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第007話 教えてちょーだい、神様!

「――おジイちゃん、いるー?」


 連休二日目の昼下がり、私はオーディン様のおウチを訪ねた。


 老人のひとり暮らしなので、週に一回は顔を出すようにしている。神様だからそんじょそこらのことじゃ死なないし、奥さんも子供も孫もいるはずなんだけど、なんとなく気になるのよね。


 コンビニが完成すると、私たちと一緒の世界がいいとか突然言いだして、結局、女神フレイヤ様たちと一緒に神様の世界からこっちに引っ越して来ちゃったし……。


 まあ、コンビニの他にいろんなお店を作っちゃった私も悪いんだけどね。


 そんなおジイちゃんのおウチは、純和風建築の平屋(ひらや)建て。玄関を上がると、すぐに畳敷きの廊下になる。

 自分で設計しておいて言うのも何だけど、割といい雰囲気(かんじ)に仕上がってるわ。


 その廊下をパタパタと歩いて八帖間の(ふすま)を開けると、おジイちゃんはいつものように和服姿でお茶を飲んでいた。


「お前さんはいつも元気じゃのう……」


 おジイちゃんは入ってきた私を一瞥(いちべつ)すると、両手で持った湯呑ゆのみを口に近づけた。


「コンビニでスイーツ買ってきたから、一緒に食べよ」

「ほほう、そいつはありがたい。わざわざすまんのう」


 卓袱台(ちゃぶだい)の前に(すわ)ると、私はレジ袋からいくつものスイーツを取り出して、おジイちゃんの前に並べた。開いているのか閉じているのかわらないおジイちゃんの目は、こういうときにかぎっていつもぱっちりしている。


「糖尿病……になるかどうかは知らないけど、一日にひとつだけよ。残りは冷蔵庫に入れておくから。いい? わかった?」

「わかった、わかった」

「じゃ、どれかひとつ選んで」


 おジイちゃんがベイクドチーズタルトをとり、私は宇治抹茶のわらび餅を選んだ。


 ぎゃくなような気もするのだけど、コッチの世界に来てから、おジイちゃんは洋菓子に目がない。人は見かけによらないものだ。人じゃないけど。


 残りのスイーツを台所にある冷蔵庫に入れて戻ってくると、おジイちゃんは私が肩にかけて持ってきたものを手に取って眺めていた。

 ううん、ショルダーバッグじゃないよ。もうひとつのほう。


「レイちゃん、これは……カメラなのか?」

「うん、そう。とうとう買っちゃった」


 昨日、宅配ボックスに届いた段ボール箱の中に入っていた銀色の箱の正体がこれだ。


 デジタルカメラと交換用のレンズ。


 買おうかどうしようか三か月くらい悩んで、ついにポチッちゃったのだ。


「なんだか古めかしい格好をしておるのう……」

「一〇年ほど前に発売された中古のカメラだからね。レンズは新品だけど」

「なんでそんな古いものを買ったんじゃ?」


 カメラを卓袱台の上に戻したおジイちゃんが、私にお茶を淹れてくれながら()いてきた。


「元の世界で使っていたカメラと同じものなの。でも私だけがこっちに来ちゃったから、思いきって新しく買い直したのよ」


 カメラを()でながら、私が(こた)える。


「そのカメラ、おじいちゃんの……私を育ててくれた祖父の形見だったから」


 カメラが趣味だった祖父は、いくつかのフィルムカメラを持っていた。

 メーカーはすべて同じ。カメラの王様『ライカ』。それでいろんなものを撮っていた。だけどそのうちフィルム自体が入手困難になってきて、お爺ちゃんもようやくデジタルカメラの世界に足を踏み入れた。


 この機種は、そのお爺ちゃんがはじめて手にしたデジタルカメラだったの。


 一〇年ほど前に発売された、フルサイズセンサーのデジタルライカ。二週間ほど楽しそうに使ったあとで、すぐに形見になってしまったのだけど……。


「そうか。それはまた……すまんことをしたのう」

「ううん、いいのよ。おジイちゃんが気にすることじゃないから。さあ、食べよ」


 意気消沈(いきしょうちん)してしまったおジイちゃんを(はげ)ますように、私は(つと)めて明るい声を出した。


「なあ、レイちゃん。そのカメラの代金、(わし)に出させてくれんかのう?」


 もう、いいってば、おジイちゃん。そんなこと気にしないで。


「じゃがのう……」

「おジイちゃん」

「……なんじゃ?」

「しつこいと怒るわよ」


 こっちの世界に来てる人間は、私ひとりじゃない。


 コンビニの従業員、全部で一〇人いるのよ。

 ひとりひとりが、いろんな過去を抱えている。


 その全員分の過去を、おジイちゃんが全部背負うつもり? そんなコトをするくらいなら、はじめから連れて来なきゃよかったのよ。違う?


「それはそうじゃがのう……」

「だから過去のことは気にしなくていいの。気にするなら、私たちの未来のほうを気にしてよ」

「未来?」


 うん。


 例えば、人生九〇年とするじゃない。私はいま二八歳だから、九〇になるまでには六〇年以上あるわよね。でも、いつまでもコンビニの店員が続けられるわけじゃないでしょ。がんばって六〇歳までレジに立っても、残りの人生三〇年ほどあるわ。


 その三〇年を、おジイちゃんたちが面倒みてよ。


「ふむ。まあ、そうじゃな……」


 おジイちゃんはお茶を(すす)ると、


「……ほかの九人については、そうしてやるかのう」

「ほかの九人? どういうコト? 私の面倒はみてくれないわけ?」

「そのことなんじゃがのう、レイちゃん……」


 おジイちゃんが口ごもる。


「何なの、おジイちゃん。はっきり言ってごらん」

「ふむ……」

「ほらほら。さっさと言う」

「……この土地に来る前、レイちゃんは(わし)と一緒に神の世界におったじゃろう?」


 うん、そうね。二か月ほど、神様の世界で一緒にコンビニの設計をしてたわよね。


 それがいったいどうかしたの?


「実はのう、それだけの長い期間、神の世界に人間がいたという前例はないんじゃ」

「ふうん……。で?」

「お前さんは、もう人間ではなくなっておる」


 ……ハイ?


 いま、何とおっしゃいましたか……?


「だから、お前さんはもはや人間ではないんじゃ……」

「それって……死んでるってコト? 幽霊ってコト?」


 それともアンデッド? いやいやゾンビなのかしら?


「アンデッドもゾンビもたいして変わらん。あ、いや、そうじゃのうて……」


 ……ごくり。


 思わず唾を飲みこんでしまった。


(わし)らに近い存在になっておるということじゃ」


 …………。


「いつ言おうかと考えておったんじゃが、なかなか言い出せんでのう」


 ふうん、そっか。私、もう人間じゃないんだ……。


 ふうん……。


 …………。


 ええええーーーーっ!


 いったい何てことしてくれたのよ、このジジイ!




 八帖間に、バーンという大きな音が鳴り響いた。


 それが、私が両手で卓袱台を叩いた音だと気づくまでに、しばらくの時間が必要だった。



 私、これからどうやって生きていけばいいの?


 お願い。教えてちょーだい、神様!

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