そして決定した。
「オークって、確か肉でも魚でも異種族でも泥でも木でもゴミでもなんでも食えちまうって聞いたことあるけど、そんな奴なら別に人間食っちゃダメって知ってたら食う必要ねぇだろ?」
沈んだ抑揚のないルベンの声は、間違いなくオークを弁護していた。
ルベンも狐族の集落を出てからはずっと独りだったらしいし、思うところがあるんだろう。そのまま相槌だけで聞いていると、ルベンは食事に向けていた視線をさらに自分の足元まで落とした。
「ルベンだってソーに言われるまで財布のことわからなかったし。勝手に知らねぇところで作った掟を破って村人に寄ってたかって殺されちまうとか……むかつく」
最後の一言は、一番萎れた声だった。
むかつく、以上の感情が入り混じった一言に私まで胸が苦しくなる。自分でも顔の筋肉を中央に寄っていくのを感じながら俯く彼を見つめていると、途中でハッと顔をあげたルベンと目が合った。
その途端、逆に私に気を遣ってくれたのか「そっ……それだけ!食おうぜ!」と視線をきょろきょろさせながら慌てた様子でテーブルの干し果物を掴んだ。ぽいっと口に放り込んで私から顔ごとを逸らすけど、ピンと逆立った耳と尻尾が彼の動揺を物語っている。
今まで私以外とは長らく話をしたことがないらしいし、独り言がつい口に出てしまったような反応だ。そういえば初めて会った時も私に言葉が通じないと思いながら凄く話してたし、わりと本音は出やすいのかも。
私もルベンに釣られるように干し魚を手に取りながら考える。
齧った途端に生臭いのと塩の味が濃過ぎると思ったけど、それ以上は頭が回らずしゃぶったまま停止する。
ルベンの言っていることは正論だと、私も思う。
オークが人間を食べて、それで被害者の人達が怒るのは当然だ。でも、もし本当に何も知らずに本人は狩猟のつもりでやっていたとすれば、オークにも同情すべき点がある。
普通に森で生活してて、急に人間が襲ってくるのだから。
どちらにしても法律を破ったなら罰せられるのは仕方がないけど、話を聞いてみるくらいはした方が良いかもしれない。せめて、異種族を食べたり危害を加えることは違法だと教えておきたい。
モシャモシャと慌てて食べることに集中するルベンを上目で覗く。
あの時のルベンみたいに、無実の可能性も無くはない。少なくともあの看板を見る限り状況証拠だけだし、もしかしたらオークじゃなくて熊とかに襲われたのかもしれない。または運悪く森で遭難してまだ助けを待っているだけかもしれない。
どちらにせよ、オークに事情を聞いてみたい。
このまま村とオークの殺し合いになっても、オークが討伐されて森が解放されても絶対私とルベンはすっきりしない。
「…………よし。行こう」
「……は?」
干し魚を噛み切り、私は決める。
口の中が痛いやらしょっぱいやらで正直美味しさはわからないけど、それ以上味わうことなくゴクンと無理やり飲み込んだ。
目の前で私の断言に目を丸くするルベンが干し肉を齧った口で止まった。何言ってんだお前、と目が物語っている。
「ルベン、森に行こう。オークに会って取り敢えず事情だけでも聞こう。明日の討伐までにせめて話だけでも聞きたいから」
「……………………何言ってんだお前」
目だけじゃなく今度は口でも言われた。
とにかく、そうと決まればさっさと腹ごしらえとコップの水差しを片手に魚を一口ずつ噛みちぎっては飲み込む。がっつく私をルベンはぽかんとした口のまま見返した。ピンと張っていた耳がぺたりと垂れている。齧り途中だった干し肉まで先の方がテーブルに落ちた。
「少なくとも討伐される理由は言っとかないと。犯人がオークとは限らないし」
「いや、知って逆上されたらどうすんだよ。ソーが殺されるのは嫌だぞ俺。あと、食べ残ししか残ってないって時点で普通の動物には無理だからな。オークぐらいのでかい異種族か魔物ぐらいだぞ」
