第004話 お前さんの好きにしてよいぞ
「――ねえ、おジイちゃん」
「なんじゃ?」
「ここなんだけどね……」
レーザープリンターから吐きだされたA3サイズの紙を卓袱台の上にひろげて、私はおジイちゃんに説明した。紙に書かれているのは、もちろんマンションの平面図だ。
「とりあえず一五人分の住戸を確保してマンションを作ると、一階部分が三スパン分余るの。どうしよっか?」
「スパンとは何じゃ?」
「あ、ゴメン。柱と柱の間ってことね」
鉄筋コンクリート造や鉄骨造の建物において、柱を建てる間隔のことをスパンという。
いま設計しているこのマンションでは、一スパンを七メートル×九メートルに設定している。
この一スパンの中にひとつの住戸を詰めこんで、横に五つ、上に三層ならべる。これで一五人分の住戸が確保できる。
最上階は二スパンを使った住戸をふたつ作り、片方をオーナーのおウチにする。もう片方はゲストハウスにして、残った一スパンは屋上。従業員のみんなと、そこでBBQなんかが出来ればいいかな、とか考えている。もちろん、おジイちゃんも招待するよ。
でも、一階のコンビニは二スパンもあれば面積的に十分だから、そうなると三スパン分余ってしまうのだ。
「レイちゃんはどう考えておる? 思うておることを言うてみよ」
「あのね……」
私たちは神様じゃないから、髪の毛も伸びるし、病気もする。暇なときは小説や漫画だって読みたい。だから、美容院とか薬局とか本屋さんとかがあるととても嬉しい。
「『異世界美容室』に『異世界薬局』に『異世界書店』か……。いいぞ、好きにしなさい」
「でも、そうすると働く人をまた地球から呼んで来なきゃいけなくなるじゃない? それがイヤなのよね。元の世界にはあんまり迷惑をかけたくないし……」
「うーん、それもそうじゃのう……」
そこに、ノースリーブの黒いイブニングドレスを纏った女性が訪ねてきた。
薄鈍色の長髪と、同じ色の瞳をもった女性だ。出るトコは出て引っ込んでるトコは引っ込んでいる。そのスタイルは、まさに妖麗の美女といった感じ。
女神フレイヤさんだ。ヴァナディースという別の名前ももっている。どこからかモビルスーツが飛んできそうだけど、あの機関の名前はフレイヤさんの別名からきている。
数日前に初めてお会いして、そのときにおジイちゃんに紹介してもらった。
「こんにちは、オーディン様。どう、レイちゃん、進んでる?」
フレイヤさんがにこやかな笑顔をこちらにむけながら、卓袱台の前に坐った。
私の膝の上にいたはずの黒猫が、すかさずフレイヤさんの膝に乗りかえる。このエロ猫め。
「おお、女神フレイヤ。よいところに来た。お前さん、美容院をやってみる気はないかの?」
「どうしたのですか、オーディン様。藪から棒に……」
目を丸くするフレイヤさんに私から説明すると、
「……なるほど、面白そうね。いいわ、やってみましょう。そんなにお客さんがくるわけじゃないしね。 ――こらっ」
フレイヤさんが黒猫の頭をぽんと叩く。エロ猫が女神様の胸を揉んだらしい。
「薬局は女神エイルに、本屋さんは男神ブラギにでもまかせるといいわ。忙しいときは、彼らも眷属たちに手伝わせるでしょうから」
ありがとうございます。じゃあ、決まりね。
そうすると、ゲストハウスの予定にしていた最上階の一室はフレイヤさんのおウチってことでいいのかしら?
「ちょっと待って、レイちゃん。そのゲストハウス、二つに割って下の階と同じ間取にできるかしら?」
「ええ、もちろんできますよ。問題なしです。だけど、そうなるとフレイヤさんの住むおウチ、狭くなりません?」
女神様にお茶を淹れながら、私は尋ねた。
「あ、違うのよ、レイちゃん。そこには、エイルとブラギを住まわせるの」
「へ? じゃ、フレイヤさんはどこに住むんですか?」
「もちろん、ココよ」
フレイヤさんが、最上階のもうひとつの住戸を指先でトンと叩いた。
でも、そこ、オーナーのおウチですよ?
