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バベルの翻訳家〜就活生は異世界で出会ったモフモフと仕事探しの旅を満喫中!〜  作者: 天壱
Ⅱ.踏切

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13.旅人は発見し、


「…………あれだ」


二匹の狼に遭遇してから更に歩き続け、確実に二時間以上経った頃。

とうとうそこで辿り着いた。ルベンの鼻のお陰で順調に根城まで来れた私にも、肉眼で噂のオークが何処に居るのかわかるぐらいの距離まで来た。

森の奥の奥の更に奥。ルベンか、あとは山に相当詳しい人じゃないと辿り着けないんじゃないのと思うくらいの深奥の森の片隅にそれは見えた。


灯りだ。


小さくチラリと光の余波が視界に入った時点で、ルベンから「灯り消せ」と言われて手元のランプは消したから余計に奥の小さな光が目立って見えた。

足音に気をつけて一歩一歩慎重に近づけば、爪の先程度の灯りがだんだんと視界の中で大きくなった。ルベンの後ろにくっついて歩み、とうとうはっきりと灯りだけでなく周囲の様子もわかるくらい近づいて、目指していたそれが薪の灯りだとやっとわかった。


茂みの間で覗かせ、姿勢を低くして向こうを覗く。

薪がボワボワと一人キャンプ程度の規模で燃えていて、その傍の切り株の上にのっそりと熊のような背中が座っていた。

ルベンが風上に回り込んでくれたお陰でまだ私達には気付いていないようだけど、代わりにここからじゃ顔も見えない。巨大な熊のような背中は、本人の毛なのかそれとも服なのかもわからない。


「……オークってあんなに毛深いものなの?」

ルベンの耳に囁くように聞いて見ると、無言で首を横に振られた。

じゃああれは何?もしかしてオークじゃないとか?村人さんの情報だとオークが直接食べたところを見た人はいないわけだし、もしかしてオークではなくて別の種族でも住んでいたのか。そう思いながらルベンに聞いたけど、やっぱり首を同じ方向に振られた。

押し殺した声で「ルベンだって全種族に会ったことがあるわけじゃねぇよ」と断られる。確かにそうだ。


「……動かねぇし罠か囮かもしんねぇな。気をつけろよソー」


耳から尻尾までピンと立ったルベンは、緊張を表すように毛を逆立てた。抑えた声で目だけが瞬きもせず、薪の前に腰掛ける熊のような背中に向けられる。

ここで私達が注意を向けている間に背後から……!と、ルベンに言われた瞬間に想像してしまい、思わず背中がぞわぞわと震え上がった。悲鳴が出ないように口を両手で押さえながら背後に振り返ってみたけれど、今のところは誰も居ない。


再び薪の方に目を向ければ、やっぱり毛皮の背中は動かない。

すぐ横に佇んでいる大岩に寄りかかるようにして座ったままだから、余計に罠に見える。

やはりここに住んでいるらしい。眩しい光に目を凝らせば、傍に鉄板らしき物とか薪とか雑に干している衣服みたいものもある。背中こそ熊だけど、こうしてみるとやっぱり知能や生活は人間とほぼ一緒だ。

薪の向こうには大きな洞穴のようなものも見える。あそこが寝床なのかもしれない。衣食住をちゃんと持ち得ているし、やっぱりここがオークの住処だ。

もし村人が本当に襲われたのなら洞穴の中かもしれないけど、取り敢えずここには人の死体らしきものはない。……ルベン曰く、オークは調理せずに何でも食べれちゃうらしいけど。


「どうする?ここから話しかけるか?」

距離にすれば七メートルくらい。襲われたら走って逃げるにしても微妙な距離だ。

もう少し距離を取るか、でもそれじゃあ声が聞けない。私は改めて背後を確認し、猛ダッシュで逃げるのに正しいルートを目で確認してからルベンに頷いた。

するとルベンは此所に来るまでに再び右腕に装着していたクロスボウを静かに構えた。まさか、背後からオークを攻撃するつもりなんじゃと私が慌てて止めようと腕を掴めば「すぐには撃たねぇよ」釣り上がった目を更に鋭くしながら返された。


「念の為だよ。本当は火を消してぇけど無理そうだし。でもオークがこっち向いたらすぐ撃ち殺すからな。ちゃんと最初にそれオークに言えよ」

つまりは牽制だ。

わかった、と私は思いきり首を縦に振る。三度繰り返し深呼吸をして呼吸を整え、それから頭の中でオークの言語はと思い巡らす。

オークの言葉は聞いたことないけど、港でもやってきたように知識じゃなく私の〝スキル〟で、話そうとすれば、聞いたことのないオークの言葉も話せる。


《スキル発動。オークの共通言語〝魔獣族〟に適応します》


オークの言葉オークの言葉、オークの言葉と頭の中で繰り返し、結んだ口をゆっくり開く。

気がつけば今までと同じように、ぽわりと今まで勉強してきた言語を思い出すような感覚で知らない筈の言語が頭を巡り、口の中で精製された。


「『動かないで。動いたら撃たれます』」


なるべく喉の震えに気付かれないように、彼に届くようにと低く声を張る。

すると、さっきまで微動だにしなかった毛皮の背中が遠目でもわかるくらいにビクッと動いた。良かった、やっぱりオークだし囮でもなかったらしい。

首も見回すように左右に動いたから、慌ててもう一度『動かないで。振り向いたら死にます』と今度は叫んで警告する。危機を伝えているようで実際はこっちが引き金を握っているのだけど、それを言ったら逆上される気がする。

