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コール・オブ・スカイ  作者: ひゐ
第三章 追い風は冷たく
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第三章(02) 突っ切るしかない

 晴れている空でも雲は斑にある。速度を出しながらもふわりと雲を避け、アークは飛んでいく。小さな雲、薄い雲ならば、そのまま抜けてしまったほうがいい。


 青い海を見れば、自分の小さな影が落ちていた。少し離れたところにハレンのものらしき影がある。距離はこれ以上開かない。どうやらハレンも同じくらいの速度で飛んでいるようだ。


 本気を出していないのだろう、あれは。わざと同じ速度で飛び、距離を保つなんて、そもそも下手な『探求者』にできるものではない。


 ――くそ、余裕ぶって。


 体力に気をつけなければいけないものの、アークはさらに速度を上げた。風切羽が輝く。


 目の前に『旅島』が見えてきた。平たい島。一つ目のチェックポイント。地図で見た島の端に、印が書いてあった。島か空かわからないものの、誰かがいるはずだ。

 荒野のような島だった。そこに人影が一つ見えた。エアリスだ。


「おーい! ここだよ!」


 杖を黄色に輝かせ、それを頭上でぶんぶん振っていた。アークが島へ向けて滑空すると、エアリスは杖をおろして片手を上げる。


 着地はしない。アークは地面と平行になるように飛んで、そのままエアリスへと向かった。まるで連れているかのように砂埃が舞う。そして片手を伸ばせば、速度をわずかに落として、エアリスとハイタッチをする。


「頑張ってね! 次はリゲルがいるはずだよ――」


 遠のいていくその声を耳にしながら、アークはまた速度を上げる。

 この次は確か、巨大な島があったはずだ――地図を思い出し、先を見れば、それらしき島が目の前にあった。非常に大きな島だ。


 ――外を回るべきだな。


 アークは島の脇へと進路を変えた。島はまるで山が浮いているようで、麓からごっそり持ち上げたかのようだった。と、その山の斜面に沿うようにして飛んでいる影が見えた――ハレンだ。どうして島の上を通っていこうとしているのか。体力も必要であるし、時間もかかるというのに。


 ――あいつ、やっぱりちょっと変というか、馬鹿だよな。


 ふとアークはそう思ってしまった。恐らくハレンは、真っ直ぐ飛ぶままに進んだのだろう。あの山を目の前にしても。馬鹿正直に、山を越えようとしている。

 少しだけ、勝てるような気がしてきた。

 こちらはちゃんと考えているのだ。


 ……しかし、馬鹿は自分だったと、アークは直後に気がついた。


 ――どこだ?


 この調子なら――と、アークは正面を見たが、次のチェックポイントである島が見あたらない。この先にあるはずなのだが。アクアリンが地図を間違えたのだろうか。


 ――違う。


 行く先、眼下の海を見れば、きらきらと輝く水面は妙に暗かった。影が落ちている。


 ――上だ!


 アークは慌てて身体を起こして羽ばたいた。上空へと向かって、急な角度で飛ぶ。

 次のチェックポイントがある島は、この山のような島よりも、さらに上の高度に見えた。


『空もちゃんと見ろ』


 レースの前に、アクアリンは確かにそういった。

 あの地図には、島がどの高度にあるか、書いてはいなかった。普通の地図ならば書いてあるのだが、省略したのだと思っていた。けれどもこの高度の差は、わざと書かなかったのだろう。


 アークよりも先に、小さな影がその島へと到着する。先を越された。

 翼が重くなってくる。息が荒くなってくる。だがアークもなんとかその高度まで昇り切ると、そこにあった小さな島の横で羽ばたいていたリゲルと、手のひらを合わせ叩いた。


「おいおい、そんなんで、この先大丈夫なのかい?」


 リゲルは少し呆れているようだった。アークは返事もせずに先を急いだ。

 次にあったのはまるで小さい『旅島』の諸島だった。まるで、もともとは大きな『旅島』だったが、それが砕けて散り散りになったかのように、群れて浮いている。


 先を飛ぶハレンは、器用に島を避けつつ進んでいく。島と島の間は決して広くはないというのに、やはりハレンの飛行技術は凄まじい。速度をほとんど落としていない。鳥というよりも、ハレンは風そのもののようだった。


