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コール・オブ・スカイ  作者: ひゐ
第三章 追い風は冷たく
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第三章(03) 気にならないの

「起きて」


 声が聞こえた。瞼を震わせ、アークが目を開けると、目の前にはハレンがいた。綺麗に切りそろえられ、艶やかだった赤い髪はぼさぼさに乱れていて、葉がくっついている。ハレンは太い枝の上に座り込んでいた。


「う……」


 声を漏らして、アークは瞬きをした。気付けば、自分もハレンと同じ木の枝に、まるで干されるかのようにひっかかっていた。

 霧だろうか、辺りは妙に白っぽい。何が起きたのか、しばらくの間、思い出せなかった。


 ――そうだ、確か、雲の中を飛んでいて、何かにぶつかって。


「どうなって、るんだ?」


 身体が痛い。ハレンと同じように、アークは枝に座り込む。ハレンは、


「木にぶつかったの。ぶつかったというか、引っかかったの。岸壁とかじゃなくてよかった」

「木……木?」


 確かに自分達はいま木にいるが、それにしても、それだけでは何が起きたのか、さっぱりわからない。辺りを見回しても、霧で白くよく見えない。だが気がついた。


 ――霧じゃない。これは……雲だ。


 緩い風が吹いて、雲は払われていく。青空と海が彼方に見えてくる。周りの緑が見えてくる。


 ――ここは『旅島』か!


 アークがいたのは『旅島』の森の中だった。どうやら、雲の中に『旅島』が隠れていたらしい。そこに突っ込んでしまったようだ。しかし。


「……こんなところに島なんてなかったぞ」


 アクアリンの地図に、島は確かに描かれていなかった。わざとそうしたのだろうか。それにしては危険すぎる。

 ハレンは木の枝の上に立ち、辺りを見回しながら言った。


「きっと最近流れてきた島で、雲に隠れてたんだよ。だから誰も見つけてなかった……」


 彼女は少し興奮した様子で深呼吸をした。


「……けど、私達が偶然見つけた――私達が第一発見者!」


 ぱっと翼を広げる。その翼はぼろぼろに破けていた。背負った『叡智の書』本体も妙な光を放っている。木に突っ込んだ衝撃で壊れてしまったのだろう、これでは飛ぼうにも飛べない。が、ハレンは木から飛び降りた。


「お、おい!」


 そんな翼で飛ぼうとするなんて。思わずアークは声を上げたが、ハレンはよろめきながらも器用に着地しどこかへと歩いていく。何があるのか、わからないのに。


「待て! お前、待て!」


 叫んでも彼女は戻ってこない。仕方なくアークも翼を広げたが、ハレンと同じほどにぼろぼろだった。だが追いかけないと。

 宙でふらふらになりながらもなんとか着地する。今まで見た『旅島』と、あまり変わりない草地は柔らかい。ハレンは森の中をあたかも妖精のように進んでいる――何かの鳴き声こそ聞こえるが、どうやら、辺りにマキーナや危険な彩想生物はいないらしい。


 とりあえずは、ここにいることを皆に知らせないと。翼を壊してしまって、島から出ることもできない。アークは救難発光弾を取り出せば、木々の緑が薄いところを探して打ち上げた。

 その音に、近くの木々に潜んでいた彩想生物の一種である、蝶のような羽を持つ鳥の群れが驚いて羽ばたいた。救難発光弾は空高くに柱のように昇り、やがて大きく炸裂する。遠くからでも見える光。

 光を見届けて、アークはハレンを追った。


「ここは何がある島なのかな?」


 ハレンはのんきに歩いている。その背にアークは怒鳴る。


「お前! 危ないぞ! いま助けを呼んだから、大人しく待ってろ! こういう時はそうしろって、教えてもらっただろ!」


 すると、ハレンはくるりと振り返って、


「気にならないの?」

「――えっ?」


 ――気にならないの、って?