すると、やっぱり言葉は通じているらしくオークの頭部分がコクコクと頷くように動いた。


「『危険を伝えに来ました。貴方はいまとても危険です。人間族の村人が貴方に怒り、命を狙っています』」

一音一文、はっきり聞き取れるように彼に告げる。

先ずは彼の危機的状況から伝えないと。そう思って言えば、オークの身体が固まった。

寄り掛かっていた大岩からは身体を起こしたまま、真っ直ぐ剥製のように動かない。まさかもう逆鱗に触れたのかと、心臓がうるさく太鼓を鳴らして私の意識まで掻き乱す。怒り出す前にと、彼の気を逸らすようにこっちから問いを投げかけてみる。


「『何故怒らせたのかはわかっていますか?』」

「……………………私が、醜いからだろう」


低めた、けど予想よりずっと細い声だった。

もっとダミ声のような低い声を想像していたから、一瞬別人かとまで思ってしまう。私の隣に並ぶルベンも、声だけでも意外だったらしくピクッと右肩が動いた。


それにしても、返答まで予想外過ぎる。

ここで村人を食べたからだと自覚があれば話しやすかったけど、全く的外れな返答だ。いやいやどうしてそんなと思いながら、手を無言で左右に振ってしまう。けれど背中を向けたオークには見えていない。

彼の言語で重ねるように「誰がそんなことを」と否定すれば、オークの返答はシンプルだった。



「皆がそう呼んだ。お前は醜いと。気味が悪い、不快だとそう言った」

村人のことだろうか。

なら、オークが村の人間を恨むのも復讐に駆られるのも時間の問題だったかもしれない。だからといって殺して良い理由にはならないけど、オークの感情としては充分考えられる。

ルベンだって自分の村やサンドラさんの町でも一部から嫌な扱いを受けていたらしいしとそこまで理解してから、……私の隣に並ぶ彼に自然と目がいった。


私を守る為に自分の何倍も身体の大きなオークに武器を構えてくれている。今私と彼がどんな会話をしているのかもわからない中、瞬き一つせずにオークを睨み真っ白な耳も尻尾も逆立ったままだ。

まさかオークが自分と似たような境遇なんて思ってもみないだろう。


ルベンの詳しい事情までは私も知らない。だけど会話さえ通じればオークと分かり合えるかもしれない。

そんな風に期待してしまうと余計に毛皮の主を放って置けなくなる。

私が言葉に詰まる間、オークも何も言わなかった。燃える薪に身体を向けたまま、襲ってくるどころか指示通りに私達の方を振り向こうともしない。

まさか他に仲間が居て全部罠なんじゃと疑いたくなるほどに冷静で無抵抗だ。


「『ここに住んでいるのは、……あなた一人ですか?』」

「ああ一人だ。もう何十……百……何百……。……数えるのも忘れるほど、一人だ。これからも、一人だ」

感情の乗っていない淡々とした言葉はなんだか物悲しい。

声だけで判断したらオークどころか普通の人間くらいの声だから余計に胸がぎゅっと絞られる。

焚火が弱り出したからか、オークが手元だけ動かして薪を足した。一瞬小さく動いたことでルベンがクロスボウを撃つ手に力を込めたように見えたけど、すぐに思いとどまってくれた。

牙を剥き出しにして、単に火に薪を焚べただけだとわかった後も殺気を膨らませている。


「おい、次に薪でもなんでも動いたら殺すってオークに言えよ」

ルベンの殺気が今度は言葉にも乗せられる。

本当に今にもオークを撃ってしまいそうな彼に私の方が背筋が冷たくなる。オークに『今は動かないで下さい』とだけ改めて伝えると、コクリと頷きがまた返ってきた。

今のところこんなに大人しいのに本当に人間を襲ったのか怪しく思えてくる。


「…………私からも、聞かせてほしい」

ぽつん、と初めてオークから今度は投げかけられた。

突然のことに驚いて黙ったまま続きを待つと、オークもまたすぐには言わない。数十秒近く沈黙が流れてから、もしかして私の返事を待っているのかと気付く。

どうぞ、と思わず素で返すとオークはまた静かな声を続けた。


「貴方は、何故ここにいる?この森に長居は勧めない。この森には私以外オークもいない、近くに在るのは人間の集落だけだ。住処を探すなら別の場所にしろ、今すぐ立ち去れ」

……どうやら私をオークだと勘違いしてくれているようだ。

オークの言語を話せるならそう思うのが当然だろう。今更ながら、捕食対象だと気づかれていないことにほっとする。

同族として会話すれば、他にも聞き出せるかもしれない。騙すようで悪いけど、今はこのまま勘違いしておいてもらう。彼が本当に人間を襲ったのか、先ずはそこをはっきりさせよう。

頭の中で必死に言葉を選べば、その間にも心臓から体中の血液がドクドク波打った。うっかり間違えたら大変なことになる。

食われる、襲われる、殺されるとルベンが忠告してくれた話を思い出す。それでも、このまま何もせずにオークを見殺しにしたくない。


「『どうして駄目なのですか?貴方が独り占めするためですか?この森は食べ物も豊富だし、良いところです。人間の集落も私達には絶好の餌場ではないですか』」

「…………………………やはりか」


え、バレた?



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