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バベルの翻訳家〜就活生は異世界で出会ったモフモフと仕事探しの旅を満喫中!〜  作者: 天壱
Ⅳ.着地

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30.移住者は起床し、


悲報。目が覚めたら夜でした。


「うわっ……うわぁぁ〜〜……」

目が覚めた私は、視界の真っ暗さのあまり声が出てしまう。

明かりもつけていなかった部屋は、本当に月明かりしかなかった。その微かな光を頼りに顔だけを動かして見回せば、私以外誰も起きていない事実にまた目が丸くなる。凝らした先には全く起きる気配のないルベンとサウロの寝顔があった。

しかも後から気付いてみると片手はしっかりとサウロの大きな手の上に乗っているし、更にその下はルベンの背中。完全に三人揃って身動ぎ一つせずに寝ちゃったらしい。


一瞬、声を漏らしちゃったところで二人も目が覚めちゃうかなと思ったけど意外と起きない。

眠りが深い証拠なんだろうけれど、いつもは私より起きるのが早いことが多い二人が爆睡していると何だか妙な気分になる。一声掛ければすぐに目を覚ます筈の二人が私が手を外してもやっぱり起きない。まぁ私の手の重さなんて二人からすればハエが止まった程度なんだろうけど。


……やっぱ疲れてたんだな。


ルベンは馬車での移動続きだったし、サウロなんて初めての馬車だったからかここずっと眠りも浅いし睡眠時間も短かった。オークはあまり眠らないのかなとも思ったけど、こうやって熟睡しているのを見るとやっぱり落ち着かなかったんだ。

本当に無事に城下に着けて良かった。


そんなことを考えていると、急に背筋を冷たいものが走った。

身震いに襲われながら振り返れば、窓が完全に開けっ放しになってる。太陽が昇っている時は温かかったから気にしなかったけど、今はわりと寒い。

二人を起こさないように起き上がった私は、自分の腕をさすりながら抜き足差し足で窓へと向かう。

閉めたら二人に毛布を掛けてあげようと窓に手をかければ、外の景色が視界にに飛び込んだ。明かりが点々として、月明かり以外でも結構明るい。夜ではあるけれど活気のある風景にまだそんなに深夜でもないのかなと思う。多分あの明かりが全部お店だ。

時計を見ると、やっぱりちょうど夕食時程度だった。そりゃあお店も開いている筈だ。

けど、まだ食べたものが消化し切れてないから空いてもない。夜店はちょっと見に行ってみたいけど、二人を置いて行くのもなんか悪い気がする。


「でも時間どう潰そうかなぁ……」

溜息交じりに声が出てしまう。

窓を閉め、マットの隅に重ねて積み上げられていた毛布を取り敢えず二人にかける。なんとも中途半端な時間に目が覚めてしまった。

いつも馬車だと外の景色眺めたりルベンやサウロが話し相手になってくれたけれど、今はどうしようもない。窓の向こうは良い景色だけど、今長く眺めていると行きたい欲が刺激されそうで意識的に背中を向けてしまう。

足下が見えないと困るから、月明かり欲しさにカーテンは開けたままソファーの上で取り敢えず未だぐっすりな二人を眺めた。


すうすうと寝息が静かな二人の音を聞きながら、一度目を閉じる。気持ちよさそうな音に私までほっとする。

ここまで寝息が静かな二人だと、私の方は寝ている間大丈夫か心配になる。今まで友達にも指摘されたことはないけど、イビキとか寝言とか歯ぎしりとかしてたらどうしよう。男子二人女一人で私が一番煩かったら流石に恥ずかしい。

一応確実に言ってくるであろうルベンにもまだ注意されたことはないけど……。


そんなことを考えながら、のんびりとソファーの上に足を崩す。

目を開ければ二人の寝顔を眺める以外、やることもない。あんなに熟睡しているのに起こしちゃいけないと思うと物音を立てられないから荷物も漁れないし、いっそ部屋を出て宿屋探索だけでもしようかなと考える。

どうせ二人は宿の中なんて興味ないだろうし、お洒落なペンションとか探索するのはわりと私は好きだ。

ソファーに手を付いて少し重たくなった身体を起こしながら、実行に移すべく足を降ろす。すると……


タン、タン……。


不意にさっきまで何も聞こえなかった廊下の方から足音が聞こえてきた。

階段を上っている音だろうか。私達の部屋は階段の正面だし、誰か他のお客さんかそれともサイラスさんかと聞き耳を立てていると段々と足音が近くなってきた。同時にカチャカチャと食器の音も聞こえてくる。夕食時だし、食事を運んでいる音かもしれない。

人が近付いていると思うと暗い部屋だと妙に落ち着かなくて、降ろした足を手元に寄せて体育座りで身を固くする。両膝に顎を当てて音が過ぎ去るのを待つと、足音と食器の音は意外にもすぐ近くで止まった。

コンコン、とノックの音が鳴って一瞬自分の部屋が鳴らされたのだと思って肩が跳ね上がる。なんだかホラー映画の主人公気分だ。


「サイラス様。お食事をお持ち致しました」


受付のお姉さんの声だ。

名指しで呼ぶ声に、用事があるのはサイラスさんの方だったのかと納得する。ちゃんと食べているんだなとほっとしていると、数秒の間の後に扉が開く音がうっすらと聞こえた。ちょっと間があったということはまたサイラスさんも寝てたのかもしれない。

「どうもどうも」と微かにサイラスさんの声も聞こえて、言い方がやっぱり寝起きの声だと思う。あの人も馬の世話と食後はぐっすりだったのかもしれない。……ん?馬??


