35.移住者は挑み、
「なぁソー……、ここ本当に服屋の一角か……?」
ぐったりとしたルベンの声に、私は開いたまま片方の口端が引き攣った。
あの口悪エルフに教えてもらったエリアまで来れば、確かにどのお店にも服が売られていた。やっぱりさっきまで居たのは装飾品エリアだったんだなとわかるくらい、どの店も服一色だ。……一色だ、けど。
「馬鹿みてぇに派手なのばっか……」
そういうことだ。
ルベンの苦そうな声にサウロも僅かに頷いた。眉の間が近付いている気がするし、困惑しているようにも見える。私も何ともいえない気持ちになりながら、弱い足取りでふらふらと服屋の前を通り過ぎた。
エルフのファッションエリアは、何というかどれもキラキラギラギラしていた。原宿と銀座を混ぜたような印象だ。
どれも高級感があってお洒落だし、着こなせたら幸せなんだろうけれど、どうにも活動向きじゃない。そういえばここまで来るときも通り過ぎるエルフは結構な割合でファッションショーみたいなお洒落さんばかりだったなと思い出す。そう思うとやっぱりあの悪口エルフは服装は逆に清楚な方だったかもしれない。
多分人間族の店と同じで店の中まで入れば、普通の服もあるのだろうと思うけど、少なくとも店頭に飾られているのは全部動きにくそうなお洒落な服ばかりだ。
都会に紛れるのには良いけど、日常にそぐわないしルベンやサウロには親しみがない系統だ。
一瞬、王都に行くには一着くらい良いかもと思ったけど、まだ店をどこに構えるかも決定していない。やっぱり欲しいのは動きやすい普段着だ。そしてオーダーメイド。
「どの店がオーダーメイドかな……」
サウロの手を引きながら、道を挟んで左右に分かれた店を見回す。
飲食店と違ってそこまで客引きもないからゆっくり見れるのは良いけど、どうにも何所がオーダーメイドのできる店かわからない。適当にお店に当たりをつけるしかないかーと敷居の低そうなお店から見定めた。
あっ、と一つの看板に一音が零れた。
見れば前方に大きめの看板にわかりやすく〝オーダーメイド受注〟と示されている。異種族でもわかりやすいようにか、それとも人目を引きやすいようにかメジャーのイラストまで描かれている丁寧仕様だ。口悪エルフが教えてくれた店だ。
あったあったと繰り返しながらサウロの手を引いて、お店の看板を指し示す。ルベンもメジャーの看板で理解したらしく「あれか!」と声を上げながら、サウロの肩からそれを見上げた。
お店の前まで辿り着くと、ディスプレイ用に二つのマネキンが飾られていた。一個が社交界用かのようなきちんとした紳士服。もう一個が私が着ているようなラフな女の子服だ。
系統が違い過ぎる二つだけど、つまりはどんな服でもオーダーメイドで作りますよという意味だろう。これは期待しても良いかもしれない。
「ごめんくださ~い……」
重厚な造りの扉を開け、中に入れば高級感の高いレコードの音が最初に耳に届いた。
顔を覗かせ、それから足を踏み入れようとすれば一歩踏み込むよりも先に内側から扉が開かれた。ひえっ、と思いながらその先を見ればエルフだ。
紳士服とにっこりとした笑顔で迎えられて、一瞬さっきの悪口エルフの所為でまた悪口を言われるんじゃないかと身構える。けれど、目が合ったそのエルフから発せられたのは「ようこそ」という丁寧な一言だけだった。
「人間族と獣人族のお連れ様ですね。ようこそおいで下さりました。オーダーメイド衣装店へようこそ」
私と、そして肩の上のルベンに笑顔で視線を向けた後、最後にサウロに向き直る。
どうやらこの人もサウロを同族と勘違いしているようだ。
けれど、全く何を言われているかわからないサウロはきょとんとしたままだった。ルベンがまた悪口エルフと一緒じゃないかと言うように尖った目を更に釣り上げるけど、エルフさんはそれも気にしない。
にっこりと営業スマイルで「まずはこちらへどうぞ」と店の奥へと手で指し示してくれる。示された先に目を向ければ、他の店員さんも全員丁寧な物腰で私達三人にお辞儀をしては奥へと示してくれた。……なんか、洋服店というよりもホテルにでもきた気分。
「行こっ。サウロ、ルベン。やっぱりオーダーメイド店で間違いないって」
「……なぁ、この店すげー高いんじゃねぇのか……?」
「それはもう良いって言ったでしょ」
今から気後れしているルベンに断り、サウロの腕を引く。
確かにめっちゃ高い気しかしないけど、その分質の良い服を売って貰えば良いだけだし。何より、今のところちゃんと異種族にも丁寧対応してくれるところでポイントも高い。
悪口エルフのお陰で余計に彼ら好感度が高くなった。今もぐいぐい奥へ進もうとする私に、扉を開けてくれたエルフが「可愛らしいお連れ様達ですね」と言ってくれる。うん、やっぱり此所が良い。接客態度が最高だし、どうせなら気分の良い店で買い物したい。
奥へと進めば、既に一組のお客さんがスーツを引き取っているところだった。
やっぱり店員さん達もお客さんもエルフは全員顔が良いなと改めて思う。年齢不詳、そして美形ばかりだ。既に居たお客さんとは反対のソファーを最初に勧められ、どうやら最初はここでお店の説明を聞く感じらしい。最高級のブランド店に来た気分だ。
私からサウロの隣に座り、ルベンは彼の肩の上にぶら下がったまま話を聞くことになった。正面にまた別のエルフのお兄さんが営業スマイルで担当してくれる。
この度は当店を……から始まり、簡単にこの店はお客さんの希望に合わせてどんな服でもオーダーメイドできるお店だと説明してくれた。
まさにそんな店を探してました!と心の中で叫びながら、私は一人ぐっと拳を握る。
「それで、どのような衣服を御所望でしょうか」
「どんな服が良いか、だって。何でも希望通りに作ってくれるらしいし、二人とも希望とかは?」
エルフの言葉をそのまま繰り返すように二人に投げかける。
エルフ語ではないからかエルフさん本人はわからないまま笑顔で固まっている。私の問い掛けに二人は同時に首を傾けた。ゼロから想像しろと言われてもなかなか難しいらしい。
希望がないなら二人とも今と同じような服をお願いしようかなと思った時、最初にサウロが口を開いた。
「私は、ソーと似たものが良い。後は動きやすいものを頼みたい」
「あっ!ならルベンも!サウロがそれならルベンも同じの!!でも女っぽくなくてヒラヒラしてねぇやつ!!」
サウロの言葉に、ルベンも全力に乗っかる。……え、私と同じようなのってつまり女服??
