見つける。
「いやっ……本当にルベンってサウロ好きだなって思って……!そうしてサウロの肩に乗っているルベン、すごく可愛……微笑ましいし」
「今絶対「可愛い」って言おうとしたろお前」
ごめんなさい隠せませんでした。
くくくっ……と笑いが堪えようにも堪えきれない私に、呆れたようなルベンの声が降り注ぐ。怒っていないだけ良いけど、バレてしまったことに少し焦る。ごめん、ともう一度言ってみたけど今度はルベンのであろう溜息の音しか返ってこなかった。
顔を上げれば、少し不思議そうに肩を丸めて私を見るサウロとまた目が合った。前を見なくて大丈夫かなと思うけど、それを言ったら顔を背けたり俯けてる私も一緒だ。しかも本当にルベンの全体重をものともせずに平然としているサウロを見ると、なんだかこれはこれで面白くなってしまう。まずい、完全にツボに入った。今なら箸が転んでも笑えそうだ。
ふふふっ……と意識的に足を前後に動かしながら笑いの波が引くまで堪え続ける私に、ルベンから「ソーのばーか」と雑な悪口が一投された。
「そりゃあルベンがサウロ好きなのは当然だろ。だってサウロは強いしデカいし格好良いし、ドラゴンだって倒しちまうんだぜ。ソーと違って」
ぐさっ。
……今の最後の一言はちょっと胸にきた。
少なくとも笑いが止まる程度には突き刺さった言葉を抜くように、息を吐き出した。遠回しにそれって私がお荷物だって言いたいんだろうなと思う。
「可愛い」と言おうとした仕返しだと分かっていても凹む。そりゃあ確かに今のところ全くお役立ちしてないけど!サウロはドラゴン倒してくれたし力持ちだし、ルベンも狼とか余裕で放り投げて倒せるし、風スキルまで持ってる超有能狐だけど!!
せめて二人の会話を私が翻訳で介すことができたら、もうちょっとお役立ち感があったのかもしれないけど、スキルのお陰で自動的にルベンとサウロは会話できる。私のスキルの影響とわかっていても何とも実感が薄くて悲しい。まぁ二人が何の不自由もなく仲良くできるのは良いことだけど。
落ち込んだけど、お陰で気持ちもおさまって頭を低くしながら再びサウロと並ぶ。「私だって翻訳スキルはあるし」といじけるように呟いたら、「知ってるよ」と軽くそこは返された。
ふう……と肩が落ちるくらいの溜息を吐き、正面に向けて顔を上げる。すると、本当にすれ違う人達の視線……というか反応が変わっていることに気がつく。
さっきまではサウロ自体に見惚れたり口を開けたり、もしくは私を繋いでいる手にびっくりガン見しているかのどっちかだったけど、今はなんとも楽しそうな笑顔がサウロに向けられている。正確にはサウロの隣のルベンに。
私と手を繋いでいるのもそうかもしれないけど、狐族とここまで仲良しな様子なのも珍しいのかもしれない。なんだかんだで本当にサウロの視線を請け負ってくれたルベンはやっぱり優しいなと思う。
「今度私の肩にも乗ってみる?」
「ばーか。ソーの弱ぇ肩じゃルベンの重さで潰れるだろ」
二撃目きた。
「いー!」と歯を向けて子どもっぽく駄目出しを言ってくるルベンに正直に肩を落として頭も位置が下がる。でも確かにそうだ。
力持ちオークのサウロだから平気なのだろうけど、私は膝の上に乗せるのが丁度良いくらいだ。お膝抱っこは何度も経験済みの私だけど、なにげにルベンをがっつり持ち上げたことは一度もない。……今度ルベンが寝ている間に試してみようかな。わりと良い筋トレになるかもしれない。
膝に乗せた感じはわりとぎりぎりいけそうな気もしなくないんだけど。
「……あ」
とうとう目当ての看板が視界に入った。
〝換金所〟という文字にそれだけで一気に気持ちが上がる。これでやっとちゃんと買い物ができる!!
