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コール・オブ・スカイ  作者: ひゐ
第一章 若き『探求者』達
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第一章(02) あいつも昇格したんだ

 話が終わり、管理長室を出て『探求者』協会本部のエントランスホールまで戻ってくる途中、アークはホルスターから銃を取り出した。新しい武器。はまっている橙色の球は曇り一つなく、よく見ると中に星のような輝きが瞬いている。


 これはただの飾りではない。この銃のエネルギー源だ。そして『探求者』が『旅島』から持ち帰るべきものでもある――半永久的に活用できるエネルギー源と考えられる、プリズムと呼ばれるものだ。


 プリズムは基本的に無色透明。大きさや質によって、そのエネルギー出力量が変わる。だが時折色のついたものがあり、それが『探求者』のランクと紐づけられ『探求者』の武器――『叡智の筆』として使われる。


「やっと橙ランクかぁ……これで俺も、本格的な探索任務に……!」


 思わず漏らした声は廊下に響く。

 とはいっても橙ランクは、七つあるランクの内の、下から二番目。まだまだ先は長い。


「お前なら、すぐ黄ランクにいけるさ……怖いなぁ、すぐ俺のところまで追いついてきそうで」


 けれどもカノフはそう言う。その腰には青のプリズムがはまった剣型の『叡智の筆』がある。


 ――『探求者』のランクと紐づけられたプリズムには赤、橙、黄、緑、青、紺、紫と七色があり、紫に近づくにつれランクが高く、また出力エネルギー量も多い。つまり、紫ランクの『探求者』は実力があるのはもちろん、それに見合った武器も持っている、ということだ。

 もっとも、紫ランクはほとんどいないのだが。けれども多くの『探求者』が目指している、伝説的存在だ。


「……あと二つで紫ランクだな。また一歩近づいたじゃないか」


 アークは笑う。と、カノフは一瞬だけ苦い顔をして、


「ここから先はかなり難しいぞ……相当な腕がないと」


 しかし深呼吸をするように溜息を吐けば、カノフは得意げに笑って声を響かせた。


「しっかしこれでリゲルの野郎の先をいってやったぞ! 今度会ったら見せびらかしてやる! ……あいつ、同じ緑ランクになった時なんて言ったかお前に話したっけ? 『君と同じランクで、同じ色だなんて、俺はなんて不幸なんだろう』って言ったんだぞ? 喜ばしてやるぜ、もうお前と同じじゃないってな!」


 カノフは青の『探求者』章を指で軽く叩く。


「それであいつが必死こいて追いつこうとしてる間に、俺はもっと強くなって……難しいかもしれないけど紺ランクになるのさ! どんどん強くなってやる……たとえドラゴンが相手でも負けないくらいにな! それでいつか、紫ランクになって伝説みたいな『探求者』になるのさ!」

「……ちょっとびびりなところあるけどな?」


 アークがからかえば、カノフは不機嫌そうな顔をして、それでもアークに笑いかけた。


「お前も早く追いついてこいよ? お前はまだ誰も見たことのないものを、見たいんだろ? 早くランク上げて、探索権限もらって……『旅島』に隠された秘密を見に行こうぜ!」

「――ああ!」


 だからこそ、アークは上を目指していた。

 未知に出会うために。この大空に漂う島の秘密を解き明かすために。

 そこに何があるか、知りたいのだ――窓の外の青空を、見つめる。

 それはきっと大変なことだろうけれども、確実に実力をつけていけば。

 と。


「とはいえ……ついに親父を超えちまったな」


 不意に寂しがるような声で兄が言ったものだから、アークは振り返った。カノフは剣の青いプリズムを撫でていた。海のような青色――父親のランクよりも、一つ上の色。

 少し変な感覚に、アークも神妙な顔をした。


 ――いつか自分も、超えてしまうのだろうか。


「――おーやぁ、カノフじゃないか」


 その時だった、からかうような口調の声が飛んできたのは。とたんにカノフが嫌な顔をした。


「……リゲル」


 振り返れば『探求者』が一人、こちらへと歩いてきていた。くせのある黒い髪。いつも冷ややかに笑っているように見える、緑色の細い目。

 リゲル――カノフと同じ時期に『探求者』になった男。まるでこちらを馬鹿にするような表情を浮かべている。


「何でこんなところに……」


 目の前までやってきたリゲルを、カノフは睨む。しかしリゲルは睨み返さない。


「ここは『探求者』協会本部なんだから、いてもなんら不思議じゃないだろう?」


 確かにその通りではあるけれども。と、アークは気がついた。


「――リゲルも青ランクになったのか!」


 リゲルの『叡智の筆』――この間までは、緑のプリズムが使われた銃だったが、その色が変わっている。カノフと同じ青色だ。そして胸の徽章も。


「カノフがやっと先に行ったと思ったのに……」


 思わずアークは声を上げた。カノフも戸惑いに表情を浮かべていた。その手はいままさに自分の剣を指さして見せてやろうとしたところで、止まっている。


「青ランクに上がったのは、お前だけじゃないってことを伝えようと思ってね」


 リゲルは銃を手に取れば、自慢げにくるりと宙で回した。青い輝きが回る。


「自分だけランクが上がったと思って、調子に乗って俺のこと馬鹿にしに来るだろ?」


 アークとカノフはじっとリゲルを睨む。全て読まれていたらしい。

 と、今度はリゲルが気付いた。


「ああ、そういえばアークもランクが上がったんだね」


 リゲルはアークの持つ銃へと視線を向ける。


「ようやく橙ランクか……正直、お前はもっと早くランクが上がるべきだと思ってたよ。『探求者』なりたては全員初心者ってことで全員そろって赤ランクなんて、もったいないことをしてるよね。でもこれで、お前もより探索に行けるわけだ……橙ランクから上がれるかは、どうだかわからないけどね」


