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底辺のオレが転生したら風の女神に指示されて、金色の野で虚無(ヌル)という魔物達を討伐していった件について

作者: 空希果実

 オレの名前は、ニートたけし。

 無職童貞低身長ブサイクぼっち26歳、フルコンボの駄目人間だ。

 人生詰んでるし、一つも面白くないので、自殺できたらいいのにといつも考えている。

 一応1人暮らししていて、親からの仕送りで生計を立てているが、こんな生活はいつまでも続かない。

 カビ臭く黄ばんだ布団の周りにカラの缶チューハイ、食い残した弁当の容器などのゴミが山ほど散乱している部屋を出て、オレは近所のコンビニへと向かうことにした。

 歩いて5分のところにあるコンビニで、オレは缶チューハイを何本かとツマミになる惣菜を買い込んで、ついでに無料の求人雑誌をコンビニ袋の中にねじ込み、とぼとぼと帰宅する。

 ――と。

 キキーッというアスファルトを擦る車のブレーキ音が耳に飛び込んでくる。

 見ると、そこには大型のトラックが。

 トラックは車道からそれて、オレの方へと向かってきている。

 あ、危ないっ……と思ったと同時に、トラックはオレの身体に衝突した。

 不意に視界がブラックアウトして、一瞬でオレは意識を失う。

 あ……死んだのかなオレは? 身体が奇妙な浮遊感に包まれている。

 それからは……。

 それからのことはよくわからない。

 何時間か経ったような気もするし、或いは、数日が経ったような気もした。

 それで目が覚めると、オレは真っ白な世界に居た。

 たった1人。一面が白だけの明るい世界だ。

 ひょっとして天国に来ちまったのか? オレみたいなヤツが、いいのか?

 なんて思っていると、上の方から声が聞こえてきた。

 声はするが、上を見ても人の姿は見えない。温和そうな若い女の声だった。

「ニートたけし、ニートたけしさん。聞こえますか?」

「な、なんだよ、いきなり」

 女と話す機会の少ないオレはどぎまぎしながら応えた。

「私は風の女神と言います。いいですか。貴方は選ばれし者。これから巨悪を倒す使命を果たすのです」

「ドュフフ、ド〇クエか」

 オレは思わずニチャアっと笑った。

「いいですか。貴方はこれから金色の野に勇者として降り立ちます。そこにいる虚無ヌルと呼ばれる魔物達を全て倒すのです。虚無ヌルを全て倒したあかつきには、ご褒美として元居た世界に戻してあげましょう」

 あ? なに言ってんだいきなり? オレに命令するなよ。元居た現実なんかにも戻りたくない。と、オレはそう思った。

「1000万円くれるならいいが」

 オレはすかさず風の女神に提案した。

「……いいでしょう。1000万円も褒美として授けましょう。準備はいいですか、この『のけものの槍』で虚無ヌル達を倒すのです。いってらっしゃい」

「ちょっ、ちょっ、待てよ。のけものの槍って一体なんだよ? 槍なんて使ったことないし、もっと色々手取り足取り懇切丁寧に教えてくれよ」

「のけものの槍は現世で皆から見捨てられのけ者扱いされた者だけが使える伝説の槍です。……それでは、いってらっしゃい」

「嫌な伝説の槍だな……って、おい。まだ聞きたいことがあるっ。ま、待てよーっ」

 女神の気配は遠のき上空の彼方へと消えていく。

 と、同時にオレの身体は浮遊し、勝手に動き出している。

 そして、目前に金色の光の渦が現れて、身体はそちらへと吸い込まれていく。

 見ると、金色の渦の脇には、1本の銀色の槍がフワフワと浮かんでいる。

 これが、のけものの槍、か……。

 しょうがない。1000万円もあれば、酒が浴びるほど飲める。

 ここはやるしかねぇだろ。

「いくぞっ」

 オレはのけものの槍を手に取り、金色の渦の中へと飛び込んでいった。

 ………。

 ……。

 ??!

 不思議な感覚、空間が歪んでいるような……?

