探索し、
「腹減った。ソー、飯食いに行こうぜ」
ルベンも私と同じ距離歩いた筈なのに全くピンピンしている。
ベッドに寝転がる私の裾を引っ張る彼に、じっと寝たふりをする。途端に今度は肉球の手で頭をポフポフ叩かれた。……微妙に気持ち良い。
「行かねぇなら俺一人で行くけど」
獣人族だけなら目立つだけだしと言うルベンに、仕方なく私は身体を起こす。
前の町みたいにルベンなら平然としているかもしれないけど、ここは小さな村だし。人の集落だから獣人族も珍しいかもしれない。取り敢えず村人のルベンへの反応を見るまでは安心して離れられない。
「行く。ちゃんと行くから。ルベンは何食べたい?」
ベッドに飛び込んだ所為で乱れた髪を手ぐしで整えながら、ベッドに座る。
見回せば、本当にシンプルな部屋だ。二人部屋ということである程度広いけど、木製のテーブル一つと椅子二つ。そして人間サイズのベッドが二つ並んでいるだけだった。隅には埃も積もっているし、もしかしてあのおじさんだけで運営しているのかもしれない。
「……甘いの。もしくは肉」
やっぱり甘いの好きなんだな。
今日までも馬車の食料を食べる時にわりと甘いのばっかり選んでたし、私より果物系もがっつり食べてた。本人曰く「適当」だったけど、確実にルベンは甘党に違いない。
取り敢えず食料調達から考えよう。屋台とかお惣菜だけでも売ってるとありがたい。
折角だしサイラスさんも誘おうかと思ったけど、部屋の扉を叩いてみたら返事がなかった。ルベンが扉越しに耳を立てて「いびきが聞こえる」と言ってたから、多分爆睡中なのだろう。ずっと馬の世話と運転ばっかりだったし、このまま寝かせといてあげよう。
何か持ち帰れそうな食べ物とかあったら差し入れしようかなと考えながら、私はその場を去る。
宿屋さんに挨拶をして、何か食べ物の売ってるところはと聞けば少し歩いた先に市場ならと教えてもらった。
宿屋さんが指定してくれた方向に歩く途中、何やら物騒な恰好をしている人と何人か擦れ違った。
一瞬、村に来た私達を追い出す為かと身構えたけど、斧や桑を担いだまま歩く彼らはこちらのことを横目で見るだけだった。
怖い雰囲気はしたけど、取り敢えず私達には用がないようで安心する。でも、歩けば歩くほどよそ者の私達は目立つらしく、微妙に避けられている感がする。こうやってみると本当に転移した場所がサンドラさんの町で良かった。
なんだか心細くなって、隣を歩くルベンの手を握る。ルベンが「ガキかよ」と呆れるように言ってきたけどしょうがない。
人前だし言い返せない代わりに、私は肉球とモフモフでぬいぐるみのようなルベンの手を更に力を込めて握った。心細いもんは仕方ない。
いくつかは家か畑か洗濯帰りの人だったけど、道なりに歩いていくうちに果物やパンを抱えている人とも擦れ違うようになってきた。もしかして私と同じ夕食の買い出しなのかもしれない。
良かった、食べられるものがある!と思った瞬間、急速にお腹まで減ってきた。きゅるるる……と小さく呻くお腹を反射的にルベンと繋いでいるのと反対の手で押さえつける。
サンドラさんの町ほど活気はなかったけど、確かに市場はあった。
一番人気はちゃんと建物でお店を構えているパン屋さんで、それ以外は大きな通りの両脇に並ぶようにして地面に敷き物や御座の上に食べ物や手製の商品を売っていた。文字通りの青空市場だ。売っている人も老人から子どもまで幅広い。
「甘いものかお肉……だと、これかな」
擦れ違う人へ会釈を繰り返しながら商品を眺めていると、途中で干した果物や肉を並べている人がいた。
干し柿みたいな感じだし、多分甘いだろう。私とルベンが立ち止まると、暇そうにしていた男の人が目から顔ごとこちらに上げた。接客する気があるのかないのかわかんないくらいの声で「いらっしゃい」と言葉を掛けられる。
ルベンの手を引っ張って、肉と果物をそれぞれ指さして動作で尋ねてみれば無言で頷いてくれた。取り敢えず量は少ないけど、先ずはこれだ。
男の人に値段を聞いてみると格安だった。サンドラさんの町だと干し肉でも倍以上の値段はしたのに。
取り敢えずサイラスさんの分も含めて三つずつ買って、代金を払う。
「ここって、物価は高い方と安い方どっちなんですか?」
「そりゃあ安い方だよ。こっちも吹っ掛けたいが、どいつもこいつも今は生活が苦しくてね」
リュックに買った商品を包みごといれて尋ねる私に、男の人は溜息混じりに応えてくれた。やっぱりこの村が安いだけか。
同じ国内でも集落によって生活基準が違う。そういうところは私のいた世界と一緒だ。そのまま愚痴混じりに「助けると思ってもう一個どうだい」と男の人が更に今度は干し魚を差し出してきた。……まぁ私は肉でも魚でもいいけど。
「農業に皆さん力を入れているようですけど、今年は天気が悪かったとか?」
「それもあるが……、近年で森に入れなくなったのが大きいな。以前は森に入ればいくらでも肉にも魚にも果物にもありつけたんだが」
今は細い川と痩せた畑で賄っている、と。教えてくれた男の人に、私はさっきの干し肉一個分と同じ代金を差し出した。そのまま干し魚を受け取ろうとする私に「あいにく、こっちは倍額だ」と代金を握ったまま言われる。……やっぱり商売人だ。
話によると男の人も、自分で果物や肉、魚を採っているわけではなく他の店から纏めて安く買って干して売っているとか。特に魚は肉より手に入りにくいらしい。
「森って……ここに来る途中にあった大きな森ですか?」
「なんだ嬢ちゃん達、あの道を通ったのか?無事で良かったな。最近あの森に入ると皆食われちまうんだよ」
代金を更に上乗せで払う私に、さらりと言った男の人にうっかり銅貨を落としかける。
おっと、と反射的に受け取ってくれたけど、今の発言が冗談なのかどうなのかの方が先だった。
「食われるって……どういう?」
「そのままの意味だ。あの森のどっかに昔からオークが一匹住み着いて居てな。今までは居るだけで大人しくしてたんだが、最近になって人まで食うようになっちまったんだよ。お陰で既に十人死んじまった」
ありがとよ、と私に干し魚を渡した男の人は物騒な話をしながら愛想のいい笑顔を向けてきた。なんでもないように言っているけど、それってかなりの大事件じゃないの?