 そして彼は両手を広げて、


「まあせいぜい二人とも慎重に頑張ってくれ。浮かれて死ぬのは、珍しくない……ほら、お前達、すぐ調子に乗るし」

「そういうお前こそ、浮かれてミスするんじゃないのかぁ? リゲル」


 カノフが噛みつくように言い返す。そしてくるりと背を向ければ、元のようにホールへと向かう。ただし速足で。結った髪が、まさに苛立っているという様子で揺れる。


「行くぞアーク! こんな奴と話していても、時間がもったいない! さっさと探索任務こなして成果上げてくる方がずっといい」


 成果を上げて、もっと上のランクへ。まだ橙ランクに上がったばかりだが、それで喜んで怠けている暇などない。


 兄を追ってアークもリゲルに背を向ける。後ろからは「そう焦るなって、君達が必死にやって空回りしてる間に、こっちもランク上げておくからさ」と余裕ぶった声が聞こえてくる――何が「空回りしている間」だ。兄の実力をちゃんと知っている。リゲルに負ける様な男ではない。それに自分も、今度会う時までには黄色ランクになってやる。いや、それ以上を目指してやる――。


「ああちょっと待って!」


 そう考えていると、不意にリゲルが大きな声を上げたものから、アークとカノフは立ち止まった。


「何だよ急に……」


 カノフが尋ねれば、リゲルは、


「ハレンを見なかったか?」


 ――ハレン。

 その名前に、アークは自然と、少しだけ身を引いた。


「あいつも来てるのか?」


 思わず尋ね返した。見てはいない。だが来ていてすれ違っていたならば、自分ならきっと、すぐに気付けるはずだ。


「そりゃあもちろん。昇格したからね」


 リゲルは答える。


「昇格……」


 まさか、ハレンも昇格だなんて。

 何とも言えない感覚が、胸中で生まれる。確かにハレンなら、すぐに昇格するだろう。当たり前のことだ。しかし、だ。


 ――あいつも、昇格したんだ。


「当たり前だろう? この時期は赤ランクが橙ランクに一斉に昇格する時期。自然なことさ、知らないのか?」


 リゲルはアークの無知を笑ったのか、また冷ややかに笑った。

 そうだった。アークは思い出す。この時期は『探求者』初心者である赤ランクが、十分な期間初心者として過ごしたということで、橙ランクへ上がるのだ。自分もそうやって、ランクが上がったではないか。実力は関係なく、一定期間を過ごしたというだけで。


 だから同期であるハレンのランクが上がったのも、自然なことなのだ。

 それでも、もやもやしてしまう。


 ハレン。自分のランクが上がっても、結局いまは、彼女と同じ。


「……どこに行ったかな。でも、あいつがふらふら歩くのはいつものことか、先に戻ったかな」


 リゲルはそう考えつつ、一度後ろを確認するように振り返る。その時だった。


「――上の階には行っていないみたいです!」


 少し切羽詰まった声に、アークもカノフも、そしてリゲルもそちらへと視線を向ける。エントランスホールからだった。『探求者』や協会関係者で賑わうその場所には、観光客の姿もある。そして見学に来たのであろう子供達の集団も。


「子供は誰も来ていないそうです」


 声の主は『探求者』協会の職員だった。そう伝えている相手は、子供達の集団の先にいる女性。街で見かけた教師だ。ということは、あの集団はさっきの子供達か、とアークは気付く。


「そんな! どうしましょう、いつどこで消えたのかしら……広場までは全員確かにいたのに」


 教師は子供達を見て、ただ口元を押さえた。エントランスホールにいる人々が騒めく。


「何かあったのか?」


 カノフが首を傾げた。と、いつの間にかこちらまでやってきていたリゲルが答える。


「あの様子じゃ、子供の誰かがはぐれたんだろうね」


 無理もないだろう。この街には、子供の興味を惹くものがたくさんある。いくら教師が気をつけていても、ひどく惹かれるものがあれば、子供はそちらへ行ってしまうかもしれない。


「街に人をやりましょう。大丈夫です、その子について、教えてください」


 焦り戸惑う教師を、職員はなだめる。それからメモを取りだした。教師は「そうですね、その通りですよね」と深呼吸をしたものの、まだ焦った様子で伝える。


「名前はパスラ。八歳の男の子です……えっと、短い黒髪の子で……それで、昔から大事にしているお人形と一緒じゃないと嫌な子なんです」

「……ということは、お人形を持っているんですか?」

「はい。いつも兎の人形を抱えています。今日も抱えていました」


 ――兎の人形。


 ぱっとアークが思い出したのは、広場で説明を聞く子供達の様子だった。その中の一人が、ちゃんと話を聞いていなかった。そう――あれは兎の人形を持った子供だった。

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