表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バベルの翻訳家〜就活生は異世界で出会ったモフモフと仕事探しの旅を満喫中!〜  作者: 天壱
Ⅱ.踏切

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/79

そして去る。


「ドラゴンとか」


ルベンがそう言った直後、まるで見計らっていたかのように台風のような大風が吹き抜けた。

ブォォォオッ!!と風が轟音過ぎてそれ自体が生き物のようだった。あまりの勢いに風の壁で息もできなくなり、髪よりも先に口の周りを確保する。

私よりも小さいルベンが飛ばされていないかと目を凝らせば、足元で踏みとどまったルベンが険しい顔で空を見上げていた。何か叫んでいるけど、風の音が大きすぎて聞こえない。

辛うじて何かを指しているのが見えて、先を追えばさっきまで満月のある方向だった。今はまた月が全く見えなくなっている。雲が覆い隠しているんじゃない。


ドラゴンだ。


遠目だと思ったのはほんの一瞬で、遠距離でもこれほどの突風を放ってきたドラゴンが大きく翼を羽ばたかせてこちらに向かっていた。

シルエットだけだと鳥にも見えたけど、急速に近付いてきたそれは文字通りの〝魔獣〟クラスだった。……この世界、ドラゴンなんていたの。


的外れな感想だけ頭に過れば、あまりにも現実感か無さ過ぎて茫然としてしまう。私達の数十メートル先に足をつけて着地したドラゴンは、戦車ぐらいはある大きな身体と長い首が伸び、巨大な生臭い口が私達のすぐ頭上で開いていた。

着地の風圧で吹き飛ばされた私とルベンは、散り散りになって尻もちを着いたままだった。月の中にドラゴンが見えたのがついさっきなのに、あっという間に目の前だ。

ルベンやオークとは比べ物にならないほど大きな牙と身体。口なのか洞穴の入口なのか見上げるともうわからない。

ルベンの声が聞こえた気がするけど、悲鳴を上げる余裕もなく馬鹿みたいに口が空いたまま思考もまともに働かなかった。どうしてここにドラゴンがとか今までどこに隠れていたのとか何故このタイミングでとか、支離滅裂な疑問で逃げるまでに到達しない。

べたりと金タライ一杯分じゃ足りない量の涎がドラゴンの口から落ちてくる。中途半端に大きな口は、都合よく一飲みにしてくれそうにはない。

食べられる、と。やっと一番大切なことに気が付いた時は、ドラゴンの口が真っすぐに私の上から降りてきた時だった。



ズシャンッ。



………何かが、風を切ったと思った瞬間。裂けるような音と一緒に、口を開けていたドラゴンが首ごと仰け反り、尋常じゃない奇声を上げた。

ギィェェエエエエエエエエッッ!!と耳を潰しそうな大音響が続くと、突然背後から呆けた私を叩き起こすように腕が引っ張られた。反射的に振り返ればルベンだ。


「動け馬鹿!」

腰を抜かした私を引っ張ってドラゴンから引き離してくれる。

ルベンに引きずられながら顔をまた身体の正面に向ければ、ドラゴンが長い首を左右に振り、藻掻くように暴れていた。ドラゴンの身体に何か大きなものが突き刺さっているのが、離れて見るとわかった。バタンッ、ドタンッと首や尻尾を振り、突き刺さったものを抜こうと地を揺らして暴れ回るドラゴンに、黒い影が凄まじい速さで突進していく。


オークだ。


さっきまでののっそりとした動きが嘘のように、凄まじい速さで突入していく姿は猪突猛進という言葉が相応しかった。

オークは遅いってルベン言ってたのに。羽織った毛皮から見える長い脚がカッカッカッと地面を蹴っている。

だけど、オークより数十倍は大きいドラゴンに体当たりなんてしたところで倒せるとは思えない。ルベンに引きずられ続けながらオークを呼んだけど、ドラゴンの奇声に潰される。