 気が付くとオレは、全く別の場所へと瞬間移動していた。

 そこは、青い空に白い雲の下、金色の草の野原が一面に広がっていた。

「なんだここは?」

 オレは辺りをキョロキョロと見回す。

 すると、いた。

 黒くて丸っこい、みたこともないマスコットキャラのような生き物達が。

 こいつらが女神の言っていた虚無ヌルのことだろう。

 虚無ヌルの形は皆一緒だが、大きさは様々で成人のサルくらいの大きさのヤツも居れば、ゾウくらいの巨体も居たりする。

 ヤツらは何事かをブツブツと呟きながら、金色の野の上を徘徊している。

 オレは耳をすませて、虚無ヌルが何を呟いているのか聞き取ろうとした。

「……めろ……や めろ……」

 どうやら、やめろ、と呟いている。

 一体何をやめろというのだろう?

 ――まぁいいや、関係ねぇ。要はこいつら全部ぶっ殺せばいいのだ。

 オレは両方の手で銀色ののけものの槍を握りしめて構えた。

 最初は小さいターゲットがいいだろう。

 サルくらいの大きさの虚無ヌルに狙いを定める。

 その動きはあまり俊敏ではない。これならいけそうだ。

「オラァ!」

 オレは虚無ヌルに向かって槍を突き出す。

 すると、熱した包丁でバターを切るよりもあっさりと抵抗なく虚無ヌルの身体は槍で引き裂かれていった。

「や……めろ。や……ウガッ」

 小さな断末魔をあげ、虚無ヌルはその口から、金色の触手を吐き出した。

 内臓だろうか? 気持ちが悪い。オレは槍で金色の触手を切り裂こうとする。

 ――が。

 ガキンッ……甲高い金属音が鳴り、槍は触手と衝突して弾かれてしまった。

 どうやら、黑い身体は簡単に切り裂けるが、金色の触手は無理らしい。

 そうかそうか。大体勝手はわかった。これは面白い狩猟ゲームになりそうだ。

 オレは虚無ヌルの心臓のあろう辺りを突き刺し、絶命したのを確認する。

 そして、舌なめずりしながら、次のターゲットを狙うことにした。

 ………。

 それからは順調に虚無ヌルを狩り進めることができた。

 時折、金の触手を吐き出して抵抗してくるヤツが居たりしたが、触手自体に特に攻撃力はないみたいで、当たってもオレは無傷だったので、色んな角度から攻撃を繰り返せば、容易く撃退することができた。

