そして所有する。
「……ソー……。ルベン、あんなの払える金ねぇぞ」
「そんなに高価な物だったのか…………?」
は?!えええ!!と私の方が驚いてしまう。
さっきまで上機嫌に振っていた筈の尻尾が垂れ下がるルベンと、白い肌がいつにも増して血色悪く見えるサウロに自分でも目が丸くなっていくのがわかる。
ちょっと待って、二人とも今まで私がバンバン買い物しているの見てたくせに!!換金所でのやり取りなんて最初から全部見てたでしょ!!というかあの宝石だけでも何十粒私が保有してるかも知ってるはずなのに!
そうは言いたいものの、あまりに空気を重くする二人に言うべきはそっちじゃないと判断する。
「額なんて気にしなくて良いよ!私が買いたくて買ったんだから!!そんな二人から請求しようなんて思ってないし!!」
まるでホストに貢いでいる女みたいな言い方だなと思いながらも両手をブンブン横に交差させてしまう。
それでも二人の顔色は直らない。「そんな言えるような額じゃねぇぞ」「返した方が良いか……?」と口を合わせるルベンとサウロにまさかここまできてそんな遠慮されることになるとは思わなかった。昨日まではあんなに大量のご馳走や豪華な部屋にも何の疑問も持たなかった二人なのに。もう今度からはなるべく請求書の類いや値段の数字は見せないようにしよう。
店の前に佇んだまま全く動こうとしない二人に、私から駆け寄る。
ルベンを肩に乗せているサウロの手を引き、まずは営業妨害にならないように店の前から引き離す。引っ張れば一応足を動かしてくれるサウロだけど、トボトボとした足並みは牛の歩みだ。どうすれば二人が納得してくれるかと考えながら、ふとついさっきおじさん相手に考えたことを思い出す。
「あっ、じゃあさ」
思いつくままに声を上げ、一度切る。
私だけが引っ張る腕のまま、足を止めるサウロと尖った耳をピクリと揺らすルベンの眼差しが私に集中する。もともと二人のために買った物だけど、どうせ気後れしてくれるならいっそのこと……
「代わりに私を守ってよ」
ぴくん、とその途端に二人の両眉が上がった。
見開かれた目が赤と青でキラリと光が差した。お互いに顔を見合わせることもなく、私だけを食い入るように凝視する二人の視線を順番に見返す。
そんな無言で見られると、ちょっと図々しかったかなと後々後悔したくなる。どうしよう、今度は私は今の発言を撤回するべきだろうか。
一分以上無言を貫いてくる二人に、なんだか居心地が悪くなり今度は私から顔ごと目を逸らす。
緊張から強ばりそうな顔に唇だけぎゅっと結んで堪える。いやでも、私は武器なんて持たなくても良いかと思っちゃったのも二人頼りだったし、それに二人にその分稼げなんて絶対言いたくない。
ならいっそ私のボディーガードみたいな形で身体で払ってもらったらお互い様で良いんじゃないかと思った。買ってあげた武器でボディーガードしてくれるなら理に適っていると思うし。……まぁ、サウロは武器じゃなくて武器の入れ物だけど。
「ほら、二人とも強いし!私は全然だし!!ルベンにもサウロにも助けて貰ったことがあるぐらいだし!多分これからも迷惑かけるから、その時の迷惑料みたいな感じで!!……で、だめ?」
謙虚に言ってみたつもりが、だんだん弱腰になる。
もう否定でもなんでも良いから何か言い返して欲しい。最後はサウロから手を離し、両手を合わせて拝むような低姿勢になってしまう。
二人揃って無言になられるとこっちも息が苦しくなる。もうこれ以上の良案が思いつかないという意思表示に今度は私が黙り込む。
異種族三人で佇んだまま無言の今は、通りがかりの人がみたら確実に異様だろうなと自覚する。もういっそ返事が来るまで目も絞っていたいと思った時、サウロがゆらりと動いた。
「……わかった」
ぼそっ、と呟くような声は眼前まで距離を詰めてくれたからこそ聞こえる声だった。
表情は殆ど変えないまま、腰を落とすようにして私の顔を覗きこんできたサウロは鼻同士がぶつかりそうなくらい近い。美男子な整った顔が至近距離過ぎてまた心臓に悪い。
じっ、と私と目が合うまで口を閉じたまま凝視してくるサウロは、私とばっちりルビーの目を合ったことを確認してからまたゆっくりと口を開いた。
「ならば、額に相応した働きを終えるまではお前の傍も離れない。……それで良いのだな?」
一音一音確認するような言葉に自然と丸くなっていた背筋が伸びる。
あっ、うん?!と三回頷いて返しながら了承すると、やっとサウロの無表情から解れたような柔らかな笑みが浮かんだ。
良かった、どうやら納得してくれたらしい。……けど、支払いが終わるまでって、その後もずっと一緒にいるのは変わらないのに。
でもここでそれを言ってしまうとまた悩ませることになるかもしれないから黙っておく。空っぽの口で言葉だけを飲み込んで、サウロの顔が私から距離を離していくのを待った。
サウロの顔面しか見えなかった距離から段々と引いてくれると、肩ごと前のめりになったサウロと一緒に私と距離が近付いていたルベンも視界に入ってくる。さっきまでの丸い目じゃなくて今はいつもの釣り上がった目だ。
何か言いたそうにも見える眼差しに私から顔ごと向いて首を傾げると、高い鼻をフンッと一回鳴らしてきた。
「あんな額、十年やそこらでルベンは絶対払えねぇからな。だから絶対わざと危ないことするなよ」
ルベンの中でのボディーガード代の勘定計算はどうなっているのだろう。
しかも険しい顔で厳しい言い方しながら、心配してくれるのがおかしくてつい笑ってしまう。さっきまで緊張状態だったから余計になんだか可笑しくなる。
ふふっと笑いを肩で堪えながら、顔の近いルベンのモフモフな頭を撫でた。相変わらずの触り心地を堪能しながら「わかった」と一言返せば、ぷいっ!と鼻ごと顔を逸らされた。
でも頭を撫でる手は振り払われないから、撫でてはいいのかなとそのままモフモフとなで回す。最初からずっと王都での生活も付き合ってくれるルベンは、最初と大して変わらない気がするけど、本人が満足してくれるならいっかと思うようにする。
もう今度から代金を気にされたら全部ボディーガード代で片付けよう。いや、いっそルベンならモフモフ代でも良い気がする。
ルベンの頭を撫でたら、そのまま横にあるサウロの頭も何となく気になってしまう。
ルベンと私が話しはじめたからか、中腰姿勢のまま待っていてくれたサウロは顔の距離を離した後もルビーの瞳を真っ直ぐ私に向けたままだった。
そのつもりはないのだろうけれど、ルベンの為に中腰で顔を私に近い位置に下げてくれているサウロにそのまま頭を撫でてみる。
ルベンのモフモフとは違い、束ねた髪の毛の固い質感だったけど、サウロの解れた表情が微笑に緩んでいったから良いかなと思う。
「じゃあ、次は服見に行こっか。ずっと一緒にいるんだから二人とも好きな服選んでよ!」
サウロの手を両手で引き、二人の顔を見ながら後ろ向きに歩く。
額とか基準とかはもう二人に任せよう。そんな境目作るより、その分二人が遠慮無く一緒に過ごしてくれる方が私は嬉しい。




