そしてセット買いする。
「二人ともどうかな?結構変わった?」
早速、今一番身近な男性陣二人に尋ねてみる。
個人的には憧れのサンドラさんメイクで凄い好きだけど、一緒に並ぶ二人にドン引かれたら流石に気分も良くない。もともと異種族って人間の顔の見分けが付きにくいらしいし、美的感覚も一緒か自信ない。少なくともエルフには好評メイクなのだろうけど。
くるっ、顔ごと向けて尋ねて見ると二人とも目を見開いて私を見ていた。
「…………本当に、ソーか?匂いは一緒だが……」
サウロが正面から顔を向ける私にルビーの瞳を揺らしながら訪ねて来た。
化粧した側からすればなかなか理想的なリアクションだけれど、そこまでびっくりされると私も半笑いに引き攣ってしまう。本物だよーと証明するように手を軽く振ってみれば、パチパチと眩しいのかと思うほど瞬きを繰り返した。
驚いてくれているのはわかるけど、俄かに開いた口はそれ以上の感想を言ってくれない。お願いだから正直に良いか悪いかも言って欲しい。
次にルベンの反応はどうだろうと目を合わせれば、私が尋ねるよりも先にルベンから元気の良い声が放たれた。
「すっげーーー!!!!それすっげぇ良いな!!ソー!それ買えよ!!」
まさかの大絶賛。
両手で拳を握って大声で大絶賛してくれるルベンに思わず肩に力が入ってしまう。ルベンがこんなに褒めてくれるとは思わなかった。
つい嬉しくなり、髪を耳に軽く掻き上げながら「そ、そう……?」とまんざらでもない気持ちだだ洩れで返してしまう。ルベンの目のキラッキラが眩しい。そんなこと言われたら本当に化粧を買いたくなってしま……
「その目のヤツ!!サウロみてぇでかっけーー!!ルベンも一個欲しい!」
…………あ、れ~~~?
そっちかぁぁぁと、ルベンの大絶賛に思わず顔が笑顔のまま固まってしまう。良かった、自意識過剰なことを口走る前で。
どうやら私の化粧姿が素敵という意味ではなく、ルベンはこのアイシャドウが気に入ったらしい。しかも、私というよりもサウロっぽいという理由で。
ルベンの叫びにサウロが「私……?」と不思議そうに声を漏らした。
私の顔をまじまじと見て、ちょっと納得いかないのか細い眉を寄せている。私もサウロに釣られるように鏡を見れば確かにアイシャドウだけでも、彼の目の色と似た印象になったなと思う。といっても正確にはサウロはルビーみたいな真っ赤な色で、私はちょっと紫がかった赤紫だから違うけど。
でもお姉さんが見せてくれたアイシャドウを思い出すと確かに、サウロの目の色に似た色もあったなと思う。
男の人でも化粧するのも私は有りだと思う派だけど……この世界はどうだろう。少なくとも、さっきの口悪エルフは化粧気があった。まぁどっちにしても口紅と比べたら目元程度は許容範囲かなと思う。
「『すみません、彼もアイシャドウをしてみたいと言っているのですが、どうでしょうか?』」
店員のお姉さんに尋ねてみた途端、ルベンの耳がピクッと上がる。
するとお姉さんは「彼?」とどっちのことを示しているかわからないようにサウロとルベンを見比べた。私が手でルベンを示すと、ちょっと驚いたように目が丸くなったけれどそのまままじまじと見て「……良いかもしれない」と小さく呟いた。
化粧万全にされた顔の目がキラリと光っている。……なんだろう、確実に私よりもやる気満々といった様子の表情だ。
「男性の方でもアイメイク程度でしたら素敵だと思いますよ。アイシャドウでしたらご希望はありますか?」
「『隣に座る彼の目と近い色でお願いします』」
赤、といってもグラデーションだと色々あるし、ここはお姉さんのセンスに任せよう。
私の言葉にルベンがキラッと目を輝かせる中、サウロは未だに状況が掴めていない様子だった。私とルベンを見比べながら、長い指でそっと自分の目元を撫でる。
お姉さんが「失礼致します」と言って、一度サウロに近付いた。
腰を落としてしゃがみながら、下から覗くようにサウロの瞳とその手に持つアイシャドウのカラフル過ぎるパレットを見比べた。くわりと真剣に目が鋭くなるお姉さんに、サウロの背中が少しずつ逃げるように反っていく。自分の顔をまじまじと眺められていることに驚いているのかもしれない。
