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バベルの翻訳家〜就活生は異世界で出会ったモフモフと仕事探しの旅を満喫中!〜  作者: 天壱
Ⅱ.踏切

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22/79

詰め寄り、


「『どうして駄目なのですか?貴方が独り占めするためですか?この森は食べ物も豊富だし、良いところです。人間の集落も私達には絶好の餌場ではないですか』」

「…………………………やはりか」


さっきまで静まり切っていたオークの声が、突然二段くらい更に低まった。

ズン、と言葉だけで重力が増したような声が溜息と共に放たれる。おかしい、なんでバレたんだろう。せっかく良い感じにお仲間のオークっぽい台詞を考えたのに!


そう思っている間もオークはまだ振り向かない。ただ、呆れるように頭を左右に振り、また大きな溜息を漏らす。

緊張で額の汗が頬から顎にまで伝って落ちた。こっちが武器を突き付けている方の筈なのに、いつの間にか私達の方が追い詰められているような錯覚まで覚える。

口の中を飲み込めば、ゴクッと思ったよりもずっと大きな音が内側から耳に響いた。

ルベンも空気を感じ取ったのか、声を殺して私に「どうした⁈」と尋ねてくる。

まだルベンの存在は気付かれていない筈だしせめてルベンだけでも上手く逃がせればとそう思った矢先に、私の首を冷やすように背後から風が吹いた。

悲鳴を上げそうになりながら振り返ったけど、背後には誰もいない。ただ風向きが変わっただけだ。……って!風向きが変わったってことは!!


「獣の匂いと、血と、……人の匂い。嗚呼……やはりだ。やはり臭う。先ほどからの臭いは……やはりお前だったのか」


バレてるバレてるバレてるっ!!

グラリグラリと揺れるような声が、淡々と放たれる。

しかも「やはり」ということは最初から私とルベンのこともバレていたらしい。たんに様子を見られていたのかと足が僅かに震え出す。どうしよう、動けない。


何か自己完結するように「そうか……そうだったのか……てっきり、……と思ったが」とポツポツ呟くオークは、もう私からの返答を求めていないようだった。

そういえば猪って鼻が良いし、オークも似たようなものだとしたら凄く鼻が利くんじゃ。もしかしてこの距離だったら風下じゃなくても匂いでわかってたのもしれない。


「悪いことは言わない。今すぐこの森から立ち去れ。どこから来たのかは知らないが、……殺されたくなければ逃げ帰れ」

まるで森の主のような言い方だ。

立ち去れ、ということは私達を食べるつもりはないのか。逆にそれが少し不思議だと思いながら私は胸を両手で押さえて息を飲む。まさか食べるのは村の人間だけに決めているとかだろうか。

追い詰められて、上手い切り返しが思いつかずにただただ毛皮の背中を見つめ続ける。


「お前は許されないことをした……。何故人間族の村人が怒っているかだと?それを知るべきは私ではなくお前だ」

どうしよう、この人の言葉が頭に入ってこない。

私がパニックになっているからか、それともオークが自己完結しているせいか。とにかく切り返しどころか意味がわからない。

どこまでも淡々と話す彼が、重い腰を上げる。まずい、今度こそ襲われる。

そう思った瞬間とうとうルベンが予告もなくクロスボウを撃ち放った。私が止めに叫ぶより、バシュッという音が先だった。銀色の矢が撃ち放たれそれがオークを



「異種族の誓いも知らない田舎娘は野へ帰れ」



カツンッ、と。

……ルベンが放った矢はオークの背中に直撃し、まるで壁にぶつかった紙飛行機のように弾かれた。

ルベンから息を引く音が聞こえ、私の腕が引っ張られる。オークが何事もなかったかのように切り株から腰を上げる中、茫然とする私に「逃げるぞ!走れ!」と叫んだ。


「なんだ野犬は食ったのではなかったか」

オークが独り言のように呟くのが耳に掠る中、引腕を引かれ引き摺られる私はルベンの手を両手で引き留めた。慌て過ぎて手持っていたランプを落としてしまう。


「ルベッ……待って待って!何か、何か色々おかしいから!!」

獣人族の言葉で声を潜めて訴えれば、耳の良いルベンはすぐに反応してくれた。

足を止めると同時に「おかしいのはお前の頭だろ!」と怒鳴られたけど、それでもなんとか強制撤退は免れた。大丈夫、待ってと言いながら、もう一度オークの方に向き直る。

ルベンに引きずられた所為で一気に距離が空いてしまった。オークの背後の焚火の所為で逆光だ。木々の枝が邪魔をして、影でお互いそこにいるということくらいしか判断できない。

