお姉さんとサンドラさんにビクッと肩を上下された。

気を取り直すように笑顔になってくれたお姉さんが、少し引くように背中を反らしたのがわかった。ちょっとヘコむ。


「す……すごいですねー。……今のは獣人族の言葉ですか?」

口端をヒクヒクさせながら返してくれたから、多分「ワン」か「にゃー」の判断くらいはつくんだろう。

いきなり私が動物の言葉喋ったようなものだからドン引かれるのも仕方ないかもしれないけれど。


「って……あれ?あの、じゃあ誰もいないんですか⁈異種族の言葉わかる人!異種族同士で意思疎通とかどうなって……」

「基本的には絵や身振り手振りですね。まぁ、この国は異種族間の関わりや交流が特別多いですけれど、普通の国は基本的に同種族同士でしか文化形成をしませんし、なのでそこまで不便でもありません。」

「絵、っていうことは文字は?聞き取れなくても筆記なら……」

思わずグイグイ前のめりに質問してしまう私にお姉さんは落ち着いて答えてくれる。

言葉が聞き取れないのはわかったけれど、文字だって優秀な意思疎通方法だ。絵なんて原始的方法を使わなくても、文字を使えばもっと具体的に情報交流できる。

そう思って若干声がひっくり返りながら問う私に、お姉さんはガサガサと机の中の資料を探ってくれた。


「確かに種族ごとに文字程度はありますし、文化も発展しています。けれど、元々が何の意味かわからないので共有出来ているのは数字くらいですね。」

そう言いながらバラバラを出してくれたのは、犯罪者らしき人の手配書だった。

明らかに悪そうな顔のドアップの似顔絵が書かれていて「生死問わず賞金一千万」という文字とその人のやった罪状が色々と書かれていた。人の顔に見えるけれど種族に〝爬虫類人族〟って書いてあるし、人間ではないらしい。

そして全く同じ人物の手配書がさらに十枚近く並べられた。よく見るとどれも違う言語の文字だ。数字と似顔絵だけは一緒だけど、それ以外は所々違う。


「国内で回されている各種族向けの手配書です。この町は人の集落なので、人間族の文字の手配書以外は捨てちゃうんですけれどね」

読めますか?とそのまま聞かれ、私は順番に並べられたものを一枚一枚確認してみる。……なんか、内容が物によって微妙に違う。

いや微妙どころじゃないかもしれない。一番右端は「生きているのみに限り」だし次は罪状が「大量殺戮と放火、強盗」と書いてあるのにもう一枚は「大量殺戮」しか書いてない。何より、どの手配書も手配犯の呼び名が違う。

多分蛇族のだろう手配書には「アバス・パタック」って書いてあるのに、他の手配書には名前が聞き取れないからか「殺戮ヘビ」とか「赤目の爬虫類」とか「燃える赤蛇」とか「強姦ヘビ男」とバラバラだ。悪口みたいなのが入っているのも凄いけれど、罪状まで違うのは問題じゃないの?

どの手配書が一番正しいのか、やっぱり名前載っている蛇族のかなと思ったけれど、この蛇男がどこで犯罪をしたかにもよるよなぁと思う。

指名手配っていうことは色々なところに逃げ回っているんだろうし。……この国、情報統制大丈夫なの?


「ねぇソー、貴方これ全部読めるの?」

嘘でしょ?と言わんばかりにサンドラさんが私に尋ねる。

でも読めるものは仕方がない。隣から手配書を覗き込んでは目を滑らせているサンドラさんに一言答えてから、私は改めて一枚ずつ手配書の文字をみる。

どれも文字だけ見たら変な形の羅列だし、象形文字みたいに絵がベースでもない。ロシア語と日本語とヒンドゥー語みたいに、もうそれそれが関連性もなければ独自の文化で出来上がった文字だ。日本語と中国語くらいの関連性あれば理解できたかもしれないけれど、これじゃ無理だ。

ここまで来てやっとこの世界に〝翻訳〟の概念がないことを理解する。


「よっし職業決定おめでと!明日にでも早速貿易船の交渉付き合ってよ!天職だよ天職!」


がっし!とサンドラさんが背後から私の肩に手を回してくる。

交渉⁇と突然投げられた言葉に目を白黒させると、お姉さんからも「それは良いですね」と両手を重ねて応戦された。

交渉って?と尋ねてみるとサンドラさんは「明日来ればわかるって」と歯を見せて笑った。なんか色々不安だけど、取り敢えず仕事が見つかりそうなら良かった。


「よ……宜しくお願いします」

吃りながらも、頷いた。その途端、ガッツポーズをするサンドラさんは「就職祝いね」と言って靴屋と洋服屋へ引っ張ってくれた。

お姉さんが椅子に座ったまま手を振って見送ってくれるけど、サンドラさんの強制力すごい。もうこっちの方がスキルなんじゃないのと思ってしまう。


そのまま私はあれよあれよという間にサンドラさんに連れられて、あっという間に異世界ファッション一式を整えて貰えた。

短パンのジーンズはサンドラさんとお揃いだけど、上は民族衣装のような可愛らしいチュニックだ。靴も靴擦れしないように丈夫で歩きやすい靴を見繕ってもらって、やっとスーツとパンプスから解放された。……うん、ここまでのことをやってくれた人の依頼はやっぱり断れない。


サンドラさんに何度も御礼を言って、帰りに無事卵かけご飯を屋台で頂いた私達は再びサンドラさんの家に帰った。

町長さん夫婦や同居しているお婆さんにも挨拶をして、使っていない角部屋を無事借りることになった。


異世界転移一日目。取り敢えず衣食住を確保されただけ幸運なスタートかもしれないと自分に言い聞かせながら、ベッドで眠った。

横になった途端、泥のように眠った私は、まだ自分のことをきちんと考える余裕もなかった。


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