 虚をつかれたような感覚があった。どうしてだか、わからないけれども。

 ハレンは繰り返す。


「気にならないの?」


 そんなこと、アークは考えもしていなかった。

 ただ、ここは未知で危険で、そればかりを考えていた。何があるのかなんて、考える以前の問題だ。


「誰も来てないし、測定もされてない島なんだよ? そこに、入れたんだよ?」


 ハレンはわずかに口を尖らせる。

 完全に、未知の島――言ってしまえば、いまここは、自分達の島なのだ。


 ……気にならないのか、と言われれば。


「……そ、そりゃあ、気になる、けど」


 未知に会うために『探求者』になったのだ。まだ誰も見たことないものを、まだ誰も知らないことを発見したいから、翼を手に入れようと思ったのだ。


 けれども。でも。しかし。だが。


 「じゃあ、行こうよ」


 ハレンはまるでスキップをするかのように、また先へと行ってしまった。

 翼は破けてしまった、救助を待つためにそう遠くへも行けない。だがハレンは先に行ってしまった。


 ――あの野郎……何考えてんだか。


 仕方なく、そう遠くへ行かないよう気にしつつ、アークはハレンを追った。


 日光が木の葉の隙間から漏れ差し込む森の中は、空気が輝いているようだった。危険な気配は何も感じられない。それでもアークは銃を握っていた。ハレンは、何も手に持たないまま。

 やがて先に、何かが見えてきた。白い何かだ。


「……遺跡がある。お屋敷みたい」


 ハレンの足取りが速くなる。

 ふと森が開けた。そこには、彼女の言う通り、遺跡があった。

 屋敷のようだ、とハレンはいったが、それよりも規模が大きく、城のようになっていた。汚れ一つない白い壁は眩しい。窓は見あたらず、まるで白い箱を積み重ねて作ったかのようだ。そして壁に継ぎ目はなく、つるりとしている。そのせいか、異質だった。


 物音は何も聞こえない。遺跡に窓はないものの、入り口はあった。巨大な扉があり、わずかに開いている。その隙間の向こうは黒々としていてよく見えない。


 ――何があるんだろう。


 アークは目を見張った。

 押さえつけられていたかのように忘れていた好奇心が、かき立てられる。


 ――この向こうには、どんな秘密があるんだろう。


 自然と、身を乗り出していた。

 と。

 ――白い何かが、扉の向こうで横切った気がした。笑い声が、耳をくすぐる。

 息が止まり、思わず一歩退いた。


 ――いまのは、何だ?

 ――人?


 そんな形をしていた。


 ――まだ誰も立ち入っていないはずの『旅島』に?


「……どうしたの?」


 ハレンが首を傾げる。ハレンは見ていなかったらしい。


「人がいた、あの扉の向こうに……」


 アークは扉を指さした。

 あれは、確かに人だった。


「本当に?」


 ハレンの金色の目が丸くなる。きらきらと輝いた。


 ――いや、待て。


 瞬間、アークは我に返った。


「……見間違いかも。なんていうかその、この遺跡が、あんまりにも綺麗だったから、そう思ったのかも……」


 不意に怖くなった。

 ……『旅島』に人はいないはずだ。これまでに発見されていないのだから。

 誰かいるなんて、おかしな話なのだ。それでもハレンは、


「本当に、人がいたのかもしれないよ?」


 まるで気合いを入れるかのように、乱れた髪を手で整える。そして、


「見に行ってみようよ!」


 一歩、踏み出す。未知が渦巻く、その場所へと。


「――待て」


 反射的に、アークはハレンの腕を掴んだ。強く、すがりつくように。

 その手はわずかに震えていたが、アーク自身、気付いてはいなかった。


「見間違いかもしれない。人じゃないかもしれない……むしろ人がいるのはおかしいだろ。ここは『旅島』だぞ、マキーナや危険な彩想生物かもしれない……もしそうだったら……」


 あまりにも危険すぎる。そもそも調査の済んでいない『旅島』は立ち入りが禁止されているのだ。いまは事故で入ってしまったものの、そんな島の遺跡に入ろうなんて論外だ。

 危険であるから、立ち入りが禁止されているのだ。未知であるほど、危険だから。


「いまはお互い、翼もぼろぼろだ、何かあったら逃げることもできないし、武器だってそう強くはないんだ……救助も呼んだし、無闇に動くべきじゃない。下手すると大怪我するし、それだけじゃない、そもそも俺達みたいなのは勝手に『旅島』に入っちゃいけないんだ、変に動くと、実力がわかってないと判断されて降格させられるぞ」