ゆっくりとこちらを振り返った動作をしたオークの顔が、怒っているのかどうかすらわからない。


「どうした、立ち去れ。村人が殺したいのは私ではない、お前だ」

突き放すような声が、地に響かされた。

だけどオークの言葉に私は確信する。彼は何か勘違いをしている。


「『あのっ……異種族の誓いって?』」

攻撃直前、彼が言った言葉を確認する。すると、彼は何度目かもわからない深い溜息を漏らした。それから一歩だけ私達に近づく。


「この国で生きる為の掟だ。異種族間の捕食は禁じられている。……少なくとも私が知る限りはそうだった」

やっぱり。彼は異種族間規約を知っている。オークでは〝異種族の誓い〟と呼んでいるんだと思いながら、地面を踏む足につま先から靴の中で力を込める。

なら、彼はそれを知った上で人間を襲ったか、もしくはこの感じだと……


「それを破れば全種族を敵にする。……この森にいればお前は殺される。だから早々に立ち去れ。二度と異種族を食らおうなどと考えるな。食いたければ国を出ろ」

まるで私達に圧をかけるようにまた一歩近づいてくる。

羽織った毛皮のシルエットと、掲示にあった通りの二メートルはある身長は背中を丸くしても充分高い。木々の枝に殆ど隠されて身体の大きさしかわからないから余計怖い。

思わず片足だけ半歩下がってしまうけれどそこで堪える。ルベンが「おい!何言ってんだこいつ!」と叫び、クロスボウに新しい矢を装填して構えた。


「お前が現れた時から人間と血の匂いがした。ここ最近、人間を食っていたのはお前だな。また一人食ったのか。獣はお前の飼い犬か。てっきり途中で狼でも食ったのかと思ったが……」

一定距離で、そこからは近づこうとしてこなくなる。

木々にお互いの姿が隠されたまま、オークはそれを保とうとしているようだった。

私からは焚火の逆光も手伝ってなにも見えないけど、オークもまだ私が人間だとは気づいていないようだ。

多分、私の匂いが本人のではなく食べられた被害者の匂いと勘違いしている。

獣はルベンのことだろうけど、血の匂いは私じゃなくて途中で襲ってきた狼の匂いだ。人間の匂いと血の匂いで、村人を食べた直後と勘違いしている。


「オークの匂いも掻き消えるほど凄まじい匂いだ。一体何人食った?……早く逃げろ。お前は私と違って何処へでも行ける」

「『あっ……貴方はどうするの⁈ ここに残れば貴方が村人に殺されるでしょ⁈』」

「構わない。どうせ私は醜い化け物だ。豚のような生活こそ相応しい。……このまま駆逐されるならそれで良い」

自分を見限った言葉だ。

意思こそ硬いのに、全てを人任せにするような言い方だった。

さっきのルベンからの攻撃さえ、きっと彼は傷を負っても私達を攻撃してこなかったのだろうと今気づく。種族は違っても同じ〝人〟なのに、どうしてこの人はこんなに自分を卑下するのだろう。


『皆がそう呼んだ。お前は醜いと。気味が悪い、不快だとそう言った』


そこで、気付く。さっきの〝皆〟は村人なんかじゃない。混乱して忘れていた、その人を傷付ける言葉を言えるのは同種族の言葉だけだ。


まだ顔も見えない彼が、まるで昔読んだ本に出てくる野獣のように思えてくる。

自分の見掛けを嫌って、自分なんてどうなっても良いと放り投げて、誰かの都合で終わらされるのをただただ待っている。

淡々とした言葉が、低めた声が、どこまでも悲しい。自分の言っている言葉を「悲しい」と思っていない彼の言葉が一番悲しい。

自分は無実で本当は人を襲ってなんていないのに、初対面の私を助けようとまでしてくれている彼を見捨てるなんてもうできない。


「……久しぶりに、会話ができて嬉しかった。これはその礼だ」

去れ。とそう言って彼は一定距離をさらに一歩狭めた。

木々の枝を潜ろうとも払おうともせず、真っすぐと。彼と私を阻んでいた枝がバキバキと無情に折れて地面に落ちる。

まるで車の直進のように、阻む枝の方が負けていく。さっき背中越しに会話していた時よりも距離が近づいて、邪魔な枝も減っていく。彼か近づいてくることに、ルベンが私の手を引いてまた叫ぶ。

