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コール・オブ・スカイ  作者: ひゐ
第六章 向かい風に狙いを定めて
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第六章(05) 怖くないわけじゃない

 倒せた。

 土塊の山を、アークは見上げた。

 ゴーレムといえども、ドラゴンを模したものを、倒せた。

 ……それは、逃げなかったから。やろうと思ったから。可能性を捨てなかったから。


 再び静かになった庭園に、緩く風が流れていた。天井にできた穴から、外の空気が吹き込んでいる。ふわりと土が舞った。

 アークの隣にハレンがふらふらと降りてきた。


「倒せたね。目を潰してくれてありがとう」

「……いや、礼を言うのは俺だ……とどめさしてくれて、ありがとな」


 礼を言われたものだから、アークは言い返した。だが、


「しっかしお前も無茶するなぁ、そんな翼で飛ぼうなんて……飛べたのもすごいけど。ていうか、最初からお前がやるって言ってくれたら、俺の壊れた翼じゃなくて、お前のちゃんとした翼でもっと楽に飛べたんだぞ?」

「……なんか、飛べるような気がして」


 やはり彼女は無茶苦茶だ。アークは溜息を吐くしかなかった。

 それからアークは、背負った翼を下ろせば、持ち主へと差し出した。


「ほら……お前の翼……怖くなかったのか? そんな翼で飛ぶことも、ドラゴンも」


 ふと尋ねてみる。ゴーレムだと知っても、ほぼドラゴンであると、怯えていたハレン。それでも壊れた翼を背負って飛び出してきた彼女。


「――怖かった」


 ハレンは、いつもと変わらない様子だった。けれども。


「……ごめん、勝手に一人で行って。ドラゴンがいるなんて思ってなかったの……ゴーレムだったけど。でも……ドラゴンだった……今度から、気をつける」

「……そうしてくれ」


 そしてアークは、言った。


「勇敢と無謀は違うぞ。慎重と臆病が違うように」

「そうだね」


 ハレンはふわりと微笑んだ。そして壊れた翼を背から下ろせば、アークの差し出した『叡智の書』と交換するように受け取った。アークも自分のものを受け取れば、小脇に抱えた。

 風が吹いて、土の匂いが鼻をくすぐる。少しだけかびのような臭いが混ざっている――古くからいたのだろう、このドラゴンの姿をしたゴーレムは。

 いまは土の山となったそれを、アークは見つめた。


「……やっぱり、怖かった、な」


 恐怖は確かにあったのだ。正体がゴーレムだとわかった後でも。あんな強大な敵、本来は挑むべきではなかった。

 しかしアークは、深呼吸をして。


「――お前のおかげで……なんていうか、目が覚めたよ」


 ハレンという存在があったために、迷った。躓いた。

 しかし、そのハレンに助けられた――変な気分だった。けれども、清々しかった。


 ――ドラゴンと戦う前、臆病な自分は、『探求者』には向いていないと、思ったけれども。


「俺……やっぱり見てみたい。誰も見たことがないものを。空に隠されたものを……」


 だからこそ『探求者』になろうと、思ったのだから。

 改めて、そう思う。


「……怖くないの?」


 ハレンに尋ねられても、アークは強がらなかった。


「怖くないわけじゃない。空は広すぎるからな。でも――」


 ……まだまだ自分は何かができる気がした。

 何でもできるわけではない。しかし、何もできないと諦めるのは、早すぎる気がした。

 『探求者』に向いていないなんて、決めつけるには早すぎた。


 ――まだまだ、やってみたい。


 視界が歪んで、アークは軽く目を擦った。


「――アーク! ハレン!」


 背後で名前を叫ばれた。二人が振り返れば、足を引きずりながらも、跳ねるようにしてこちらへ向かってくるカノフの姿があった。アークは兄へと駆け寄れば、肩を貸す。


「大丈夫か?」

「足が痛いな。おまけに翼も壊れた。それに救援を呼んじまった……そろそろ誰かしら来るだろう。これで、勝手に島に立ち入ったことがばれちまうわけだ」


 こっそり『旅島』に侵入したが、まさかこんなことになるなんて、誰も予想していなかったはずだ。だからアークは言う。


「仕方ないさ、ドラゴンもどきが出てきたんだから」

「でも、全部私のせいにするから大丈夫」


 すると、ハレンがそう言ったものだから、アークは頭を横に振った。

 もうそんなことは、気にしてはいなかった。


「いや……正直に話そう。どんなお咎めが待ってるのかわからないけど」

「でも、私が行こうって言ったからこうなった」

「そうじゃない……お前のおかげで、この島に来られたんだ」


 ハレンが言い出さなければ、この島に来ることは間違いなくなかった。

 そして自分が何を恐れているのか知ることも、ドラゴンと戦うこともなかった。

 もし今日、無茶をしていなかったら、自分はもやもやを抱えたままだっただろう――。


「……お前ずいぶんかっこよくなったなぁ」


 しみじみとアークが思っていると、カノフに背を叩かれた。カノフはそのまま、じゃれるかのように体重をかけてくる。


「ドラゴンと戦ってる時もかっこよかったぞ!」

「そういうお前こそ! よくなんとかなるなって思ったな!」


 やがてアークは、カノフを土塊の山の麓に下ろした。カノフはそこに座り込んで溜息を吐く。


「それじゃ、アークもそう言ったし……救助を待とうか」


 天井の穴から外を見れば、空の紺色は、わずかに明るくなっていた。夜明けが近い。

 そこでアークは思い出した。


「紫の銃は……どこだ?」


 そういえば、落としたではないか。

 応急処置薬でカノフの傷や、自分の傷の手当てをしていたハレンが、はっと振り返り、きょとんとした顔をする。アークは「ちょっと探してくる」と、慌ててその場から離れた。あまり遠くに行くなよ、とカノフが手を振る。


