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そんなのってあり?

2話です。主人公たちがいきなりピンチです。

 がしゃん、と音を立てて扉が閉まる。格子の入った小さい窓から、目つきの悪い男が俺たちを睨んだ。男が銃を持っていることを俺たちは知っていた。

「そこで大人しくしてろよ。メシは持ってきてやる」

 そして足音が去った。

 残されたのは、閉じこめられた俺と少年。荒れた倉庫らしく、ガラスの破片やらアスファルトの割れたものやらが転がっている。天井近くに、やはり格子の嵌った明かり取りの窓があった。

 その中で、俺は言う。

「どうしてこうなった」

「ごめんね、俺のせいだわ」

 少年――イノセント・ジェマーケットはそう言いながら自らのポケットを漁っていた。


 話は数時間前に遡る。

 現代日本からこの恐らくファンタジーな異世界に転移したての俺は、金も住処も仕事もない。偶々昨夜は、気の良い少年に車で拾ってもらい、洗車を条件に同じ宿に泊まらせてもらえた。出してもらえたご飯はイタリア料理とドイツ料理を混ぜたようなものだった気がする。ドイツ風ポテトサラダとカルボナーラ。朝からこのメニューだったのでやや胃に凭れたが、これがこの世界の普通なのだろう。見たところ、自分以外に所謂アジア系の人種は宿の客に見当たらない。食堂で自分が悪目立ちしている自覚はあった。幸い服装――サラリーマンスーツ――に関しては特に何も言われなかったが……もしかしてファンタジーはファンタジーでもローファンタジーで、限りなく現実世界に近いところがあるのか? 俺がそう疑念を抱きはじめたところで食事が終わったので、代金代わりの洗車をすることになった。洗車道具は少年が宿から借りてきてくれて、あとは水道をホースで繋げてひたすらスポンジでゴシゴシ。ジャケットは脱いだもののスーツが水で濡れることに気付いたが、まぁファンタジー世界で服が汚れるなど些細なことだろう。それに、少年だってツナギの作業着だ。ダイヤモンドを彷彿とさせる美貌にそぐわぬブルーカラーだ。彼には貴族的なフリルのついた襟やシャツ、赤いリボンが似合うだろうに。そう思いながらもわしゃわしゃと車体を磨く。随分土汚れが目立った。俺は傍で見守っていた(あるいは車を持ち逃げされないように見張っていた)少年に問う。

「ねぇ君、この車前に洗ったのいつ?」

「えー、いつだったかなあ……しょっちゅう土に塗れるところに行くからすぐ汚れるんだよね。土砂降りの中でも強行したりするし」

「愛車ならもう少し手入れしてあげなよ。うわこんなところまで土が……」

 俺が身を屈めてスポンジを擦った、そのときだった。

 迸る銃声。テレビやアニメでしか聴いたことのないそれ。身を強張らせる俺に対して、少年はのんびりとしている。

「あー、またかあ」

「またって……またって、なに!?」

「え? 君、この国の事情を知らないの? 見たところこの辺りの出身じゃなさそうではあったけど」

「えぇっと、ちょっと事情があって……とりあえずすっごい遠くから来たってことだけわかってもらえれば……」

「まあそれでいいや。んっとね、この国はちょーっと事情があって。簡単に言うとテロリストと盗賊がそれぞれ横行してるんだよね。今のはどっちかなあ。できれば盗賊であって欲しいんだけど」

「なんで」

 どちらにせよ質が悪いことだけはわかる。スポンジを握りしめたまま身を屈める俺に、少年はけろりと言った。

「テロリストなら間違いなく俺狙いだからさ」

「は?」

「――おい、いたぞ!」

 その言葉とほぼ同時に、ばらばらと人が集ってくる。共通しているのは男だらけということ。彼らが全員銃火器で武装していること。なにより――その視線が、少年に集中しているということ。少年はしゃがみ込んだままだ。平然としている。驚く俺の前で、囲んできた男のひとりが紙切れを片手に言った。

