浅桜絆
「とーわ、家庭科室行こうぜ~」
「おっけー。ええっと、家庭科の教科書~…」
「永久ちゃーん!ぎゅーっ!」
「アイ~…そうやってわざととわに抱きつくなって」
「フヘヘヘ亜衣奈ぁっ!今日こそ、その乳揉ませろー!」
「キャー!」
「だから揉もうとするなー!」
「いったー!ちょ、華乃!頭にそんなごついチョップしないでよー!頭割れちゃう」
藤堂さんの声がして、僕はついその方を見てしまう。友達と楽しそうに話す藤堂さん。
僕と同じクラスの藤堂永久さん。入学してまだ1ヶ月ちょっとくらいだけど、早くも1年イチ─いや、もしかしたら学校で一番の美少女と言われている。それくらい、藤堂さんは可愛くて美しくて。
誰もが振り返るほどの美少女だけど、彼女はその美貌を鼻に掛けず(というか、美少女という自覚がない感じ)、平気で変顔をしたり、友人のおっぱ…友人らと変なことをしたり言ってたりしていて、ちょっと変人…いや、面白いところもあって。
美人で気さくで明るくて面白い人で。そういうわけだから、男子にも女子にも人気だったりする。
僕は…初めて会った時から、藤堂さんのことが好きで─…つまり、一目惚れしたのだ。
いや、一目惚れ…というかなんと言うか。藤堂さんを初めて見かけたのが入学式の時だったけど、その時に藤堂さんを見て。
(─…やっと見つけた。僕の大切な人…)
何だろう…よくわからないけど、いつかの恋人…いや、妻をやっと見つけた…みたいな感覚と言うか。兎に角、その時藤堂さんを見た瞬間、何だかとても嬉しくなって、僕は数十年ぶりに大泣きした。入学式の全体集合の時だったので、列に並びながら声を殺して泣いていたけど、ぼろぼろと涙を溢し鼻を啜りまくっていたので、周りに気づかれてドン引かれた。
(…今日も元気そう。最近ずっと、溜め息ばかりで元気なかったから心配してたけど…うまくいってるのかな)
入学して数週間後『トワの放課後お悩み聴かせて教室』という相談室のようなものを始め、そのことでしばらく悩んでたみたいだけど、どうやら今はうまく行ってるようだ。
「─あっ…」
(また、書いてしまった…)
自席に着席しながら、楽しそうにしている藤堂さんをぽーっと見つめていると…また、書いていた。…詩だ。
僕は小学生の頃から好んで詩を書いているけど、ここ最近はずっと、藤堂さんを想いながら詩を綴っている。
今回書いた詩のタイトル「一片の気持ちを。」その詩はまるで、藤堂さんへのラブレターのようなものだ。
(…遠くからじろじろ見て、こんな詩を書いて。『運命の人』って思い込んでるし…これじゃストーカーみたいだな…)
ノートに書いた詩を見つめながら、自身の根暗さに呆れて嘆息する。
(僕も早く家庭科室に行こう…)
藤堂さんたちが教室から出ていって程なくして、僕は机の中から家庭科の教科書類を出し、詩を書いたノートは机の中に仕舞おうとした、時。
「浅桜っていつもノートになんか書いてるよな~?何書いてるの?見~せてっ!」
突然、背後からバッ!と詩を書いたノートが奪われた。振り向くとそこには、ニヤニヤした安田君と飛騨君がいた。
「ちょっ!やめて下さいよ!」
そんなラブレターみたいな詩ばかり綴ったノートを見られたくなくて、僕はすぐさまノートを奪い返そうとするけど。安田君は飛騨君にノートを投げた。
「飛騨、ほらよ!」
「ナイス~。えーっと、桜が~…ナニコレ?」
「か、返して下さい!」
やめてくれ!読まないでくれっ!!僕はそう心の中で声をあげながら、飛騨君からノートを取ろうとしたが、また安田君にパスされた。
「ほい、安田!」
「さんきゅ。あ~これあれだ、なんつったっけ~?ハイク?タンカ??」
「ちがっ、それは『詩』です!いいからそのノートを返してください!」
(こんなものを声に出して読まれでもして、もし藤堂さんにでも聞かれてしまったら…恥ずかしくて死ねる)
そう思いながら、2人から必死にそのノートを奪い返そうとしていると、安田君が飛騨君に投げたノートが変な方向へと飛んで行きそして…バサリと、女子の足元に落ちた。最悪なことにそのノートが落ちた場所は、藤堂さんの足元だった。しかも、今日書いた詩のページが思いきり開いていた。
「も~…何やってるのよ─…」
藤堂さんは飛んできた僕のノートを拾うと、詩を読んでいるのかノートを見つめはじめた。
「よ、読まないで下さいっ!」
僕は藤堂さんからそのノートを奪うようにして取ると、机の上に置いてあった家庭科の教科書類を持ち、逃げるようにして教室を出た。
(最悪だ…こんな気持ち悪い詩を、よりによって藤堂さんに読まれるなんて…今すぐ消えたい)
恥ずかしすぎて涙が溢れそうになったけど、涙を堪え、早歩きで家庭科室に向かった。
◈◈◈
「───内に秘めし我が力よ、我の声に耳を傾けよ。汝に名を与え、我が力となれ─…『永久喝采!!!』」
辺りが濃藍色に染まり、だんだんと夜が降りてくる時間。
いつもの、お悩み聴かせて教室を終えて学校から帰ってくると、すぐに庭の方に行き、新しく考えた呪文をいくつか唱えてみる─が、やはり何も起きない。
「はぁ~…今日もダメか~!」
大きくため息を吐きながら、私は庭に大の字になって倒れた。
まだ夜になりきれていない濃藍色の夜空に煌めく一番星を見つめながら、スカートのポケットに入れていた物を…栞にした桜の花弁を取り出した。
「桜…もうずいぶん前に散ったのに。何で私の手の中にあったんだろう?それに…」
浅桜君の詩を読んだ瞬間のあの感覚…そして、浅桜君のあの言の葉…私は知ってる気が…する。けど、浅桜君の詩を読んだのは今回が初めだし、というか浅桜君が詩を書く人っていうことも知らなかったし。だから「知ってる」わけがないんだけど…
でも…何だろう、うまく言えないけど、私はあの言の葉を…浅桜君のことを知ってる気がする。それも、ずっとずっと昔から…
「もしかしておばあさまが話していた、私のもうひとりの片割れ─…『悠久欠片』って浅桜君…だったりして…」
だんだんと暗くなっていく中、一番星の煌めきがさらに強く輝いてくる。その周りにも、小さな星たちがぽつぽつと煌めきはじめる。
私は夜になっていく空を見つめながら、今日のことを…浅桜君のことを思い出しながら、頬を熱くしていた。