繋ぎ、
「サウロ、大丈夫?」
「…………嗚呼」
やっぱりさっきより返事が遅い。
気のせいか白い顔が余計に青白く見えるし、人目を気にするように視線が八方に散らかっている。馬車の中に居た時とは違った理由で大人しい。
ルベンも気がついたのか、はしゃぐ声が一度止まって「ん?」とサウロを見上げた。ピッと立っていた耳がサウロを気にしているのだとよくわかる。
歩く速度を合わせ、ほぼ真下くらいの角度からサウロの顔色を確認している。
「大丈夫だって!どいつも絶対サウロより弱ぇし!」
どうやら私と同じことを考えたらしい。
サウロを元気づけようとするルベンにサウロも一音を返したけれど、やっぱり覇気がない。斧を握る手がさっきよりも硬くなっているのが見てわかる。もうちょっと人が少ないところから見て回るべきだったかなと今更後悔する。
しかもサウロ自身、人間族よりは背も圧倒的に高いし体格も違う。顔も良い意味で人目を引くからこうやって歩いてもどうしてもサウロが目立ってしまう。一度戻ろうかとも思ったけど大分進んじゃった後だし、換金所まではもうすぐだ。
せめて、と私は足の運びが遅くなっているサウロの左に並ぶ。私の身体じゃどうがんばってもサウロを隠してあげることはできない。けどこれくらいはと斧を持っていない方の手を握る。
「っ?!……」
そっと握ったつもりだったけど、指先から触れた時点でサウロの腕が肩ごとビクッと震えた。
力の入っていたサウロの拳を包むように掴めば、ピクピクと拳が痙攣するように震え出した。やっぱり見た目以上に緊張していたんだと思いながら顔を上げれば、赤い目を見開いて私を凝視するサウロの顔があった。
大丈夫、大丈夫とサウロの手の緊張をほぐすように握って緩めてを繰り返す。いつの間にか両肩がいつもより上がっていたサウロにそのまま笑い掛けた。
「私もルベンも一緒だし怖くないよ。もし逃げたくなったらまた一緒に逃げてあげるから言ってね」
大丈夫大丈夫、とおまじないのように繰り返せば、見開いたサウロの目が次第に緩んでいった。
フーーッ……と深呼吸のように息を吐く音も擦れて聞こえて、上がっていた肩が降りていくと思ったら拳だった手に指の隙間ができた。良かった、また子どもみたいな扱いにはなっちゃったけど安心できたみたい。きつくなったら言って良いと言ったのも大きかったかもしれない。
ほつれたサウロの手の隙間から少しずつ指を絡めて繋ぐ。
あまりにも手の大きさが違い過ぎるから微妙に届かない部分もあったけど、最後にぎゅっと握ればしっかり繋げた。さっきまで視線があちこちに飛んでいたサウロも、私に集中できている。口を結んで黙っちゃったけど、さっきみたいな顔色の悪さは感じられない。
誰かとこんな風に手を繋ぐなんてなんだか懐かしい気がして少し気恥ずかしい。女友達とも手をこんなにがっつり繋ぐことって小学校以来なかったし、まさかこんな形で異性と手を繋ぎデビューをすることになるとは思わなかった。でもまぁサウロが落ち着くならいっか。
「あ、でもこれはこれで目立っちゃうかもしれないけど平気?」
ふと、すれ違う人達の目線を視界の隅で確認する。さっきまではサウロのことばかりに注目していた人達が今は私のことも凝視している。正確にはサウロと繋いでいる私の手を。
まぁ一応外見的にも異種族と手を繋いでいたらそりゃあびっくりさせる。これでも城下だしマシなものだろう。
サウロに集中していた視線を半分こにはできたけど、いっそこっちの方が視線を集めちゃっているんじゃないかとも思う。どっちが良いか任せるべくサウロを見上げれば、すぐにルビーの瞳の目が合った。私が前を向いている間もずっとこっちを見ていたらしい。
「構わない。……こちらが良い」
