33.移住者は買い物し、
「次の武器屋で入れ物を買ったら、サウロも一緒にお店に入ることできるから。ルベン、サウロと一緒に待っててくれてありがとうね」
「……当たり前だろ。ルベンも一緒に居てやんねぇとサウロが一人じゃんか」
ぶすっと潰れた声で返事をしてくれたルベンは、まだ機嫌は悪そうだけど言葉は優しい。
武器を持っていないルベンはお店に入ることもできたけど、サウロのことを考えて一緒に外で待っていてくれた。本当に優しいなと思う。
素直じゃないルベンへ背伸びと一緒に手を伸ばす。サウロの肩にいる彼のモフモフとした頭を撫でれば、目は逸らされたままだったけど振り払われもしなかった。小さな声で「ソーのばーか」と言われたけど、さっきよりもまた言い方が柔らかい。
続けてサウロの頭も撫でようと更につま先達に挑めば、今度はサウロの方から頭を下げてくれた。ピシリと昨晩の結んだままの髪を乱さないようにそっと撫でれば、少しだけ口元が笑んでくれた。
「このまま一緒に歩こうか」
撫で終わった後もそのままサウロと手を繋いで行くことにする。
サウロの方から握ってくれた手は私の方が明らかに小さいから繋ぐというよりも掴まれているような状態だったけど、一緒に歩いていく内に段々とサウロの手の中がぽかぽかと温かくなってきた。
私の温度が移ったのか、それとも歩いているお陰でサウロの熱が少し上がったのか。
さっきよりも温かい手と一緒に私は武器屋探しを再開した。
来る途中にはなかったから、更に奥の方かなと服屋を背中にして歩く。さっきの服屋以上に大きなお店は暫く見つからなかったけれど、十分ほど歩いた先でやっとそれらしい大きな建物が見えてきた。
今度は二人を置いて行かないように少しだけ早めた足で進み、サウロの手を引く。
「こんにちは~……」
店構えからして明らかにごつい印象のそこは、看板にでかでかと〝武器装具〟と書かれていた。
さっきの硝子張りなお店とは違って、昨日の換金所のような怪しい雰囲気の店にちょっと気圧されながら扉を開く。
明らかにゴツそうな店員のおじさんが一人、ドンと扉を開けた先にふんぞり返るように座っていた。もうこの時点で逃げ出したい。
らっしゃい、と愛想ゼロで言葉だけ返されて私からも縮み上がりながら会釈で返す。
大丈夫私はお客さん、と心の中で十回は唱えながら店内に入った。扉を閉めれば、チャリンとまた鈴の音がする。さっきの服屋と同じ音の筈なのに全く印象が違う。こっちはなんだか逃げられない感がすごい。
あの~、と細めた声で言う私に腕を組んだまま片眉だけあげるおじさんに私はサウロの斧を指差した。
「この武器に合ったケースとかって見繕って欲しいんですけど……。できれば持ち運びできる感じのでお願いします」
「すぐに抜けるようにもして欲しい」
私の依頼に、重ねるようにサウロが口を開く。
彼の言葉を継ぐように「あと、すぐに抜けるような仕様で!」とおじさんに追加注文をする。
抜く、ということはいつでも戦闘態勢になれるようにということだろうか。サウロ自身は温厚なのに、オークっていつでも戦闘態勢なんだなと思う。
私の依頼にやっと、お客と判断してくれたのかおじさんが重い腰を上げた。
「でかいな」と良いながら上から下までサウロの斧を目で定める。まさかここまではサイズオーバーかと唇を絞っておじさんの判定を待つ。黙っていると余計に心臓の音がドクドクと低く耳の奥にまで聞こえるようだった。BGMも何もないこの空間だと、余計に静かなのが気になってしまう。
サウロに握られた手の中で拳をぐっと握りながら、上顎に力を込める。
「……まぁ、無いことはないが」
三分以上ずっとサウロの武器を眺めたおじさんは、そこでやっと視線を外した。
希望の見えた発言に、私からも「あるんですか?!」と思わず過剰に反応してしまう。良かった、今度は無駄足にならなくて済む!