そう思った途端、お金の使い時をお腹が待ちわびていると言わんばかりにグーと鳴った。音を掻き消すように「あったあった!」と嬉しさ半分誤魔化し半分で声を上げ、サウロの手を思いっきり握りしめる。
声に驚いたのかいきなり強く握られたのに驚いたのか、ビクッ!とサウロの手が腕ごとレベルで震えた。勢いのまま私が駆けて腕を引けば、力持ちの筈のサウロの状態は僅かに前のめりに傾いた。
私のはしゃぎようにか、それともお腹の音にかルベンが「飯か?!」と声を浮き立てる。今はご飯の為の先立つもの調達だ。
換金所!とはっきり声を上げた私はサウロが合わせてくれるままに早足で店に飛び込む。
扉を開ければカラァンカランッ!と懐かしいような音が木霊した。扉の内側に鐘が仕掛けてあったらしい。
すみません、と呼ぶ前に先手を打たれ、扉の鐘を見上げる内に「いらっしゃい」と声を掛けられた。
ちょっと体格の良いおじさんだ。トラックの運転手にでもいそうな太い腕と無精ヒゲに、一瞬入っちゃいけない店に踏み入ってしまったかなと怖じける。笑顔だけは愛想が良いのが失礼ながら逆にちょっと闇金感があって怖い。
「嬢ちゃん、ここは換金所だけど間違っていないか?」
思わず挨拶を飲み込んだまま立ち往生してしまった私に、おじさんが低い声で気さくに話しかける。
扉を開けたまま立ち往生してしまった所為で、完全に詰まってる。扉もまた人間族サイズだからさっきの宿屋ほどではないけど低い所為もある。私が店内に進まないと、いつまで経ってもサウロもルベンも入れない。
頭では理解しながらも、怖じけて足が詰まっちゃう私は悪いなと思いながらもその場で返事をする。元の世界でも怪しい店だと思ったら扉を閉める前に逃げるが鉄則だった。
閉めたら最後逃げられず犯罪に巻き込まれるなんてよくある話だ。
しかもこの世界は奴隷も承認されている。余計に新著に動かないと。
「いえ……。すみません、換金をお願いしたいんですけど……大丈夫ですか?」
何が大丈夫なのか自分でもわからない。額に冷たい汗がしみてくるし、お腹だけじゃなく喉までカラリと干涸らびてくる。
ちょっと前まで健全な大学院生だった私は正直こういう怪しい店に入ったことがない。観光や旅行とか森とか鍾乳洞探検とかは国内海外問わず好きだったけど、裏世界的なのは専門外だ。
おっかなびっくりに両肩を思いっきり上げちゃいながらの問いに、おじさんはワッハッハと大笑いした。
「大丈夫!大丈〜夫!!いらっしゃい」
フレンドリーな感じがやっぱり怖い。続けて笑いながら「おーい客だ」と店の奥へ仲間を呼ぶ攻撃まで仕掛けてくるものだから、うっかり声に押しだされるように後ずさってしまった。
手招きしてくれるおじさんには申しわけないけど、身体が正直に下がろうとすれば踵が背後に詰まっているサウロにぶつかった。
「どうした……入らないのか……?」
「おいソー!さっさと入れよ。店の中見えねぇだろ」
言葉が分からない以前に店の低い扉と私が邪魔で店内の状況を全くわからない二人に逃げ場を奪われる。
どうしよう、せっかくリーダーとして気合い入れようと思ったのに早速怖じ気づいてる。
いやだって実際めっちゃ怖いし!!二人に返事をしようと思ったけど、どんな言葉を選んでも失礼なお客でしかない。
じゃあ狐族語かオーク語で話そうかなとも思ったけど、そしたら今度は私の方が売られそうだと、気がつけば目の前のおじさんを奴隷商扱いしてしまう。これで良い人だったら本当にごめんなさい!!
更には二人の声を聞いたおじさんと奥から出てきた細身のおじさんの目を大きく開いた。
「なんだ??」と私の背後を気になるように目を向けてから笑顔が一変して訝しそうに私へ眉を寄せる。