「いたな。情報の通りだ、ここの鉱山の近くの宿に泊まっていると聴いた」

「誰かなー情報漏らした奴」

「そんなのはどうでもいい。――参祖が一画の長男にして最年少ユヴェリーア、イノセント・ジェマーケット。あとついでにそこの怪しい奴。ついてこい」

 少年――イノセントとやらの肩書きが理解できなかった。さんそ? ゆう゛ぇりーあ? 頭にクェスチョンマークを浮かべながらも、銃口を突きつけられると否やは言えなかった。


 そして今。男たちのアジトの倉庫で、自分たちは虜囚の身に陥っている。

 どうしてこうなった、という自分の疑問に対して、イノセントは申し訳なさそうに頭を下げる。こちらの世界にも頭を下げるという習慣はあるらしい。そう思いながらも、俺は訊きたかった。

「そのさ、『さんそ』とか『ゆう゛ぇりーあ』とかって、なに? 最年少とか言ってたから偉い肩書きかなにか?」

「えっ、それも知らないの? マジで遠くから来たんだね……もしかしてアキツシマネ出身? あの辺っぽい見た目してるし」

「あー、多分、そういうことにしときたい」

 名前の響きからして、恐らくそのアキツシマネとやらは日本に近いのだろう。「アキツシマ」は「蜻蛉洲」、つまり日本を表す。「シマネ」は恐らく「島根」。どちらにせよ日本を表す。今後出身を訊かれたらそこの国出身ということにしておこう。そう心に決めながら、改めてイノセントに問う。

「で、それらってなに?」

「うーんとね、参祖って言うのは、文字通り三つの祖。この国――ユヴェーラントの建立に関わった家柄が3つある。ひとつが王家、シュムック家。ひとつが騎士団団長の家系、マグダレーナ家。そして、この国を商売で発展させることに貢献した商家のジェマーケット家。俺はその最後の家の長男ってわけ」

「その割には、随分ラフに行動してるみたいだけど……」

 実際、そのラフな少年にとても気軽に車で拾われた。イノセントはからからと笑う。

「これは俺の主義というか行動指針みたいなもんだからそれは気にしないで。それでユヴェリーアって方だけど。これが問題でね。たぶん、今回俺を……失敬、俺たちを攫ったテロリストはそっちが目当てじゃないかなあ」

「それって……?」

「まあそれについては追々。とりあえず脱出する方法を考えるか。どうせもう『連絡』も行ってるだろうし」

 言いながら、イノセントは扉の前につかつかと近寄る。ポケットを漁っていたかと思えば、その中から「お、あった」と取り出したるは――針金。

 目を剥く俺の前で、「ああそうそう」とイノセントは振り返った。そうして微笑む姿すら魅力的だから、きっと彼の周りの女性は苦労していることだろう。そんなことを思っていると、イノセントの口から思わぬ言葉が出た。

「君、走れる?」

「は?」

 言った途端、イノセントは鍵穴に針金を差し込んだ。所要時間3秒。鍵穴は降参した。

 そのまま扉を開け放った。


「出口までの道順を憶えてるんじゃなかったのか?! イノセント!」

「憶えてるんだけど、その道順に見張りがいたんじゃなあ」

 走りながら、廊下を曲がる度に見張りが立ち上がる。狭い室内だから跳弾を恐れてか発砲はしてこないが、ナイフを持っている者もいる。そればかりは脅威だ。社畜生活で衰えた足腰に発破をかけながら走り続ける。画面に対する集中力はあるが電車通勤で立ちっぱなしだったぐらいで、マラソンなんて体育の授業があった高校生以来だ。それでもなんとか見張りたちを潜り抜けて出口まで辿り着いたが、その頃には屋内の見張りたちは銃火器を持って集まってきていた。男たちの中、ひとりが嗤う。