「あ……」

そうだ、馬がいた。

小さく零れた声を途中で押さえるように両手で覆う。馬車の馬の世話は全部サイラスさんに任せちゃっているけど、折角だし手伝おう。

きっと夕食を終わったらそのまま夜の世話にしに行くところだろうし、それに合わせて部屋を出れば良い。馬車までなら同じ宿屋の敷地内だし、すぐに戻ってこれる。

今日はサイラスさんもクタクタだろうし、お世話になっているお返しにもちょうど良い。


よし決まったと、我ながらの良案にぐっと拳を握る。

そっと足音を立てないように床に降り、また抜き足差し足で二人の横を通り抜ける。殆ど全面がマットを敷かれているから、なるべく二人から遠回りしてマットの無い部分をアスレチックのように狙って歩いた。

マットと違う固めの絨毯の感触を足で確かめ、扉の前まで辿り着く。


ちょっとストーカー気分にはなるけれど、このままサイラスさんが部屋を出るまで待ち伏せしておこうと部屋の鍵だけ握り、扉に背中を預けて待った。まだ壁に耳を押し当てないだけマシだと思いたい。

人の食事の時間ってあまり気にしたことがなかったけれど、サイラスさんは結構食べ終わるのも早かった。多分十分前後くらいだろうか。

カチャカチャと食器を廊下に出す音と一緒に、足音と欠伸が一緒に廊下へ出てくるのが聞こえた。

今だ!と待ち伏せこの上ないタイミングでそっと扉を開ける。


「おはようございます、サイラスさん」

ルベン達を起こさないように先に部屋を出てから、声を掛ける。

視線の先にはやっぱりサイラスさんだ。若干寝癖か、髪が跳ねたサイラスさんはちょうど扉に鍵をかけるところだった。

ソーちゃん、と。いつもより少し気の抜けた声で呼ばれて私も返事の代わりに手を振って応える。


「どうした、これから飯か?」

「いえ、もう食べたんですけど。折角なので馬のお手伝いさせて貰いたいなと思って」

「狐とオークは?」

「今はぐっすり寝てます。だから私一人で」

「………………………………………」

……どうしたんだろう、突然黙りこくってしまった。

跳ねた髪ごとぐしゃりと頭を掻きながら、眉を寄せたサイラスさんに首を捻ってしまう。視線を私から外すと、また何事もなかったかのように扉の鍵を閉めた。


「……ああ、そういやぁ飯ご馳走さん。さっき貰ったよ」まさかの、さっきの食事がお昼前に私が頼んだルームサービスだったらしい。

もしかしないでもご飯食べずに今の今まで爆睡してたということだ。馬の為にルームサービスを目覚まし時計代わりにしたのかと思うとなんだか流石社会人だと思ってしまう。

お世話になっているのでと言葉を返しながら、これはこのまま付いて来て良いということだろうかと思う。サイラスさんを待たせないように私も扉に振り返り、鍵穴に鍵を差……


「差すなよ。頼むから差すな、そして部屋に戻れソーちゃん」


ドシリと釘を刺すように最初の一言が強めに放たれる。

えっ、と鍵を構えたまま顔を向けると、部屋を閉め終えたサイラスさんが頭をガシガシ掻きながら歩み寄って来た。手の動きだけで〝開けろ〟〝戻れ〟と指示をするサイラスさんに流されるようにおずおずと再びドアノブを捻り、そっと扉を開ける。なんだかお世話になっている分ついつい抗えない。


「気持ちだけはありがた~く受け取っておくがな、ソーちゃん。頼むから部屋にいろ?俺のこと思うなら大人しくしててくれ」

どういうことだろう。

もしかして自分の馬の世話は他人には全く手出しされたくないタイプなのかな。今までも宿を取る度、人に任せずに自分で毎回世話しているし。

扉を二十センチくらいまで開けたまま瞬きだけを繰り返してしまう。すると、今度はわりと強引にサイラスさん自身が扉の縁に手を掛け、反対の手で背中をぐいぐいと部屋の中に押し込められてしまった。

「良いから良いから良いから」とまるで馬を落ち着かせるみたいに繰り返され、私も二人が寝てるから下手に声もあげられない。せめてもと「えええええぇぇぇ……」と潜めた声で不満を訴える。


「ちょっと待ってろ」

部屋に収納しきられ、扉の隙間からサイラスさんを見返せばそのままステイされてしまった。

私に背中を向けて、階段を足早に降りていくサイラスさんを半端に開けた扉の中で待つ。階段の下から少し話し声が聞こえたけれど、はっきりとは聞き取れない。この状態で待ってろってことは、このまま馬のとこに言ったりしないよね?と耳を澄ませた。

でも、全く何を言ってるかわからない。いっそ子どもみたいに「サーイラースさーん」と呼んでみようかなと思ったところで、また階段を上る音が近付いてきた。

タン、タン、タンと。規則的な足取りで登ってきたサイラスさんの手には二冊の本だ。あんな本、馬車にあったっけ。


「ほらよ。受付で借りただけだから読み終わったらちゃんと受付に自分で返してくれ」

「受付で??」


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