32.移住者は立ち寄る。
「それで?どこから行くんだよ」
「取り敢えずサウロの服なら人間族の店でも見つからないかなって。だから先に近場から」
欠伸混じりに尋ねてくるルベンへ振り返りざまに見上げ、周囲も見回す。
朝食後、腹ごしらえを終えた私達はのんびりとそのまま人間族の集落内で店構えのある大通りへと移動していた。昨日、宿屋のお姉さんが教えてくれた店だ。
確かこの当たりが服屋さんだった筈と思いながら看板を注意深く確認する。本屋さんも見たいけど取り敢えずは我慢だ。荷物になるし、まずは第一優先から絞ることにする。
人通りが多くなった今、ルベンは昨日と同じようにサウロの肩にぶら下がっていた。
サウロの視線を自分に集める為もあるだろうけど、純粋にそこが気に入ったのもあるかもしれない。背の高いサウロの肩だと何より見晴らし良いし、楽だもん。
更に数メートル歩き、大通りの中で一際お洒落な店が目に付く。看板はまだ今の位置からだと読めないけれど、なんだかお洒落だと服屋やケーキ屋かなと思ってしまう。
前のめりに覗きながら、早足で駆け寄ればやっぱり思った通りだった。
あった!と声に上げながら、二人に店を指し示す。
大きなガラス張りの向こうにはお洒落な服を着たマネキンが数体佇んでいる。結構近代的な印象の服屋さんだ。
サウロだけでなくルベンもこういうお店は初めて見たのか、ポカリと口が開いていた。私も初めてこういうファッション系のお店に入った時、同じような反応をしたなと思い出す。友達付き合いで入った店だったけど、すっごいブランド店で私はお値段的に手も足も出なかった。……というか、あんなところで服買うくらいなら古本屋で大人買いした方がずっと良かった。
今回ももし入ってみてもしデザイン重視のお高い店だったら早々に退散しようと決めながら、私は早速扉に手をかけた。
チャリリン、とお洒落な鈴の音が響いてからすぐにお店の人に挨拶された。まだ朝だからか私達以外お客さんがいないから視線の集中砲火だ。
全員高そうというよりも清潔感のある服を着ていて、店内に並んでいるのも洗濯もしやすそうな服が多い。結構当たりかもと思いながら軽く会釈で返した私は店内に一歩ずつ入り
「!?お、お待ち下さい!」
早速、止められた。
青い顔でいきなり駆け寄ってくる店員のお姉さんに私の方がびっくりする。えっ?!と声を上げながら、再び一歩二歩下がれば扉の前にいたサウロに思い切り背中がぶつかった。
まさかドレスコードでもあったのか、それとも汚れた服じゃ門前払いなのかと一瞬で色々なことを考えてしまう。けど、青い顔の店員さんの視線は私じゃなくて背後に立つサウロへと向けられていた。
チラッチラッと私とサウロを何度も見比べては困ったような険しいような顔をしている店員さんに、もしかして異種族禁止の店とかと心臓が飛び跳ねる。
まさか門前払いとか酷すぎる。サウロもさっきまでのすれ違う人達とは違う、好意的じゃない眼差しに少し戸惑っている様子だった。眉を寄せて少し怯えるように半歩下がってしまう。
ルベンもサウロの肩の上で牙は剥かないまでもきゅっと両眉を釣り上げて店員を睨んでいた。
二人の反応に、一度息を止めた私はぐっと奥歯を強く噛んでから店員に向き直る。
「あの、何か問題でもありますか?はっきり言って頂きたいのですけど」
そんな察してくれみたいな目をされても察せない。
差別的な発言なら余計にはっきりと言ってくれないとそっちが卑怯だ。自分が客というところを置いてもここは強めに出てやると胸を突き出す私に、店員さんはオロオロと「ええ、その……」と口ごもった後、腰を低くして声を潜めながら私を覗いた。
「当店は衣服の店でして、……あまり大きな刃物などを持ち込まれるのは……」
「ふぇ??」
うっかり間抜けな声が出てしまう。
思っていたのと全然違う言葉にギギギッとぎこちなく背後を振り返れば、そこにはサウロと肩に乗っているルベン。そして、……刃剥き出しの斧がそびえ立っていた。
あ~~……と、私も一音しか出てこない。そりゃあ確かに店内禁止だ。
ルベンも私と同じ心配をしていたのか、口を開けたまま二人に振り返る私に「なんだよ?ルベン達は入れねぇのか??」と聞いてくる。ごめん、異種族以前に常識の問題だった。
「そうですよね……流石に剥き出しの刃物は駄目ですよね……。……すみません、気付かなくて」
ルベン達に状況を説明しながら、さっきまで強気に出ていた胸が沈んで背中が丸くなる。
店員さん以上に低頭になりかけながら、弱い声で謝った。もしかすると店員さんには私達が強盗にでも見えたのかもしれない。
いえいえそんな、と言葉こそ丁寧に謝ってくれる店員さんだけど、明らかに肩から力が抜けているのがわかった。うん、やっぱり強盗と思われた。
背後でルベンが「別に武器ぐらい良いじゃんか」と言ったけど、良いわけがない。サウロの斧で商品に傷がついたらそれこそ大事故だ。
取り敢えず低頭のまま、もし武器が入れ物に入ってたりすれば異種族でも入るのは大丈夫なのか確認すれば、それは大丈夫と早口で返してくれた。取り敢えず出直すにしても、先に確認はしておこう。
