31.移住者は起きる。
「起きろよソー!!いつまで寝てるんだよ!朝飯食いに行こうぜ!なあっ!」
むぐぅ……と朝からルベンの声にたたき起こされた。
目を閉じたまま呻いて、気持ち良かった感覚にまだ浸っていたくて毛布を頭から被って潜り込む。気分的にはあと五分と言いたいけれど、それを聞いてくれないんだろうなぁとぼんやりした頭で思う。
現に今も毛布に潜り込んだだけでルベンから「おい!起きろって!」と声を上げられるし、何故か片手は動かないし、段々と目が覚めてくる。
頭の中で鐘を鳴らされるような感覚と若干の気怠さに、やっぱり昨日変な時間から深夜まで本を読破しちゃうのは不味かったなと反省する。あの時、あの半分で、せめて半分のところで我慢できてたら睡眠も足りたかもしれないのに。
うーん、と言葉にならず呻いていると、とうとう無理矢理毛布を剥がされる。温もりを手放してしまい、ダンゴムシのように小さくなる。
「起きたよー……」と力なく言いながら薄目を開ければ、最初に視界に映ったのは私をたたき起こした張本人のルベン……、ではなく
「……サウロ??」
「起きた」
呆けた私の声に、一言ルベンに実況するサウロは私と一緒に横になったままだった。
まだサウロも寝てたのかなと思ったけど、目は完全にぱっちり開いている。どうみても寝ぼけた目じゃない。しかもさっきから片手が動かないなと思っていたのも、目を開けてみればサウロが私の手を握っていたからだった。
なんでサウロが?!と思ったけど、そういえば昨晩サウロに手を掴まれたまま寝たんだったと思い出す。まさかあの後もずっと手放さなかったなんて。
「遅ぇよソー。サウロのやつ、目が覚めてもソーが起きるまでずっとこのまんまだったんだからな」
明らかに〝私の所為で〟という意味を含んだルベンの言葉に、瞬きを繰り返す。ていうことはまさか起きてからもずっと私の手掴んだまま寝顔凝視されてたってこと?!
そう思った途端、何だか急に顔が熱くなる。どうしよう口開けて寝てたら、ていうか寝顔このゼロ距離でガン見されるとか恥ずかし過ぎるんだけど!?
頭が血の巡りと一緒に一気に回ったところで思い切り「ええ?!」と声を上げて私は飛び起きた。上半身を起こしてマットの上に座り込んだまま横たわっているサウロを凝視すれば、本人は私の手を握ったまま釣られるようにゆっくり起き上がった。
「ちょっ、ちょっとサウロ!なんでサウロまでずっと……」
「?ソーが起きるのを待っていた」
いやそれはわかるけど!!
まるで当然のことのように返すサウロに切り返しが思いつかない。掴まれているのとは反対の手で頭を抱えながら息を吐く。
髪に触れると見事にぴょいんっと髪が跳ねていて、慌ててそのまま手ぐしで整えた。寝顔なんて間抜けな顔を観察されていた上に寝癖まで跳ねているなんてとちょっと落ち込む。髪と顔と涎が垂れてないかとか色々心配になって頭がぐちゃぐちゃになる中、三回深呼吸をして息を整えた。
ルベンに「何やってんだよ」と言われるけれど、先ずは目の前にいるサウロにしっかりと視線を合わせる。
「あのね、サウロ。寝ている人の顔をずっと見るのは駄目だよ。恥ずかしいから」
「……だが、ルベンは馬車の中で毎日見ている」
うぐ!?
まさかのサウロから反論された!!しかもなかなか痛いところを!
確かに馬車の中では私がルベンを抱っこしている都合上で毎回先に起きるルベンに寝顔を見られていることは多い。時々「涎垂らしてたぞ」とか言われるくらいにはしっかり見られている。
ルベンは可愛いから良いけど、サウロは人間寄りだしと心の中では思うけど、よくよく考えると確かにそうだよねとも考える。ルベンが良いならサウロも見るくらい良いかもしれない。恥ずかしいのは私だけだし。…………うん。やっぱり恥ずかしいけど。
んーー……と喉で音を出しながらそんなことを考えていると、次第にサウロの眉が垂れた。整った美男子顔にそれは反則過ぎる。
顔ごと目を逸らし、そのままぐるりと顔を一周させる。そもそもなんで私の顔なんて観察したいのと思うけど!人間族の顔がまだ珍しいのはわかるけど!何より起きなかった私が一番悪いけど!!
