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バベルの翻訳家〜就活生は異世界で出会ったモフモフと仕事探しの旅を満喫中!〜  作者: 天壱
Ⅲ.反り跳び

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17.逃走者は小休止する。


「おーい!そろそろ起きろ凸凹トリオ。ここらで休憩するぞ」


馬車に揺られてたぶん数時間。

村を発ってからいつの間にか爆睡してしまった私は、サイラスさんの声で目が覚めした。

なんだかまた凄く不名誉な呼ばれ方をした気がするけど、目を擦って閉め切っていた窓に目を向ければ朝陽が登るどころか完全に滲んでいる。どう見ても早朝は過ぎていた。

それだけでも、私達が寝ている間にサイラスさんがずっと馬車を進ませてくれていたんだなとわかった。


まだ頭がぼんやりして眠気から目を擦っちゃうけど、目の前ではルベンも大きな口で欠伸をしていた。短い手足をぐぐーっと伸ばす彼に倣い、私も軽くストレッチをと腕を伸ばす。

白い毛並みが真っ黒になって黒犬みたいになっているルベンを見て、やっぱり昨日のことは夢じゃないんだなと思う。首が凝ってぐるぐる回しながら自分の手を見る。私の手も見事にルベンとお揃いで真っ黒だ。

しかもドラゴンの血だから今はパキパキに膜を張ったまま固まって物凄く気持ち悪い。「うえっ」と思わず声に出してから、手を下ろし見なかったことにする。


ガタン、とまた外から音がして、馬車の扉が開かれる。

新鮮な空気が入ってきて、ルベンと一緒に目を向ければ思った通りサイラスさんだった。夜通し馬車を動かしてくれたこの人は当然ながら寝ていない。

ぱっちり目が覚めてる顔の大人代表が、扉を開けた直後朝の挨拶より先に言ったのは


「くっさ‼︎‼︎……ソーちゃん、それに狐もよくこんな中で眠れたな……オークは生きてるか……?」


一瞬まるで水でも引っ掛けられたように仰け反ったサイラスさんは、鼻を摘んで目に皺を刻みながら私達を見た。

途中からは鼻を摘みながらの変な声で言われ、凄く傷付く。

これでも年頃の女性なのに、そんな生ゴミでも見るような目で言わないでも。


ドラゴンの血を浴びたまま着替えてもいない私達は恐ろしく異臭を放っていた。更にはずっと密封空間にいたせいで、匂いが完全に篭っている。

これ以上は無理と言わんばかりに鼻を摘んだまま扉から遠ざかるサイラスさんを睨みながら、私は鼻から息を吸い上げた。……駄目だ。完全に鼻がこの空間に慣れちゃってる。

私より鼻が良いはずのルベンまで平然としているし、お互いこのまま鼻が馬鹿になったらどうしよう。

そう思いながら、私は腰を捻らすと同時に背後へ振り返る。背もたれから身を乗り出せば、背後の積荷台にいるもう一人の同乗者が目に入った。

こっちもサイラスさんの声で起きたのか、それともその前からか目は開いていた。


「おはようサウロ。少しは眠れた?気分はどう?」

「……平気だ」

ぼそり、と独り言のような声量で返してくれたサウロは、私達と同じように全身が真っ黒だ。

元々ボサボサに長い髪がドラゴンの血で固まって、毛皮もパキパキでパッと見は松ぼっくりのようだった。それでも赤い眼を私に向けて返事をしてくれたサウロに、取り敢えず彼が昨晩出逢ったオークだと再認識する。

体調が悪くないなら酔ってはいないだろう。彼もルベンと同じように鼻は良い筈だけど、やっぱりこの臭いに慣れちゃってる。


「サウロ起きたのか⁈」

きらっ、と目を輝かせて振り向いたルベンが満面の笑みをサウロに向ける。

そのまま「おはよう‼︎」と元気よく朝の挨拶をするルベンにサウロの目が僅かにさっきより開かれる。ドラゴンを一撃必殺したサウロに懐いちゃったルベンは、昨夜馬車が動いてからずっとサウロに話しかけてる。……いや、正確には馬車が動いてからじゃなくって……