 大人しくしているのが、一番いい。しかしハレンはリスクがわからないのか、


「でもここで行かなかったら、もう二度と会えないかも。この島の探索が、うちの区画に回ってくるとは限らないよ。回ってきてもまず担当できるかわからないし、二度と来られないかも」


 ハレンはわずかに開いた扉を、食い入るように見つめる。その先の暗闇を見据える。


「もし本当に人だったら? 『彩の文明』の人だったら? 私は会ってみたい!」


 ……本当に、人だったなら。

 しかし『旅島』にいままで人がいたなんて話は一つもないのだ。人が生活していた跡もない。

 そして、それ以前の問題がある。


「そういう問題じゃない」


 ハレンの腕を掴む手に、アークは無意識にさらに力を入れた。

 ――危険すぎる。自分達に、何ができるというのだ。


「――気にならないの?」


 すると、彼女は再び問いかけてくる。掴んだ手を、ちらりと見て。

 ――だから、そういう問題ではないのだ。何が起きているのか、理解できているのだろうか。

 苛立ちにアークは表情を歪ませた。あまりの愚かさに、ハレンを睨んでしまう。

 と、ハレンの顔が、ふと心配そうなものになった。


「――怖いの?」

「――怖い?」


 一瞬、その言葉が、アークには理解できなかった。ふと真顔になった。

 怖い。

 その通りでは、ある。危険であるから。大怪我をするかもしれないから。

 けれども、改めて思う。


 ――何が怖いのだろう、自分は。


 痛い思いをするのが怖いわけではない気がした。何かが違う気がした。危険だから怖い。その通りであるけれども、もっと何か、違うものを恐れている。そんな気がした。


 ――昔はこんなにも、怖いと思わなかったのに。


 愕然としてしまった。ハレンも少し困った様子のままで、二人とも固まっていた。

 しかし、ここで手を離すのも、怖かったのだ。

 そうしてしまうと、ハレンが先へ行ってしまって、危険な目にあった際に、自分では何もできないだろうから。

 何も、できないはずだから。


「――いい加減にしてくれ」


 アークはやっと、それだけを言った。声は上擦っていた。


「――アーク!」


 と、上空から声が飛んできた。見上げればいくつもの翼が空で輝いている。その一つが目の前へ降りてくる――カノフだった。


「怪我はないか! 大丈夫か!」


 他の仲間も降りてくる。スコーパーは辺りを警戒し、リゲルは二人を見て呆れていた。


「……ああ、大丈夫だ」


 もう大丈夫だ――アークはすっとハレンの腕から手を離した。これでもう、大丈夫だ。


「……ただ、翼がぼろぼろになっちまった、俺も、ハレンも」


 そう言って、アークは自身の翼を広げて見せる。するとサジトラが、


「……飛べない程に怪我をしたわけではないね? それじゃあ、すぐに新しいものを持ってこさせよう、帰れないからね……もしかすると、さっきの救難発光弾を見て、近くまで救助隊が来てるかも……エアリス、アクアリン」


 サジトラの言葉に従い、エアリスとアクアリンが飛び立つ。スコーパーと同じく辺りを警戒していたウィルギーが、銃を下ろす。


「どうやら敵はいなさそうね。よかった……二人ともその様子だと、何かに襲われたわけじゃなくて、木に突っ込んだのね?」


 ウィルギーがアークへと手を伸ばし、髪に絡まった葉を取った。気付いてアークが自分の頭を触れば、葉や枝がいくつもくっついていた。


 つと、ハレンを見れば、まだ遺跡を食い入るように見つめていた。

 その表情が、ひどく残念そうに見えて、なんだかアークは申し訳なく思えた。


 ――ハレンなら、もしかすると。

 しかし、その可能性を奪ってしまった。そんな気がした。


「……」


 見つめていると、ハレンがこちらへと振り返った。だからアークは口を開こうとしたが、


「――いいの」


 と、先手を取られた――表情から、謝ろうとしているのを感じ取ったのだろう。


「私も興奮しすぎちゃった。いまの私達じゃ、難しいかもしれない。武器も強くはないし」


 どうやら、やっと理解してくれたらしい。アークは溜息を吐いた。


「……もうちょっと、準備してから来なきゃ」


 しかし、そのハレンの呟きを、アークは聞いていなかった。




【第三章 追い風は冷たく 終】

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