それから納得したように、また営業スマイルに戻ったお姉さんは横にずれるようにして今度はルベンの前に立った。
「一応、こちらのお試し用はエルフ族用ですので他の種族の方はすぐに落ちてしまうと思います。もしご希望でしたら獣陣族の毛なみの上からでも可能な化粧もありますので、是非ご検討下さい」
つまりはしっかり化粧したかったら買えということらしい。
他のは全部お試しできたのにこれはできないとなると、結構お高いんだなぁと考える。ルベンがお姉さんに言われても目を瞑ろうとしないから私から慌てて目を瞑るように声を掛けた。
お姉さんの香水の香りのせいか、長い鼻を小さく揺らしながら釣り上がった大きな目を閉じた。私の時みたいに瞼の裏まではつけず、ルベンの目尻を色づけるようにルビー色のアイシャドウが色づけられていく。お洒落メイクというよりも、歌舞伎のような印象だ。……ていうか、これ……。
サウロと一緒に黙々とお姉さんとルベンのお化粧タイムを見守りながら、本やアニメで何度も見たことのある狐キャラを思い出した。
目を開けて良いですよ、とお姉さんに合わせて私から声をかけるとパチリとルベンの青い瞳が開く。目尻の赤で瞳の蒼がすごい綺麗に際立っている。お姉さんも満足げな笑顔で手鏡をルベンへと掲げて見せた。
その途端、くわっっ!!と目がこぼれ落ちそうなほど開いたルベンは鼻先がくっつくほどに鏡に顔を近付けた。そして
「かっっっっっっっけーーーーーーーーーーーー!!!!!」
大満足。
店に響き渡るような声で歓声を上げるルベンに、お姉さんも言葉はわからずとも表情で好評なのはわかったらしく嬉しそうにニッコリと笑っていた。
「すげぇかっけぇ!!!なぁ!サウロもそう思うよな!なあ!!」
キラッ、キラッともう目が水晶どころか宝石のように光っている。同族と違う自分の白い姿を嫌っていたルベンだけど、今はその顔を見てはもう本当に満面の笑みを浮かべている。確かに凄くルベンに似合っているし、釣り目に切れ長な印象がついてサウロっぽくなったと思う。
サウロがまた顔の印象が変わったルベンを丸くした目で見たけれど、聞かれればすぐに顔を縦に振った。自分っぽいかはサウロ自身では判断できないからか「似合っている」と淡泊な声での返事だったけれど、それでもルベンは満足そうだ。
「だよな?!」と元気の良い声を張りながら、白いモフモフの尻尾が左右に揺れた。もう完全に今日一番のご機嫌だ。
「なぁ?!ソーも格好良いと思うだろ?!今のルベンすげーサウロっぽいだろ?!」
「うん、凄い格好良い!サウロにも似てるけど、前に話した白狐っぽくて凄い好き!!」
「??前に、ってソーの前にいた世界のか??」
きょとん、と左右に振られていた尻尾が立った位置で止まる。
ルベンの疑問に力一杯首を動かして「うん!!」と頷けば、自然と私まで拳を握って力説してしまう。化粧されている時からそれっぽいとは思ったけど、やっぱりこうして見ると本当に本やアニメでみた白狐っぽい!神様の使い系の狐って皆こんな感じに目尻に赤を差していたし、まさにルベンにはぴったりの化粧だ。
「……へー……………」
私が熱を込めて以前ルベンに話したことも混ぜながら、神の使いや白狐の格好良さと人気について演説すると今度はルベンの方がポカンと顔から力が抜けてしまった。
もしかして、逆に〝白い〟狐感が出て気分を悪くしちゃったろうかと、私も言うだけ言ってから熱が冷める。拳をほどいてルベンの出方を待つと、ポーとした顔のまま私から鏡にもう一度顔を向けた。赤を差したことでキリッとした目元の際だった白狐の顔がそこにある。
ルベン?と沈黙に堪えきれず尋ねてみると、ルベンが肉球の手で化粧に当たらないように自分の目元を押さえた。むにゅっと、鏡とにらめっこしているような顔だ。
「…………なら、もっと気に入った」
ぼそっ、と独り言のような声が唐突に溢される。
途中からは気に入った、と聞こえたけど、ちゃんとは聞こえない。
え?と聞き返してみると次の瞬間にはニィィィッと、牙を見せて笑う満面の笑顔を私に向けてきた。
「やっぱルベン、これからずっとこの赤いのする!ソー!!服なしでも良いからこれ買ってくれよ!」
「え、いやアイシャドウくらいなら普通に買ってあげるけど!」