 2時間ほど狩りをしただろうか。

 一番大きなクラスのゾウくらいの巨体の虚無ヌルも狩り尽くし、見渡す限り、虚無ヌル達の死体が広がるだけの静かなる光景が広がった。

 どうだ、これでミッションコンプリートだろう。

 早く1000万円を貰って、酒が飲みたい。

 オレは風の女神に呼びかけることにした。

「おいっ! 風の女神よ聞こえるか!? お前の言った通り虚無ヌルを全部倒したぞ。約束通りに金を寄こしてくれ」

 オレは上空に向かって声を投げかけた。

 すると、やはり上空の空から、柔らかな光がどこからともなく現れて、優し気な声でオレに語りかけてきた。

「まだです。ニートたけしよ。まだ、後1体だけ最後の虚無ヌルが残っています」

「なんだと? 見た感じ何処にも居ないが。一体どこに居るっていうんだ」

「貴方が踏みしめている、その金色の野です」

 女神が言うと、グラグラと地面が動き出し、風も吹いてないのに金色の野が蠢き始めた。

 なんということだ。……これは金色の野ではない。超巨大な虚無ヌルの触手だ。

 その大きさおよそ1kmにも及ぶ。その超巨体ぶりにオレは驚愕した。

「こ、こんなの倒せるのかよっ!?」

 オレは思わず女神に助けの手を求める。

「………」

 しかし、女神は沈黙したままで何も答えようとしない。

 クソが。

 オレは触手の隙間を狙ってのけものの槍を突き立てようとする。

 が。

「やめろ。やめろぉおおおおおおおおおおおっ」

 もの凄く大きな地響きのような声が下の方から聞こえてきた。

 虚無ヌルの声だろう。

「やめろぉおおお。人間よ。お前は自分が何をしているのかわかっているのかぁ?」

 虚無ヌルはオレに語りかけてきた。

「わかんねぇよ。オレは酒が飲みたいだけだ。よかったら色々と教えてくれ」

「風の女神の願望を叶えるということがどういうことかわかっているのかぁ?」

「だから、わかんねえって。教えてくれよ」

 ……しばし、虚無ヌルは沈黙した。何かに迷っているようだったが、その内おずおずと口を開きだした。

「風の女神の願望が叶えば、全ての苦しみは消え去るだろう。……しかし、その代わり全ての存在は夢を追えなくなる。夢や希望というものが消え失せ、生きるしかばねとして生きるのが風の女神の願う理想の世界だ。我々はそれに反対している」

「夢? 希望? そんなもん、とっくにオレにはねーよ。そんなもんより酒がいい。事情はなんとなくわかった。とりあえず、お前は死んでくれ」

 そして、オレは目一杯にジャンプすると、のけものの槍を下に向け、触手の生えてないゾーンに向かって、槍を突き下ろした。

 ブシャアアアアアアアっと槍が黒い大地を切り裂いていく。

「グゥアアアアアアアアアアアアアアアアアッ、全ての夢がぁ! 希望がぁ! アアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」

 断末魔をあげる虚無ヌル

 オレは見事に最後の虚無ヌルを倒した。

 すると、オレの身体は不思議な力で浮き上がり、風の女神が放つ光の目前へと。

「ニートたけしよ。よくぞ巨悪を倒してくれました。これで土の一族を根絶できました。光の世界の到来です。……約束通りに元の世界へ戻してあげましょう」

「お、おう」

 オレが生返事していると、不意に意識が遠のき、周囲の空間がウネウネと奇妙な感じにねじ曲がっている感覚に陥った。

 これで元の世界に戻れるのか? さ、酒が飲める。

 オレは期待で胸が一杯になって、ギュッと目を閉じ、そしてパッと開けた。

 すると、オレは自分のアパートの部屋のベットの上に立っていた。

 右手を見てみると、銀色ののけものの槍がある。

 どうやら槍もプレゼントされたようだ。

 ん? いや、待てよ。

 なにか。おかしい。

 右手をよく見てみる。

 と、オレの手は黒くなっている。

 まるで虚無ヌルのような手になっている。

 オレは慌てて鏡をみた。

 ――そこに居たのは、人間の大きさの虚無ヌルの姿だった。

 オレは虚無ヌルになってしまっていたのだ。

「あああああああああああああああああっ!!!! とりあえず、とりあえず、落ち着けっ! 酒だ。酒を飲んで落ち着こう。金は? 1000万円はどこだ?」

 オレは、ゴミが散乱してる部屋の中を見渡す。

 すると、見覚えのない1枚の紙切れがあった。

 オレはおずおずとその紙切れを取り上げる。

『1000万円札。風の女神銀行券』

「おいいいいいいいいいいいいいいいっ!!! 子供銀行券よりチャチじゃねーかよっ!! ふざけんなっ!!」

 オレは使える筈もない1000万円札をビリビリと破り捨て、部屋の外へと飛び出した。

 ――すると。

 オレと同じく虚無ヌルになった無数の人間達の姿が。

 そうか。そうかよ。面白い。

 こうなったらヤケクソだ。

 こののけものの槍で虚無ヌルを狩りまくってやる。

 酒だってコンビニを襲撃して奪えばいい。

 もはやオレは人間ではないのだ。

 化け物として好き勝手に生きてやる!

 ……そう決心したオレは、のけものの槍を手に身近に居た虚無ヌルに対して、襲いかかっていった。

 ――これから始まるであろう永遠の殺戮の宴に胸を躍らせながら。



 了

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