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コール・オブ・スカイ  作者: ひゐ
第一章 若き『探求者』達
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第一章(03) 一番のお姉ちゃん

「――そいつきっと、広場ではぐれたぞ!」


 とっさにアークは声を上げ、職員と教師の元へ向かった。


「広場で店を眺めてたんだ。間違いない、その子だ、人形を持ってた、憶えてる」

「そ、それじゃあ、そっちの方に行ってしまって……」


 突然アークが声を上げたことに驚いたのか、教師は一瞬戸惑ったものの、そう答えた。

 アークの後ろから出てきたカノフも続ける。


「じゃあ、まだ広場の辺りにいるんじゃないかな」

「――では、広場中心に人を向かわせましょう!」


 職員が顔を上げた。


「先生は他の子達とここで待っていてください。大丈夫です、見つかりますよ」


 そうして職員は早足でその場から離れる。周囲からは「子供がいなくなったって」「兎の人形を持った子らしいよ」と騒めきが聞こえる。


 あとは職員に任せておけば大丈夫だろう。この第三の島は『探求者』協会が管理している。きっと見つけてくれる。

 ……だがこの島は非常に人が多い。


「……俺達も探そうぜ、大丈夫か気になるし」


 アークが言えば、カノフは頷いてくれた。


「ああ、お前、見てるしな」


 そうと決まれば、急いで広場に行くべきだ。まだそこにいるといいが、もたもたしているとどこかへ行ってしまうかもしれない。二人は急いで本部から出ると、まっすぐに広場を目指した。日の光が眩しい。


 大通りはやはり人が多く、広場に近づけば近づくほど、人が増える。やがて広場まで戻ってくると、アークはあの子供がじっと見つめていた店を指さした。


「あれだ。あの店を見てたんだ」


 本屋だ。中を覗いてみたものの、子供の姿は見あたらない。中に入ったわけではないらしい。


「他の店を見ているか、広場をうろついてるかだろうな。路地には入っていないと思うが……」


 カノフが広場を見回す。人が多く、賑わっている。小さな子供が一人で歩いていたのならば、この雑踏に埋もれてしまうだろう。困り果てて泣き叫んでくれると見つけやすくなるかもしれないが、その声も聞こえるかどうかわからない。と、


「子供を見なかった? 人形を抱えた、小さな男の子なんだけど」


 雑踏の中、声がした。アークとカノフが振り返れば、本部で別れたと思ったリゲルがそこにいた。尋ねられた観光客らしき男は首を横に振る。するとリゲルはまた適当に人を捕まえて同じ質問をするものの、やはり見ていないと返ってくる。


「……なんだい?」


 リゲルが二人の視線に気付いた。


「あのね、あそこまで話を聞いて、聞いただけで終わると思ったのかい? 俺も探すよ……人に聞いた方がいい、どこに行ったかわからないんだから。それにこの人混みの中から目と耳だけで小さな男の子を探すのは大変だよ、もっと頭を使えないのかい?」


 リゲルの言い方はやはり気に食わない。けれどもいまは、子供を見つけることが優先だ、やいやい言っている暇はない。そう思ったのは、アークだけではなく、カノフもだったらしい。


「その通りかもな……小さな子供が一人、それも人形を抱えてる奴なら、目立つかもしれない。誰かが見てるかも……」


 カノフは辺りを見回す。広場には、様々な人がいる。『探求者』、観光客、その他ここで生活しているのであろう人々。と、その時だった。


「子供を捜してるの? ……もしかして、お人形を抱えた子?」


 少し離れた店、その店先に立っていた店員であろう女性が、ふと、近寄ってきて声をかけてきた。話が聞こえたのだろう。


「ああ、子供を捜してる! 見たか? 兎の人形を抱えた男の子らしいんだ」


 すぐに返事をしたのはカノフだった。すると店員は笑う。


「ええ、その子なら見たわよ。一人で路地に駆け込んでいったから、変だなぁと思って……もしかして、迷子になってたの?」


 指さしたのは、店の脇、細い路地だった。彼女は続ける。


「見たのは……少し前よ。ちょっと危ないかもしれないわね。早く見つけてあげてね」


 店員はそこまで言うと店へと戻っていく。残された三人は、ただ細い路地の先を見つめていた。


「路地は複雑だ、これは大変だぞ」


 リゲルが細い目を更に細める。路地に人の姿は見えない。この広場とは、がらりと空気が変わっている。


「でも、行ったなら、早く見つけないと」


 アークが言えば、三人は路地へ入っていく。喧噪が遠くなる。空は晴れているものの、ここは建物に挟まれているために、影が落ちていて薄ら暗い。

 やがて分かれ道に出た。十字路だ。


「ちょうどいい、手分けして探そう、俺はこっち、アークはそっち、リゲルはそこを頼む」


 カノフの声が静寂に響く。


「子供だ、ここはちょっと気味が悪い、だからそう奥には行ってないと思うんだけど……」

「逆だね、子供だからどんどん進むよ……なおさら早く見つけないと」


 リゲルが言われた路地へと進む。カノフも進んでいき、アークも言われた路地へと駆け出す。

 何にしても、早く見つけなければ。危険なことはないとは思うが、それでも決して治安が完璧にいいわけではない。観光客を狙った盗人もこの街にいることを、アークは知っていた。もしそんな奴らに小さな子供が絡まれてしまったら、怖い思いをするに違いない。


