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バベルの翻訳家〜就活生は異世界で出会ったモフモフと仕事探しの旅を満喫中!〜  作者: 天壱
Ⅲ.反り跳び

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21.逃走者は洗いっこし、


「髪……」


哀しげにその一言だけ呟いたサウロに逆らえるわけがない。

しかも自分の髪をとアピールするように、濡れて太陽に反射し光る自分の髪を掻き上げてみせるから何処のグラビア撮影かと思う。本人的には髪洗って欲しいアピールなんだろうけど。

人間族である私にとっては水も滴る良い男でしかない。

観念してシャンプーを取り出した私は、サウロにこっちに頭を下げてもらい直接彼の頭に注いだ。充分に濡れてるし、髪の量は多いからこれで泡立つだろう。


「サウロはルベン洗うの続けてあげて。石鹸で目が痛くなったら教えてね」

下手したら目を瞑ったまま手探りでルベンを洗いかねない。

サウロは一言返すと、わしゃわしゃと泡立てられる頭のままルベンの座っている岩へと身体を向けた。頭の高さは低くした猫背状態をキープしてくれてるけど、それでも背が高すぎて意外と洗いにくい。爪先を伸ばし、広くて白い背中にべったりのし掛かるようにして何とかリーチを保つ。けどこれじゃあ登頂部まで届かない。


「サウロごめん。また背中に乗って良い?」

洗いにくくてと、正直に身長差と手足の短さを認めると、サウロはすぐに腰を落としてくれた。

片膝をつくような体勢がもう完全にお父さんのおんぶだ。ちょっとこの年で恥ずかしいとは思いながら、私は泡だらけの手でサウロに腕を回して乗りかかり、しがみ付く。そうすると、背後からでも余裕でサウロの頭をしっかり洗うことができた。


見下ろすと、身体を洗うのを再開したルベンの機嫌が良さそうな顔が見えた。……けどもうかなり泡がへたってる。

岩の上にあるペット用の石鹸を手を伸ばして取ると、そのままルベン目掛けて傾けた。

でろっと出た液体にルベンが「うえっ⁈」と萎れた毛を逆立てると、サウロも驚いたのか手が止まった。気にしないかと思ったら意外と毛皮越しも敏感だったらしい。


ごめんと謝りながら、私はサウロの頭を続行する。

ルベンが一度だけ眉間をぎゅっと寄せて振り返ってきたけど、すぐに泡立ちやすくなったことに気づくと何も言わずまた背中を向けた。モフモフだった尻尾がゆっくりと起き上がって反対側に垂れるのを見ると、まだ不満ではあるらしい。

それでもサウロに洗って貰っているから大人しくしているルベンの背中は可愛らしい。自分でも身体をわしゃわしゃ洗いながら、順調に白い毛並みを取り戻してくれている。


「サウロ、痛くない?気になったら言ってね」

「ああ……」

もにゅもにゅと揉み洗いする私に、サウロはほぼ無言だ。

話しかければ答えてくれるけど、ルベンを洗うのに夢中なのか全く文句のもの字どころか雑談もない。

初めて会った時には人と話すのが嬉しかったみたいなこと言ってたのにと、鼻の頭に泡をつけながら少し考えてしまう。

もしかして私の洗い方が物足りないとかで、でもやって貰ったからには文句は言えないとか?いやちゃんと確認はしてる。

サウロの髪は髪型こそ編み込みもあってドレッドみたいに独特だけど、毛質自体はわりと人間にも近そうだ。毛色は黒髪と茶髪が混ざっているからこっちはオークに近いのかなと分析する。

本当にあれだけの長い髪が今は肩にかかるかどうかくらいしかない。お陰で洗いやすいけど、そんなに髪をさっぱりさせたかったのならどうして最初はルベンと一緒に血がベットリでも良い派だったのか。シャンプー自体初めて見たみたいだし、ルベンの驚きの白さを見て羨ましくなったのかなとも考える。私だって友達が良い美容品とか手に入れて効果高かったら使いたくなるし。


「サウロ、もしかして羨ましかったの?」

「っ!…………」

良い会話の種かと思って投げてみる。けど、今度は返事もなかった。

代わりにピクリと肩を揺らしたサウロの頭が余計に垂れて肩も丸くなる。洗いやすくはなったけど、サウロはその顔の角度でルベンを洗いにくくはないだろうか。心なしかルベンを洗う手も遅くなっている気がする。


もしかして指摘しちゃいけないことだったかな。会った時も結構繊細だったサウロだし、シャンプー一つを羨ましがっちゃうのが恥ずかしかったのかもしれない。別に気にすることないのに。

寧ろ、こういう現代人グッズみたいなのが気に入ってくれたなら今後も色々試してあげたく……



「羨ましかったんだろ」



ん⁇

まさかのサウロとは別の声で返答が来る。前方に目を向ければルベンが大きな耳を立てながら泡ぶくの顔をこちらに向けていた。

遠慮がちなサウロに代わって言ってくれるルベンの目は「ソーのせいでまたサウロの手が緩んだ」という不満を示すかのように尖っていた。サウロも手を止めて完全に川の中にポシャンと垂らしてしまった。

