話し、
「あの、討伐って具体的には……?」
「?具体的も何も退治だよ退治。被害者の身内がもう黙っていられねぇんだとさ。村もこんな感じだからな……」
私の投げかけに答えてくれたコートのおじさんは、紙を貼り終わり振り返ったところで驚いたように目を丸くした。
どうやら普通に私を村の人間だと思ったらしい。更には手を繋いでいるルベンに目をやれば、皿のような目で私とルベンを交互に見比べる。
遅れて私が「こんばんわ」と挨拶をしてみたけれど、若干引くような顔で距離を取られた。
「お嬢ちゃん、獣人族をペットなんざ人間の奴隷買ってる連中と同類だからな。よく考えろ」
軽蔑の色も含んだ眼差しと眉の寄せられ方に弁解もしたくなったけど、下手すればスキルまでバレることになりそうなので口を絞って黙る。
結果としては誤解されて叱られたけど、不快な顔で去っていくおじさんの背中にこっそりほっとする。やっぱり言葉は通じなくても異種族の人権を考えてくれている人はいる。人間が人間をペットにしていると思えばやっぱり異常だし。
あとでルベンにも教えてあげよう。
それにしても明日か。村人対オーク戦争が起こる前に逃げるべきか、それとも一件落着まで待つべきか。
おかず系は買ったから、あとは炭水化物かなーとさっきのパン屋さんへ向かう。
列に並んで商品の前に並べば、予想はしていたけれどやっぱりライ麦パンみたいなのしかなかった。菓子パン系があればルベンも喜んだと思うんだけど。
取り敢えずパン三つを買って帰る。野菜もあればなと市場を端から端まで歩いてみたけど、ほとんど枯渇してた。品薄で売り切れなのかもしれない。
馬車に積む用に色々買っておきたかったけど、こんなにも食料も減っている村で爆買いはやめておこう。まだ馬車にも食料自体はサンドラさんが積んでくれた分がたくさんある。飲み物は水で良いや。
この世界はありがたいことに、水はちゃんと水道がある。しかも飲んでも問題なし。サンドラさんの町もそうだったし、この村も宿屋のおじさんが大丈夫だと教えてくれた。私の世界でも水が水道から飲める国ってなかなか少ない方だったのに、ファンタジー世界万歳。
流石にサンドラさんの家と違って宿屋にお風呂やシャワーはなかったけれど、共有スペースで水道は自由だったし少なくともこの国は水が奇麗で豊富らしい。馬車に水だけでも汲んでいくのも良いかもしれない。
そうしてパンと肉と果物と魚とわりと豪華なラインナップを手に入れた私は宿に戻った。前の町みたいで食べ歩きでも良かったけど、せっかくならルベンと気兼ねなく話しながらもぐもぐ食べたかったし。
宿に帰ると、まだサイラスさんは爆睡中だったらしくノックをしてもなかなか起きなかった。
扉の前に置いておこうかとも思ったけど、痺れを切らしたルベンが扉を勢いよく蹴飛ばしたら慌てて出てきてくれた。目が半分しか開いてなくて、だいぶ眠そうな顔のまま「はいはいはい」と飛び出てくれて逆に申し訳なくなる。
完全に一人暮らしの成人男性の休日にお邪魔しちゃった感だ。買ってきたご飯をおすそ分けしたら一応喜んでくれたから良かったけど。
自分達の部屋に戻り、私が扉を閉めたのを確認してからルベンは自分のベッドにボフンと飛び乗った。
「なぁソー。さっきの看板なんだったんだよ?あれオークだろ?っつーかあの親父となに話してたんだよ?あとその前のおっさんとも」
堰を切ったように質問がととととととっと雪崩れ込む。
大分いろいろ聞きたいのを我慢してくれていたらしい。あー……と私もどこから話すべく半笑いで返すと、ルベンは釣りあがった目を私に向けながらベッドに突っ伏した。
