表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/79

4.転移者は説明される。


「ゆっくり寛いで。今は誰もいないから」


応接間まで案内してくれたお姉さんはそう言いながら、私よりも自分が気楽そうに欠伸をしてソファーへ促してくれた。

外見からも他のよりも一際大きいなと思った家の中は、やっぱり内装も綺麗だった。置物や人形、そして絵画も飾ってあってむしろ良いところの家という雰囲気がにじみ出ている。お姉さんがあまりにもラフな格好だから少し妙な感じはするけれど、よくよく考えれば町長さんの家なのだから当然だ。

失礼します、と一言断りながらソファーに腰を下ろすとすぐに紅茶を目の前のテーブルに出してくれた。「ん」と一言で差し出された紅茶は、少し覚えのある香りでほっとする。ポットに淹れっぱなしのものだったのか、少し冷めてはいたけれど甘い香りがして飲みやすかった。

自分の分のカップを片手に向かいのソファーへ座るお姉さんは「ごめんねー、私紅茶の淹れ方知らなくってさ」と言いながら、どっかりと背もたれに寄り掛かった。


「それで?住所はどの辺??あの森結構迷う人多いから知らない人はよく迷うのよね。変わった格好だけど、もしかして港から?なら馬車で送ろうか」

「え、ああ……いえ、私はそういうのではないのですが……」

とんとんと小太鼓を鳴らすように話を進めてしまうお姉さんに、少し慌てる。

カップをテーブルの上に下ろし、首を振って否定しながらもどこから話すべきか考える。挙動不審な私にお姉さんは紅茶を一口グビ飲みしながら首を傾げた。「家出?」と聞かれ、余計に首を振る。

どうしよう、正直なこと話したら頭のおかしい人だと思われるかもしれない。「うまく言えなくて」と言葉を濁す私に、お姉さんは次々と選択肢を上げていく。


「男から逃げてきた?人探し中?冒険者?記憶喪失?指名手配?誘拐された?集落の生贄?奴隷?借金取り?ハンター探し?ギルド探し?国外の人?」

なんだかゲームでしか聞いたことのない選択肢がちょくちょく出てくる。全てブンブンと首を振り続けて首が痛くなったけれど、国外という言葉にだけ一度考えてから首を縦に振った。少なくともこの国の人間でないことは確実だ。

するとお姉さんは「へー」と軽く私を見返すと、両眉を上げてまた紅茶をぐびりと飲んだ。そして再び選択肢を提示する。

「スパイとか?じゃあお姫様?んー、じゃあ異世界人?」

「⁈ちょっと待ってください!ここ異世界とかあるんですか?!」

さらっと恐らくの正解を上げられた私は思わず声を上げる。

前のめりに腰が上がりそうになるのを。ぐっと堪えて代わりにテーブルに両手をついた。驚く私にもお姉さんは「あるあるー」とやっぱり気楽な様子で話を続ける。


「といっても一方的に流れ着いてくるだけだし、全員〝自称〟ではあるけどね。数十年に一人のペースでたまに来るのよ、異世界転移者の人。先に行っておくと帰れた人はいないからごめんね」

どうしよう、衝撃的事実が多すぎる。

さらっと帰れない発言までされてもうなんて言えばいいかわからない。パクパクと小さく口を開けたり閉じたりしながらお姉さんを見つめると、私の反応に「あ、そうなんだ」と一度目を丸くした後にカップを置いた。


「そろそろかなーとは集落会でも話していたんだけれどね。この前、異世界転移者だった爺様が老衰で亡くなっちゃって。大体いつも一人いなくなると一人現れるから。そっかそっか貴方が」

唯一の同じ状況だった人すらも天寿を全うしてしまった。完全に天涯孤独!

あまりのショックに喉が空っぽになる。泣きたいのに感情がついていかないで放心してると、お姉さんは膝に手を置いて立ち上がった。

よいしょーと言いながら、後ろの書棚からガサゴソと何かを探し始める。何かそのお爺さんの書類でも探してくれているのかなと期待しながら黙っていると、私に背中を向けながらお姉さんはさらに投げかけた。


「とりあえず異世界転移者は毎回あの森に迷い込んでいるらしくてさー。貴方すぐ狐に見つけてもらって良かったね。前の爺様は三日間歩き回ったってよく言ってたから」

三日。その数字にぞっとする。あんなよくわからないところに水も無しに放り出されていたらどうなっていたか。そう思うと余計にさっきのモフモフには感謝しかない。


「ここに来る直前何かあった?殺人鬼に追いかけられたとか、自殺しようとしたとか、馬車にはねられかけたとか」

「歩道、いえ……橋、から間違って落ちてしまいました。気が付いたらあの森に」

「あー間違いない異世界転移で決定。爺様も昔、崖から投げ捨てられて目が覚めたら森ににいたって言ってたし」

……お爺さん一体何やらかしたの。

何とも言えずに下手な引き攣った笑いになる顔を隠す余裕もない。はぁ、と言いながら段々現実感が薄れていく。やっぱりこれも全部悪い夢なんじゃないかと思いながら私からもお姉さんに問いかける。