フ、と微笑を浮かべるサウロが、もの凄く色っぽい。思わず肩が小さく上下してしまい、誤魔化すように顔ごと正面に逸らした。
「なら良いけど」とちょっと裏返った声で返せばルベンが長い鼻をこっちに向けた。首までモフモフの頭を傾げて私とサウロを見比べる。
どうしよう、今見られると妙に背中が擽ったい。しかもサウロの方も絡めた指をしっかり自分から掴み返してくれるから余計に心臓に悪い。なんか背中のくすぐったさが肩から腕から指先まで痺れみたいに広がってくる。
そわそわして私まで視線が気になってくるし、手のひらが湿りそうで焦れば心臓の音まで聞こえてくる。外から見れば異種族とはいえこんな美男子と手を繋いでいるのだと思うとそっちの方が気になる!!寧ろ異種族と手を繋いでいるという方がどうでも良いくらいだ。
今、美男子の顔を見たら変に意識しちゃいそうだし絶対見ちゃ駄目だと思うけど、そう思った途端逆に怖い物見たさで勝手に視線が正面から隣に寄ってしまう。まずいまずいと、奥歯を食い縛って堪えるけど抵抗もむなしくまた顔ごときっかりとサウロの方に向いてしまった。しかも、……まさかのまだこっちをガン見していた。
口元が緩んでいるし、目つきも柔らかいから怒ってはいないのだろうけどこれはこれで凄く恥ずかしい!!どんだけこっち見てるの?!
もしかして年下のくせにいっぱしのお姉さん気取りしたのが見透かされてる?!いやだってつい数十秒前まではサウロの方が子どもっぽかったし!!!!
「なんだよ?サウロ、目立つのが嫌なのか??」
そんなこんなで私が一人頭の中を二,五倍の速さで忙しくしていると、暢気なルベンの声が放られてきた。
お陰でやっと気が紛れる。繋いでいない方の手で胸を鷲掴まんばかりに抑えながら肯定すれば、さっきまで私達の前を歩いていたルベンまでサウロに歩幅を合わせてきた。もしかしてルベンもサウロと手を繋いでくれるのかなと思いながら目で追っていると、……がしっ、と。歩いているサウロの足に、ルベンが全身でしがみついた。
サウロもサウロでルベンくらいの重さは気にならないように普通に歩き続ければ、するすると木登りのようにルベンが足から腰、腰から背中、背中から肩まであっという間に乗り上げてきた。
モフッと最後にはサウロの左肩に布団のように乗りかかる……というかぶら下がるルベンは、サウロに俵担ぎされていた私と殆ど同じポーズだった。
こういうぬいぐるみ、可愛い雑貨屋さんとかでよく並んでいたなと思う。後はゲームセンターとか。
「こうすりゃあサウロじゃなくてルベンの方が目立つだろ?ルベンはそういうの気にしねぇし、サウロも視線感じてもルベンだと思っておけよ」
ルベンも楽だし、と。そう言って機嫌良さそうに尻尾を振るルベンは、にぃッと笑った。
良案思いついたぞと言わんばかりの笑顔に、可愛さのあまり笑いが込み上げる。「ブフッ!!」と思いっきり口を片手で押さえたまま噴き出してしまった私にルベンが眉を釣り上げる。
「なんだよ‼︎」
「〜〜っごめん……」
擦れた声で何とか絞り出したけど、ふるふると肩が震えちゃっているのが自分でもわかる。いやなんかもうモフモフとしてるのが可愛いし、ついでに尻尾まで振っちゃうとパッと見サウロが毛皮のマフラーをしているように見えるし。
そうじゃなくてもぬいぐるみを肩に掛けている美男子ってそれだけでなんかちぐはぐ感がして面白い。イケメンならお洒落かなって思うけど、チャラいよりも男前寄りの美男子なサウロだから余計に。
考えると考えるだけおかしくなってきて、笑いを堪えようとして呼吸が難しくなる。歩く速度も遅くなってきて、気がつけばサウロと並んでいた筈が逆に遅れて引っ張られるようになる。これじゃあ私が子どもだ。
ここで素直に「可愛い」とか言ったら確実にルベンが怒るだろうなと、サウロに手を引かれながら必死に言葉を探す。




