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バベルの翻訳家〜就活生は異世界で出会ったモフモフと仕事探しの旅を満喫中!〜  作者: 天壱
Ⅲ.反り跳び

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20.逃走者は区切り、


「良かった。ちゃんと綺麗になってるからこんな感じで全部洗ってね。タオルと石鹸も使って」

「俺も見る!」


タオルと石鹸をサウロに渡せば、ルベンが泳いで回り込んできた。正面の真っ黒サウロと違って、綺麗になった背中に感嘆の声を漏らす。そんなルベンも真っ白綺麗だ。

泡が落ちて白くなった毛が水の中を揺蕩っていて、凄く綺麗に見える。……けど。


「……ルベン、服も脱ごっか。ちゃんと次の街で買ってあげるから」

忘れてた。

私はまだ良いとして、サウロもルベンも服を着たままだ。服越しに身体にもドラゴンの血が染みついているだろうし、服が真っ黒じゃ身体が綺麗になっても意味がない。

私の言葉にルベンは「え〜」と少し面倒そうな声を上げたけど、わりとすんなりポイポイ服を川の中で脱ぎ出した。

……よく考えるとルベンって一応年齢だけなら私より年上で、しかも男の子相手に脱げとか爆弾発言だったかなと思う。まぁ、本人が気にせず目の前で平然と脱いでいるから良しとしよう。


チョッキみたいなズボンを脱いでは近くの岩の上に乗せ、最後は自分もその岩に乗り上げた。

濡れた服を纏めて高々と岸へと投げ捨てる。一瞬目を覆うべきか悩んだけど、もう目に入ったルベンは完全に白狐だった。

背中だけ見たら巨大狐か獣人かもわからない。サウロと重ねて見ると余計に縮尺が狂って小さく見えた。


服の形に黒い染みが毛に残っていたルベンに、ペット用洗剤を手に取る。もちゃもちゃと泡立てながらルベンの背中と彼の手のひらにべっちゃり擦りつけた。

もう洗い方がわかったルベンは自分で手の届く部分を洗い出し、背中も要領を得たサウロが当然のように指の腹で洗い出してくれた。


ルベンの服は、取り敢えず後で揉み洗いしてから考えよう。

乾かなくてもサウロの握力で絞ってもらえたら脱水はできるだろうし、最悪の場合は身体をしっかり拭いて毛布を被って馬車で待ってて貰おう。

取り敢えずこれでルベンは白モフモフが復活できるとして、残すはサウロだ。背中は綺麗になったし、服はー……とまで考えて流石に躊躇う。ルベンと同じく人間族ではないサウロだけど、普通のオークはさておき彼は結構人間寄りだ。そこで脱げというのは….…。

うーんと唸って腕を組んでいると、視線を感じたのかサウロがチラッと私に顔を向けた。もしかして既にルベンと同じ扱いされるんじゃないかと警戒してるのかもしれない。いやそんなセクハラしないから!と思いながら、私は取り敢えず背中を向ける。


「と!……り、あえずサウロもこんな感じで洗っといてね!脱いだ服も後で洗うから!」

「?ソー。お前は、何処に……?」

バシャバシャと自力の着衣水泳で頑張ろうとバタ足をする私に、サウロが呼び止める。

振り返れば、肩に掛けたタオルをそのままにサウロがキョトンとした顔でこちらを見ていた。泡ぶくルベンも「何処いくんだよ」と岩の上から身体ごとこちらに向ける。

そこは一応女子として察して!と無茶なことだとわかりながら心の中で叫ぶ。いや、その、と言葉を紡ぎ遠回しな言い方を選ぶ。


「もう二人とも私がいなくても洗えるでしょ?なら、私もそろそろ向こうの影でー……。」

「……髪」

ぽつっ、と。一露くらいの小さな呟きがサウロから漏れた。

髪⁇と聞き返したけど、サウロは私の方を振り返ったまま無言になってしまう。代わりに私の聞き間違いではないと証明するように泡のついた手のまま自分の前髪の束を摘む。じっと垂れた自分の髪と私を交互に見比べるサウロに首を傾げると、ルベンの方が先に声を上げた。


「ソー!サウロの髪ってどうやって洗うんだ⁇ルベンの毛と違うぞ。あと石鹸はルベンと一緒か?それともサウロの身体洗ったやつか⁇」

あ、と。

まだサウロにシャンプーを渡していないことにいま気付く。そうだった、まだ石鹸しか使ってなかった。

それにまだ獣人の洗い方はわかっても、自分の頭の洗い方はサウロも知らないままだ。髪質も違うし、何より全長で言えばルベンより髪にボリュームがある。先ずはそっちを教えてあげてからにしないと。流石に真っ裸中に頭の洗い方教えてと来られても何もできない。

下手な石鹸で頭洗うと髪がキシキシになるし、やっぱりサウロにも人間族用のシャンプーを貸してあげようかなと考える。

どっちにしても足りるかなと、岸に置いてきたシャンプーへ振り返りながら少し心配になる。私は短いから手のひらぐらいで一回分足りるけど、サウロは。


「サウロ、……髪長いからなぁ」

気がつけば口からも溢れていた。

うーんと唸りながらその場で腕を組むと、じっと私に向けていたサウロの目が僅かに開かれる。「髪……?」とさっきと全く同じ単語と呟くと、今度は身体ごとこっちに向き直った。水に浸かっている分の彼の長い髪がしゅるると泳いでいるように見える。やっぱりボトル一本犠牲にしてもこの量は足りないかもしれない。

