藤堂永久は力が使えない
声が、聞こえる。
(あーん、早く学校に着かないかな?カレピにあいたーい!)
(昨日ゲームしすぎたかな?眠たすぎ…)
(今日の晩ごはん何作ろうかしら?昨日は肉じゃがだったっけ?)
声が、聞こえてくる。
(あ~あ、学校だる。行きたくね~…)
(はぁ…あのクソ上司のセクハラ、どうにかなんないかな。…早く会社辞めたいてか、あのハゲこそ辞めてくれないかな)
(何よこいつ、またLIMEで彼氏の自慢ばっかして。ほんと、ウザいんだけど。ブロックしたいわ~てか、こいつと友達やめたい)
バスのアナウンスが聞こえないくらい、バスの乗客の心の声が四方八方からザワザワ聞こえてくる。陽の言の葉に空の言の葉。そして、陰の言の葉。私はスクールバッグからスマホとイヤホンを取り出すと、スマホにイヤホンを差しそして、イヤホンを耳に入れて大音量で音楽を流す。こうすれば、聞こえてくる心の声が少し緩和される。
でも───
キイィィィィィィィン……
「うっ…」
ふいに、不快な耳鳴りが鼓膜を揺らすと。
(はぁ…学校なんて行きたくない。このままバスに乗って、どっか行っちゃいたい─…いっそ、死にたいな)
大音量で流しているアニソンの隙間から、そんな陰の言の葉が男子の声でハッキリと聞こえてきた。声はどうやら、私の座っている席の目の前の座席からのようだ。その座席全体を、真っ黒い霧が覆っていた。
(すごい濃い負霧…)
じめじめと湿っぽい黒い霧のようなもの。これを『負霧』と私達は呼ぶ。心の内の黒い感情や想い…ストレスなど、目に見えない不快なもの。それらが心や体内に溜まりすぎると黒い霧状となり、こうして体の外に溢れ出る。
普通の人間には見えないけど、私のような『力』がある人間には見える。まあ…私は見えるだけで何もできないんだけど。
私は大音量で流れるアニソンを停止するとイヤホンを耳から外して、前の座席の人の負霧の様子観察や心の声に耳を傾けたりした。すると。
『次は、奈良山高校前、奈良山高校前~お降りの際は…』
ざわざわとした心の声の隙間から微かに聞こえたバスのアナウンスを聞いて、はっとなった。慌てて降車ボタンを押そうとしたら、前の座席の人が降車ボタンを押した。
その人の後ろをついてくように、私もバスを降りる。するとその人は、私と同じ学校の制服を着ていた。どうやら、同じ学校の学生のようだ。
◈◈◈
キーンコーンカーンコーン…
「─それじゃ改めて、これから一年よろしくお願いします」
そう言って、眼鏡を掛けた少し頭の薄い私達の担任は教室を出ていった。
「う~ん、やぁっと学級活動終わったぁ~…!」
自席で腕をぐーっと伸ばしていると、友人の華乃と亜衣奈がスクールバッグを持って私の席に来た。
「ねえねえとわ~!これからハッピーバーガー食べ行こー!」
「今日新作の『ハッピーワッフルバーガー』が出るって。私それ食べてみたーい!」
「ごめーん!私これから急いでお家帰らなきゃでさ」
と、私は手を合わせてふたりに謝る。
「え~?せっかく高校入学したんだよ?中学とは違って寄り道し放題だし!それに、部活動とか始めたら中々遊びに行けないだろうし」
「そうそう、今のうちだよ永久ちゃん!」
「ほんっとごめん!でも、今日はできそうな気がするからさ…だからまた今度ね!」
私はそう言ってスクールバッグを肩に掛けて席を立ち、慌てるようにして教室から出た。2人の「また~?」「だからその『できそう』ってなんなのー?」という声を背中に受けながら私は廊下を走った。
今日は高校の入学式。そう、私は今日で高校生になったのだ。高校生になったからか、なんとなーくだけど、力が以前より増した…気がする。ほんと、なんとなーくだけど。
(うん!今日ならイケる!力を解放できるはず!それに今朝、良い言の葉を思いついたし、これできっとイケる…はず!待ってて…おばあさま)
そう心の中で言いながら、家へと急いだ。
◈◈◈
「───内に秘めし我が力よ、我の声に耳を傾けよ。汝に名を与え、我が力となれ─…『永久爆誕』っ!!」
家の庭に立ち、両手を胸の前に伸ばしてゆっくりと目を瞑る。そして、指先ひとつひとつに念を…力を送るようにして、今朝思いついた言の葉を唱える。けど…
「あれ~?イケると思ったんだけどな~…」
庭に満開に咲く桜の花びらが、緩やかな風でひらひらと舞っているだけで、特になにも起こらない。
「我が力となれ!『永久爆発!』」
再び別の言の葉を並べるが、特になにも起こらない。私はぐうっと歯を噛むと。
「我が力となれ!!『永久爆裂!!』」
「我が力となれ!!!『永久爆弾!!!』」
「我が力となれ!!!!『永久爆破』!!!!」
「我が力となれー!!!!!『永久爆笑ーー』!!!!!」
連続して何度か呪文を唱えるが、やはりなにも起こらない。ぜえぜえと息を切らしながら、私はその場にぺたりと座ると。
「もー!何でなにも起こらないのよ!そんっなに私の言の葉はダメなのぉ!?」
時々漫画やアニメで見る、欲しいものを親に買ってもらうために子供が駄々をこねるような、手足をじたばたさせる動きをしながら、私は文句を言う。
「はあ…今日はこれで最後にしよう」
数分ほどじたばたと地面の上で暴れると、私は体を起こし、再び両手を胸の前に伸ばした。息を整え、最後にあの人の使っていた言の葉を唱えてみる。
「───内に秘めし我が力よ、醒て我が力となれ─…『月風斬波』っ!!」
唱えた瞬間にカッ!と目を開き、手のひらに全ての力を送るイメージをする、が─…やはり、なにも起こらない。
「はあ~…やっぱりおばあさまの醒言葉じゃダメよね…」
大きなため息を吐き、両手をだらんと体の横に落とす。
「もう高校生だし、それに力が醒かけてる気がしたんだけどな~…気のせいかぁ~…」
ふいに、ギュルルルとお腹が鳴る。今日は入学初日なので学校は午前中までだった。だからまだ、お昼ご飯を食べていない。
「…やっぱ、華乃たちとハッピーバーガー食べに行けばよかったな~…お腹へったぁ~…」
空を見上げながら、今日イチの大きいため息をはああ~…と吐き出す。
「月風おばあさま…やっぱり私には、おばあさまみたいに人の心を救えるような才はないかも…」
広く晴れ渡る青空を見上げ、ギュルルルとお腹から情けない音を奏でながら、遠く彼方に行ってしまったおばあさまの笑顔を思い出していた────