黄泉比良坂の途中
昼間の月は
公園であやとりをやって
吉凶を占っている
僕は夏という文字を
阿古屋貝の裏にびっしり書く宿題を
中耳炎の耳に菖蒲を当てると
黄泉比良坂の途中で夢人に出会える
彼は腕に抱えた獏を
蕎麦殻の枕の下に入れてくれる
懐かしい人に逢いたくて
あの殺人のあった部屋で
ずっと泣いているんだ
夜には囲炉裏のような炎が必要だ
山の鬼が今、神社の鳥居をくぐった処
菊理姫が隠れている御簾はあの神社の上がり框の処
燃えろよ燃えろ炎よ荒れ野を燃やせ
体液は便所の壁を伝う蝸牛のような物
人々の声は黄泉まで聞こえたか
街の人々のひそひそ内緒話
あの白線を超えた先に地獄が隠れ住んでいる
あの追憶はいつまでも朱い
干からびた窓から常世の海が見える
塀の向こうにある線香の匂いとお墓
安寧と平穏はいつまでも夏の微睡みの中
夕べの夢は夕闇の赤い眼
僕らは夕闇に呪われた世代
赤子の指がそっと僕の指を握る宝物
置いてけぼりの犬が宿場町を健気に雨に打たれて
最後まであの櫻は咲き続けた
旅とは哲学なのだ
とある旅人が燐寸を擦りながら云った
やがて肺腑をやられるというのに煙草をやめられない
旅には中毒在りマス
健康で生きることばかりが人生ではなく
好きなように生きれればいいじゃないか
湯船の中のヒトデに語ってみたが
ヒトデはすっかりのぼせてしまって
聞いていない
顔のない人々が通りを歩いている
宿場町とは風の道だ
こんな寒い日でも通りの家では
雛人形が微笑んでいる
夢の狭間なのですね
誰かに呼ばれた気がして
物言わぬ子供たちが家の中で大蛇に巻き憑かれている
旅人は湯船の中で溶けかかっている
誰もゐない客間で古時計が孤独を脈打っている
山彦が人を呼ぶ
向こうの山は妖の棲み処
鬼のともしびが山々で赤々と燃えている
蔵の裏の方から人魚の鼻歌が
檜の湯に浸かっていても聞こえる不思議
風呂に入った後
宿場町を散歩していると
此処は昔から不可思議な事が起こりますからと
翁面の老人から藁で編んだメビウスの輪を貰う
夕暮れが段々と長くなりましたね
冬至を過ぎたからでしょう
あの教室では
血が見たいと思春期ならではの
殺人をしたがっていた友人が
作った手の銅像が
夜更けになるとうねうねと動き出す
町並みが愛おしく感じたのはいつからか
ざわざわと竹藪が揺れて
只、独りであるということだけが
強調されます
すり切れた切符
宛名のない恋文
列車の枕木のその先は海
人は何故感情的なものばかりに
愛を注ぐのだろう
クロロフォルムを嗅がされた私は
メビウスの輪のような夏の迷宮に閉じ込められ
永遠に自転車をこいでいる
綺麗な言葉だけに惑わされてはいけない
夢ばかりを追いかけてもいけない
人は老いるもの
過去の想い出は温いお風呂のお湯のよう
お湯でふやけてしまった指の皺を
鉱石ラジオを聞きながら絵の具で青く塗る年末
陰翳礼賛の本を座敷の暗がりに置いておくと
仄かに光っているやうだ
スリ硝子を舐めるとちょっとだけカキ氷の味
夏が私を置いて行って
夢人が誰もゐない職員室で恋文を破っている
夢追い人
かろうじてかけらだけのヒトデが
台所のシンクタンクに
灯りから逃げるように隠れている
夕べの祭りはとうに終わってしまったよ
泣き顔が雨に重なる
櫻はまだ咲いているか
重箱のなかに彼の耳が這入っていて
追憶を語って聞かせた
宿場町は晴れていて
紫陽花の咲く土くれをそっと踏む
