そして満足する。
「獣人族は毒に耐性がないのか。……人間族もか?」
「ないけど……えっ、寧ろサウロは耐性あるの??」
「そりゃあオークだからあるだろ」
簡単にルベンの発言を受け入れるサウロの更なる爆弾発言に聞き返す。しかもそれにルベンまでまた当然という声で応じてきた。
そんな当然じゃんみたいなこと言われても私異世界人だから知らないし!!
今更だけど、本屋さんに行けたらどっかで図鑑みたいなの売ってないか探そう。今までサンドラさんのお陰で異種族には会ったことはあっても彼らのことは何も知らないし、異種族図鑑みたいなのでもっと勉強しよう。せめて一緒に旅しているんだからサウロとルベンのことくらいは。
もしかしたら犬や猫みたいに食べちゃいけないものとかアレルギーとかあるかもしれないし。
「オークは何でも喰える。喰ったもので身体に異常を及ぼすことは先ずない。だから毒も痺れも効かない。スキルの攻撃や効果は別だが。身体に無害な薬しか受けいれない」
「じゃあ風邪薬とか治療系のは効くの??」
「効く。……だがもう長く、使ったことはない。大概は食えば治る」
なんとも原始的な治し方。
でも、つまりは食べれば何でも栄養に変換できちゃう身体ということだろうか。スキルの毒とかは効くというのも、毒に耐性というよりも消化器官が最強なのかもしれない。
そういえば本とかゲームでも、オークの大量発生で草木一本も残らなかったとか、食い尽くされたとかいう村人が語る場面ってけっこうあった。……その後主人公に退治されてめでたしめでたしがセットだけど。
でもこうやって考えると、人間より雑食を極めたオークって実は結構優秀な種族かもしれない。力も強いし水の中でも長く息を止めていられるし、サウロに至ってはドラゴンだって倒せちゃう。
「なあなあ、効かなくても食ったら毒ってわかんのか?」
「わかる。有害なものほど不味い」
「すっげー!じゃあ変な奴に飯出されたらサウロに喰ってもらえば良いんだな?!」
「ああ、いける」
なんか和気藹々ととんでもない話しをしている二人に口の端が片方だけ引き攣る。
それ悪気無しで言ってるけど完全に毒味でしょ!!しかもサウロも快諾しちゃってるし!
これから魔王の城にでも向かうならまだしも、国一番の都市部である王都暮らしで何を想定しているのか。そこまで考えてから、ふとサウロが結構話すようになっていることに気付く。
わりといつも必要最低限の受け答えだけが多かったサウロなのに、今は普通にルベンと会話を楽しんでいる。初めて会った時以来、自分のことをここまで積極的に話してくれるのも初めてかもしれない。
心なしかルベンだけじゃなくサウロも楽しそうだ。これが同じ釜の飯を食う効果という奴だろうか。今までの馬車でもここまで会話が弾んだことはない。
「でもやっぱ美味いのが一番だよな!喰えるのと美味いのは全然ちげーし!」
「嗚呼。……今日の食事は、本当に、……本当に美味かった。こんな贅沢をしたのは生まれて初めてだ」
「ソーはすげぇよな、どっからあんなに金が湧いてくんのか全然わかんねぇ」
「金……?」
ルベンの言葉に少しだけサウロが眉を寄せる。
首を傾げる仕草に、そういえばサウロはお金の概念とか知らないのかなと思う。さっき換金所に行ったのも私に付いてきてくれたからなだけであんまりわかっていなかったみたいだ。
まぁ、普通に考えて異種族が異種族の店でわけわからない取引してても「そんなものか」としか考えない。サウロはルベンと違って何にでも「これなに」と尋ねまくってくるタイプでもないし。
「今日食べ物を貰う時に代わりにお店の人に渡してたでしょ?ほら、換金所で大量に交換で貰ったやつ」
今手元にリュックがないから代わりに人差し指と親指で丸を作ってみせる。
サウロも思い出したのか「あれか……」と納得したようにゆっくり頷いた。物々交換ではない売買に関してはこれから少しずつ教えていこう。サウロは勝手に商品を持ち帰っちゃうようなことはしないし、支払い関連は私が代わりに買えば良い。
「まー、それについては私も色々あって。取り敢えず二人とも遠慮はしなくて良いよ。代わりに欲しい物があっても絶対に勝手に取らないでね。お店の人に怒られちゃうから」
「すげーー!じゃあまたこんな料理喰えるのか?!毎日!!?」
「毎日この量は流石に……。でも、毎日美味しいご飯食べて暮らそう。サウロも住みたいところが見つかるまでずっと」
ちゃんとサウロの移住先探しも忘れていないことを伝えながら笑い掛ける。
旅を始めた時にルベンとした約束もあるし、やっぱり美味しいご飯は外せない。ぃやったー!と両手を挙げて王都暮らしを今から楽しみにしてくれるルベンと一緒に、サウロも小さく笑んでくれた。ちょっとだけ困ったような表情も見えたけど、すぐ口を開いた。
「……私は、どこでも構わない。美味い物を喰えなくても何も手に入らずとも、……今が良い」
「ルベンも!!やっぱさ、美味いの喰えるのも良いけどそれより」
穏やかな声で語るサウロにルベンが声を上げて続く。
お腹いっぱいで上機嫌なのか、片手を上げるどころか両手を万歳したルベンはそれから満足げにお腹を摩った。もこもこの毛皮でわかりにくいけど、何となくいつもよりぽっこりしている気がする。
鼻歌でも歌いそうなほどにこにこと笑うルベンが、ニカッと牙を見せた。
「〝美味い〟って、言えるのも聞けるのも楽しいよな」
へへっ、と無邪気な笑顔を見せるルベンの横顔にうっかり胸が打たれた。
そういえばこうして異種族同士で話すのなんて普通はできないんだよねと思う。何言っているのかもわからないし、耳の構造的に聞き取れない。
そう考えるとこうして二人と美味しいものを共有できている今が凄い幸せだなぁと思う。
言葉が通じて、好きなものとか一番美味しかったものとか聞けて、お互いのことで知ってることや知らなかったことを教えて貰える。人間関係としては普通なことだけど、言葉が通じ合ってこその意思疎通と交流だ。やっぱり……
「……」
そう思うとなんだが全身がポカポカしてむず痒くなって、口が緩みそうなのを意識的に絞って抑える。
隣に座るルベンに片手を伸ばして、反対の手で牛串を取ってサウロに伸ばす。すぐに意図を悟って前のめりに首を伸ばして口を開けてくれたサウロと、私の手がルベンの頭に届くのは殆ど同時だった。
お腹いっぱいのルベンの頭をもこもこと撫でて、サウロにお気に入りの牛串をあげて、ご馳走よりもこっちの方がずっと贅沢だなと思う。
幸せのままに私からも牙のない歯を見せて二人に笑う。サウロが自分から沢山話してくれたことも、ルベンからそんな素直な言葉を聞けたのも嬉しくて堪らない。
「これからは〝美味しい〟って言い合えるのが当たり前の暮らしをしようね」
── やっぱり、〝翻訳〟って最高だ。
それを理解し合えるこのスキルが、やっぱりどっちの世界でも一番好きで最強だなと思う。そうじゃなかったら二人とこんなに仲良くなんて絶対なれなかった。
突然手を伸ばしてきたことに驚いたのか目を丸くしたままだったけど、それでも揃って頷いてくれる。
未だに二人のリーダーは難しいけど、隣に並べるくらいには昇格したいなと思いながら私は背もたれに背中を預けた。