やっぱ羨ましかったんだと思いながら、頭を撫でる感覚でわたしからもサウロの顔を覗き込もうとする。けれど、顔を見るより前にルベンの耳よりも尖った声が投げられた。


「ルベンがソーに洗って貰ったのが羨ましかったから、サウロもソーに洗って欲しかったんだろ?」

そっち⁈

予想外の動機に私まで手が止まってしまう。へ⁈と声を上げてルベンに確かめると、ルベンは私ではなくサウロを下から覗き込むように顎を上げた。「なっ?」と同意まで求める。

そしてサウロも少しのタイムラグはあったけど、コクンと頷いてしまった。まさかのドンピシャだ。

まさか私より大きいし年上のサウロがそんなことで羨ましいと思うとは想像もしなかった。でも確かにずっと一人でシャンプーとかも初めてなら羨ましかったの仕方ない。全部がサウロにとっても初めてだし。

なら言ってよ!と無責任なことを言いながら私はガシガシとまた強めにシャンプーを再開する。


「なら、またやるよ!そんなに頭洗って欲しかったんならいつでもやってあげるから、今度は自分からも言ってね」

「……また……いつでも……?」

「だから頭をじゃなくてソーが、…………まぁ良いや。もう知らね」

また前を向くルベンは、耳が疲れたように垂れていた。

私のことを呼んだと思ったから聞き返したけど、ルベンからは「ソーのばーか鈍感」としか返ってこない。確かにサウロの気持ちに気付いたのは私よりルベンの方が先で且つ正確だったし言い返せない。

反省した私は「気付かなくてごめん」と謝りながら手を交互に動かす。


「次の街ついたらシャンプーとかサウロの分ももっと買い足そうね。洗い方がわからなかったらまたやってあげるし。あ、でもこの調子ならサウロも自分で洗えるか」

「いや。…………また、やって欲しい」

「?そう?」

てっきりもうルベンのことも上手に洗えるんだからと思ったけど、自分の頭については自信がないらしい。まぁ人の背中と違って自分の頭は見えない。更にはサウロはちょっと髪型が特徴的だし、気持ちはわかる。


「ルベンにもやれよ!」

まさかの今度はルベンまで声を上げてきた。

忘れられていると思ったのか、鼻の頭についた泡が鼻息でフンッと弾け飛ぶ。まさかのルベンからのご指名だ。


「良いけど。……別にそんな難しくないでしょ?」

「難しくはねぇけど。…………ルベンも、こんなのされたことなかったから」

最後だけまた私に後頭部を向けた後潜めるように話すルベンは、ちょっとだけむくれるような声にも聞こえた。

そっか、ルベンもサウロもこういうのは初めて新鮮で、私が思う以上に楽しんでくれたのかもしれない。人にやって貰うって、……やっぱり一人じゃできないし。

わかった、と一言返した私の視線の先でルベンの萎れついた耳がピンと立った。サウロも少し顔を上げて頭の角度が変わる。


「またやろう。川なんていくつもあるし、旅中でもその度お風呂にしよう。それに新居はお風呂のある家にしよう!」

私もお風呂時間はある方が嬉しい。

今回みたいに恐ろしいほどドロドロになることは滅多にないと思うけど、そうじゃなくても前の世界では基本毎日お風呂に入ってた。今まではルベンもサイラスさんも男性で、私一人の為にお風呂の時間を取らせるのが悪くて後回しにしてたけどやっぱり健康には清潔が不可欠だしそうしよう。

そう思いながら「私も清潔にしたいし」と締め括ると、二人ともこちらを向かないまま一度はっきり頷いてくれた。口数が少ないサウロはともかくルベンまで頷きだけだとなんか可愛かった。


やっと綺麗に洗い終わったサウロの頭は、ザブンと一回洗い流して貰えば綺麗な黒と茶色の髪だった。

しっかり洗い過ぎた所為でかドレッドの髪束がひしゃげていたけれど、まぁ後は乾いた後に考えよう。これはこれで格好良いし。


「じゃあ今度こそ、サウロも服の下ちゃんと脱いで洗ってね。服も洗うから捨てないで」

今はもう替えの服が二人はないんだから、と私はサウロと一緒に川岸に行ってから大判タオルを一枚ずつ二人に預けた。脱いだ服は川岸に置いて、あとはこれを巻いといてとお願いする。

そうすれば私が身支度終わった後にも目の置き場に困らずに済む。そのまま今度こそ私も真っ黒から脱出すべく荷袋を漁りまくると、隣で覗き込んでくるサウロに続いてルベンもベチャンベチャンと水の含んだ身体で岸まで上がってきた。

「何してんだよ」と聞かれ、私は忘れ物はないか確認しながら言葉を返す。


「私も向こうの木陰で洗って着替えてくるから。何かあったら大声出すから宜しくね」

「ソーもここで洗えば良いだろ?今度はルベンが洗ってやる」

え゛っっっ。

さらりと言うルベンの台詞に思わず顔が強張った。いや、それは流石に……と考える前に何とか舌を回して返す。

なのにルベンは「何でだよ?」と頭の角度をきゅっと傾けて尋ねてくるし、サウロまで「私も、手伝おう」と乗ってきて流石に身の危険を覚える。

いや良いから‼︎‼︎と少し強めの口調で断り、二人から逃げるように一歩下がる。


「二人とも絶対私が呼ぶまで来ちゃ駄目‼︎‼︎絶対!もし覗いたら怒るからね⁈」


ちょっときつい言い方かなと思いながらも断固断る。


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