 庭園の中をアークは歩く。ドラゴンとの戦いで荒れてしまったものの、それでもここは神秘的で美しかった。その中で紫色を探す。どこにいってしまったのだろうか。


 ――そうだ、ここで、ドラゴンの羽ばたきに吹き飛ばされて……。


 手放してしまった場所まで来ると、アークは振り返った。

 振り返った先には――あの暗い通路があった。まるで幕が下がっているかのように暗いそこ。


 ――まさか、あの先に?


 目を凝らして見ると――紫色の輝きが見えた。あそこまで、飛ばされたらしい。

 一瞬入るのに躊躇ったが、あの銃を拾いに行くだけだと、アークは暗い中へ入っていく。そう奥ではない、拾ってすぐに戻ればいい。


 けれども入って数歩進むと、唐突に暗闇が晴れた。燭台に、目覚めるように明かりが灯る。

 とっさにアークは身構えた。何だ。何かの罠か――。

 そして――目の前にあったそれに気付いて、腰を抜かした。

 ……それを目にした瞬間、アークは驚きのあまり足がもつれたように尻餅をついてしまったのだ。 


 ――庭園に来た際、ハレンは言っていた。

 ――「人が、いた」と。


「――アーク? どうした、何かあったか!」


 しばらくして、カノフとハレンが様子を見に来た。ハレンがカノフに肩を貸し、歩いてくる。

 それまでアークは、座り込んだまま、目の前のそれを見上げていた。

 そしてやって来たカノフとハレンもそれを見て――目を見開いた。


 暗かった通路。そこは通路ではなく小さなホールになっていた。他に扉やどこかへ続く通路はなく、行き止まりになっている。そしてホールの中央、アークの目の前には。

 ――白い人が、立っていた。


「――誰だ!」


 カノフがすぐさま剣を抜いた。怒鳴ったその声は、ひどく震えていた。だがアークは。


「人じゃない」


 目の前のそれが、人ではないことに、気付いていた。


「石像だ」


 表面がなめらかに磨かれたそれ。石膏のようなものでできているかと思いきや、透けているようにも見える。言われてカノフも気がつき、ハレンもじっと石像を見つめる。

 人の姿を象った石像だった。祈るように頭を垂れて、胸の前で手を組み、佇んでいる。


 だがその背中からは、翼が生えていた

 背から直接。鳥のものそのものの、翼が。


「……一体誰なんだ? 背中にある翼は、何なんだ?」


 その石像の顔を、アークは見上げていた。目を閉じた端麗な顔から性別はわからない。

 同じ人間のようには思えなかった。それは石像だから、という理由ではない。


 ――『旅島』にどんな種族が住んでいたのか、またどんな種族が『彩の文明』を築き上げたのか、その手がかりはいままでに見つかっていない。不思議なことに、それらを伝えるものがいままで見つからなかったのだ。文字や絵、そして石像も。

 しかし、もしかすると、この石像は。


 ――『旅島』に住んでいた種族?


「……この人! この人を、見たの」


 ハレンが石像の前へと出る。そして滑らかに彫られた服の裾を撫でてみる。


「この人が、ここに入っていったの……!」


 けれども目の前にあるのは間違いなく石像であり、ここは行き止まりだ。

 まさかこの石像が動いたのだろうか。だが特に仕掛けはなさそうに見える。


「これは一体何なんだ? 『彩の文明』の種族なのか……? いままでどんな種族がいたのか、わかってないけど……もしかして、これが?」


 カノフも戸惑いつつも、石像のまわりを一周し、じっくり観察する。翼を見れば、そっと手を伸ばしていた。


 やがてアークは、まるで石像に導くように、その前に転がっていた紫の銃を拾い、立ち上がった。

 そして改めて石像を見つめる。美しい石像だった。目を閉じてはいるものの、こうしていると、目が合っているような感覚に陥る。

 石像は喋らない。だから正体はわからない。けれども、


「……もしかして、見つけてもらいたかったのか?」


 ――扉の向こうにいたのは、マキーナではなくこの石像の人物だったのでは。

 ――ハレンがこの石像の人物を見たというのは、本当なのでは。


 その呟きに、カノフとハレンが黙ってアークを見た。半分は何を言い出すのか、という顔で、残りは、その通りかもしれない、といった様子で。


「……なーんてな。考え過ぎか」


 さすがにそれはおかしいかと思って、アークは笑って誤魔化した。

 だが、この石像は一体何なのだろうか。

 これは石像であるけれども、もしかすると――この空のどこかに、この石像と同じ種族の人が、生きているのだろうか。

 この空には、何が隠されているのだろうか。


 ――会ってみたい。


 呼んでいる気がした。呼ばれている気がした。

 行かなければ。聞こえない声が、聞こえる気がした。


 ――振り返れば、庭園の方が先程よりもわずかに明るくなっていた。

 壊れた天井から、明るくなってきた空が見えた。


 夜明けがやってきている。長い夜は終わった。




【第六章 向かい風に狙いを定めて 終】

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