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バベルの翻訳家〜就活生は異世界で出会ったモフモフと仕事探しの旅を満喫中!〜  作者: 天壱
Ⅰ.助走

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そして解決する。


「…………白くても、……狐だよな…………?」


白いだけで、嫌われる。

気が付けば自分でも信じられねぇくらい、か細い声が出た。

膝を両手で抱えて、力を込めて言っちまったことを後悔する。言わなけりゃ良かった。こいつは転移者ならまだそのことも知らなかったかもしれねぇのに。

言葉にすんじゃなかった。誰かに聞かれると余計に惨めになる。ずっと独り言ばっか話してきたから、うっかり口にでた。よく考えると、こんなにちゃんと会話した相手も初めてだ。


狐族の村では、みんなが黄金色なのに俺だけが白かった。

俺が白かったからか邪魔だったからか、親も生み捨てて逃げちまうし、村の連中も仕方なく育ててくれたけどずっと気味悪がるし石投げてくるし指して笑ってくるから嫌いだ。

自分で働けるようになったら完全に捨てられた。嫌になって村飛び出して、人間の集落についたら今度は言葉がわかんねぇから仕事くれも言えなかった。でも、……代わりに石投げられることも気味悪がられるのも、何より悪口も聞こえてこねぇからずっと楽だ。

何度か町の連中に追い出されたり放り捨てられたりもしたけど、この町ではヘソ出し女の家のおっさんが俺に身振りでアレしろコレしろって教えてその通りにやれば金もくれた。迷ってる人間を連れて来たり、落とし物拾って届けたりすれば毎回金をくれた。狐族の連中よりずっと良い。

言葉の通じないこの町の方がずっとずっと生きやすい。


「白いの、嫌なの?」

長い沈黙の後、縮こまった俺にソーが囁くような声で尋ねてきた。

同情っていうよりもずっと不思議そうな声で、もしかしてこいつの世界では狐は全部白かったのかとか思う。

声にするとまだ細くなりそうで、頷いて答えればソーから息を引く音が聞こえた。慰めようとでもしているのか、何も言えなくなったみてぇに黙るソーに、俺もこれ以上何を言って誤魔化せばいいかわからない。

人間どころか、いままでこういう話をしたこともねぇし、いっそ逃げたい。でもここで逃げたらもうこいつに会えない気がしてそれもなんだか嫌だった。ていうか、そもそも俺はまだ会いに来た目的も


「私は白い方が好きだけど。そういう古い考え方ってこっちでもあるんだ」

ふぅ、と。

まるで呆れるような声だった。ため息交じりに言われた言葉に耳を疑う。

どういう意味だ?振り向けば、曲げた膝の上で頬杖を突いたソーとすぐに目が合った。尻尾から耳まで逆立って、閉じた口が開かない。

俺が尋ねるよりも先にソーは言葉をつづけた。


「私の世界でも人間でそういう色の差別ってわりとあったけど、今はもう古い考え扱いされてるよ。あと白狐……白い狐は幸運の象徴とか神様の使いって扱いですごく愛されてるし、普通の狐よりもずっと人気があったくらい。普通の狐は狡賢いイメージなのに、白い狐は清廉潔白なイメージだったりしたし」

さらさらとソーが言う言葉は当然のようで、濁りない。あまりにも衝撃的過ぎる世界の話に頭が痺れた。

俺を慰める作り話にしては、ソーの表情は淡々としてた。いっそ興味のない話を言ってるみてぇだ。

白狐の方が人気?なんでだよ白いし気味悪いって思うだろ。色の差別が古いとか、そんな都合の良い世界があるわけない。しかも幸運とか神の使いとか、村の連中に弾かれて汚れもの扱いされてる俺とは正反対だ。どう考えれば白い狐だけそんなに優遇されんだよ。


