第001話 何を言うておるかわからん
退屈だ。退屈すぎて、欠伸が出る。
この会議がはじまって、もう一時間以上がすぎている。
内容なんてありゃしない。だらだらとくっちゃべっているだけなのだ。
人間界の定例会議も、だいたいこんな感じなのだろうか。明確な目的もなければ、決めるべき事項もない。ただただ、集まること自体が目的になってしまっている。
『みんな集まって話し合いました』
という、その言い訳が欲しいだけだ。事なかれ主義の権化なのか。無防備にリーダーシップを発揮して、ぎゃくに打たれまくる杭になりたくないのか。
退屈すぎる。退屈すぎて、耳の裏を掻いてしまった。
「――では、最後の議題なのじゃが……」
正面にいるジジイが、何の威厳もない細々とした声を発した。
長い白髪、長い眉毛、長い髭。その眉毛のせいで、目が開いてるのかどうかもわからない。
これで、ここにいるメンバーを率いる最高神なのだから、俺たちの力も大したことはない。
「皆の者、この惑星が何処だかわかるか?」
その言葉とともに、八柱の神々が坐った円卓の中央に青い惑星が投影された。
このジジイは何を言っている? まだ耄碌するほどの老齢……だったな。
「むろんです、主神オーディン様。知らない者など、ここにはおりませんわ」
ジジイの横に坐る女神フリッカが、俺の気持ちを代弁する。
少しぽっちゃりした女神だ。若いころはもう少しすっきりして、腰のあたりにもしっかりくびれがあったのだが、今は……おっと、また欠伸が出てしまった。
フリッカに睨まれたが、俺の知ったこっちゃない。
「この惑星――地球がどうかしたのですか、オーディン様」
フリッカの隣にいた男神バルドルが、興味という名のスパイスを白々しく効かせた声を発した。三度の食事と無駄話が何よりも好きな男だ。会議が長くなるのも、半分はコイツのせいだと言ってもいい。
「十数年前から、この惑星では異世界に転生することがブームになっておってのう」
主神オーディンが、左手で長い白髭を弄ぶ。
「その度に儂が名前と姿を変えて、転生者たちを異世界に送り届ける役回りをしておったのじゃが……ブームが長引いてしもうて、実は儂の身体のほうが悲鳴をあげておる」
「……今のブームを考えると、当然、そうなりますね。お役目ご苦労さまです」
バルドルの正面に坐る男神トールが、手に持ったハンマーを反対側の手のひらに打ちつけながら唸る。
なんだ、そのジェスチャーは?
おお、文字通り相槌ですね、とでもツッコめばいいのか?
たしかに、昨今の異世界ブームは異常すぎる。それはわかる。やれトラックに轢かれましただとか、暴漢に襲われた少女の身代わりになりましただとかいった魂を救うために、オーディンが奮闘しているのも知っている。
本に埋もれて死にたいと漏らしていた女の子が、大地震で倒れた書架の下敷きになった話も聞いている。就寝中のくしゃみが原因であっけなく死んでしまった中年サラリーマンもいる。神の手違いでうっかり殺されてしまった者もいる。実に可哀そうだ。嘆かわしいことだと思う。
そうした魂を、主神オーディンは転生させてきた。
正しいことだと思う。ただ少しやり過ぎた。
噂を聞いた他の異世界の神々たちが、こんどは自分たちの世界にも転生させてくれと言いはじめた。貢物欲しさに国王やら魔導師やらに転移の術を授けてしまい、それに対応するためにオーディンが出張するということも度々起きた。
転生だけならまだしも、転移にも手を貸しているのだから、疲れるのは当たり前だ。もはやこれは自業自得なのだ。
会議は踊る、されど進まず。
また欠伸が出た。
「――いっそのこと、私がそのお役目を引き受けましょうか?」
何を思ったのか、男神バルドルが代役を引き受けると言い出した。
言っておくが、お前には無理だぞ、バルドル。父親が白銀狼に噛まれているのを見て怖くて逃げだしたお前に、オーディンだの創造神だのという役が務まるわけがない。おとなしくフリッカのおっぱいでも吸ってろ。