一瞬顔が笑ったまま引き攣ったけれど、ルベンの発言からそういうわけでもないらしいと一応理解する。
改めて上から下まで自分の服を見れば、……まぁこれも動きやすい服だもんねと思う。ヒラヒラ……レースとはちょっと違うけど、つまりはこういうデザインが良いということだろうか。
サンドラさんの街で買ってからずっとお気に入りの服は、ブラウンが主でベストの下にシルク。短パンの下を長い袖がスカートみたいに覆い隠してくれるデザインだ。動きやすさと温暖な気候にぴったりの涼しさ完備。アジアンテイストぽくて且つ女の子らしい要素も含まれているのもこっそり気に入っていた。
胸元のリボンを指で遊びながら、そんな風に考えていると段々と目の前のエルフさんの笑顔が引き攣ってきた。多分、同族だと思っていたサウロが意味不明の言語を話したから動揺しているのだろう。
取り敢えず、相談だけでも言ってみようと私はエルフさんへ前のめりに姿勢を正す。
「『彼ら二人に新しい服をお願いします。私みたいなデザインで、ちゃんと男らしくて動きやすいものを』」
ビクッッ!!と次の瞬間にエルフさんの肩が上下した。
宝石みたいな目を皿のように開いたまま、強張った笑顔でまじまじと私を見る。
言葉には出していないけれど完全に「んんんん?!」と目が叫んでい他。どう見ても人間族でしかない私がエルフ族の言葉を話したからだ。
驚きっぷりはさっきの悪口エルフと同じだけど、ここでも営業スマイルを保とうとしているのがプロだなと思う。唇を結んだまま上がった肩で固まっている彼に、私は改めて自分のスキルを手短に説明した。
聞いたことのないスキルに瞼を無くしながらも「それは素晴らしい」と相槌を売ってくれるエルフさんに、私は言葉を重ねる。
「『どうでしょうか?彼ら二人に合う服をお願いできますか?』」
「ええ、勿論です。お嬢様と同じ民族衣装に近いものということですね。喜んでご用意させて頂きます」
う、と。エルフさんの言葉に思わず私は口を絞る。……民族衣装。
確かに、確かに言われてみればそんな風にも見える。きっとエルフさん側に悪意はない。外を行き交う都会人の格好と比べるとちょっとそう見えるというだけだ。
さっきだってちゃんと私の服に似た系統が今時の服屋さんにあったし……ッでもあれ人間族だ!!
つまり、この格好はエルフ側には人間族の民族衣装に見えるということかもしれない。別に問題はない、どうせエルフの集落に永住するわけじゃないし、元々の目的はボロボロな服を買い直す為だったけど、…………けどぉぉおお!!
「『ッッ二着!!二着お願いします!!その、民族衣装と合わせてエルフの皆さんがお召しになっているようなお洒落な服も追加で!!そっちは私の分もお願いします!!』」
バンッ!と強めに目の前のテーブルを叩いたら、予想以上に響く音が出た。
肩がガチガチに強ばりながら告げれば、エルフさんが今度は身を背後に引くように反らした。謎スキル女が荒ぶったら、驚くのも当然だ。
虫の息のような声で「承知致しました……」と返してくれるけれど顔が蒼い。我ながらちょっとムキになってしまったなとそこでやっと気が付く。
「すみません!」と慌てて椅子に座り直し、姿勢を正す。
「……おい、ソー。二着ってなんだよ。しかもお前また買うのか?」
「着替え用ならば私は同じもので構わないが……」
私の台詞に二人が低い声で尋ねてくる。
仕方ないじゃんか。だって私さっきの服屋さんでは似たようなものしか買ってないし、お洒落に全く興味ないわけじゃない。更にそれ以上に、今後城下でも王都でも異種族を相手にする気満々なのにまたさっきみたいな悪食エルフに馬鹿にされるのだけは御免だ。
腕を固く組みながら意思の強さを示す。どうせ私のお金だし、折角なら二人にだって良い格好をしてもらいたい。




