5.転移者は手を引かれ、
「そっかー、じゃあまずはスキル鑑定からしないと。仕事探しはそれからね」
パンッと気合を入れるように自分の脚を両手で叩いて立ち上がったサンドラさんは、早速扉の方へ動き出した。
「行こっか!」と勢い良く言われて思わず聞き返す。呼ばれるままで部屋から出てサンドラさんについていくと、廊下に下げられた上着や鞄を次々と身に着けながら真っ直ぐに家の玄関まで向かった。
どうやらこのままスキル鑑定に行くつもりらしい。この人、行動が凄まじく早い。元の世界でもこういう人が確実に出世とかしてカリスマになるんだろうなぁとぼんやり考える。
「お腹減っていない?」と聞かれて思わず正直に頷けば、道すがらで何か食べようかと言ってくれた。なんかもう格好良すぎて姉さんと呼びたい。
鞄の中のお菓子じゃ膨らまないし、何よりもう何時間食べていないのかもわからない。体感では五時間くらいだけど、森の中も結構歩いたし意識した途端にお腹まで鳴った。
町の中を歩きながら色々説明するよと言ってくれたサンドラさんに頷き、一緒に玄関に出る……前に。
「……ねぇ、怪我してんの?」
ふいに今気が付いたらしく私の脚を指される。
下を向けばパンプスの片足が布で巻かれている状態は明らかに怪我人だった。怪我といえば怪我だけれど靴擦れにしては大げさ過ぎたかもしれない。
慌てて靴擦れとモフモフに布を巻いてもらったことを説明すると、少しだけ意外そうに口を開けられた。
「そんなサービスするんだあいつ。ちょっと意外」
本当に心から意外そうにそう呟くとと、サンドラさんは自分用のサンダルを一つ貸してくれた。少し大きい気がするけれど、パンプスよりはずっと良い。
ついでに破れたストッキングもその場で脱いだ。ちょっと違和感はあるけれど破けたビリビリを見られるくらいなら素足の方がマシだ。
パンプスごと巻かれていた布だけ鞄に入れて、私は諸悪の根源の靴だけ玄関の隅に並べ、今度こそサンドラさんと一緒に家を出た。帰ったら服も貸してくれると言われて、遠慮より先に正直に喜んでしまう。本当にこのスーツ早く脱ぎたくて仕方がない。
大分歩きやすくなった私は、足取りも軽くサンドラさんと並んで歩いた。
さっきはモフモフを追いかけるのに夢中で見まわす余裕もなかったけれど、確かに色々なお店がある。洋服屋さんや洗濯屋さん、露店や屋台みたいな出店も多い。活気もあるし、こうやってみると異国感はあっても異世界とは思えない。
少し遠回りになるけれど、食べ物の店が多い通りをサンドラさんが選んで案内してくれた。
二つ向こうの通りを曲がると、一気に美味しそうな香りが広がった。匂いだけで思わず口の中を飲み込んでしまう。野良猫や野良犬もちょこちょこ歩いては吠えたり可愛く泣いたりして店の人に餌をねだるように愛想を振り撒いている。彼らにとっても絶好の餌場らしい。
「好きなの言いなよ」
男前なことを言ってくれるサンドラさんにエスコートされ、通りの真ん中を歩く。
両脇の店を何度も見回せば、どれも美味しそうな店ばかりだった。屋台みたいに食べ歩き方式の店が多いせいか、まるでお祭りみたいだなと思う。見たことのあるような料理もあれば、全く食材すらわからない料理すらある。
「いらっしゃい」「美味しいよ」という声に紛れて「サンドラちゃん今日も綺麗だね!」「サンドラちゃん今日はうちで買っていくだろう?!」「今日は可愛い子連れてどこいくんだ?」と笑いながら声をかけられる。流石町長の娘、大人気だ。
「人、本当に多いですね……」
「この辺で人の集落はうちの町くらいだからねー。人が集中したお陰でわりとデカいよ。あ、そうだアレとか食べない?」
手で四方に挨拶を返しながら返事をしてくれたサンドラさんが、途中ではっと気が付いたように一点を指さした。
見ると物凄く見覚えのある料理が屋台で出ていた。しかも、恐ろしく長蛇の列だ。あれは……と口が閉まらないまま尋ねると、サンドラさんは私の手を引いて最後尾に並んだ。そして最前列と屋台の看板を指さすと自慢気に声を跳ねさせた。
「転移者の爺様の受け売り店の初代店。これが爆発的に流行ったらしくてさー!貴方の世界にもこの店あった?」
「あった、というか……。まぁ、お店でも食べたことはあります」
やっぱり!と嬉しそうにサンドラさんが笑う。
私もつられて笑って返すけれど、色々と突っ込みが喉まで突っかかる。サンドラさんの話を聞いた時から、その爺様が何年前の転移者で、私と同じ世界の人間なのかとか何処の国の人なのかとか色々気になることがたくさんあったけれど、今二つだけ確信できる。間違いなくそのお爺さんは私と同じ世界の住人だ。そして
「こっちでは〝卵かけごはん〟っていってさ、特別新鮮な鶏の卵に秘伝のタレ。そして米っていう発想が最高!週に一回は絶対食べるのよ」
お爺さん絶対日本人‼︎私が友達と店で食べた時はネーミングはTKGだったけど、一気に自宅に帰ったような気分になってしまう。いや私もTKG大好きだけど!!
これもある意味故郷の味というのだろうか、と思いながらも私は大人しく長蛇の列を並んだ。ただしその先は人気タピオカ店でもパンケーキ店でもなく、日本人の庶民の味である卵かけごはんだ。あまりにシンプルすぎる。
「貴方もスキルわかって前の世界の知識とか上手く使えば将来がっつり稼げちゃうかもよー?」
「いや私別に特別稼ぎたいとかはそこまで……」
期待を持たせてくれるサンドラさんの言葉に、口が苦く笑う。
いやお金あっての生活だし欲しいといえばすごく欲しい。でも今までだって働けるなら大企業やわりと良い職もあって、……でもどーーーっしても曲げられなくて。だから教授とああ喧嘩を……
「おい!誰かこの泥棒狐ふん縛るの手伝ってくれ!」