でもサウロも頭からドラゴンの血を被ってカピカピだし、ケチるわけにもいかない。前の世界みたいに近くにお手軽な店があれば大量購入できるのに。色々試したくてシャンプーも違う種類一個ずつ買ったのが失敗だった。

もうこうなったらシャンプー二種類三種類くらいの混合液でやってみるかと考えた時だった。


「髪が、短ければ。……洗ってくれるのか……?」


ん⁇

何だか私が思考していたこととは違う投げかけが放たれた。

シャンプーの量を気にしていただけなのに、どうして私がやるやらないの話になっているのだろう。別に身体ならまだしも頭ぐらいやり方わからないなら全然やるつもりだ。

私が瞬きも忘れて返答を探していると、まだ何も言っていないのにサウロは結論付けたかのようにザッバザッバと大股で岸へ向かってしまった。

返事を待てなくなったのか、自分でシャンプーを取りに行ったのかもしれない。結構使うの楽しみにしていたのとかサンドラさんとお揃いのとか女性向けで高かったのとか色々あるから私に厳選させて欲しいのだけど!というか買ったの私だしサウロ文字読めないし‼︎‼︎


間違ってお楽しみシャンプーどころか身体用石鹸とか天使の輪リンスとか使われる前にとサウロを追いかける。けど、私より背が高いし足長いし、泳がなくても歩いて川を横断できるサウロに追いつけるわけもない。


「サウロ!シャンプーは私に選ばせて‼︎‼︎」

悲鳴に近い叫びで訴えるけど、サウロからは返事がない。

私が半分くらい進めた間にサウロは岸に近づいていた。川に足元を浸らせたまま、長い腕で岸へと手を伸ばす。私達の荷物が置いてあるところまでサウロなら川の中でも届いてしまう。

背後からルベンの声で「しゃんぷーってなんだ??」って投げかけが聞こえて、言語以前に言葉選びを間違えたと気付く。髪を洗う石鹸はと言えば良いのかなと慌てすぎて頭が円滑に回らない。脳から口にその言葉を放とうとすれば、目の前の光景に開いたままの舌が固まった。


ザパン、と。


「…………これで、良いか……?」

まさかのサウロが手を伸ばしたのは私のバッグじゃなくて、本人愛用の斧だった。

どうしてそんな物を手に取るのかと考える暇もなく、自分の濡れた長い髪を反対の手で纏めて鷲掴むとそこから上を躊躇なく一刀両断してしまった。


ボドボドッと水を吸った長い髪が重さに引きずられ落下する。そのまま川に揺蕩っていた毛先に引っ張られるようにして川下に流されていった。

あまりの量と長さに、遠目からだと髪の束というよりも鯉が泳ぎ去っていたシルエットにも見えた。


うわぁぁぁ……と、あまりの量の髪の毛が旅立っていったことと、突然過ぎる断髪式に声も出ない。就活の為に今の髪型まで短くした私だってもう少しは躊躇った気がする。

唖然とする私に、返事がないことを不満と解釈したのかサウロが「まだ切るか?」と爆弾発言をするから、やっと頭にスイッチが入る。もう既に結構バッサリいっちゃっているのにこのままじゃ丸刈りにしかねない!!

いやそのままで‼︎と慌てて叫び、棒立ちになっていた足を交互に動かす。


「大丈夫!格好良い‼︎超絶格好良い!最高‼︎もうちゃんと似合ってるから切らないで‼︎‼︎」

まさか髪の毛の軽量化を図ってくれるとは思わなかった‼︎

もしかしないでも、私の言葉で自分の髪が洗いにくいという駄目出しに聞こえたらしい。そんな誤解の所為で髪の毛バッサリと思うと、めちゃめちゃ取り返しのつかないことをさせた気がする‼︎


ごめんサウロ‼︎と心の中で叫びながらも、今更そういう意味で言ったんじゃないと言えるわけもない。それ以上の犯行に及ぶ前に全力で止める。

褒め言葉が力技になっちゃったけど、なんとか思いとどまってくれた。ザクッと斧を改めて地面に突き刺すと、急激に軽くなったであろう頭を違和感からか左右に揺らしていた。

前髪も後ろ髪も分けずに大きな手で鷲掴んで切ったから長さもバラバラだ。空になった手でスカスカになった首を掻くと、更には毛先が頬や顎に当たるのが気になるように何度も摩った。わかる。私も一気にボブショートにした時に毛先のチクチクとか結構気になった。


「サウロかっけー‼︎‼︎なぁなぁ今なら長かった時より足も速ぇんじゃねぇ⁈」

ルベンにもなかなか好評でほっとする。結構ルベンって言うことに容赦ないし、サウロの斧レベルの切れ味で短髪についても一刀両断しないか心配だった。……いやでも、ルベンはサウロにはわりと甘いかも。

髪の長さ程度でスピードアップとか流石に……と言いたいけど、たしかにそれくらいの重量があると思えるくらいの軽量化だった。

さわさわとまだ空いた首を摩っているサウロはまだルベンの言葉にしっくりこないみたいだ。


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