干し魚を受け取りながら、私はぽかんと口を開けてしまう。
まず、その森を私は今日ルベンと一緒に探索していたということが恐ろしい。
「ま、〝異種族間規約〟に反したんだ。討伐隊が組まれたし、一匹くらい総出でかかれば何とかなるだろ」
異種族間規約?と一瞬聞き返そうと思ったけど、この世界じゃ常識の可能性がある。あとでサイラスさんかルベンに聞こうと思いながら、私は干し魚もリュックにいれた。
討伐隊というのはさっきすれ違った人達だろうか。それにしても見事に他人事な男の人に「貴方は討伐隊には?」と聞いてみれば、手をブンブンと横に振られてしまった。
オーク相手に殺し合いなんて御免と軽々言ってのける彼は、何だか長生きしそうだなぁと思う。……というかオークって何だっけ。
何か、友達がゲームでやってた時にゴブリンくらいよく聞いたキャラクター名だった気がするけど……。失礼ながら雑魚キャラなイメージしかない。
「取り敢えずもう森はやめとけよ。討伐隊がいつ出動するかも勝てるかもわかんねぇから」
そう言って男の人は、詳しいことは向こうにある看板を見とけと指を指して助言までしてくれた。
お礼を言ってルベンと看板まで向かうと、背後から「その白いのも食われちまうぞ!」と更なる助言が投げられた。ルベンのことも心配してくれたらしい。
「なに長話してたんたんだよ?後で絶対ルベンにも教えろよ」
ルベンがぼそっと呟くように言って上目で私を見る。
私から繋いだ手を握り返して応えると、ルベンからも強く握り返してきた。やっぱり言葉が通じないのはそれなりに不安なんだろうなと思う。私としてもさっきの話は是非ルベンに意見を聞きたい。
男の人が指した先の看板へと歩みよれば、確かにそこには連絡版のような形で紙が貼ってあった。既に結構古びた紙には大きく「オーク、十人目の被害者」と被害者女性の名前と森の現状が細かく書かれていた。
半年くらい前から〝規則違反〟を犯して人を襲い始めたオークの所為で、森に入った村人に行方不明者続出。さっき被害者が十人とか言ってたけど、正確には十三人だ。
最初こそ森に入った人がオークの食べ残しと思われる遺体の一部を拾ってきたから発覚したけど、それまでは森に迷ったか神隠しみたいな扱いでもあったらしい。
捜索に当たった人達までもが次々といなくなって、更には残骸まで出てきたことで昔から住んでいるオークの仕業だと確定したらしい。隣に並ぶ別の紙にはご丁寧にオークの詳細が書かれている。たぶんこんな生き物だから気をつけろという注意事項だろう。
オーク。体長が二メートル以上ある巨大な身体で、眼光が赤く光り、鋭い牙と鉤爪を持つ。耳が尖って土色の皮膚をした剛腕暴食の大男。
森に住んでいるオークは毛皮で全身を頭まで隠しているから獣と間違えやすいらしい。なんだかここまで見ると熊みたいなイメージだ。
簡易的なイラストは目撃情報か、それともイメージイラストかはわからないけれど猪を擬人化したような顔の男の絵が描かれていた。隣には巨大な斧の絵も描いてあって、余計に凶悪さを際立たせている。
なんだろう、意図はわかるんだけれど何となく「不審者注意!」の喚起のポスターを思い出す。
紙には「討伐するまでは森に入らないこと」という注意喚起が真っ赤な文字で大きく書かれていた。
オークの住処も謎だから、余計に進入禁止範囲も指定できず森全体が危険区域にされているらしい。そして張られているどの紙にもさっきの〝異種族間規則〟については書かれていない。やっぱりこの世界では常識らしい。
そうして一枚一枚確認していると、途中で古びたコートを来たおじさんが「ごめんよ」と言って間に入ってきた。
何かと思えばまた新しい紙を手に持っている。どうやらまた新しい連絡紙らしい。
慣れた手つきで看板にトンカチでカンカンカンと紙を固定したおじさんは、古いポスターの上に遠慮なくそれを張り付けた。オークについての説明も上張りされちゃったから、先に読んでおいて良かったと心の中で思う。
新たな掲示には討伐隊募集中という内容と、明日の夜に夜襲をかけるといった旨が書かれていた。
やっぱり、さっきの男の人達が討伐隊だ。