「それでいいのよ」
フレイヤさんがうふふと笑い、彼女の膝上にいた黒猫が、
「にゃー」
と鳴いた。
え、どういうこと? よくわからない。
数日後。
「ねえ、おジイちゃん」
「なんじゃ?」
「コンビニの商品で私たち人間が買えるのって、普通のコンビニで売ってるような商品どまりよね?」
「当たり前じゃろう。何が言いたいんじゃ?」
卓袱台のむこうでお茶を啜るおジイちゃんが、怪訝そうな顔を私にむける。
「お肉が食べたくなったり、新しい家具や家電が欲しくなったりしたら、私たちはどこで買えばいいの? 地球と異世界をむすぶ街道には、他にお店とかがあるの?」
TVや洗濯機、本棚といった類のモノは、コンビニには売っていない。もちろん、服や下着も。
「うんにゃ、何もないぞ。寂れた農村みたいなところに、馬車がすれ違えるくらいの幅の道があるだけじゃ。街道がある土地自体も、日本の皇居くらいの広さしかないしのう」
じゃあ、その先はどうなってるの? 何もない空間に、ポツンと島みたいに存在してるってコト?
「そういうコトじゃな。なので、他に店なんてものは存在しておらん」
……それじゃ、ダメじゃん。
私たち、そんなところで生活できないよ。人間なんだから、必要なモノは必要よ。
「さて、どうしたものかのう……」
知恵の神にでも頼んで、何とかしなさいよ、おジイちゃん。
「ンにゃっ!」
膝の上にいたエロ猫のほっぺたを、私は無意識にひっぱっていた。
後日、従業員専用の通販型ショッピングモール『プロゾン』がオープンした。
さらに数日後。
「ねえ、おジイちゃん」
「……なんじゃ? もう全部まかせるから、お前さんの好きにしてよいぞ」
よし、その言葉、忘れないでね。
そうして約二か月後、設計図が完成した。
平面図、立面図、断面図、その他もろもろ。一〇〇枚ちかくの図面枚数がある力作だ。
もちろん、同じ建物を日本で建てる場合の工事費内訳書つきだ。こちらもかなりのページ数がある。
そのふたつを卓袱台にならべ、私はおジイちゃんに説明していった。
建物は、上から見るとVの字のような形をしている。
コンビニの入る五階建てのマンション棟と、レストランやフィットネスクラブが入る三階建て遊戯施設棟の組み合わせだ。両方とも、屋上は緑あふれた庭園になっている。
この際だからシアターハウスも作ろうかと考えたけど、プロジェクターがあれば室内でも十分なので、そこは遠慮しておいた。贅沢のしすぎはダメだものね。
どう、おジイちゃん。私の好きにしてみたよ。
おジイちゃんは長い髭を左手で何度も触りながら考えこみ、やがてため息をついた。
「……フィットネスクラブとやらは男神トールに、レストランはノルンたちにでもやらせるかのう」
ノルンとは、運命の女神様たちのことだ。ウルド様、スクルド様、ヴェルダンディ様の三姉妹ね。だいぶ昔に漫画になったこともあるから、知ってる人も多いはず。
「お疲れさん、よくがんばったのう」
おジイちゃんが労ってくれた。私自身も、この規模の建物の設計を二か月で仕上げた経験はない。だけど、結構楽しかったわ。他にすることがないから、よけいにね。
じゃあ、これでお仕事完了。
私は、一枚の紙をおジイちゃんに差しだした。
「なんじゃ、これは?」
「設計料の請求書でございます、オーディン様」
「こ、こんなにか?」
だって、相場の倍でもいいって言ったから、そのとおりに計算したらそうなったんだもん。
「ま、まあ、よかろう。にしても、ちと高いのう。お前さん、こんなに稼いでおったんか?」
「ううん、正直言って私の一〇年分の給料だよ、それ……」
建物自体は、魔法であっという間に完成した。
その後、おジイちゃんも街道沿いに住むというので、一戸建ての和風建築を設計してあげた。
え? 設計料?
さすがにサービスしておいたわよ。
通帳の残高にならんだ数字を見ると、使いきれる気がしなくなったから。