ぶつかると思った瞬間、オークはドラゴンに刺さっていた物体を片手で軽々と抜き放った。勢いよく抜かれたことで変な色の血が噴水のように噴き出し、奇声が轟く。


オークはドラゴンから抜いた物をそのまま軽々と真上に振り上げた。

ドラゴンと月の位置が変わって、振り上げたものが月明かりに照らされた。遠目だからこそわかる、巨大な剃刀にも見えるあれは斧だ。

暴れまわるドラゴンに振り下ろされた斧は、まるでドラゴン専用の断頭台のようだった。オークを噛み砕こうと首を伸ばした途端、逆に長い首へ目掛けてオークが斧を直接振り下ろした。

バシュンッ、ボトリと二音が続いて、また血の雨が吹き荒れる。

ドラゴンの首が刎ねられ地面を揺らし、残された首から血が噴水のように吹き上げた。戦車のような身体も、頭を追うように地面へと倒れこんだ。


「え、えええー……」

オークの圧倒的力の差に、それしか声が出ない。

ゲームとかだと確かオークって雑魚キャラに分類されていた気がするんだけど。ドラゴンに一対一で勝てるオークなんて見たことない。むしろ友達の見せてくれたファンタジーゲームだと、ドラゴンにオークが一網打尽にされるような場面もあったような気がする。

しかも彼は普通のオークより身体は細いのに、片腕で自分の背よりも大きい長さの斧を軽々と振り下ろしていた。しかも最初の一撃の後は遠距離にいたということは、そこから斧を投げたということだ。


オークがドラゴンの首を刎ねた辺りから、引きずるのを止めて足を止めたルベンも私の隣で茫然としていた。

大きな口があんぐり開いて吊り上がった目がくりんっとして、若干蒼い目が輝いているようにも見える。


ドラゴンがピクリとも動かなくなった後、またオークはのっそのっそとゆっくりとした動作でドラゴンの身体から斧を引き抜いた。あんな大きな斧どこからと思えば、さっきオークが切り株に座っていた時に寄りかかっていた大岩がないことに気付く。大岩じゃなくて斧が地面に突き刺さっていただけだったと今理解する。

ドラゴンの血塗れになった斧を引きずりながら、のっそのっそと私達に近付いてくるオークは頭から血を浴びていた。凶悪殺人犯のような姿だけど、近付いてきた表情はさっきと変わらない。

焚火から離れた位置にいる私とルベンからは、血の所為でオークがほとんどシルエットのようにしか見えなかった。


「……怪我はないか」

ぼそり、と呟くように尋ねてくれるオークはやっぱりさっきのオークだ。う、うんと言葉を返しながら、巨大なシルエットに苦く笑いかける。


「『ありがとう。すっごい格好良かったよ』」

ドラゴンより弱いとか思ってごめんと思いながら、座り込んだまま地面に手をつく。

お礼を言われたのが慣れてないのか、オークが言葉に詰まったように仰け反った。ドラゴンの血の色でほとんど顔は見えないけど、赤い目が見開かれるのだけははっきり見えた。

返答に困るように顔を伏してしまったオークから、もう動かないドラゴンへと目を向ける。多分、村人を食べていたのはあれだろう。

あの口なら、ひと噛みした後に腕一本くらい零して食べ残すのも納得できる。……そして私もあとちょっとで仲間入りしていたと思えば、今更になって背筋にぞぞぞっと冷たいものが駆け抜けた。

でもどうしてあんな大きなドラゴンが今まで発見されなかったのか。そう考えていると、ぽつりぽつりとオークが話題でも変えるように口を開いた。


「最近……この辺りの時間になると時々見えはしたんだが、火を焚いて誘っても降りてはこなかった。……恐らく、貴方の匂いに釣られて来たのだろう」

オークの話によると、あのドラゴンは月明かりがない夜に飛行して餌を探し、月が出て姿が露わになりそうになると森へ下降を繰り返していたらしい。多分獲物に見つからないようにする為だろう。