少し頭を上げて、店員さんをのぞき見る。
「ちなみに……彼らの服を買いたいと思っていたのですが、こちらにサイズはありそうですか……?」
彼ら、と視線で背後にいる二人を示せば、今度は店員さん達全員の視線が一気に値踏みに変わった。
じっと私の投げかけを聞いた店員さんが真剣な顔でルベンとサウロをそれぞれ見る。強盗犯容疑から、一気に〝鴨〟に早変わりだ。お店としても服を売りたい気持ちはあるのだろう。
そうですね……と、呟いた後に控えていた店員さんが一度奥に戻った。多分在庫確認をしてくれているのだろう。二人とも極端に人間族より大きいか小さいかだから、パッと見であると言えないのは当然だ。
「なにかデザインでご希望などはございますでしょうか」
「取り敢えず今着ているのと似たようなのがあれば一番選びやすいんですけど」
うーん、とまた店員さんが唸る。どうやらなさそうだ。ルベンとサウロを順番に確認した後に「人間族の服ならばいくつもありますが……」と私の服を丁寧に差してから首を捻られた。
奥から戻ってきた店員さんが両手で大きくバッテンをしている。デザインどころか、サイズもないらしい。
「やはり異種族のサイズに合う服はあまり取り扱っておりませんので……。この集落の近くなら獣人族とエルフ族の集落はそれぞれありますので、そちらでお買い求めになられた方が良いかと思います。オーダーメイド専門の店もありますので。ただ、店員も異種族なのでご希望を伝えるのに難儀するかもしれませんが……」
うん、そっちにしよう。
言語に関しては全く問題ない私は、ありがとうございますとだけお礼を言った。
申しわけないけどこの店で二人に買えるものはなさそうだ。でも、驚かせた上にわざわざ他の店のことも教えてくれたのに何も買わないのも何だか悪い気がする。
うーん、と少しだけ考えた後、……低頭姿勢で二人へと振り返る。
「……ごめん、二人とも。ちょ~っとだけ、私の買い物したいからお店の前で待っててくれる?」
このまま買わずにいるのも気が引ける。
ちょうどお店は硝子張りで外からも見えるし、すぐ終わるからとお願いして二人には店の外で待ってて貰うことにした。
「やっぱりソーの買い物じゃんか」と眉を寄せるルベンと出禁にされたことを悲しげに顔を曇らすサウロに平謝りをしながら、なんとか外に控えてもらう。
硝子の向こうからじーーーーっと張り付くように見られてしまうもんだから、私も急いで店員さんに服を見繕って貰った。とにかく買うのと着替えがメインだしと、今着ている服と同じような物を三着とついでに二人に見られてない内に下着を数着ずつ買ってリュックに詰め込んだ。
ありがとうございました、と晴れ晴れとした店員さんの笑顔に私はぺこぺこと「すみませんでした!!」と謝罪で返し店を飛び出す。
時間にすれば十五分も掛からなかったけれど、それでも硝子の向こうでじーっと私を睨んでいた二人は不満一杯の表情だった。
「ごめんごめん!じゃあ今度こそお店に行こう!先ずは服の前にサウロの斧のケースを買おうか!!」
ねっ!とルベンをぶら下げたサウロの背中を押しながら、足を速める。
武器屋さんなら種族関係なくある筈だし、取り敢えず服屋の前にやっぱりサウロの武器が要案件なのがよくわかった。
確か同じ大通りに結構規模のある武器屋もあった筈だと思い出しながら、私はサウロの背中を押して足を進める。ぐいぐいと実際は私の腕力じゃサウロを動かせないのはわかっているけれど次へ進む為だけに押してしまう。
ルベンがサウロにぶら下がったまま首だけを私に向けて膨れていた。釣り上がったその視線にもう一度ごめんごめんを繰り返しながら前に進む。すると、段々とサウロの足が重くなってきた。
さっきまでは前に進んでくれたのに、速度が遅くなってきたなと思えばそのままとうとう立ち止まってしまった。
大分機嫌を損ねちゃったのかなと、私からも一度手を離して覗きこむ。
すると、彼を呼ぶ前からすぐに真っ直ぐとサウロのルビーの瞳と目が合ってしまった。お店から出て貰う前と同じ曇りきった表情で宝石の瞳すら今は暗くなっているように見える。外に閉め出されたのが大分ショックだったらしい。
サウロから目を逸らせないまま改めてごめんねと言おうとした時、無造作に彼の右手が私へと伸びた。
ぎゅっ、と。
無言のまま、大きな右手が私の手を包むように掴む。今は私より少し温度の低い手だった。
そういえば昨日は一緒に手を繋いで歩いたなと思い出す。
「……ごめんね。寂しかったよね。次のお店は一緒に入ろうね」
昨晩は手を繋いで一緒に寝たのに、いきなりお店の外に追い出しちゃったのだから寂しくなるのも仕方ない。
私の手をすっぽりと包んだサウロの手を、包みきれない私の反対の手を添える。熱量が薄い手を温めるようにそっと摩りながら伝えれば、こくんと一度だけ頷いてくれた。……やっぱり寂しかったんだ。
昨夜にサイラスさんにも釘を刺されたのにと思うと、まだ反省が足りなかったなと実感した。