口を閉じるのに瞼は瞬き一つ許さない。ありえないって思っているのに、心臓の音はゆっくりで酷くでかい。

自分の呼吸の音すらいつもよりもはっきり聞こえるようで、反射的に消そうと意識する。


「ついでに言うと、獣人もゴブリンも作り話の存在で実在しないよ。ゴブリンとか今日会うまでずっと私の中では涎垂らして言葉通じなくて鈍器振り回して問答無用で集団で人間食べる為に襲ってくる小さなおじさんぽい化け物で、人間の敵ってイメージが定着してたし。でも、実際はすごい良い人達だった」

ゴブリンが俺より酷い扱いってなんだそれ。

ソーのいた世界は本当にこことは違う異世界だったんだと思い知る。どうりで初めて会った時にあんな変な黒服着てたわけだ。

多分ソーの考え方は、俺たちとは色々違う。


「異種族?だとゴブリンよりまだスライムの方が良いイメージだったかなぁ。むしろわりと最近はわりと無敵とか可愛いとか。綺麗というか良いイメージならエルフで、悪いのがダークエルフで」

なんだスライムって。

エルフもダークエルフもいるけど俺らより長命種だし、どっちもすげぇ善人もいれば逆に神経捻じ曲がった集団もいる。

ペラペラと嘘みてぇな世界の話をするソーはそこで一度言葉をきった。目を離せない俺に黒い目を向けると途中で楽しそうにふふっと笑う。今までみた顔のどれとも違う、どこか楽しそうな顔だ。


「……もっと話して良い?」

躊躇う暇もなく、頷いた。

口がまだ堅く閉ざされたまま、言葉すら話さなくても気持ちが通じた。

俺の返答に嬉しそうに笑うソーはしてやったり顔で白い歯を見せた。言いたいことが山のようにあったみてぇに話すソーは、「もっとすごい話もあるよ」と少しもったいぶった。そのまま早速話そうとしたところで「あ」と口が大きく開いたソーは一度止まった。

俺が眉を寄せて待てば、予想外の言葉が投げられた。


「まだ名前聞いてないよね??」

…………そうだった。

そういえばまだ答えてない。そして名乗るのも初めてだなと思う。もう二十年以上自分の名前なんて名乗ったことどころか呼ばれたこともなかった。

ずっと閉じたまま固まった口が、熱の入ったソーの視線に溶かされる。顎の力がだんだん抜けて、ソーとは全く造りの違う俺の口が開いた。人間族とは全く違う、動物の方に近い構造だ。

薄オレンジの肌と頭だけの短い黒毛と、黒い瞳をもつ女のソーは俺とは全く違う。だけど、多分ソーはもっと色々な〝違い〟を突き抜けた先のやつなんだろうなと思う。

開いた口でそのまま息を吸う。そしてやっと話す。本当なら人間族のソーには絶対聞き取れねぇ筈の言葉が、もう通じることを不思議には思わない。


「……ルベン」


久しぶりに口にした自分の名は、簡単にソーの口で繰り返された。

じゃあルベンって呼んで良い?と聞かれたから、良いけどとどうでも良いように返してみる。

久しぶりに名前で呼ばれたからか、改まった所為か、なんだかすげぇ身体中がくすぐったくてむず痒い。落ち着かなくて意味もなく抱えていた足を組む。


「ルベン、価値観なんて人それぞれだよ。集合体になると片寄りやすいだけ。私の世界なんて全く同じ種族同士で一生分かり合えない人もいれば、言葉も文化も違う相手と通じ合う為に人生を捧げた人だっているんだから」

そう言うソーの言葉は穏やかだったのに、俺には雷に打たれたみたいに衝撃的だった。

何も言わない俺に、ソーは勝ち誇ったように笑うとまた話し出した。自分のいた世界と国と、そして〝外国〟の話やその国ごとの常識。

妄想とは思えねぇくらいに眩しくて不思議な世界の話に俺は時間も忘れて聞き入った。


……最初は、興味なんてなかった。

別に俺の言葉がわかるってだけで、こんなに興味ももたなかった。キーキー騒いで俺に抱き着いてきて、でも明らかにあいつのお陰で人間から殴られなく済んて、帰ろうとしても引きずられても俺から離れなかったあいつが、財布を狙っていると思ったあいつが、男達から俺を庇っているんだって気付いた時。そこでやっと興味を持った。

