夏の夜に咲く花 ~神様がくれた一日だけの奇跡~
イラスト制作・秋の桜子様。深くお礼申し上げます。
小学校に上がってから四度目の春、幼馴染で、大好きだった女の子が亡くなった。
病気のせいだったから、はっきり言って仕方がなかったとは思う。でも俺には到底、受け入れられることじゃなかった。
――優華ちゃん……今朝、天国に行ったって。
母さんのその言葉が何を意味していたのか、ガキだった俺にも理解できた。
そりゃもう、泣いたさ。悲しくて辛くて、苦しくて、受け入れられなくて……母さんの胸の中で、もう泣きわめきまくった。そうせずにはいられなかった。
一生懸命折った千羽鶴も、優華の病気が良くなりますように、という願いも全部ムダに終わったと知ったあの日から……俺は神様が大嫌いになった。
信じていたのに、優華を助けてくれなかった神様が大嫌いだ。
無能で役立たずで、全知全能だなんて嘘っぱちを振りかざしていて、残酷で冷酷な神様が大嫌いだ……十八歳になった今でも、その気持ちは変わらなかった。
優華が亡くなってから、俺は心にぽっかりと穴が開いた気分で……何もする気がなくなって、ただ切なさと悲しさだけが募る毎日を過ごした。
彼女がどんなに大切な存在だったのか、失って初めて気づいたんだ。
もう、十八歳……か。
花火大会を見つめながら、俺はぼんやりとそんな無意味なことを思った。
そう、今日は年に一度、市の主催で行われる花火大会の日だった。
河川敷の公園を会場に、何千発もの花火が打ち上げられ、夜空を彩る特別な夜。優華が亡くなってからは、俺はひとりでこの花火を見に訪れるようになっていた。
優華は、この花火大会が大好きだった。
花火大会の日が近づくと、そりゃもうすんごく楽しみにしてたな。生きていれば、存命であれば……優華は今も、俺と一緒に花火を見ていたのだろうか。俺の隣にいてくれていたのだろうか……。
その時だった。
「もちろんだよ」
隣から聞こえた少女の声に、俺は思わず振り向いた。
浴衣に身を包んだ見知らぬ女の子が、俺を見つめていた。
俺と同い年くらいで、長く伸ばした茶髪を結い上げた少女――誰だ? 一瞬そう思ったが、俺はその少女に、ある面影を見た。
「優華……?」
無意識に俺は、亡くなったはずの彼女の名前を口にしていた。
少女はただ微笑みを浮かべ、そして、
「久しぶりだね、悟」
亡くなってしまってから、もう彼女の時は止まっていたはずなのに……成長した姿で、優華は俺の前に現れた。
小学校の頃の面影が感じられたものの、大きくなった彼女はあの頃よりもずっと大人びていて……そして美しかった。
「神様がくれたんだよ」
花火が上がる中、優華は語る。
「悟と一緒に花火を見られる時間を、ね。『約束』を果たしてきなさいって」
「約束……?」
頭に何か、思い当たるものを感じた。
――思い出した。
「覚えてるかな? 『十八歳になっても、一緒に花火を見よう』って約束……十八歳になると高校を卒業して、進学したり就職したりして、きっと街を離れちゃうけど……それでも私達はまた、一緒に花火を見ようって。神様が、私にその約束を果たす機会をくれたの」
「神様が……?」
笑顔を浮かべていた彼女の表情に……やがて、悲しさが浮かんでいく。
「悟……お願いだから、神様を恨まないで。私が助からなかったのは、神様のせいじゃないんだよ。悟が神様を恨みながら生きてると……私も痛くて、苦しいんだよ」
優華の瞳に、輝くものが浮かんでいた。
彼女が亡くなってから、俺が神様を恨みながら、嫌いながら生きてきたことを……彼女は知っているみたいだ。
何かのせいにしなければ、生きていられなかった。
神様に憎悪をぶつけなければ、気がおかしくなりそうだった。
死ぬんなら、俺が死ねばよかったんだとすら思っていたんだ。
それがどんなに愚かな考えだったのか、今更になって気付いた……。
「ごめん、優華……」
生きているということ。
それは当たり前に思えるが、とてつもなく幸せなことだったんだ。
「私の分まで、精一杯生きてね……約束だよ」
「ああ……!」
小さい頃にそうしたように、俺は彼女と指切りげんまんを交わした。
また、花火が上がる。
「花火、見ようよ」
その後、俺と優華は夜空を彩る花火を見届けた。
小さかった頃以来の、一緒に花火が見られる時間。
この時間が永遠に続けばいい、どれほど強くそう思っただろうか……。
「きれい……!」
そう呟く彼女の横顔を、俺は見つめた。
花火大会の終わりには、優華との別れが訪れることを、俺は察していた。
だからその前に、彼女の顔を自分の目に焼き付けておきたかったんだ。
最後を締めくくる、一際大きな花火が上がる。それは花火大会閉幕の合図でもあった。
周囲の人々が、続々と帰路についていく。でも、俺はそこから動かなかった。
やがて人気がなくなった頃――。
「悟……」
俺の名を呼びながら、優華が俺の手を握ってくる。
その温かみは、生前と何も変わらなくて……彼女の体温を感じた瞬間、視界が潤んできた。
「泣かないで、ほら、『男』になってよ……」
そう言う優華の瞳もまた、涙に潤んでいた。
「悪い、今だけ……今だけは……!」
泣かせてくれ、とは言えなかった。
言えるわけがないだろう。だって泣きたいのは、優華のほうだろうが。
大好きな女の子に泣き顔を見られるのが恥ずかしくて、情けなくて……もう何も言えなくなっちまった。
「ありがとね、悟……」
涙の混じった声を聞いた瞬間、俺の身体を温かい何かが包み込んだ。
――優華が、俺を抱き締めていた。
この温かさを忘れまいと、俺もそっと抱き返す。
一生神様を恨み続けると思っていた、神様を赦すことなど絶対にありえないと思っていた。
でも、この日から……俺は神様への認識を改め、感謝した……。
抱擁の果てに、優華は光の粒へとその身を変じさせ、空へと舞い上がっていった。
最後に見た彼女の笑顔は、どんな花火にも勝るほど美しい、夏の夜に咲く花に思えた――。