 けれども、どうして路地に入ったのだろうか。広場や大通りの方が、興味を惹くものはたくさんあるはずだ。路地に面白いものは何もない。


 アークは早足で進んでいく。分かれ道に出たら、その先を見て子供の姿を探す。だが子供どころか人の姿はほとんどない。知っている人間が使えば近道になるし、ひっそりと店もある路地だが、ここは観光客や島に詳しくない人間が入るような場所ではない。島に詳しい人間でも時々迷子になるような場所なのだ。正直ここに迷い込んだ人を捜すのも、非常に難しい――。


 そう思いつつ、また分かれ道の先を見た時だった。

 小さな影が見えた。まっすぐに進んでいく。


「……パスラ?」


 はぐれた子供の名前を口にすると、影は振り返った。短い黒髪の男の子。薄汚れた兎の人形を抱えていた。

 いた。よかった。すぐに見つけられて。けれども。


「……!」


 パスラは顔を真っ青にすると、先へと走り出した。まるで逃げようとするかのように。


「お、おい! ちょっと!」


 アークが叫んでも、パスラはもう振り返らない。逃げていく。


「こないで! これは僕のものだもん! 僕が拾ったんだもん!」


 幼い声が路地に響く。

 僕が拾った――パスラは何か拾ったのだろうか。

 よくわからない。とにかく捕まえないと。


 パスラは角を曲がって姿を消す。慌ててアークも走り、その背を追い、角を曲がる。だが先に小さな子供の姿はない。人影一つもない。

 どこへ行った。迷路のような路地をアークは進む。捜している相手が逃げるなんて、これまた大変だ。相手が子供といえども、こんな迷路のような場所で。と、覗き込んだ左の道の先に、再び子供の姿を見つける。


「待てパスラ! 先生やみんなが探してたぞ!」


 叫んでアークは走り出す。見失ってはいけない。急いで捕まえないと。もう一度見失っては、もう見つけられないかもしれない。


 その時だった。

 明るかった空が急に暗くなった。否、自分の上を、何かが通り過ぎた。自分を追い越し、パスラへと向かって。驚いて立ち止まれば、遅れてやってきた風にアークは吹かれる。


 鳥か。いや。


 背後から突然やってきたそれ。それはパスラの前にスピードを殺さず、しかし優雅にふわりと降り立った。纏っていたかのような風が広がり、驚いたパスラは、悲鳴も上げずに尻餅をつく。


 現れたのは『探求者』だった。背には『叡智の書』。その翼を器用に畳む。空と海を模した青色のジャケットが、わずかにはためいた。


 ――街中での飛行は禁止されている。危険だからだ。特にこんな細い路地を飛ぶなんて非常に危険だ。うまく飛ぶのは、飛行が得意な者でも難しい。


 それをその『探求者』は易々と、華麗にこなした。

 何故そんなことができたのか。


 ――その『探求者』の顔を見て、アークは口を堅く結んだ。


 肩の上で切りそろえられた、赤茶色の髪。どこか林檎のよう。金色の瞳は丸く、可愛らしく思えるものの、どこか何を考えているのかわからないように感じられる。表情は無表情で、澄ましたような様子。

 少し不思議な雰囲気。けれども圧倒的な実力――それは、アークが彼女に初めて出会った時と、全く変わらない印象だった。


 ハレン。


「――一番の、お姉ちゃん……」


 パスラが声を漏らす。

 その通り、『探求者』になる試験のレースの際、自分を追い越し美しく軽やかに、そして誰よりも速く飛んだ一番の『探求者』が、ハレンだった。


 ハレン。自分を負かした『探求者』。


「……それ、私の。落としちゃって、探してたの」


 座り込んだパスラへと、ハレンは手を伸ばす。そうして手に取ったのは徽章――『探求者』章だった。


 ……『探求者』として大切なものである『探求者』章。身分と資格を示すものであるそれを、ハレンは落としたというのか。なくせば評価が下がるかもしれないのに。


 それほど大切なものを落としたなんて、アークは信じられなかった。

 そもそも、いまハレンは、規則を破って街中で飛んでいた。協会に知られたら、これも処分ものだ。テクニックにも驚かされたが、その神経の方にも驚かされる。度肝を抜かされる。何も考えていないのだろうか。見ているこちらが恐ろしく思え、アークは言葉を失っていた。


