11.旅人は滞在し、
「ルベン~……ちょっ、ちょっと待って……身体が重っ」
「ババアかよ」
容赦ないルベンの言葉に余計に背中を丸めながら、私は息を整える。
今、私達は森を歩いている。
サンドラさんの町を離れて今日で早一週間。最初こそ馬車の旅だし積み荷に食料あるし悠々自適の生活だった私達だけど、流石に運動不足がきつくなってきた。
寝る時はルベンと私で向かい合わせにソファーで横になって寝たり、天気が良い夜は野宿……というかテントを張って足を伸ばして寝たりもしたけれど、運動不足だけは深刻だった。
休憩時間に時々馬車を降りたりするけど、その間集落に一個も辿り着かなかったせいで歩く必要性がない。足がむくんで指の痕がつく上に明らかにふくらはぎが太くなったし、首と肩こりも酷くなった。異世界に来てスーツと就活から解放されてから気にならなくなったのに。
そうして今日とうとう馬車が森を通ることになった。馬に水をあげている間に私も少し運動をと、少し馬車を離れて散策することになった。……そして、三十分もしないうちにへばった。
こうして迷子防止にルベンも付き合ってくれたのにいつの間にか先行を許してしまっている。ルベン曰く、獣人族は人より体力も力もあるそうだけどなんだかすごい敗北感がする。若者においてかれる傷にババア発言で塩を塗りたくられる。
「この先に人間族の集落があるんだろ?折角なら先に行って確認しようぜ」
「いや……無理……。確かサイラスさんが、一キロは向こうって……」
「一キロなんてあっという間だろ。」
ルベンにはあっという間でも今の私には辛いから‼︎
そう叫びたかったけれど、叫ぶ元気も出てこない。応援するように木々のざわめきと一緒に風が真横に吹き抜けた。そよそよと髪を撫でてくれる感触が心地良い。
あと一キロ。あと一キロ馬車で進んだ先に、人の集落がある。
サンドラさんが言っていた通り、あの町から離れたらもう人間の集落が全くなかった。数少ない集落もルベンが嫌がってた狐の集落とかの異種族の町や村だったし、それを過ぎた後もまさかここまで集落ゼロとは思わなかった。
「も……ここまでで引き返そう?……そろそろサイラスさんも待っ……てると思うし……」
馬車の運転手であるサイラスさんは、四十台の気の良いおじさんだ。健康的に日焼けした肌と逞しい腕で、トラックの運転手さんを思い出す頼れる年長者だ。
「何言ってんだよ、まだ全然だろ?お前初めて会った時より体力落ちてねぇ?」
あの時はここまで運動不足じゃなかったし‼︎
でも、言い訳を許してくれるルベンでもない。息を整え、もうちょっと休憩を……と喉をガラつかせながら訴える。それでも鬼教官ルベンの返答は変わらな……
「!…………………………戻るぞ」
「えっ?」
あれっ、急に⁇
風向きが変わった途端、大きな鼻をくんくんと動かしたルベンは意見まで変わった。くるりと振り返り、私に向き合った状態から軽々と段差を降り、歩いてきた道を逆走しだす。本当に戻るつもりらしい。
「良いの?」
「馬車のおっさんが待ってんだろ?ほら!早く来いって!」
おっさんじゃなくてサイラスさんだって。そう言いながら私はフラフラとまた先を行くルベンを追い掛けた。
獣人族の体力は底が知れない。わかった行くからと、フラフラと身体を揺らしながら地面を蹴った。木々に掴まり、体の支えして進めば業を煮やしたルベンが「負ぶってやろうか?」とまで言ってくれた。流石に私より小さいルベンに背負われるのは恥ずかしいから根性で断る。
来た道を戻りながら、結構森の奥まで進んできたんだなと思った。
獣道くらいしかない森は、すごく静かで澄み渡った空気に満ちていた。集落に着いて体力が戻ったらピクニックに来たいなと思うくらいには過ごしやすい。まぁ実際は今旅の途中だし戻ってくることなんてないと思うけど。
花より団子。ピクニックより王都。
そう思いながら私は乱れる息を押さえずに馬車へと急いだ。
……
「着いた〜!」
ルベンとのアウトドアツアーを終えた後、馬車でぐったりしていた私は窓からの風景に思わず声を上げた。
絵に描いたような素朴な村。農業がメインなのかなと一目でわかるような風景だ。
サンドラさんの町が屋台とか店とか馬車とか立派な家とかあったのに対して、こっちは飲食店すら少なそうだった。女は家で料理、男は畑を耕すという典型的な印象を抱いてしまう。
私達の馬車を、珍しそうにすれ違う人達が見つめていた。……どうしよう、これって宿屋どころか食料の調達も難しいんじゃないの?