「嗚呼、……おはよう」

「すっげぇぇえ‼︎まだサウロの言ってることわかる!!」


二人が言葉で意思疎通できるようになってから。

昨日、馬車にサウロを乗せて町を去ることにした私達は、突然お互いの言語が通じるようになった。人間族の言葉も獣人族の言葉も、それにオークの種族の言葉もそれぞれバラバラに話しても意味がわかる。

しかも、二人が他種族の言葉を聞き取れるようになったわけじゃない。その証拠に二人とも、私の言葉は理解できても同じ言語で話すサイラスさんの言葉は全くわからない。つまりは恐らく私とルベン、そしてサウロ三人の間だけでの現象ということだ。

そして原因もわかっている。私のスキルだ。


「ほんとにすげぇなあソーのスキル!まさかオークとまで話せるようになるとは思わなかった!」

「……私もだ。……まさか、狐族と言葉を交わらせることになるなど」

燥ぐルベンに、未だ戸惑い気味のサウロ。

プラスとマイナスの空気を一身に浴びながら二人の様子に指先で頬を掻いた。

昨晩からずっとルベンはこの調子で、突然マシンガントークを強いられたサウロは低血圧かのようにずっとこのままだ。もともと私と話した時からこんなテンションだったけど。


私のスキル〝万族翻訳〟

その効果として、どうやら私は自分とその眷属同士も言葉を共有することができるらしい。私も昨日まですっかりサンドラさんの街で鑑定してくれたお姉さんの解説を忘れていた。

眷属という言葉自体、読んだ本でも何度か出番はあったし何となくはわかってる。てっきりそれらしい誓いとか儀式とかしないとならないものだと思っていたけと、意外とそうでもないらしい。


「あの、サイラスさん。スキルの〝眷属〟ってわかります?」

ルベンとサウロは同種族でもあまり知り合いがいないから知らなかったけど、サイラスさんならと尋ねてみる。

首を掻きながら捻って「あーあるある」と言う大人代表曰く、眷属入りはそんなに難しいものでもないらしい。

必要なのは使い手の意思のもと、相手が自分の傘下に入ったという認知と同意。それさえあれば誰でも眷属化は可能だと。


「なんだかガウガウヴーヴー楽しそうだけどな……取り敢えず三人ともさっさと降りてくれ」

ソーちゃん頼む、と。

ぐったりめに鼻を摘まんだサイラスさんから言われて、私は慌てて二人に馬車を降りるように呼びかける。なんか私達三人とも言葉が通じているし、同じ人間語なのにサイラスさんだけ聞こえない通じていないと変な感じだ。


私から馬車を降りて見せれば、ルベンも三ステップ程度に跳ねて飛び降りた。サウロだけは荷台の方で私達と同じ扉から出られないから、一度外から荷台の方に回り込むことになる。

私達が先に馬車から降りてしまうと、さっきまで荷台の方で寛いでいた筈のサウロがわざわざ身を起こして私達の方に前のめりになった。また置いてけぼりにされそうな子どもみたいな目だ。


「今そっちに回るから待ってて。すぐ行くから」

大丈夫置いていかないからと、意思を込めてサウロに笑い掛ける。

それを見たルベンが「ルベンもそっちいてやろっか?!」ともう一度馬車に乗り込み直そうとしたけれど、その前にサイラスさんが扉を閉じた。勢いを付けた扉の閉め方が、馬車の中に戻ろうと素振りを見せたルベンへの意思表示そのものだ。