春はまだ遠く
蔵の裏の人魚は
古い呪いの札を
傷口に貼っている
冷蔵庫の中の
いじめっ子の顔をしたヒトデが
ぶつぶつ御経を唱えているのが
布団の中でも聞こえる
呪われた壺の中に骨が這入っていた
狂医師の家にあるドグラ・マグラ
優しい唄が聞こえるからと
巻貝から耳を離さず
宿場町の朝焼けは
背中の幻肢痛を柔らかく
言葉を忘れた人々が
ちりじりに徘徊する黒い町並み
白い息を吐きながら
マンホールの黒い穴に落ちてゆく原罪の果て
旅人は宿の中で目覚めたばかりだというのに
記憶喪失になっている
凡ては昨日の残滓
記憶の怪奇は古時計が不気味に秒針を刻んでいる
夕焼け小焼け
隠んぼは終わったのに
私だけ草むらに隠れている
夕闇に紛れて闇神がやってきて
腕を錆びだらけにしてしまう
空では月食が始まって
母は臨月で子を産もうと
狭い借家で唸り声をあげている
私は家から持ち出した臍の緒を
そっと口に含んで
母親の揺り籠をずっと思い出していた
朝焼けは家々を燃やして
旅を知らぬ小さな子犬を匿う
鬼の牙を仕舞った戸棚が
ガタガタと揺れて
娘御がふらりとよろめいたかと思ったら
白い脚に赤い血がつつつと滴る
茶色に変色した櫻の花弁の入った小匣が
亡くなった妹のベッドの下から
幾つも幾つも
玄孫が軒の下に隠れていた
雨ふらしの頭を叩く
船着き場をうろつく舟虫を
魔法瓶に入れて旅立つ旅人は
朝焼けに照らされた海の悲しみを知っている
また逢えるねと云った狐面の子は
黄金虫をお風呂に浮かべておまじない
神社の神様の怒りが収まるまで
部屋の隅の暗い処で
眠って
舟に乗って魚を捕る少年は
満月が網に引っかかっていて
幽かに微笑む
昼間の月は
公園であやとりをやって
吉凶を占っている
僕は夏という文字を
阿古屋貝の裏にびっしり書く宿題を
中耳炎の耳に菖蒲を当てると
黄泉比良坂の途中で夢人に出会える
彼は腕に抱えた獏を
蕎麦殻の枕の下に入れてくれる
懐かしい人に逢いたくて
あの殺人のあった部屋で
ずっと泣いているんだ
鳥居の横の自販機では
三途の川のジュースを売っている
真っ黒いドロドロした液体を喉に流し込むと
にわかにお坊様の手を取って
リンボーダンスを踊ってみたくなる
道端のお地蔵様も
浮かれて祭りの夜
僕の枕元に立つ
世の中は暗闇の病に罹っている
朝焼けは久遠の刻
そっと開かずの扉のお札を剥がして
小径に差し掛かった処で死人とぶつかる
嗚呼、此処は宿場町だった
格子の間から怪し気な瞳が幾つも幾つも幾つも
目玉が何個あれば地獄へ行ける
黄泉比良坂に逢いたい人がいるんだ
先生、死体は八百屋さんでいくらで売ってますか
懐かしい夏は亡者の懐に隠されている
墓場で花一匁
櫻の匂いは死の香り
あの頃は
ぶつかりあったり
交差したり
もつれあったり
翼の生えた背中の成長痛を
持て余しながら
ぶっきらぼうな怪談を繰り返すように
よく訳の分からない水母みたいに
生きていたね
夏ばかりが好きで
古い田舎で神社で漫画本を交換して
つるつるした白磁器みたいな裸を
お風呂の中で何度もなぞって
朝焼けは家々を燃やして
旅を知らぬ小さな子犬を匿う
鬼の牙を仕舞った戸棚が
ガタガタと揺れて
娘御がふらりとよろめいたかと思ったら
白い脚に赤い血がつつつと滴る
茶色に変色した櫻の花弁の入った小匣が
亡くなった妹のベッドの下から
幾つも幾つも
玄孫が軒の下に隠れていた
雨ふらしの頭を叩く