「ルベンの生まれた村より貧乏じゃねぇ?」
「こらっルベン!貧乏とか言わないの‼︎」
「どうせ聞き取れるのはお前だけだろ」
確かにと、自分の両手で口を塞ぐ。だけどよく考えると私の発言も獣人族語だし、多分馬車の外に聞かれても問題ない。
良かったと胸を撫で下ろしながら、息を吐く。すると、ルベンが席から垂らした両足を交互に振りながら顔を上げた。
「なぁ、ソー。ここって人間族の村だろ?じゃあ一応はルベンと話せるの隠しておけよ」
「えっどうして?」
それじゃあルベンと村中で会話もできないし、ルベンも村の人が何を言っているかわからない。
そう思って首を傾げて聞いてみれば、ルベンは眉間に皺を寄せて隠れるように窓から外を覗いた。村の人達にまだ自分の姿を見せたくもないようだ。
吊り上がった青い目だけを覗かせて、馬車に注目する村人を眺める。
「普通は人間族に獣人族の言葉なんてわかんねぇんだ。折角の村で気味悪がられて宿も店も閉じられたら困るだろ?」
……確かに。
私だって急に町中で幽霊とか動物と和気藹々会話している人見たら全力で避けてたし。この世界では異種族との会話ができないのが当然の今、必要以上は隠して置いた方がいいかもしれない。
ルベンの言葉に承知した私は取り合えず人前ではルベンとは会話をしないようすると決めた。馬車が村の奥まで進んでいって、運転手のサイラスさんが村人に宿屋が無いか尋ねてくれる。
大きな馬車だからか、速度を落としたことで遠巻きに人が大勢集まってきたから私はそっと窓のカーテンを閉めた。知らない人に注目されるのはちょっと恐い。
薄暗くなった馬車の中で、ふと私は降りた時のことを考える。
「あれっ、でもそしたらルベンと行動している時に村人に聞かれたら関係とかどう答えよう?」
本当なら私の友達、とか旅のお供とか言えるけど普通に考えたら会話できない相手を連れ歩いているっておかしいかもしれない。
異種族間の交流もこの世界って最低限しかないみたいだし、前の町でも私とルベンのコンビはわりと物珍しがられた。あの時はもう私のスキルが噂になっていたのとサンドラさんのお陰で悪く扱われずに済んだけど……。
そう思っているとルベンがきょとんとした顔で「簡単だろ」と返してきた。
後頭部に両手を回して欠伸するルベンに、何か名案が?と私からも前のめりに尋ねる。
「ルベンのことはペットか奴隷って言っておけよ。それなら普通だし」
普通、とは。
あまりにもさらりと自分を陥れるルベンに、私は開いた口をそのままに絶句してしまう。いや、この世界では普通なのかもしれないけど私的には人権的にどうかと思うのですが!!
しかもルベンもルベンで子ども扱いされるのは嫌がるくせになんでそれは良いの?!
言いたい言葉が纏まらず、言って良いかもわからず固まる私にルベンは目をちらっと向けた。私が絶句している理由を察してくれたように、独り言のような声で言葉を続ける。
「ルベンは別にソー以外の人間族からどう思われても気にしねぇし。どうせ何言われてもわかんねぇから良いよ」
本当にどうでも良さそうに言うルベンに何だか私の方が居た堪れなくなる。しかも、その後に奴隷だと鎖とかついているからペットの方がいいかもなと助言の追加までしてくる始末だ。どっちにしても酷い扱いなのは変わらないと思うのだけれど!
この世界で本当に獣人族って人間の間ではそういう扱いなのだろうか。
ルベンは人間の言葉はわからないし、そういう扱いなのか確たる証拠はない。もしかしたら獣人族……というか狐族だけの見解なのかもしれないし!
村に一つだけ宿屋があると扉を開けて教えに来てくれたサイラスさんにも、確認してみる。
獣人族と人間が一緒に歩いていたら基本的にどういう扱いなのか、というか王都とかその道中ではそういうコンビはあり得るのか。馬車を出る前にそれだけは確認をと聞く私の質問にサイラスさんは頭を掻いた。
「あー、王都に近付けば違うが大概はペットか奴隷だなぁ。一人で出歩く分は気にされねぇけど。ソーちゃんも村人に聞かれたらペットって言っておけよ?狐には悪いけどな」
これ以上変に目立つと過ごしにくくなるからと、助言をしてくれるサイラスさんにもう何も言えなくなる。
そんなさらっと。いやこの世界だとそれが普通でも‼︎
どうやら人間族でも獣人族でも言葉は通じなくても共通認識はあるらしい。
少し嫌な予感がして恐る恐るルベンに「因みに人間の奴隷とかいるの……?」と聞いたら普通に居るとか言われるし、一気に元の世界に帰りたくなる。転移者とか高額買い取りされてそうだし。
馬車が再びある程度の速度で動き出して、村の結構奥まで行くと大きな木造建築に辿り着いた。村唯一の宿屋だ。
サイラスさんが必要な手続きをメインでやってくれて、代わりに私が三人分のお金を出す形で無事に宿にありつけた。
借りた部屋は二部屋で、サイラスさんに一部屋と私とルベンで一部屋だ。一応ペット扱いでも人一人分の料金は掛かることがなんだか頂けない。
「隣に駐屯所があるからな。大事な物とかは宿の中に入れるより馬車ごと駐屯所に預かって貰うと良い」
説明してくれた宿屋のおじさんの助言に少しほっとする。
話によると、村という規模ではあるけど、私達みたいに旅や貿易途中で寄る人は結構いるらしい。宿屋のおじさんも元々は隣の駐屯所で働いていたけれど、そういう人達が安心して泊まれる宿の方が儲かると考えたとか。
結果、駐屯所と連携して積み荷を守り、尚且つ村に滞在できるように宿屋を始めたらしい。個人経営の宿に駐屯所が連携するっていうのもなんだかおもしろい。
つまりは警察が馬車ごと預かってくれるということだ。それならあの重い金の袋ごと運ばないで済む。サイラスさんが馬車の身分証を出して、馬車ごと全部預けてくれた。宿屋に持ち込むのは着替えのリュックだけで済んだし、一気に身軽だ。
朝食だけは宿屋から出るらしいし、二、三日はゆっくりしよう。さすがはサンドラさんが紹介してくれたサイラスさん、頼りになる。
部屋に入って簡易的なベッドに足を伸ばして寝転がれば一気に眠気に襲われた。まだ夜の五時前だというのに朝の疲れがじわじわ沁みてる。もう今日はこのままで良いかなと微睡みの中で思ったその時。
「腹減った。ソー、飯食いに行こうぜ」
……容赦ないルベンさん。