弁護してたわりに、オークの有罪判決については容赦ない。珍しく自分のことを〝俺〟呼びしたルベンは、未だ茫然としたままだった。
途中で思い出したようにテーブルに落ちた干し肉を拾って口に放り込んだけど、味わう様子もなく飲み込んでしまう。
「でもこのままじゃすっきりしないし。言ってやりたいことは言っておかないと」
「だからソーがそこまでオークに肩入れする必要ねぇだろ?会ったこともねぇくせに」
「でも、ルベンは絶対すっきりしないでしょ?なら私もすっきりしないし」
「……………………」
首を傾けたまま力なく言うルベンはもう呆れた様子だった。
まさか私が強行突破するとまでは思わなかったらしい。目の前にパンを残したまま両手をだらりと椅子から垂らすルベンに、買った内の一個を彼に差し出す。
私は私で自分の分の固いパンを齧りながら、窓の外に目を向けた。もう既に外は真っ暗だ。今なら森に向かっても、村人に見つからずに済むかもしれない。
それに姿さえ見えなければ、オーク語を話せば仲間だと勘違いして聞いてくれるかも。明日の夜には討伐するらしいし、行くなら今しかない。
「ルベン、怖かったら待ってていいよ。部屋の明かりだけ貸してね」
未だ言葉が出ない様子のルベンに、部屋の中心に吊るされたランプを指し示す。さっきのおじさんもルベンが食べられるかもと言ってたし、残しておいた良いかもしれない。二メートルはあるらしいし、下手すればルベンは丸飲みの可能性もある。
そう思ってパンを水と一緒に完食すれば、やっとルベンから反応が返ってきた。はぁぁぁ~~……と恐ろしく長い溜息を吐かれて、窓から視線を戻せばルベンが片手で額を覆っていた。
「行かねぇわけねぇじゃん……。お前、それルベンが付いてくるってわかって言ってるだろ?」
「え?いや本当に良いよ。ルベンはオークの言葉わかんないし、うっかり迷子になったり食べられたら困るでしょ?」
「ソーが森で遭難したりオークや野生動物に食われる方が嫌に決まってんだろ。ルベンはソー以外どうでも良いし。……言葉通じれば絶対食われねぇとでも思ってんのか?」
いや必ずしもとは思ってないけど、と言葉を返しながら私はぼんやりと考える。
そりゃあルベンにだって初対面は食べられるんじゃないかと怖かったし、港でも異種族に遭う度に怖気づいたりもした。でも、やっぱり港で会った異種族は皆言葉が通じれば、話もきちんと通じた。前の世界と同じで、姿や人種は違っても同じだ。
山育ちな相手に話が通じるか不安がないわけじゃないけど、……でも通じた相手だったのに見殺しにした方が辛い。
「最悪森を燃やして逃げてくるから、火の手が上がったらサイラスさん呼んで」
「そんなことしたら今度はお前の方が村人に八つ裂きにされるぞ。……良いよ、行けば良いんだろ行けば。ルベンが守ってやんねぇとソー死ぬし」
いやだからなんで死亡確定⁇
脱力しながらそこまで言うと、ルベンは肘をつきながら残りを食べ始めた。気だるそうに口を動かしながら、顔が不満この上ない。
肉も果物もパンも構わず口に放り込んでコップの水を飲みきった。怠そうなのに、私がパン一個食べ切るより早い。
確かに私よりもルベンの方が力持ちだし体力はあるけど。それでも大動物やオーク相手に襲われたら一人でも二人でも勝敗なんて変わらないじゃんか。
そうは思いながらも、ルベンが付いてきてくれるのは素直に嬉しい。「オークが何処にいるかもわからねぇくせに」「森に入ってすぐへばったくせに」と文句は言いながらも、やっぱり行かないとは言わないルベンは優しい子だなと思う。
そうして食事を終えた私達は簡単な身支度の後、再び宿を飛び出した。
私はリュック、ルベンは斜めに肩で鞄を下げてランプを片手に森へと足を踏み入れた。