掴む手を逆に強く握り返し、私はルベンを引き寄せた。


「大丈夫」

そう断言したたけで、慌てたルベンの声が止まった。

無言のまま私の手を更に強い力で握り返して、喉を鳴らす。

ダン、ダン、ダンと明らかに軽くはない足音がゆっくりと近づいてきた。薪の光が彼からも遠くなり、さっきよりもうっすらと闇に溶ける。

毛皮に覆われた大きな身体と丸い背中、そして重々しい足音が彼の体重を物語っている。そして


「お前に良い住処が見つかることを願おう。お前は私のような化け物ではー……、ッ⁈」


オークが、気付いた。

逆光に照らされている彼と違って、この距離なら彼に私達の姿ははっきり見える。

真っすぐと彼の目があるであろう位置を見据えると、オークの方が怯えるようにビクッと震えた。


「お前はっ……それに、獣人……⁈何故、オークは何処に……⁈私が話していたのは……⁈まさかお前もっ」

ポロッポロッと驚愕を零すオークは、言葉だけでも明らかに動揺しているのがわかった。

同族がいると思ったら、目の前にいるのが人間と獣人じゃ驚くに決まっている。

オークは中途半端に上がった手をブルブルと震わせ、じっとしていられないように顔ごと視線を四方に彷徨わせた。丸くなっていた背中を大きく反らした彼は更に全長が伸びて大きく見える。なのに反してさっきまで憮然としていた態度が嘘のように狼狽え出した。


「『私は人間族です。スキルで全種族の言語がわかります。騙すようなことをして申し訳ありませんでした』」

改まって私はオークに投げかける。

スキル、という言葉にオークは小さく繰り返した。

それから少し気持ちの整理がついたかのように反った背中がまた丸まった。


「人間……か」

ぽつりとした呟きには感情が混ざっていて、安堵しているようにもがっかりしているようにも聞こえた。

せっかく同族に会えたと思ったのに人間族でがっかりさせてしまったらしい。少し罪悪感が引っ掛かりながら、私は震えの止まった足で一歩彼に踏み出す。


「⁈来るな……!来ないでっ……くれ……!」

まるで立場が逆転したように、オークが半歩下がってまた丸かった背を反らした。

私が進むままにルベンの手を引けば「お、おいソー?」と戸惑ったような声を漏らされた。オークに近付くのに抵抗がまだある様子のルベンから手を離せば、すぐにまた掴まれた。私に手を引かれるようについてきてくれるルベンは、早足になる私に合わせてくれる。今はオークとルベンを通訳している暇はない。それよりも私は



「貴方の、顔が見たい」



やめろ、来るな、来ないでくれ、と。さっきまで姿を見せようと近付いていたオークが一変して後退る。自分の顔を守るように両手を上げ、交差する。

やっぱり彼は人を襲わない。オークだと思っていた私にあれだけ人を食べちゃいけないと諭していた彼が人を襲うわけがない。

大丈夫、と一言返しながら、焚火の方へ後退る彼に私も同じ速さで近づく。ルベンもオーク族は足だけは速くないと言っていたし、もし本気で逃げられても追いかけようと決める。


木の根を踏んで砕きまるで私の方が悪人のように、オークが背中を向けて逃げ惑う。

走り出し、追い掛ければオークは焚火を過ぎて洞窟の中へと飛び込んだ。一瞬罠かなとも思ったけど、今はオークを逃がせない。「待って!!」と声を上げて洞窟の中に飛び込んだ。