私の言葉にサウロとルベンもピクリと尖った耳が立った。「あるのか!」とルベンが声を上げる中、サウロも興味津々の様子で見開いた目だけでおじさんを追いかけた。
視線を外したまま私達に背中を向けたおじさんは、そのまま手招きで私達を奥へと呼んでくれた。店自体の規模が大きいだけあって、ここからは見渡せないほど奥にもたくさん武器のエリアがあるようだ。
おじさんの背中に続きながら奥へ奥へと歩く。そういえば今回はサウロの武器所持も指摘されずに進むことができた。流石武器屋。
店に入った時は、盾や鎧のような物ばかりが目についたけど、奥に進んでみると銃とか武器とか、結構エリアごとに色々な武器が展示されていた。多分これも全部売り物なんだろう。
「あ!ソー!!あとであれも見たい!!」
途中でクロスボウも色々並んでいてルベンが声を上げた。
服は興味ないのに武器は新調する気満々みたいだ。
ひとまず今は奥へ奥へと進んでいき、近代武器から段々と骨董品のような古めかしいデザインの武器のエリアに入っていった。うん、ここならサウロの武器も見つかりそう。
中にはサウロが持っている斧よりも横幅の広い斧や、二倍の大きさの剣も立て掛けてある。なんだろう、この世界にはまさか巨人もいるんだろうかと思えてくる。
骨董品エリアから突き当たりを左に曲がったところでおじさんの足が止まった。
壁に立て掛けてある物体の前で立ち止まると、それを上から下までじっくりと眺めてから照らし合わせるようにサウロの斧に視線を投げる。
サウロの斧と見比べられる物体は正面から見ると棺桶みたいだった。真っ黒で、私どころかおじさんでも身体が入っちゃいそうなほど大きなケースだ。
おじさんの視線から察するにどうやらお勧めなのはこの棺桶らしい。
「ええと……これって、どういう感じに仕舞う??やつですか?」
紹介される前に尋ねてしまう。どうみても剣というより死体をいれるものにしか見えない。
するとおじさんは口では答えないまま、棺桶に手を伸ばす。カタン、と片手で簡単に斜めに傾いた棺桶は、横向きにすると思ったより薄かった。棺桶というよりも包丁を入れるホルダーのような形だ。
上の口の方を傾けるようにして私達に向けてくれると、そこがしっかりと空洞になっていた。ここまでくると一気に棺桶から包丁入れに見える。
壁に立て掛けられていた面にはベルトのようなものもあって、ちゃんと背中で背負えるようになっている。巨大なギターケースみたいな仕様だ。
「試しに斧をいれさせてみな」
短い言葉で言いながら、目はしっかりとサウロに合わせて身振りで斧を指し込めと指示する。
私も合わせるように「斧を試しに入れて良いんですね」と繰り返せば、サウロも無言のまま自分の剃刀型の斧をケースに指し込んだ。シュルルと刃が滑り込む音と一緒に斧が綺麗に収納されていく。最後にガチャンと刃先が到達した音がしたと思えば、ものの見事に斧がケースに収まっていた。まるで計ったようにぴったりだ。
あまりの収まりの良さにサウロもびっくりしたらしく、再び取ってを引っ張れば上から難なく抜けた。
「うちの店だとその斧に合うケースは中古のそれだけだが……」
「ぴったりです!!ありがとうございます!!」
これはもう即決だ。
ちょっと古いけど、見たところ壊れそうなところもない。
そのままサウロが確かめるようにベルトに肩を潜らせて斜めにかければ、見事背中に剣を担げるようになった。ばっちりだ。
斧を背負うサウロの姿にルベンが「かっけぇえええ!!」と声を上げる中、本人もまんざらではないようだった。鋭い眼も少し丸くなったまま「悪くない」と感想が漏れる。
担ぐなんて今まで無かったから違和感もあるだろうけれど、肩元からベルトを手前に引いて確かめている様子は大分しっくりきているように見える。
最後にサウロが後ろに手を回してみれば、丁度良く斧の取っ手部分を掴めるし言うこと無しだ。
「ただなぁ、その斧のケース。……というか、その斧はどう見てもエルフじゃなくてオークが持ち歩く物と一緒だ。だからこれもオーク用の武器入れなんだが、大丈夫か?エルフの中にはオークを倦厭するのもいるし、そいつもオーク嫌いだったら後々気付いて嫌がる可能性もある。エルフは嗅覚こそ人間と同程度らしいが、もしかすると前の持ち主の匂いで……」
「あ、問題ないです」
この人オークなので、という言葉を私は穏便に飲み込んだ。
そっか、このおじさんサウロをエルフだと思っていたから渋っていたのか。呪いの品とか曰く付きの物だったらどうしようかと思った。