むすっと怒ってるようにも見える顔だけど、その体勢になられると失礼ながら白い犬が伏せているようにしか見えずにただただ可愛い。いやルベンは狐だけど。
テーブルに今日のご飯をリュックから並べながら、順を追ってさっきまでのことをルベンに説明する。
最初は「へー」ぐらいのテンションでご飯を並べ終わってもベッドに転がっていたルベンだけど、オークの話になった辺りからだんだんと興味を持ったように顔を上げていた。
今までオークに会ったことがあるか聞いてみたら、一度だけサンドラさんの町で一時滞在中のオークを見たことはあるらしい。
「オークってどんな感じ?本当にあの絵みたいな??」
「大概な。どいつもこいつもゴツくってさぁ、ソーの周りで言えば……ほら、見送りに来てくれた髭のおっさんいたろ?皆あんな感じ」
髭のおじさん、という言葉に貿易港でお世話になった髭ちくちくおじさんを思い出す。
海の男!とかトラックの運転手とか工事現場にいそうなガッツリとした体格の人。ゴブリンは子どもみたいな見かけだったのと同じように、オークも年齢問わず見かけはあんな感じらしい。
「オークって何族?獣人??」
「知らね。少なくとも獣人族にも猪族はいるけどあんな見かけじゃねぇし、獣人族でも狐族以外は何言ってるか俺はわかんねぇ」
サイラスさんに聞いてみようかとも思うけど、……さっき起こしたばかりなのにまた叩き起こすのもなぁ。
考えているとルベンが「それよりさっ」と起き上がった。ベッドから降り、やっと食べる気になったらしくテーブルの向かいの席に座った。
長さが足りずに足を椅子から宙ぶらりんにしながら、テーブル越しに私を見る。
「そのオーク、明日の夜に討伐されちまうのか?」
真正面から私を見定めるルベンは、今度はどうでも良さそうな口調じゃなかった。
どこか静まった声に、色んな感情を抑えているように感じられる。私が頷いて、コートのおじさんが話していたことを説明すると「ふーん」と言いながらも目の前のご飯に手を付けようとはしない。お腹が空いていると元々言っていたのはルベンの方だったのに。
どうかした?と尋ねてみると、ルベンは視線を私からテーブルの上のご飯に向けたままぼそぼそと口を開いた。
「〝異種族間規約〟ってつまりは〝バベルの掟〟のことだろ?そいつ、……ずっと森に住んでたんなら知らなかったんじゃねぇのって思ってさ」
なんだか重そうに言うルベンの言葉に、異種族間規約って何かと尋ねてみる。
獣人族では〝バベルの掟〟というネーミングだったらしいけれど、ルベンも知っているようだ。足を椅子からぶらぶら揺らしながら説明してくれる。
話によると、バベルでは昔から異種族が平等に共存できるように異種族間での迫害や捕食、必要以上に危害を加える行為や争いは禁止されているらしい。異種族の集落は侵略しない、危害も加えない。食べれる相手でも食べない。それが種族間の共通ルールらしい。……つまりはバベルから出れば人を食べる種族もいるのかなと、背筋が冷たくなった。
その掟に逆らった人は、基本的に討伐対象か指名手配される。サンドラさんの町で見せられた手配書もつまりはそういうことかと今更ながらに理解する。
「俺は狐族の長老達に言われてたけど、そいつ森でずっと一人なんだろ?ここって人間族の集落しかねぇし、知れるわけねぇじゃん」
確かに。
何故森にオークが一匹いるのかはわからないけど、教えて貰っていないならどうしようもない。原始人が現代都市で暴力を振るっちゃいけないことを知らないのと同じだ。
ルベンの言い方は少し不貞腐れているようだった。足だけがブラブラ揺れて、モフモフの尻尾も耳も今はぺったり垂れている。
表情はあまり読めないけれど、様子だけでなんだか元気ないのがよくわかる。