「バルドル様、それでは何も解決いたしませんわ。転生の仕組に対して、抜本的な改革が必要なのではないでしょうか」
俺の隣に坐っていた女神フレイヤが、そう言って俺を見つめる。
可愛い瞳だ。
豊穣を司る神だけあって、そのスタイルも美しく妖艶だ。出るトコは出て引っ込むところは引っ込んでいる。おっぱいの張りも形も俺好みだ。
両手を使っていちど揉ませてもらったことがあるが、押すたびに沈み込んでいくようなあの感覚は今でも忘れられない。無心で揉んでいられる。彼女に見つめられて、悪い気はしない。
だが、いくら知恵と魔法の万能神である俺でも、すぐに良案が浮かぶわけではない。両手の上に顔をのせて、じっくりと考えてみる。
「オーディン様、もうこの際だから、この惑星ぶっ壊しちゃいましょう!」
地球の立体映像を指さしながら、物騒な提案をしたのは女神ヴァルキュリアだ。
さすがに軍神だけのことはある。言うことが過激だ。
だけど、それを言ったらおしまいだろう。
ビキニスタイルの胸鎧をつけた彼女も、スタイルはなかなかいい。胸も大きい。だけど、胸鎧をつけた女は嫌いだ。揉もうとしても歯も爪もたたない。
「それはいささかやり過ぎじゃ、ヴァルキュリア。 ……のう、知恵の神よ、お前さんの頭で何かよい方法を考えてくれんかのう?」
オーディンが俺に話をふってきた。
そもそも根本が間違っているんだぞ、ジジイ。
ジジイがあちこちにのこのこと出ていくから、身体が持たんなどと愚痴を言わなきゃならない状況になるんだ。こちらから行かずとも、必要なものをむこうから取りに来させればいいだろう?
なんなら、その惑星にあるようなコンビニでも建てて配布すりゃ、アンタの手間も省けるってもんだぜ。
俺はそう思って、顎を使って地球をさし示した。
「ん? 今何と言った、知恵の神?」
だから、コンビニだよ、コンビニ。
「おお、そうか。その手があったか。地球と各地の異世界をむすぶ街道に店を建てて、そこに転生者を来させればよいのじゃな? そこにスキルやら魔道具やらの商品を置いて、好きなものを買わせる。転移者にも必ずその店に寄るように言う。持ち金を制限しておいて、店に来たという記憶は転生完了と同時に消してしまえばよいわけじゃ」
「すでに各地に転生している者たちにもお忍びで来させるようにすれば、二重に儲けることができますわ。もちろん、その店のことは絶対に秘密という条件を出して。それでももし規律を破るような者が出れば、そのときは問答無用で消滅させてしまいましょう。主人公がいなくなった異世界物語など、クソ面白くもなくなりますわ」
「おお、女神フレイヤ。それもよい考えじゃ」
オーディンは、難題が解決して今にも万歳しそうなほど鼻息が荒い。
「よし、善は急げじゃ。さっそく準備にとりかかろう。まずは、建物とコンビニについて詳しい者を地球から何人か連れてくるとしよう」
なぜ、わざわざ転移させる必要があるんだ? 神々の都合で犠牲者を増やすこともあるまい。
「何を言うておるか、知恵の神。地球と似たようなコンビニにすれば、転生者たちも利用がし易かろう?」
はいはい、好きにしてくれ。
「でじゃ、知恵の神。細部は儂とその転移者たちとで詰めるから、お前さんはその店のオーナーを頼む」
へ? 何で俺が? フレイヤの膝の上でゆったりしていたいぞ。
「何を言うておる。いつも欠伸ばかりして暇そうなくせに」
「にゃー、にゃー!」
俺は渾身の力をふり絞って全身の黒毛を逆だて、これ以上ないほど全力で抗議した。
「無駄じゃ、知恵の神。声に出されても、何を言うておるかわからん」
なんでこうなるんだよ……。
「……ん? コンビニ行くの? じゃ、チョコミント買ってきて」
今まで円卓に突っ伏して寝ていた女神スクルドが、寝ぼけた顔を俺にむけた。
お決まりの台詞だけど、いちおう言っておく。
吾輩は猫である。名前はあるが教えてやらない。
夏への扉を探しているわけでもない。
だから気やすく俺の肩をもつな。