手のひらから桜ちる
「はぁ~…」
朝。自分の席に座りながら、大きな溜め息をついていると。
「おはーとわ」
「おはよ~永久ちゃん」
華乃と亜衣奈が私のところに来た。
「おはよ~…ふたりとも…」
「とわ~最近元気なさすぎー。昨日もダメだったの?」
華乃は私の前の席の椅子に跨がるようにして座り、背もたれに上半身を凭れかからせながら聞いてきた。
「う~ん、来るには来るんだけど、何故かナンパ目的の男子がほとんどって言うか…」
私がそう言って溜め息をつくと、2人は「あ~…」と声を揃えて言った。
「…まあ、とわ美女だからね~。自覚ないけど」
「え~…私、美女じゃないよ」
「永久ちゃん、今1年生で一番可愛いとか美人とか言われてるんだよ?」
「そうそう、で、ひょっとしたら学校一かも─とも噂されてるからね」
「ええ~…みんな、どんだけ見る目ないの?」
「もうあれにしたら?『トワの放課後お悩み聴かせて教室』じゃなくて『トワの放課後ファンクラブ教室♡』とか。その方が人が来そうじゃん?」
と、華乃がケラケラ笑いながら言う。
「も~…それじゃ、目的が変わっちゃうじゃん」
はぁ~…と、私はまた大きく溜め息をつく。
「永久ちゃん大丈夫?おっぱい揉む?」
と、亜衣奈は自身の胸をもにもにっと揉んでみせながら聞いてきた。けど。
「亜衣奈ありがと。でも、今はいいかな」
私がそう言うと、2人は衝撃的な表情をしながら。
「なっ…!?いつものとわなら、ここで確実にヨダレ滴しながら、アイのおっぱいを揉もうと襲いかかろうとするのに!」
「本当に元気ないんだね、永久ちゃん…」
「いや…私そんなに、普段変態的なの?」
私がそう言うと、2人は静かにこくんと頷いた。
「…まあいいや。でも、どうしようかな」
「というと?」と、華乃。
「いや…あんまり必要なさそうだから『トワの放課後お悩み聴かせて教室』は辞めようかなってさ」
少しでも誰かの重い心や負霧を軽くできたらいいなとか思って始めたけど…私のところに来る人たちは、そこまで悩んでる人たちではない。
それに─…
「私、ちょっとトイレ行ってくるね」
ガタッと席を立ち、私は教室を出た。すると…
「ねえ、この『トワの放課後お悩み聴かせて教室』って何?」
「ああ、何か1年生の女子がやってるみたいだけど、カウンセラー的なことをしてる?的な?でもほんとは~…男ばっか集めて、逆ハーレム作ってるとかなんとからしいよ~」
「ナニソレ、ただのアバズレじゃんw」
私が廊下の掲示板に貼ったポスターの前で、3年生の女子2人がこそこそとそんなことを言いながら、クスクスと笑っていた。
それと、私の前から来る1年の女子2人も私の顔を見ながら、ヒソヒソクスクス。微かに「点数稼ぎ乙~w」「美人ってマジうらやましいなぁ~」とかなんとか、嫌味ったらしい声が聞こえた。
(そもそもこの活動自体、不評なんだよね…)
トイレに向かいながら心でそう思い、はぁ~…っと大きく溜め息をついた。
◈◈◈
なんだかんだで『トワの放課後お悩み聴かせて教室』を続けて1ヶ月。不満や不安、悩みを抱えてる人や、すでに負霧が出てる人などが、少しずつ私のところに話しに来るようになっていた。
その人が抱えていることを解決する、ということはほとんどできないけど、話を聞くだけでも黒く渦巻く負霧は薄らいだり、良い時は負霧が消えたりした。
(話をしに来てくれる人も少しずつ増えてきたし、少しでも、誰かの心の負担軽減や、負霧が漏れたり濃くなったりしないように防ぐことができてきてる…かな?)
華乃と亜衣奈と家庭科室に向かいながら、そんなことをぼんやりと思っていると。
「─あ、教科書忘れた!ちょっと取りに行くね」
家庭科の教科書を教室に忘れてしまい、私はひとり教室に戻る。すると。
「浅桜っていつもノートになんか書いてるよな~?何書いてるの?見~せてっ!」
「ちょっ!やめて下さいよ!」
教室の一番後ろの方で男子たちが騒いでる。ていうか何か、浅桜君のノートを2人の男子が奪って嫌がらせしてるようだ。
「飛騨、ほらよ!」
「ナイス~。えーっと、桜が~…ナニコレ?」
「か、返して下さい!」
「ほい、安田!」
「さんきゅ。あ~これあれだ、なんつったっけ~?ハイク?タンカ??」
「ちがっ、それは『詩』です!いいからそのノートを返してください!」
浅桜君を間に、飛騨君と安田君が浅桜君のノートをバスケットのボールパスのように投げ、浅桜君に取られないようにしながらノートを回し読みしていた。すると、安田君が飛騨君にノートを回そうと投げた時だった。誤って、私の足元にノートが飛んできた。
「も~…何やってるのよ─…」
と、浅桜君のノートを拾った時だった。たまたま、浅桜君のノートに書いてあった詩に目が行った。
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一片の気持ちを。
桜ちるちる花片ちるる
ひらひらちりゆく
桜色
すべての花弁がちり落ちゆくが
我が恋心はちることなし
満開に桜色咲き誇る胸の内
君にこの一片の気持ちを
贈りたい…
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浅桜君の詩を黙読した瞬間だった。ノートを持つ手から全身に、あたたかいものがブワッと広がった。そして、手のひらになにか─…
「よ、読まないで下さいっ!」
そう声を上げながら、浅桜君は慌てて私のところに来て、バッ!と奪うようにして私の手からノートを取り、顔を真っ赤にして教室から走って出ていった。
「あ~…とぉ…」
「お、俺らもそろそろ家庭科室行くか!」
浅桜君が教室から出ていくと、飛騨君と安田君は気まずそうにしながら、慌てて教室から出ていった。
「……」
浅桜君のノートを持っていてた左手のひらを見ると、桜の花弁が一片ゆらゆらと揺らいでいた────……