「……わぁ~かった!じゃあ見てるのは良いけど、………………涎垂らしてたら起こしてね」
「わかった」
約束ね、と快諾してくれたサウロに掴まれた手を指の力だけで力の限り握り返し、念を圧す。
指切りなのか握手なのかわからない状態だけど、それでもサウロが頷いてくれたから良しとしよう。ぶんぶんと掴んだ手を縦に振り、取り敢えず和平を結んだどころで手をパーにした。手を離す動作にサウロも合わせるようにパーに開いてくれた。
起きて初めて両手が自由になった私は、そのままよいしょと立ち上がる。朝食の前に最低限の身支度は調えたい。
座ったままのサウロの頭を撫で、腹減ったと言うルベンの頭もモフモフしてから流し台へと向かう。
「ちょっと身支度だけさせてね。それ終わったら朝ご飯食べに行こう」
まずは顔と、あとはこの跳ねた髪も水を浴びてなんとかしたい。
バシャバシャと流し台を一人占領して、歯を磨いて顔を洗って最後に頭まで水を浴びる。こういう時ショートヘアって本当に便利だと思う。
タオルでワイルドに全部拭いたら、サンドラさんのところで買い溜めた化粧水で出来上がりだ。化粧まではしなくてもせめて肌の手入れくらいは出来るときにしておかないと。馬車の中だとなかなかここまでできなかった。……昨日もそのまま寝ちゃったし。
「ルべンー!髪の毛乾かしてくれる??」
「またかよ」
ハァ、と呆れたように息を吐いた後、ルベンが風のスキルでドライヤーをしてくれる。
彼が風魔法をできると知ってから、ちょっとだけ甘えさせて貰ってる。風魔法で髪を乾かして貰えるなんて私にとってはちょっとした贅沢だ。
髪も乾き、身だしなみも整ったところで資金を入れたリュックを背負う。もう朝からちょっとだけ精神削られたけど、ルベンのお陰で回復してきた。
更に癒やしが欲しくなって、隣に並んだルベンを意味も無くまたモフモフと撫でる。本当に最高の癒やし効果だ。
「!そうだ。おはよう、ルベン、サウロ」
鍵を手に取ったところで扉を開ける前に大事なことに気付いて投げかける。そういえば起きてからまだ一度も挨拶をしてなかった。
おはようと、二人もいつものように返事をしてくれたところで、私は扉を開いた。朝食後の予定を考えて、今回は食べすぎないようにしようと決める。
今日は、待ちに待った買い物日だ。
……
「女って本当にどいつも服好きだよなー!」
宿を出て市場に出れば、朝から賑やかにお店が開いていた。
受付のお姉さんに聞いて見たら朝食の用意もできるらしいけど、今からだと時間が掛かるということでそのまま今日も外で食べることにした。サイラスさんのルームサービスだけお願いして、私達は昨日と同じ市場に来た。
またお腹いっぱいがっつり食べるつもりだったルベンに、今日は買い物があるから軽くで済ませようと言ったら嘆かれた。更には服屋さんに行くから汚れない物を食べようと提案した途端に、今の台詞だ。
どいつも、っていうのが狐族のことなのか、それともサンドラさんの街でのことなのかはわからないけれど。
それでも呆れたように言うルベンにむっと唇を尖らす。私も服にそこまで関心はない方だけど、むしろ私から言わせればルベンとサウロの方が気にしなさ過ぎだ。
ルベンの服なんて一張羅な上にボロボロで継ぎ接ぎが至る所にあってほつれているし、サウロも同じくボロボロだ。
二人ともその服しか持っていないって言ってたし、新調しようと思ったこともないのだろう。
「良いじゃん、着替えとか寝る用とかもあると便利だし。この前みたいにドロドロに汚れたら川がなくても着替えられるんだよ?」
「ソーはもう何着が持ってるだろ。なんで女ってそんなにいくつも欲しがるんだよ」
「私のじゃなくてルベンとサウロの!二人ともそれしか持ってないでしょ!!」
前にも言ったし!と強めに言い返せば、その途端に後頭部に両手を回していたルベンの蒼い目が大きく開いた。「……ルベンの?」とオウム返ししてくる狐に私からも「あとサウロの!」と言い返す。すると後ろに続いていたサウロも「私の……?」と首を捻った。
二人してなんでそこまで他人事なの!?
「城下街なら人間族以外の集落もあるし、二人に合った服も買えるかもしれないでしょ」
「ルベンの、……だってもう川でちゃんと洗えたし」
「でもボロボロじゃん!!だから新しいの買いたいの!その服気に入ってるなら同じようなの一緒に探そう?」
ここは譲れない。ポカンと目が水晶みたいに丸いままのルベンを力一杯説得する。
折角念願の城下街、つまりは異種族もいる街に着いたのだからちゃんと一式揃えたい。
サウロも良いよね⁈と見上げれば「……お前が選んでくれるなら」と斧を片手に頷いてくれた。取り敢えずサウロはファッションにそこまで抵抗もないらしい。
そう考えると未だにポカンと口まで僅かに開いているルベンは、もしかしたらその服に拘りでもあったのかなと思う。狐族の集落は嫌いらしいけど、もしかしたら伝統の服とか?
そしたら狐族の集落まで新しい服を買いに行く必要もある。ならいっそ服屋さんで必殺技を……と考えた時、棒立ちだったルベンの白い尻尾がくるりと揺れた。
「……ソーの服のセンス悪そうだから、ルベンは自分で選ぶ」
まさかのセンス大否定!!
ぷいっと顔を背けたルベンにちょっぴりショックを受けながら私は慌てて自分の服装を確認する。サンドラさんと街で一緒にお買い物した時に買った服だ。
絶対お洒落だし可愛いし動きやすいしでかなり気に入ってたから、駄目出しされて地味に傷つく。「ちゃんと可愛いし!!」と思いっきり声を上げれば、いきなり一人で叫んだ変な人みたいな視線が周囲から刺さる。
思わず唇を結んで唾を飲み込めば、目の行き場がわからずにそのまま俯いてしまう。
落とした視線の先では、顔を背けていたはずのルベンがヘヘッと楽しそうに笑っていた。さっきのポカン顔から今は悪戯が成功したように目を細めて笑っている。
もしかしないでもからかわれたのかと気付いたのは、それからだった。絞った唇をムの字にして上から睨んだけど、ルベンは機嫌良さそうに笑ったらそのままくるりと私に背中を向ける。
「よぉし、さっさと食おうぜ。ルベンは昨日の林檎のパイな!」
鼻歌交じりにそう言うルベンは、軽い足取りで昨日のお店に向かっていった。
私も心は折れつつ、しっかりとした足取りでルベンを追いかけた。