つまり月のない夜には森で上空から村人を見つけては食べ、月明かりに照らされては森に居りて目撃者が出たらそれも食べていたということだ。

人間には月明かりがないと森の中でドラゴンなんて見えないけど、夜でも視えるオークにはしっかりとドラゴンの夜の上昇下降が見えていた。……そして、自分を囮にしてでもドラゴンを退治しようとこうしてわざわざ焚火を焚いてくれていたらしい。オークはドラゴンのお好みじゃなかったのかどうやっても狙って貰えなかったみたいだけど。


もう完全に村人の敵どころか、ドラゴン倒そうとした味方だし。これで退治されかかっていたとか酷過ぎる。

それにしても上空からでも人間の匂いがわかるなんて、ドラゴンも鼻が良いんだなと少しだけ感心する。それとも私の体臭がきついのか。ここ最近お風呂には入れていないしと思わず自分の腕を臭ってみるけど、やっぱり自分じゃわからない。


「……………………確かに良い匂いだ」

えっ?

予想外のオークからのコメントに、思わず一音だけで聞き返す。シルエット状態のオークが思い切り私から顔を逸らした。

「何でもない」と妙に早口だったけど、まさか今更私が捕食対象とじゃないよね??そんなに私の匂いって香ばしいのだろうか。というか生身で美味しそうな匂いってどんな匂いだろう。せめて果物系の匂いであって欲しい。……いや、食べられるのは御免だけど。


オークの無実がルベンにも完全に晴れたところで、立ち上がろうと膝に力を籠める。けど、まだ腰が抜けたまま駄目だった。

ルベンも未だに茫然としているのか何も言わないし、できれば指摘される前に腰も復活させたい。話を繋ごうと思った時、ふとオークの背後にあるドラゴンに目がいく。そういえばRPGものとかでドラゴンって……。


「ねぇ、ドラゴンの死骸って売れる?」

オークは山育ちだし、ルベンに聞こうと獣人族の言葉で投げかける。

でも、まだルベンは返事をしない。ふるふると微弱に震えているルベンにもしかして怖かったのかなと前のめりになって顔を覗き込む。ドラゴンか、それとも圧倒しちゃった彼の方かと思えば


…………オークを見上げる顔が、すごくキラキラ輝いていた。


「……ルベン?どうしたの??聞いてる?というか聞こえてる??ルベン??」

今まで見たことのないルベンの眩しい笑顔に、ちょっと逆に心配になる。手を伸ばしてルベンのモフモフの身体を揺するけど反応がない。よくみると肉球の手がぐっと拳を作っている。

この顔、どっかで見たことがある。なんかボール遊びを覚えた犬にも見えるけど、それよりもヒーローショーにドハマリした少年の顔の方が近いと思った。

何も言わないルベンは、顔が、眼差しがもう「かっけぇ」と叫んでいるようにしか見えない。


何度かその後も呼びかけたけど、ルベンはオークに夢中のままだった。

多分頭の中でさっきの戦闘シーンを思い返しているんだろう。オークもルベンの視線に気付いたらしく、顔はシルエット状態だけど小首を傾げるような仕草をした。

腰が抜けたのが治るまでは呼びかけるだけにとどめ、やっと足に力入ってからもう一度「ルベン」と呼びかけ、そして決めていた言葉を続ける。


「……オーク、連れてっても良い?」


快諾だった。

思いっきり勢いの良い頷きと共に、ルベンが「行くぞ!」とさっきまでオークを疑って大反対していたのが嘘のようにウキウキわくわくで私の手を引く。ルベンの手を借りてよっこいせっと立たせて貰い、やっとお尻が地面から離れた。