洞窟の中はそれこそ明かり一つなかった。入口が離れていくにつれて、まるで地下の階段でも降りているように何も見えなくなる。

来るな、来るな、とオークの声だけが聞こえて、言語がわからない人からは獣の唸り声のようにも聞こえるだろう。

それでも私が更に奥へ奥へと進めば、とうとう逃げ場所をなくしたオークを追い詰めた。


「帰れ、帰れ、帰れ、帰れっ……」

真っ暗で何も見えない中で、すぐそこにオークのくぐもった声が聞こえた。

目の前にいるのかと手を伸ばしたけれど、ぶつからない。どこか横穴でもあるのかと思ったけど、片方の手を左右に振り回しても何もぶつからない。

声が反響する洞窟で、オークの声はどこから発せられているのかわからない。物陰に身を潜めているのだろうかと更に足を勧めれば、……コッと、何かを蹴った。


一瞬つんのめり、転びそうになったところでルベンが手を引いて助けてくれる。

ありがとう、とルベンにお礼を言えば「すぐそこにいるぞ」と教えてくれた。

足がぶつかった場所に恐る恐るつま先を伸ばしてみる。トン、とやっぱり何かがある感触がした。微弱に振動している。

軽く屈み、下へ手を伸ばすと柔らかな毛の感触がした。オークの毛皮だ。私が触れたことに毛皮がまた大きくビクリと震え、悲鳴にも近い声が上がった。


「『大丈夫です、私達は貴方の味方です。貴方に危害を加えるつもりはありません。私はソーで、一緒にいる獣人族がルベンです。私から村人に説明してみます。誤解さえ解ければ……』」

「誤解なんてどうでも良い……!!私を見るな!私に近付くな!どうせ怯えて逃げるのならば、今すぐここから立ち去ってくれ……!」

拒絶だ。

私が人間を食べたと思った時すら見せなかった明確な拒絶が、そこにあった。

毛皮の上からゆっくりを手を滑らせれば、彼の背中だとすぐに分かった。大きくて広く、そして震えたそれは迷子の子どものように縮んでいた。

足元に蹲り、震えるオークに手探りで触れていけば広い背中が途中で終わった。丸くなって降りた先は、毛皮に覆われながらさっきとは違う固い感触だった。ピタリと別の質感に触れ、さっきよりも大きく震えたそれが彼の手だとわかる。

毛皮越しに頭を抱えて蹲っているオークの姿が暗闇の中で目に浮かんだ。


……私は、お伽話に出てくるお姫様みたいに心が綺麗じゃない。

就活だって教授に当たり散らしたし、ゴブリンから砂金を一袋も貰ったし、あんなに良くしてくれたサンドラさん達の元もすんなり去った。こうしてルベンのことも道連れにして、嫌がっているオークも騙して追い詰めて、今は彼の顔を見ようとする。


正直、彼の顔を見たところで、悲鳴を上げない自信も顔を顰めない自信もない。

元の世界でだって外見で人を判断したことは数知れない。見掛けで悪そうな人間相手からは距離を取るし、話す前から外見だけで性格良さそうとか悪そうとか勝手に思う。それでもやっぱり



「『じゃあ、一緒に逃げよう』」



私より心の綺麗なこの人は、もっと幸せになるべきだと思う。

オークの息を引く音が、はっきりと反響した。頭を抱えて震える手が僅かに弱まり、毛皮越しに頭が少し上がる感触がする。

もしかしてこの暗闇でも目が見えるのかもしれない。

返事もないまま、頭に乗せていた手が少しずつ上がっていく。さっきまで突っ伏していた顔で今は私を見上げてくれているのかもしれない。

顔の見えないオークへ、声だけはまっすぐ向ける。目を合わせられなくても、今は言葉だけでも届けば良い。


「『顔を見られたくないなら余計にここに居たら駄目。村人が挙って来るんだから。もっと住みやすい場所を探してあげる。もし時間をかけて、それで駄目だったとしても……』」

私から一つ一つ落ち着いて聞けるように言葉を重ねる。

どうして私に怯えたのかはわからないけど、人が怖いなら復讐に燃えた討伐隊なんてもっと怖いにきまってる。

なら、今私一人で彼を引き留めたほうがずっと良い。彼が一人を望むなら、無理に人の輪に入る必要もない。そういう生き方の人だっているし、今まで彼はそれで生活できていた。

自分に怯える相手がいるのが辛いなら、同種族の元に連れていきたい。元の集落とはそりが合わなかった可能性もあるなら、別の集落を探せば良い。バベルは共生国家だし、オークの集落だってどこかに在る筈だ。

何日とか何ヶ月とか何年とか見つからなくても、大丈夫。それだけ年月を掛ければきっと私の方が


「『その頃にはとっくに貴方の姿は見慣れてる』」


一緒にいれば、慣れる。

どんなに怖い顔でも醜い姿だとしても長い期間一緒にいれば、きっとそんな風に思わなくなる。怖いのも、見慣れないのも長い人生では一瞬だ。


「『今は怯えない約束はできないし、貴方の姿を見たら嫌な顔するかもしれない。でも、ずっと貴方の居場所が見つからなかったら、その時は私が面倒見るから』」

お金だってゴブリンのお陰でたくさんある。王都で彼に住処を提供するくらいは責任持てる。


「『私達はこれから王都に行くの。王都には色んな種族が生活してるっていうから、貴方のことだって誰も気にしないかもしれない』」

都心は他人に興味ない、というのは私の勝手な主観もあるけど。

それでも色々な種族がいれば、オークが一人くらい居ても気にする人はいないと思う。沢山の種族が入り混じれば、自分だってその中の一つだ。

そう思って暗闇の中、彼の頭からそっと片手を下へと添わせる。私の方に上げてくれた顔へと手探りに下ろしていけば、予想よりずっと細い輪郭があった。人肌にも似た質感は、やっぱりルベンの言う通り毛深くもない。ペタペタと湿っていて、感触だけじゃ汗か涙かもわからない。