「ソーちゃん。狐に臭い消えるまでは立ち入り禁止だってちゃんと言い聞かせてくれ」

鼻を摘まんで話すサイラスさんは、目を釣り上げるルベンに一瞥もなく馬車の荷台へ回り込んだ。

グルルッと、やっぱり目の前で扉を閉められたことにルベンはお怒り気味だ。せっかく大好きなサウロの傍に行ってあげようとしたところでだから、怒っても無理はない。

きっと、折角馬車から出た悪臭の塊その二がまた戻ろうとしたのだからサイラスさんも回避したかったのだろうけど。


「ルベン。ちょっと私達の臭いがすごいからそれが何とかなるまで馬車に入らないで欲しいんだって」

「……サウロの手にかかれば一撃のくせに」

むすっ、とまだむくれ調子のルベンの発言に、いやそれはと私は言葉にせず苦笑う。

サイラスさんは頼れる人ではあるけど、どうみても戦闘特化じゃなくてただの御者さんだ。私から「馬が可哀想だし」とフォローをいれてみたけど、それすらもルベンは「ルベンの方が鼻は良いけど我慢できてんぞ!」と返した。

でも事情も何も知らない馬からすれば、何時間も異臭の塊を引き摺ってきたのだから休みたい気持ちはあるだろう。というか一番疲れているのは、出発してから一度も休んでいないサイラスさんと馬なんだから労わないと。


「よ~っと。……ほらオーク、お前も出ろ。ご主人様も狐も外だぞ」

荷台の扉をひと思いに開けてくれたサイラスさんは、サウロに言葉が通じないこと前提で呼びかける。

扉を開かれたサウロはルビーのような目をまん丸にしてこっちを向いていた。


「サウロ、お待たせ」

私から声を掛けて手を振ってみる。すると、座り込んでいたサウロがのっそりと立ち上がった。

私から外に出て欲しいと呼びかけると、巨大な斧を片手で鷲掴んだままゆっくりと降りてきた。引き締まってこそいるけど、全長が大きいサウロは座り込んでいると髪ががっつり床までついていた。

ドラゴンの血で全身シルエットだけど、そうじゃなくても表情が読めない。一足先に私達が降りた時より目が生きている感じはするから、置いてかれなくてほっとはしていると思う。

ずしん、と彼が完全に降りて着地した瞬間、馬車も軋むような音を立てた。さっきは気にならなかったけれど、こうやって見ると既にサウロの体重で荷台が傾いていたのかなと思う。サウロ+斧はかなりの重量だし。


「俺は馬車掃除しとくから、今のうちにソーちゃん達は身体洗ってきな。三人せめて黒尽くめじゃなくなってから戻って来い」

そう言ってサウロが降りた後も扉を全開にしたサイラスさんは、馬車の中を確認しながら指だけで私達に示した。

指す先を追うように目を向ければ、目下に綺麗な川が流れている。天然の洗浄場だ。

周りを改めて見回してみれば丘の上だ。人通りもないし、大通りからも逸れた脇道みたいだ。多分人に見られないような場所を選んでくれたんだなと思う。よく見ると丘の下に流れている川辺にはモサモサと茂みもあるから、あそこで着替えればなんとかなりそうだ。

サイラスさんにお礼を言ったけど、返事の前に荷台から私の着替えが入った袋と大きいタオルを三枚を重ねて渡された。至れり尽せりとはこのことだ。


「ゆっくり入ってきて良いぞ。俺も清掃が終わったら餌やって仮眠取る。女の身支度が長いのはどうせ世界共通だろ?」

仰るとおり。

私としてもこの全身黒シルエット状態は早く解消したい。腕とか顔とか気持ち悪いしパリパリするし、何より女としてここまで臭いのは辛い。


サイラスさんのお言葉に全力で甘えることにした私は、ルベンとサウロに川で水浴びすることを伝え、渡された着替えの袋を抱える。

こういう時の為にちゃんとサンドラさんと一緒に旅支度で買った服がある。今までも使い回せるものは使ったし、旅途中には川で洗濯とかもしたけど、取り敢えず今日も水洗いと着替えは必須だ。それだけでも時間は掛かる。

こういう時、髪の毛が乾かすのに時間が掛からないショートヘアって便利で良かったと思う。


ロングの時もあったけど、就活のためにバッサリ切ってからはそのままの長さを維持してる。この乾く速さと楽さを覚えたら、もう元には戻れない。


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