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3.転移者は案内される。


「……人、居るんだ。」


口が開いたまま、思わず声が漏れた。

良かった、モフモフの世界に迷い込んでいたらどうしようかと思った。

やっぱり人間がいるということは、どちらかというと不思議の国のアリス寄りの世界なのかなと思う。……というか、やっぱりここは別世界なのだろうか。

我ながら否が応でもそれを認めざるを得ない状況に追い込まれている。


だけどどう見ても目の前の光景は大道路と歩道橋があるような世界じゃない。どちらかというと、同ゼミの友達の絵里がよくやっていたRPGのゲームの世界観に近かった。

森の中だし、もっと掘建て小屋の村とかを予想していたけれど、ちゃんと文化的な暮らしをしている様子の町だったことにも安心する。

木造が多いけれど、それよりもしっかりとした造りの家もある。馬車も行き交っていて、店もそれぞれ活気が感じられる。それなりにちゃんとした身なりの人もいて、畑耕す生活以上はしているらしいと失礼ながらに分析する。


そうして町の入り口で仁王立ちしながら考えていると、モフモフはまだ私の傍に立っていた。

じっ、と無言で見上げるように見つめてくるから、目が合った瞬間にびっくりして飛び退いた。そういえば寧ろ彼しか人外は居ない。

まさか、彼の存在自体が私の作り上げた妄想や幻だったらどうしようとドキドキする。モフモフは険しい表情を浮かべ、値踏みするように私を睨んだ。


「……やっぱ町のやつじゃねぇのか」

独り言のようにそう呟くと、私が頷くよりも先にまた背中を向けてしまった。

愛想を尽かせて置いていかれるのかなと思ったら、数メートル歩いたところでまた振り向いてちょいちょいと手招きして呼んでくれた。まだ何処かに案内してくれるつもりらしい。

やっぱりアリスの時計ウサギみたいだなと思いながら、私は駆け足で彼を追い掛けた。……いや、アリスのウサギって案内どころか寧ろ迷子になる元凶だっけ。


町の人も、すれ違う度にモフモフへは目を向けるけれどそれ以上の反応はない。

取り敢えず私以外にも見えていることにほっとする。それどころか、その後についていく私の方を珍しそうな目で見ていた。確かにこの場でスーツ姿の人間なんて私だけだし、変質者扱いされても仕方ないだろう。

せめて魔女狩りに会いませんようにと願いながら、目が合う度にぺこべこと頭を下げてモフモフを追い駆ける。

通り過ぎざまに、話し声や看板、値札に注目する。取り敢えず理解できることだけ確かめた。看板や値札も流し見程度だけれど、理解も納得もできた。

取り敢えずお金の価値は日本円と同じ感覚で良さそうだ。まぁ私は財布こそ持っていても無一文に違いはない。どう見てもこの世界の通過ではないし。


モフモフが私に案内してくれたのは、町の中でも大きいに分類される立派なお家だった。

造りも木造じゃなくて煉瓦っぽいのを使っていることから考えても、結構この町ではお金持ちな家なのかなと思う。モフモフは躊躇なくその家の扉の前に立つと、ゴンゴンッと二度力強くノックした。……って‼︎


「えっ、ちょっと待って⁈そっその家なに⁈誰がいるの⁈」

まさか変なマフィアのボスとかいて売られるんじゃないかと、怖くなって後退る。もしくは大きな家にぴったりなモフモフの大ボスとかが現れるとか!

私の問い掛けにもモフモフは全く答えずに、振り返ってすらくれない。走って逃げるかどこか物陰に隠れようかと周りを見渡すと、ガチャリと扉が開く音がした。思わず逃げるよりも驚くまま振り返れば、……綺麗な女の人だ。


「?なんだアンタか。今日は仕事なら間に合ってるわよ」

扉を開いた途端、慣れたようにモフモフを見下ろして眉を寄せた女の人は、少し派手な金髪の女性だ。

長い髪を邪魔だから後ろで一本に無理括りましたと言うような尻尾毛。短いポニーテールの女性はヘソ出しのシャツに短パンと凄くラフな格好だった。

家の中から出てきたのに目元までバッチリとメイクを仕上げた女の人は、大学ではすごく見慣れた姿でもあったからほっとする。年齢でいったら私より三、四歳くらい歳上といったところだろうか。

大人っぽいお姉さんは文字通り「姉さん!」と言いたくなるような面持ちだった。


顰めた顔で自分を見下ろすお姉さんに、モフモフは肉球のついた手で私を指差した。「ア?」とちょっぴりガラの悪い様子で私へ顔を向けるお姉さんに、私からも頭を下げて挨拶する。

「こんにちは」と勝手に小さくなる声で言えば、お姉さんからも「あー、コンニチワ」と棒読み気味に返事がきた。


「もしかして迷子⁇狐にここまで送られたんだ?」

「あ、……はい。あの、気がついたら森の中に」

「はいはいはい、もう大丈夫だから。私ン家、町長の家でそういう迷子も引き取ってるの。取り敢えず入って入って」

何処までも慣れた様子のお姉さんはそう言うと、扉を大きく開けて私を招くように横に立って奥を示してくれた。

どうやらモフモフは町長さんの所に私を預けに案内してくれたらしい。……というか狐だったんだ。

言われてみればそういう顔をしているけれど、全く発想がなかった。ごめん、兎とか犬とか思って。


そう思いながら私は開けられた扉に歩み寄る。モフモフにもお礼を言わないとと扉を潜る前に彼の前で立ち止まる。色々ありがとう、と言おうとしたその途端



「金」



……たった一言と共に開いた手を伸ばされた。

え。と思わず声を漏らすけれど、モフモフからの反応は変わらない。開いた肉球付きの手のひらを見せながら、その上に何かを乗せられるのを待つ彼の望みは発言から明確だった。

どうしよう、普通のお金しかないんだけれど。一応見せてみるべきかなと私が鞄を探り出すとお姉さんが「あー、ごめんごめん」と言いながら近付いてきた。ジーンズのポケットの中を弄りながら、モフモフへと歩み寄る。


「そいつ案内料をせびるのよ。道案内とか拾い物とか、何かと雑用も自分からしてくれるんだけど、全部有料なんだわ」

後から請求するからタチが悪いのよね、とそう言いながらお姉さんはポケットから取り出した皺くちゃのお札を一枚、私の代わりにモフモフの手に乗せてくれた。

札を本物か確認したモフモフはすぐに満足したらしく、何も言わずに駆け足で去ってしまった。

何か、お礼も満足に言えずにお別れになってしまったのが少し寂しい。口は悪かったけれど、色々助けてくれたのに。


「ほら入って入って。あいつは昔からああなのよ。私達のことカモとしか思ってないんだから。どうせ町にいれば嫌でも目に入るし」

お姉さんに促され、背中に腕を回された私はモフモフへ振り返った首のまま家の中へと入った。

ここまで案内してくれた時とは違う軽やかな足取りで去っていく白い影はあっという間に小さくなる。


そして扉が閉まるまで、一度もこちらを振り返りはしなかった。


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