 アークも『旅島』の諸島へと突入する。苛立たしいほどに飛びにくい空域だ、下手をすると、島に衝突しかねない。すいすい避けられるものでもないため、速度を中々出せない。


 だがアークは気付いた。ふと少し離れた場所を見れば、そこの『旅島』の数は少なかった。というよりも、いま飛んでいる場所が、弾幕のように『旅島』が多いのだ。


 活路を見出した。この息苦しくも思える『旅島』の群れからアークは抜け出し、島が少ない場所へと逃げる。そして改めて速度を出して空を駆ける――こちらの方が、ずっと飛べる。


 ハレンを見れば、まだ『旅島』の多い場所を飛んでいた。少ない場所があることに気付いていないらしい。ひたすらにまっすぐなルートを進んでいる、あたかもルートを変える、ということを知らないようだ――もしかすると、その通りなのかもしれない、とアークは思った。彼女はただまっすぐ、全てを吹き飛ばすかのように、進んでいるような気がする。


 けれどもそのおかげで、ハレンとの距離は縮まってきた。彼女でも、やはりあのような場所では速度を落とさずにはいられないのだ。


 そして『旅島』の群れが居座る空域を先に抜けたのは、アークだった。直後にハレンも抜けたが、アークはその前に滑り込むようにして入り、次のチェックポイントである島を目指す。

 見えてきた『旅島』の丘の上、カノフが待っていた。


「アーク!」


 手を振っている。その手にアークは自分の手を合わせ叩く。


「よし、行けるぞ! 大丈夫だ!」


 信じたように輝いた兄の目。それにアークは少し戸惑いを覚えるものの、合わせた手の温かさに、胸の中で何かがふつふつと湧いてくる気がした。


 ――いける……かもしれない。


 もうゴールはすぐだ。風の冷たさに肌が冷える。

 だが背後に気配を感じ、羽ばたきの音がやかましいほどに、アークはさらに翼を動かした。


 ――やっぱり速度を上げてきたか!


 ハレンが追ってきていた――追い上げてきたのだ。

 距離は徐々に詰められていく。悠長に滑空なんてしている場合ではない。

 と、ついにハレンが隣へと並んでくる。息を荒らげつつもアークがハレンを見れば、彼女も少し息を乱した様子でこちらを見ていた。しかし金色の瞳に焦りは見えない。


 このままでは。

 また、負ける。


 アークはもう一度羽ばたいて距離を開こうとする。けれどもハレンも張りつくようについてきてこちらを追い抜こうと羽ばたくが、アークも抜かされまいと、また羽ばたき対抗する。


 ゴールまでは、あと少し。


 ――そこまで逃げ切れば!


 しかし、睨んだ先には、巨大な雲があった。

 まるで壁のような雲だった。簡単に避けられるものではない。避けていれば、時間がかかって負けてしまうだろう。だからといって雲の中を飛ぶのも大変だ。

 どうするべきか。


 ――突っ切るしかない。


 そう考えたのは、もう考える余裕がなかったからだった。

 負けたくはなかった。負けるのが怖かった。

 進むしかなかった。


 ハレンもそう思ったのだろう。はたまた、今までの傾向から、本当にまっすぐに進むことしか知らないのか。


 二人は同時に雲の中へと突っ込んでいった。

 雲の中は、寒い。まるで別の空域に突然入り込んだかのようだ。見通しが悪い。方向感覚を失わないように、直線を意識しながら飛ばなければ。


 隣でハレンが飛んでいるのをアークは感じた。ハレンも、雲の中で少し苦戦しているようだった。速度が落ちている。が、まるでまとわりつく雲を払うように翼を広げれば、ぐんと速度を上げて――追い抜いていく。自分を置いていく。


 どうしてそんなに飛べるのだろうか。雲の中、影は遠のいていく。

 しかし直後に悲鳴が聞こえた。ハレンの悲鳴。不意を突かれたような声。


 ――なんだ?


