そしてご馳走する。
「次は何食べよっか。あ、ルベンお肉とかどう?向こうに串焼きとか売ってるけど」
「奢りか!?」
おおぉっ!!と予想以上にルベンの声が浮上した。
びっくりして視線を向けると、長い鼻をクンクンと鳴らして私が指差した先を凝視している。串焼きとかサンドラさんの街でも見たしそんなに珍しいものでもないと思った。
「勿論私が奢るけど」
「!やりぃ!!」
また一目散にルベンが駆けだした。弾むような嬉しそうな声に、よっぽどお肉が食べたかったんだなと思う。
看板には人間族の文字でデカデカと「牛まるまる一頭から!」となんだか見慣れた売り文句も書かれていた。高級が売りなのか、お値段を見るとけっこう割高だ。
メニュー表もなく〝牛串〟としか書かれていないから、肉の部位は選べないらしい。目の前で焼かれているお肉も明らかに部位がバラバラだけど構わず焼かれている。
「すみません、取り敢えず牛串三本下さい」
まいど、と料金を受け取ったおじさんが塩こしょうだけ振られた肉の塊を三本両手で私に差し出してくれた。
一本一本がコンビニのフランクフルトより大きいから結構持つのにも苦労する。
ルベンにまず一本手渡し、両手に一本ずつに持ち変えた。これなら今度は私もゆっくり食べれる。
受け取った途端に迷わず肉に齧り付いたルベンは口の回りの白い毛が汚れるのも気にせずに「うめぇえ!!」と声を上げた。菓子パンを食べた時とも違う美味しそうな表情と、剥き出しの牙で噛みきる姿に狐っぽいと今更思う。そういえば狐も肉食獣だった。
「でも、元いた街ではあんまりルベンこういうの食べてなかったよね?」
「あんな高いのルベンが買えるわけねぇだろ!こういう高い肉の一度食ってみたかったんだよ!」
……確かに、サンドラさんの街でも牛串系は高い料理だった。
そう思うと何気にいまルベンの念願を叶えてご馳走できたんだなと思う。今回は菓子パンよりも時間をかけて美味しそうにガブガブしているルベンに私まで嬉しくなってくる。
これはもう二、三本追加注文しちゃってもいいかなとつい財布の紐を緩む。
「あっ、サウロごめんね。冷めないうちに食べて」
ふと、そこでまだサウロが食べてないのを思い出す。ついルベンの食べっぷりに見とれて自分とサウロの分を忘れていた。
自分で一口囓りながら、左手のサウロの分を差し出す。お肉なら流石にサウロも山で食べ慣れている筈だし、親しみもあるだろう。
私が差し出した牛串に、また最初はきょとんとした顔を見せたサウロだけど今度はあまり疑問もなく大口を開けてくれた。そして
バキッ。
…………いま、バキッていった?
肉を囓った音とは思えないそれに思わず二度見してしまう。確実にサウロへ差し出した牛串から聞こえた音と振動に、まさか牙でも折ったんじゃないかと心配になる。
けど、音を鳴らしたと思える張本人は全く変わらない表情で齧り付いた口を閉じ、前のめりにさせた首を引いていた。囓られた跡を凝視すれば、サウロが口に含んだ先が牛肉どころか串ごとバッキリなくなっていた。
「ちょっ!!サウロ!串!串食べちゃってる!串は食べ物じゃないから!!」
縁日で起こったら凄惨事件案件だ。自分の血の気が引いていくのを感じながら慌ててひっくり返った声を上げてしまう。まさかこんな事故が起こるなんて!!
イヤァアアッ!!と慌てすぎて悲鳴まで上げてしまう中、寧ろ私の悲鳴にびっくりしたように目を丸くしたサウロの喉がまだゴクンと上下した。……えっ、飲んじゃった?