「どうしてそんなことに……まさか魔王倒せとか世界救えとか言いませんよね?」

「ないないない。爺様も昔は勝手に魔王倒すとか意気込んでいたらしいけど、そんなもん子どもの本でしか見たことないよ。爺様も結局はこの町で平和に過ごしてたしさ。むしろ結構いい暮らししてたよ?」

孫ひ孫にも恵まれて大往生、と明るい声で続けられ、少しだけ安心する。

取りあえずゲームみたいな強制イベントには持ち込まれないみたい。これで本当に勇者になれとか言われたら、今頃学校の友達に勧められたゲームやアニメを何故ちゃんと予習しなかったのかと後悔するところだった。


するとお姉さんはお目当ての物を見つけたのか「よっし!」と声を上げると、何やら分厚い書類をドンッとテーブルの上に積み上げた。

全部お爺さんについての資料か。それともこれだけの量なら今までの過去の転移者の……と、思わずごくりと喉を鳴らす。最初の一冊目から確認しようと手を伸ばすと、その前にバンッ!と勢いよくその上にお姉さんの手が着地した。

「で?」と聞かれ、意味がわからない。きらきらと輝いた目で見つめられて首を左右に順番に傾げると、お姉さんは再び言葉を言い直してくれた。


「それで?貴方の〝スキル〟は何?」


……どうしよう。やっぱりゲームとアニメで予習しておくんだった。

スキル、という単語に友達が遊んでいたゲームを思い出す。たしか、確かそこにもそういうものがあった気がする。ネーミングからして特技みたいなものだろうか。そう思っているとお姉さんは手を置いた資料の束をバンバンと軽く叩いて見せた。


「この町は人間の集落だけどさー、今は町だし海も森もあるし旅人とか行き交う人が多いのよ。だからお陰で結構栄えたし、仕事も多い。流れ者も珍しくないから貴方も絶対雇ってもらえるよ。爺様なんて自分で店やって大繁盛させたくらいだし。私もちゃんとできる限りは力になるから心配しないで平気平気。軌道に乗るまでは面倒も見てあげる」

どんと任せといて!と今度は自分の胸を叩いて笑ってくれるお姉さんは凄く頼もしい。衣食住も一時的に面倒みてくれるなら願ったりかなったりだけれど、……それでスキルとは。

聞こうにもお姉さんは何故かどこかわくわくした様子で言葉を止めなかった。「いやー楽しみ」と言いながらさらにスラスラと話し出す。

お姉さんの急ピッチに逆に頭が落ち着き、私は完全に冷め切った紅茶を一口飲み込んだ。


「転移者は皆、スキルが強力な人がばかりでさー。しかも殆どが珍しいスキル。爺様も上手く生きていけたし、どんな力でもスキルが強力なら絶対使いどころはあるって。仕事案内なら任せておいて!父さんよりも人脈あるし」

自信満々に胸を張るお姉さんはバラバラと書類を捲って見せてくれた。一枚一枚が一瞬だしちゃんとは読めないけれど、どうやらどれも職業案内の募集要項みたいだ。……異世界に来てまで就職活動スタートとかもう泣きたい。

がっくしが肩を落とす私にお姉さんが「あれ?これは嫌??」と別の資料を今度は手に取ってくれる。嫌も何も一瞬過ぎてどれも読めてないんだけど。


「あのー……お姉さん。一つお伺いしてもよろしいでしょうか」

別の書類をバラバラとまた捲りだすお姉さんに、今度こそ私は尋ねる。

面接のように、顔の横に小さく手を上げて発言許可を待てばお姉さんは「サンドラで良いよ」と返してくれた。ここまで来てやっとお姉さんの名前が知れた。


「サンドラ、さん。非常に申し上げにくいのですが、〝スキル〟とは何でしょうか……?」

「あー!ごめんごめんそこからか。えーっとね、スキルっていうのは……一人一つ持っている力?みたいな」

説明を試みてくれた途端、突然流暢だった言葉が揺らぐ。

腕を組んでうーんと、言葉を選びながらサンドラさんが話してくれたことを、私は頷いて聞きながら頭の中で総合する。つまりは一人一人ランダムで一種類だけ持つ超能力や才能、魔法みたいなものらしい。

格闘能力とか炎を出すとか、人の心を読むとか、目が良いとか、風を読めるとか、動物と意思疎通できるとか。友達のやっていたゲームでもなんかそんな感じのあったなーと思いながら話を聞く。

そして転移者はその力が強力で尚且つ珍しいものが多いと。中には珍しいスキル過ぎて、王様に召し抱えられた人も歴史上はわりと多いらしい。

私の前のお爺さんも若い頃は誘いがあったけれど断ってここに移住し続けたと。そう思うと亡くなったお爺さんは比較的平凡な人生を送れたようだ。私も是非そっちルートでお願いしたい。


何とか理解し、まとめて確認を取ると「そう!それ!」と指をさされてズバリと発せられた。

私に通じたことを安心するように胸を撫で下ろしたサンドラさんは、それからすぐに腕を組んだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

◆◇コミカライズ連載中!◇◆


【各電子書籍サイトにて販売中!】
各電子書籍サイトにて販売中!画像

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