「――ああぁっ!」


 そう思った直後に、アークも短い悲鳴を上げた。

 突然目の前に黒い影が現れたのだ。そこに呑み込まれるように、アークは突っ込んだ。



 * * *



「……遅いね?」

「思ったより時間がかかってるな」


 ゴールに指定した『旅島』の端で、サジトラとスコーパーは並んで空を見つめていた。


「あの中に突っ込んだかな」


 目の前の空には、大きな雲が広がっていた。中々動かない巨大な雲を、サジトラは睨む。言われてスコーパーは顎に手を当て、


「あり得る……雲の中で迷子になってるんじゃないか?」

「どこから出てくるかな……」


 風が二人の間を抜けていく。だが雲は動かない。沈黙の中、草木の揺れる音だけが聞こえる。


「――なあ、ピッセのことだが」


 と、唐突に言い出したのは、スコーパーだった。


「……あいつ、正直、どうなんだ? シーラウスから少し話を聞いてはいたが……でもきっと、もう治ってると思ったんだ……どうなってるんだ? まさか……」


 尋ねられても、サジトラはしばらくの間、答えなかった。空の青さを、見つめていた。


「――そうか」


 それが答えなのだと、少しして、スコーパーは気がついた。


「多分、だけどね」


 サジトラはそれだけを言うと俯いた。

 また、沈黙が流れる。二人の『探求者』のジャケットが、風に揺れる。

 溜息を吐いたのはスコーパーで、沈黙を破ったのもやはり彼だった。


「ピッセの奴……『探求者』を辞めろと言っても、簡単に聞かないぞ。説得は、難しいぞ」

「……わかってるよ。でも――」


 サジトラはきっと先を睨む。その拳に、力が入る。


「――死なせるわけにはいかないから」


 その時だった。目の前の巨大な雲を、回って避けるようにして、小さな影が飛んできた。


「おっ、やーっと来たか……」


 スコーパーが安心したように声を上げる。だがそれは、アークとハレンではなかった。

 カノフだった。続いてリゲル、エアリス、そしてウィルギーとアクアリン。


 レースをしているアークとハレン、二人以外が、戻ってきた。


「……二人は?」


 おそらく勝敗を聞こうとしたのだろう、明るかったカノフの顔が、戸惑いに染まる。


「まだなんだけど……」


 サジトラも表情を曇らせ、首を横に振った。だからカノフは、


「えっ? でもあいつら、先に飛んだはずだぞ、あのでかい雲の中に突っ込んで……」

「……それが、出てきてないんだ。まだここに着いてない」


 スコーパーも苦い顔をする。

 一行は巨大な雲を見据えた。未だに誰かが出てくる気配はない。

 明らかにおかしかった。と。


「――待って、雲の中に何かある」


 ふと、リゲルが細い目をさらに細くして、雲を睨んだ。ゆっくりと動く雲。そこには確かに、何かの影が見えた。


「……大きいわ。あれって」


 ウィルギーが一歩前に出た。

 強い風が吹いてきて、雲がおもむろに流れ出す。まるでベールが取り払われていくかのように、その影が色づいてくる。土の色が見えてくる。森の緑が見えてくる。


「……『旅島』だ」


 エアリスが声を漏らす。

 隠れていたのは巨大な『旅島』だった。

 アクアリンが慌て出す。協会本部から手渡された地図を広げる。


「待て、嘘だろ……地図に描いてないぜ」


 確かにその場所には、何も描かれてはいなかった。この辺りに描かれているのは、あの島以外の、調査が済み安全が確認された島だけ。


「最近流れてきたのよ。きっと雲に隠れて……発見が遅れたんだわ」


 ウィルギーが答える。と、スコーパーが顔を青ざめさせた。


「あいつら……衝突してないよな?」


 速度を出しすぎて着地に失敗、あるいは島に衝突する『探求者』は、まれにいる。


「あるいは何かに襲われたんじゃ……飛行型マキーナは領域に入ってくると攻撃してくる……」


 サジトラもそう言う。そして慌てて翼を広げれば、その場から飛び立った。他の仲間も続いて翼を広げ、現れた島へと急いで飛び立つ。


 ――未だにアークとハレンの姿は見えない。

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