「『会話できて嬉しかったんでしょ?ならもっと話そうよ』」

王都かオークの集落に着けば同種族とも話せるかもよと、更に続ける。

返事のないオークは、微かな息遣いに手を添えた温かな熱と湿り気がそこにいる証拠だった。いきなり住み慣れた場所を離れようなんて突然過ぎるし、怯えていた相手と一緒に旅なんて嫌だとも思う。

でも、彼だって自分が怖がられるのを想定しているなら怖いもの同士でお互い様だ。


「『ルベン……この獣人族の子も口は悪いけど、すごい優しいから大丈夫。村で貴方のことを知って最初に心配してくれたのは彼だから』」

今はオークに警戒しているルベンだけど、もともとは一番気にしてくれた子だ。

ずっと独りで生きてきたということでも私よりルベンと話も合うかもしれない。二人で人間族の愚痴を言ってくれても私は別に気にしない。

オークから、掠れるような息が吐きだされた。何か言おうとしてくれているのか、顔に添えた私の手を少し擽っただけでそれ以上はまた何も言わない。

オークにとっては人間族と一緒で、獣人族も未知の領域なんだろう。「大丈夫」と私はまた一言添えて、顔も見えないオークに向かってヘラリと笑って見せる。


「『いつか絶対貴方の顔を正面から見て「怖くない」って笑ってみせるから』」


お伽話のお姫様みたいに、すぐには言えなくても。

最初に彼の顔を見ようとした時は、嘘でもそう言おうと思った。気にしないで良いって一言言ってあげたかった。

でも、こんなに見られたくなくて怯えて隠れて蹲って震えているのなら、嘘じゃなくて心の底からそう言いたい。


輪郭に添えた手が、また雫で濡れた。そっと手をまた上に添わせていけば、濡れた手の湿り気を彼の毛皮が吸い込んでいた。

手探りで撫でるように彼の頭の上を滑らせれば、まだ抱え込んだ手がある。私よりも遥かに大きい手は見たたけじゃ手首なのか指なのかもわからない。それでもあたりをつけて掴み、痛くないように握り締める。


「『次は、一緒に逃げよう』」

そう言って、引き上げるように彼の手を引いた。

オークから、返事はなかった。だけど代わりにゆっくりと握る彼の手が私の方へ伸び、ゴソリと動く音がいくつも聞こえた。

ルベンと、そしてオークとも手を繋げたまま私は待つ。

暫く経ってから、見えなくても音と繋がった手の位置でわかった。オークが今私達の目の前でどうしているのか。

真っ暗闇の中でも目が見えるルベンは、気の抜けた声でぽつりと私に投げかけた。


「ソー。……お前、何言った?」


蹲っていたオークが、立ち上がる。

何も言わないまま、それでも私が出口の方へと手を引けばゆっくり足を動かしてくれた。ルベンに「行こう」と一声かけ、出口へと向かう。

ぎゅっとオークの手の感触を確かめるように握れば、ちゃんとした熱があった。ルベンは肉球の手で私を握り返したまま、言葉も出ないようだった。私が二人を引っ張るようにして、三人分の足音が洞窟に響く。


最初は豆電球以下の小ささだった出口の光がだんだんと近づいて、気が付けば焚火がチリチリと弱まりながらも燃えているのが見えた。

ズンズンと二人を引っ張り、敢えて今は振り返らない。薄暗い中で見るよりもちゃんと明るい場所で見る為に。


洞窟を出た後も正面の焚火まで二人を引きずる私より、先にルベンが「でぇ⁈」と叫んだ。

人間族の顔でも見分けがあまりつかないと話していたルベンさえ叫ぶということは相当だと、今から覚悟する。焚火の前で足を止めれば、二人も私に合わせて足を止めた。

深呼吸を繰り返し、繋いだ両手を一度離した私は意を決して振り返る。そして


「……………………へ?」


……息が、止まった。



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