片手で軽くズボンをはたいてから、思い出したさっきの質問をルベンに投げかける。


「ルベン!ドラゴンって売れる⁈」

「売れる売れる!持っていこうぜ!ルベンが持って行ってやる!」

すっごいノリノリご機嫌のルベンが跳ねた声で返してくれた。全部は無理だろうけど、取り敢えず高価そうなものはどれかと選んでもらう。

近付くごとに物凄い生臭い匂いがして、思わず鼻を押さえた。さっきまで緊張が勝って嗅覚まで頭が働かなかったけど、緊張が解けた途端にすごい臭う。

ルベンやオークも鼻が曲がらないのかなと思ったけど、慣れているかのように平然とドラゴンに近付いていた。

オークが何をしているのか不思議そうに私達とドラゴンを見比べるから、説明をしたらおもむろに尻尾を掴み出す。どうやら引きずっていこうとしてくれているらしい。


「『駄目駄目駄目!!ドラゴン持ち帰るより森林破壊で怒られるから‼︎』」

斧を肩に背負ったままドラゴンまで引きずれるらしいオークにも驚きだけど、このまま引きずったら確実にドラゴンの身体の大きさ幅だけに木々が倒される。村へ着く頃には確実に村人全員を起こす。

さっきのドラゴンの断末魔も凄い音だったし村まで聞こえているかもしれない。

私に駄目出しを食らって、しゅんと肩を落としたオークは捨てるようにドラゴンの尻尾から手を離した。その途端、ずしんとまた地鳴りが轟く。なんかこれぐらいで落ち込まれると私の方が罪悪感を覚えてしまう。


「ソー!やっぱ持ち帰るならこれだろ!」

ルベンの機嫌の良い声が飛び込んできて、振り返れば生き生きとルベンが両手に掲げているものにぎょっとする。

何の色がわからない血で白いモフモフの毛が染まってしまうルベンに悲鳴をあげそうになる。オークもそうだけど、ルベンも二人ともどうにかしてお風呂に入れたい。森に湖もなかったかなと思ったけど、今はそれより馬車が優先だ。


ルベンに聞くと、その掲げているものが一番希少らしい。色々持ち歩くのに抵抗があるけど、ルベンもおすすめなら信じよう。

持ち帰るものを決めた私はオークにも説明してから山を降りることにした。ルベンがいつのまにか無くしていたランプを茂みの向こうまで取りに行ってくれた。持ち主だった私は忘れてたのに、ルベンはちゃんと覚えてくれていた。

ガラス部分が割れてたけど、問題なく光った。いつもなら文句の一つでも言うルベンがすごい良い笑顔だ。……灯りに照らされて、ルベンの身体が黒いのがわかった。


赤にしては変な色だと思ったけど、やっぱり夜の所為じゃなく血の色自体が黒に近い。

すごく毒毒しいけど、身体に害はないんだろうか。二人にそれぞれ言語を変えて聞いてみたら、有害どころか私も被れと勧められてしまった。ドラゴンの血は獣物や獣除け効果があるらしい。

いやいやいや血を被るとかホラー体験無理!と首を思い切り振って断ったけど、何事もなく山を降りる為と言われてしまった。

確かに二人とも荷物にドラゴンに斧にランプもある。私が持てるのはランプぐらいだし、また狼やドラゴンに襲われた方が困る。……オーク曰く、人間の私は美味しい匂いらしいし。


仕方無く、半泣きになりながら地面に溢れた血溜りを掬って身体に擦り付けた。

ホラー映画とか苦手だし料理もしないのに狼の死体とか首のないドラゴンとか、血を自分で擦りつけるとか一夜でトラウマ量産してる気がする。

せめて服だけは汚さないように肌にだけかけたけど、やっばり匂いが凄い。オークもルベンも異臭を放っているし、確かにこの匂いじゃ生き物は逃げる。


最後に焚き木を消して、私達はその場を去った。ルベンが収穫を両手に掲げ、オークが右肩に斧、そして

……左肩に、ランプを持った私を抱えて。




リーダー気分から一転、気が付けば文字通り二人のお荷物になっていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

◆◇コミカライズ連載中!◇◆


【各電子書籍サイトにて販売中!】
各電子書籍サイトにて販売中!画像

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