頭の後ろに手を回して笑うルベンに、白い尻尾が大きく揺れた。ひゅるんっと巻くように動いた後も左右にゆっくり揺れ続けた。
「『すみません、この色ので獣人族でも落ちないアイシャドウを一つ下さい』……あとサウロは欲しいのない?!」
慌てて流れのままさっきお姉さんが言ってたアイシャドウを注文する。取り敢えず化粧一個買ったなら、面目も立つからちょうど良いだろう。
ルベンに買ってあげたならサウロにも買って上げた方が良いかなと変な義務感も手伝って一応サウロにも希望を振ってみる。すると、サウロは少し頭を傾けた後、小さくその口を開いた。
「……同じ物を」
「?同じ??ルベンと???」
まさかサウロまでお化粧したいのか。いやその綺麗な顔に絶対似合うとは思うけれど、もしかして私達二人でワイワイ化粧していたから羨ましくなったのだろうか。サウロは結構子どもっぽいところがあるし。
そう思って聞き返してみると、やっぱりサウロは縦に頷いた。なら一応試しにサウロにも化粧をお願いしてみようかなと考えた時、言葉が続いた。
「ソーに。今のその赤紫と別に、……もう一つ。私と同じ瞳色でもいつかその顔を彩って欲しい。時折で構わない。……お前に、私色で飾られて欲しい」
整った顔を緩め、柔らかな微笑を浮かべるサウロに、……心臓が飛び跳ねる。
肩どころか全身に力が入って踵まで座ったまま上がってしまう。唇が震えそうになって力を込めて無理矢理押さえた。一回跳ねた心臓が妙にドタバタ暴れて脈がおかしくなる。熱湯風呂にでも入ったみたいに顔中が熱くなる。せっかく完璧に施してもらった化粧が汗で沁みる。
なんか!!今!ものすっっごいこと言われた気がするんだけど!!?
じゅわぁぁぁああ!!と顔が本気で熱い!!なに?!今何が起こった?!急に子どもっぽい筈だったサウロから色男発言をされた気がするんだけど!!?
いや、サウロならきっと何も考えずにそのままの意味で言ったのだろうとすぐに思い直すけど、まだ心臓のバクバクが止まらない。
そんな美男子顔で!そんな綺麗な笑みで言われると!破壊力が余計おかしくなる。
横でルベンが暢気に「あ!良いなそれ!!お揃いだろ?!」とサウロと話してくれているのが今はありがたい。慌てて二人から背中を向けながら両手てパタパタ顔を煽ぐ。あまり化粧姿で褒められなかった分、嬉しさがひとしおなのもある。
エルフのお姉さんが「大丈夫ですか?」とハンカチでトントンと汗を丁寧に拭ってくれる中、つまりは今の化粧も似合っているということかなと二度目の喜びを噛み締める。
他にご注文はどうなさいますか、と私の顔色が落ち着いた頃を見計らって尋ねてくるお姉さんに私は一度深呼吸をし、答える。
「……その、あとこの赤紫のアイシャドウと、人間用で彼と同じ目の色のも一つお願いします。……全部落ちにくいタイプで」
……こうして、洋服だけでなく化粧三点までお買い上げが決定した。
化粧した甲斐あったと言わんばかりに良い笑顔で返してくれたお姉さんに、その後も説明をされると〝落ちない〟にも色々タイプがあるらしく、私は〝石鹸で洗わない限り落ちない〟タイプのアイシャドウを二つ。そしてルベンと相談した結果、彼のものは〝専用の化粧品がないと落ちない〟アイシャドウにして貰った。
本人はもう落とすつもりはないらしいけれど、一応念のために最初に進められた専用の〝絶対落とすメイク落とし〟も一つ購入することが決まった。
代金を払ってから、早速そのままルベンには買ったばかりの落ちないタイプで目元を上塗りして貰う。流石落ちないというだけあって、パウダーというよりも口紅に似た素材だった。
塗ってみて貰えば色は一緒だけど更にハッキリと輪郭が付いた気がする。そして、ルベンの為のお化粧キットが一番高かったのは内緒だ。
全部すぐに包んで貰い、膨らんだリュックの中に押し込んだ。
武器屋に続いて服屋探しから洋服決め、そして前顔武装も施した私はここでとうとうどっと疲労が溜まってきた。
リュックを抱いてぐったりとソファーに寄りかかったまま、うとうとと瞼が重くなる。
狭まっている視界の中で、ルベンとサウロ二人が仲良くお喋りをしていた。
二人は起きてるなら寝てても良いよね?と、鈍くなる思考のまま睡魔に負けて丸投げした私が次に目を覚ましたのは、ルベンに揺さぶられてからだった。