一回しか会ってないし、なんで飛び出してきたのかもわからなかったけど、そのせいで同じ人間のあいつらに嫌な目で見られたあいつが、嫌だった。

だからあの人混みの中でヘソ出し女が目に入った時


『ま。今日はこれだけでいっか』


本気で「いっか」って思えた。

ヘソ出し女に渡すより直接あの婆さんにあの重い財布届けた方が良い金貰えるのに。でもあそこであいつが人間に責められ続けられる方が嫌になって、すげぇ普通に手渡せた。

今も不思議なくらい俺の中では後悔も何もない。むしろその後のことを思い出せば



金より良いものだって、ちゃんと貰えてた。



ガキ扱いしてきたけど、きっと俺が年上ってわかってもこいつは俺を庇っただろうなとか。

言葉が通じた時は、本気で落雷みたいに身体に響いて息も忘れた。俺の言葉をわかってくれたのも、その上で俺の話を信じてくれたのも嬉しかった。誰かに信じて貰えたのもきっとあれが初めてだ。

ソーの楽しげな前の世界の話は陽が暮れるまで続いた。いくら聞いても飽きなくて、現実の話から外国の本にあった物語についても話してくれた。意味は同じなのに翻訳した人の考え方で全く違うとか弾む声で話すソーは、ずっと目が弾けるみてぇに輝いていた。


……こいつの目で見たら、俺の人生もちょっとはマシなのかな。


そう思ったら、何となく胸が絞られた。羨ましいのと淋しいのと悔しいのが混ざったせいだ。

日が暮れて、ソーがヘソ出し女の声に呼ばれて家に戻っていくまでずっと話を聞き続けた。

慌てて「サンドラさんがご飯だって」と言うソーに俺もさっさと帰れと手を振った。まさかの俺のことまで食事に呼ぼうとするから耳を疑う。

そりゃあ獣人族も人間と食べるものはそう変わんねぇけど。本当にこいつはまだ俺のことをわかってねぇのかなと思う。


「じゃあまた明日ねルベン。今日はわざわざありがとう。気を付けて帰ってね」

ソーはにこにこ笑った後に、そのまま走って家に戻った。当然みてぇに明日っていうのもなんだろうと思ったけど、……本当に明日も会ってくれりゃあ良いのにとも思った。

玄関の扉が完全に閉まってから、俺は町外れの住処へふらふら向かった。未だにソーが話してくれた話が頭に残ってふわふわと足元が浮かんだ。なんか、俺がまたあいつに借りができたような気分になる。

白い毛も嫌いだし、どんなに気持ちが変わっても俺は金もないし町での信用も一生無い。考え方ひとつでも全部か変わるとは思わない。

でも、それでもやっぱり神の使いとか幸運の証だと言われれば悪い気はしない。そんで、もし俺が本当に幸運を呼ぶ狐ならたぶん、きっと



『私は白い方が好きだけど』



あいつが幸せになりゃあ良いのにと思った。

扉の向こうに消えたあいつに、もともとの目的でもある礼を言い忘れたことに気が付いたのは、それから空に一番星が見えてきた頃だった。


「…………ま、いっか。」


どうせ、また会えるから。

ソーの消えた後ろ姿を思い出しながら、住処に入った。あいつはすげぇスキルだし、いつかは王都とかにも出世しちまうんだろうけど、きっと暫くはこの町にいる筈だ。

そしたらまた適当に話しかければ良い。あいつは鈍臭いし間抜けだし、きっと俺から話しかける機会はある。


この日を境に、まさか明日どころか毎日みたいにソーと顔突き合わせることになるとは俺は思いもしなかった。


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