 しかしこれで何故パスラが逃げたのかがわかった。拾った『探求者』章を、奪われたくなかったのだ。


「――あ、二番目の人」


 ハレンがやっと、アークに気付く。そう呼んで。


 二番目――それは確かな事実。成績が一番だったハレン。二番目だったアーク。

 ――誰よりも、速く飛べる。そう思っていたのに。


「――アーク!」


 背後から声が聞こえて振り返れば、カノフがいた。リゲルもいる。騒いでいるのが聞こえてやってきたのだろう。


「ああ、子供、見つけたんだな! よかった……」


 カノフが安心したように笑うが、ハレンがいることに気付いて少し不思議そうな顔をする。リゲルも首を傾げながらハレンの前へ進んだ。


「ハレン、何でこんなところにいるんだい? 先に帰ったのかと思ったけど」

「散歩してたら『探求者』章を落として」


 ハレンは何も隠すことなく言う。それこそ何も問題がないというかのように。未だに座り込んでいるパスラを指さす。


「この子が拾って持ってったから、追いかけてたの」

「……落としたのか? 『探求者』章を?」


 リゲルもさすがに顔をしかめた。溜息を吐けば、諦めたかのように、


「……うん……まあ……見つかったのならそれでいいか。気をつけるんだよ」


 その言葉に、ハレンは表情を一つも変えなかった。ただ今更気付いたかのようにはっとして首を傾げた。


「どうしてみんないるの? 何かしてたの?」

「その子供を捜してたんだよ」


 リゲルが答えれば、カノフが「ほら、なにしょげてんだ、立って」とパスラを立たせる。パスラはひどくがっかりしたようにうなだれていた。けれども改めて目の前のハレンを見れば、目を輝かせる――目の前に立っているのは、一ヶ月ほど前に行われた『探求者』試験レースで一番になった相手だ。まだ経験こそ少ないものの、今期『探求者』になった者の中で最も実力があり、期待される新人。すでに栄光を手にした『探求者』。


「ハレン、お前は先に戻ってろ。俺達は子供を送らないといけないからね……もう『探求者』章を落とすんじゃないぞ」


 リゲルはもう一度ハレンに注意すると、パスラを連れて先へ歩き出したカノフを追った。

 自分も行かなければ。もやもやしている場合ではない――アークも歩き出す。子供は見つかったのだ、早く本部へ連れていかなければ。心配している人間が何人もいる。


 慌てて追おうとしたその時に、ちらりとハレンを見れば、取り返した徽章を胸につけていた。自分と同じ、橙色の欠片がはまった胸章。腰に身につけたナイフ型の『叡智の筆』を見れば、そこには自分と同じ橙色のプリズムがあった。


 同じ橙ランク。

 ――自分が先に、いけたわけではなかった。


 思い出したのは、空を切り裂くように飛び、先へと姿を消した彼女の後ろ姿。

 追い越すことができない。圧倒的なスピード――。


 目を伏せ、アークは走り出す。

 ――自分が一番になれると、信じて疑わなかったのだ。それなのに。


「あっ……ちょっと待って、二番目の人」


 と、背に声をかけられる。


「……その呼び方やめろよ、一番目」


 嫌味を言っているようには聞こえない。悪気はないのだろう。だが現実を改めて突きつけられたような気がして、アークは苦い顔をして振り返った。


「だから名前を聞こうと思ったの。なんだっけ」


 ハレンは金色の丸い目をぱちりと瞬きさせる。考えてみれば、彼女とはあまり話したことがないのだ、こちらの名前を知らなくても当たり前か。

 こちらは一方的に知っているけれども。


「――アーク。アークだ」

「私、ハレン」

「……知ってる」


 変な会話だ。

 それ以上は何を話したらいいのかわからず、またハレンも何も話そうとしなかったため、アークは再びカノフ達を追って走り出した――変な感覚だ、少し、苦手かもしれない。

 それでも、はっと思い出し、アークは、


「お前! 街中で飛んじゃいけないの知ってるだろ!」


 声は路地に響いた。ハレンはすでに路地の先へと進んでいて、ぴたりと立ち止まればこちらへ振り返る。


「うん、知ってる」


 そうして去っていく。


 ――知っているなら、飛ぶなよ。


 その言葉を呑み込んだ。

 何を考えているのかわからない。しかし悔しいことに、間違いなく実力はハレンが上だ。


 ――迷いなく飛んでいた彼女が、どこかうらやましく思えた。



【第一章 若き『探求者』達 終】

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