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重症患者 ⑤

 初めて出会ったその日からの一週のうち、自分達は――それは蓮花を含めた自分、ということ――なにをするとかそういう訳ではないけど、何故か自分達が同じ空間に、領域を少量でも重ね合って、時間を保つような事が正しいと感じたからだ。


 一日おきに二回会い、立て続けに連日会うことを一度した。自分達はいつもフードコートの端っこの、人目に付きそうも無い席に座ることを好んだ。

 会う度に蓮花はとても〝世界に対して、中立を保ったような表情〟をしていたし、それがなんであるのかを深く探ることをしようとはしなかったけれど、少なくとも〝本物の睡眠〟を手に入れる事が出来たのだな、と思った。それは事実だった。何回も何回も、自分から蓮花は記憶フロッピーディスクを買っていった。


 まだこの時は蓮花の口癖が〝トイレに言ってくる、ほっといてよ〟であることは知らなかったし、癇癪(かんしゃく)を植え付けられた様な人間であるということも、知らなかった。唯一知っていることとすれば、蓮花本人はとても不器用であるという事と、自分の性別(即ち女性という性別を持った人間に対して)閉塞感に似た嫌悪感を持っているということ位だった。


「家に帰りたくない……」


 蓮花はふと、そんな言葉を呟いた。

 自分は、そっか、と一言だけ呟いた。

 そこに意味が存在していないのかと、言葉の表情を下腹部から見上げてしまいたくなるくらいに、小さく呟いた。



 ***



 otibaに出会ったあの日から一週間が経とうとしていた。

 otibaはとても私に対して優しく接してくれていた。それはとても嬉しかった。私がなにかしらの反応をするわけでも無いのにも関わらず、今週の一週間はずっと一緒に、いた気がする。


 私たちは互いの少しだけ余っている感情を互いに、双方飽食を少しだけ抱えているような状態で分け与える様なことをした。それは別に〝本当に、身体を重ね合った〟訳でもないし――ただ、顕著に語れる様な動向などもなく、ただ、〝そこ〟に存在し続けていただけ。だけれど互いに〝感情を分け与えている〟感覚はあったと思うし、いいや、あった――そう断言できるまでにotibaに対する手応えもあった。


 ――寒風が優しく背中を撫でた。夜はずっと世界を支配しているし、自分の蟠り(わだかま)のような気持ちを助長させ、そのまま世界の端っこから落っことして落とし物を拾いにいかせるように私を世界の端っこから落っことして殺そうとしているように感じる事が、ずっと自分の感情の大部分を占めている。だから今日も人生の所在地を現実から〝本物の夢の中〟へと変えることを試みる。

 世界が変わる、目の前が変容していく。気づけば自分は自分の身体から意識を手放していて、ただ世界に置き去りにされることを容易に受け入れる。



***



 男が存在している。それは広々としたオフィスの一部分、己の類い稀なる領域であるという事を誇示し続けるようなゴミ類で溢れている机の上の少し先――コンピューターシステムの前で、腕を組みながらワイシャツの腕をまくった後、腕組みをしている男――そう、その男だ。


 〝男〟を捉える〝視点〟は、オフィスの壁から、壁を――空間から空間を緩慢に――けれども〝男〟を中心に捉え続けながら夜を掻き切るような仕草をする。我々が見える情景も動く。けれども男を中心にしたそのモーションが変わることはない。


 カメラに映る〝現実――〟その現実が我々に届いている。

 男は少しだ身体の緊張を一呼吸をして解いた後、オフィスの自分の席から離脱し、窓際まで移動する。ブラインドを開ける、当たり前のように夜が空間を占めているし、男はそんな風景を見ると、少しだけ、微笑とまでもいかないような表情を浮かべ、それからトイレに向かった。用を足し、手を洗うと、鏡を見つめた。良い表情だ、そう言わんとばかりに、頬を触りそこに頬が存在している事を確認する。そうして、男は一息吐いてからまた席に戻った。――ただ、鏡の中の自分が〝鏡の中に〟残ったまま。


 鏡の中の男を、カメラを通して我々は覗いている。鏡の中の男は、そんな我々のカメラを視認してか、数秒なにか物を考えるような仕草を見せた後、数分前の男の行動と全く同じ様相を見せながら鏡の中からいなくなった。

 さぁ、あれはなんだったのだろうか。未だ疑問は疑問として一抹に残る……。

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