あまりのことにそれ以上悲鳴も出ず口をポカンとする私に、サウロの方が少しだけ首を捻った。
「どうした?」と尋ねられるけれど、むしろ私の方がそれを言いたい。うっかりサウロの分も自分の牛串も落としてしまいそうになる私に、ルベンまでもが落ち着いた声で「なにびっくりしてんだよ?」と尋ねてきた。ルベンも今の大事故を目にした筈なのに。
「ソー。サウロが串ぐらい食えねぇわけねぇだろ?オークは大概のもんは何でも食えちまうんだから」
さらっと、当然のことのように言うルベンにカクカクと首が向く。口が開いたまま力が入らない私に、ルベンはもう一口分だけ残した牛串を片手に眉を寄せている。
いや、なんでも食べられるって確かに聞いた気がするけど、串は食べ物じゃないし。ていうか牛串は串まで食べ物として売られていたわけじゃないし。確かに原料は木だけどそれはそれで野菜とも違うし!!
色々思いっきり言いたいことはあったけど、衝撃が強くてまだ声が出ない。串どころか人間だったら爪楊枝でも大事故に発展するのにと、サウロにまた顔を向けるけど本人は飲み込んだ後も全く平然としたままだった。
「問題ない。食べられる」
ルベンの発言を聞いたからか、私が何でびっくりしているのか理解したらしいサウロ本人からも太鼓判を押されてしまう。
黙っているとそんな虫も殺さなそうな顔してるのに、串をポッキー感覚で食べちゃうのかとそっちの衝撃が大きい。取り敢えずサウロが無事で良かった。
「……よく、噛んでね……?」
牛串の湯気がなくなっちゃうくらいの間、ずっと固まった私がやっと絞り出せたのはこの言葉だけだった。
頷いたサウロは、また大きな口で残りもバクンと頬張ってしまう。私の持ち手になっていた部分もサウロが本当にバキバキとポッキーやスティック野菜くらいの感覚で噛みきってしまう図に茫然としてしまう。
たしかに串を噛みきれたらパンなんてどんなに固くても〝柔らかい〟になる。
現実を確かめるように私も自分の分の牛串を口に含み、それから串を噛んでみるけど当然ながら噛み切れない。代わりに牛肉に歯を立てて噛みきれば、冷めて少し固くなっても美味しい肉汁が口に溢れた。
美味しい、と思った瞬間にやっと頭が現実についてくる。
「串って美味しい……?」
「無味……に近い。木の根ならもっと味がする」
まさかの素材で比べてきた。流石に野生の新鮮な木よりは味が薄いだろうとは思うけど。
私が牛肉を半分囓りきった間に、もう残りの串も全部食べきっちゃうサウロは本当に平気そうだ。一応〝無味〟という単語に初めてサウロから味の感想が聞けた。まさか牛串の串部分で最初に感想を聞くことになるとは思わなかったけど。
でも、味がしないならどけちゃっても良いんじゃないかと思ってしまう。もしかして普通の食べ方を知らないのかもしれない。最初にそこから教えてあげれば良かったと反省する。肉なら食べたこともあるだろと完全に油断してた。
「だが、……」
低い声で一度切った言葉をサウロが続ける。
ここで牛串より木の皮の方が美味しいと言われちゃったらどうしようと少し心配になる。それともやっぱり飲み込んだ時に喉に引っ掛かったとか。
口の中の牛肉を噛むのも一度止めてサウロを見返せば、ゆるりとその口元を次第に緩め出した。
「こんなに美味い肉は初めて食べた。お前達とならなんでも美味に感じたが、……特に」
話し方こそいつも通りの低い淡々とした声なのに、ルビー色の目が甘い物を食べた時のルベンのようにきらきらと輝いていた。
笑んでいるとも見える表情で頬まで綻ばせ、最後には余韻をまだ味わっているように小さく息を零した。一つ一つは小さな動作だったけれど、もう本当に幸せいっぱいなのがよくわかる。
今日まで一緒にご飯を食べたことは何度もあったけど、サウロがこんな顔をするのは始めてだ。ルベンがそれに乗るように「美味かったよな!」と声を上げれば、コクンと素直に頷いた。
二人のその反応に私は残り半分のお肉を急いで囓り、口に頬張った。ムグムグとちょっと荒く噛みきって飲み込むと、一直線に牛串屋さんへ戻る。
すぐそこで大騒ぎしていた私とサウロ達の様子をずっと眺めていたらしいおじさんは半笑いを浮かべながら私を迎えてくれた。
一人不審者な私は、はっきりと聞こえる声でおじさんへと言い放つ。
「すみません、牛串あと二十本追加で」
取り敢えず当面の間、三人でのご馳走は高いお肉にしようと決めた。