「俺たちから逃げようなんて甘っちょろいこと考えてんなぁ」

「ちょっと痛い思いをしなきゃだめか?」

「痛い思いはいやだなあ」

 イノセントはへらへらと笑う。笑っている場合か、と言いたいし笑って誤魔化せる場面でもない。俺は嘆いた。あぁ、あとこの扉を潜れば外に出られるのに――

 そこで思い出した。自分に与えられたスキルを。

「――イノセント、下がってて」

 声を低めて告げる。イノセントは怪訝そうだ。しかし自分は構わない。

 この世界に来て、ようやくスキルを使う機会が来たのだ。自分は扉の横に立つと、大仰に腕を振った。

「『剥がれて、あいつらを潰せ!』」

 そう怒鳴ると、重厚そうな扉は蝶番から剥がれ――集まっていた男たちに重い重い扉がぶつかった。蛙を轢いたような悲鳴が上がった。

「さっ、逃げようイノセント」

 こんなところとっととおさらばだ。そう思って振り返ると――イノセントは呆然としていた。立ち尽くしている。俺は焦れったくなり、イノセントの手首を掴んだ。

「ほら、早く逃げないと――」

「――お兄さん。名前を聞き忘れてたけど、なんて言うの」

「え? 俺の名前は友哉……松下友哉」

「そう、トモヤ。いい、君のいた国ではどうかは知らないけど、これだけは聴いて」

 そう言って、イノセントは俺の両肩を掴んできた。その顔は、あまりに真剣なものだった。

「君、死ぬぞ。正確には殺される」

「えっ?」

「詳しくはあとで教える――とにかく君の言う通りだ、とっとと逃げ」

「おっと、そこまでだ」

 俺は、故郷で見た映画で散々聴いた台詞を耳にした。

 出口から出ようとした瞬間、銃口を突きつけてくる男たち。3人は残っている。彼らはあからさまに怒っていた。当然だろう。何がどうしてそうなったかはわからないが、仲間の大半が扉に潰されている。仕方ないので諸手を挙げる俺たち。しかしイノセントはどこ吹く風、涼しい顔だ。どんな余裕があれば、死の手前でそんな表情ができるのだろう。半ば呆れていると、男たちは言う。

「仲間の大半が潰されたな……このままお前らには、いや、イノセント・ジェマーケット。お前にはついてきてもらう。本部で立て直さないとな」

「あのちょっと待って、俺は?」

 恐る恐る尋ねると、男は鼻で笑う。

「お前は要らん。なんだかよくわからんから連れてきたが……特に利用価値はなさそうだからな。ジェマーケット、お前は連れて行く」

「イノセント……!」

 俺はスキルを使おうとした。なんだかよくわからないが自分は死ぬらしい。それでも悔いがないように動きたかった。あるいはこの世界に来るまでは後悔だらけの人生だったことが切欠だったかも知れない。サイコキネシスで奴らを全員潰してしまおう。腕を動かしかけたときだった。

 銃声。

「ぎゃあっ!?」

 それは男たちの方からした。驚く俺、なぜか微塵も動かないイノセント。おろおろとしているうちに、2つの銃声がした。それだけで事態は好転した。

 銃を取り落とした男たちが3人。つまり俺たちに銃を突きつけていた男たちが全員しゃがみこんでいた。見れば、足下から血が流れている。イノセントはその隙を突いて銃を2つ蹴飛ばした。それに倣って俺もひとつ蹴飛ばした。俺の方に飛距離に難があるのは恐らく単純な運動能力の差。俺がそれでも何事が起きたのか狼狽えていると、――声がした。

「おい、イノセント。無事か」

 ハスキーボイスが印象的だ。見れば、スーツ姿の女性がそこにいた。手には二丁拳銃。女性とわかったのはタイトなミニスカートを穿いていたことからだ。それ以外はベリーショートのアッシュブロンドと言い精悍な顔つきといい、まるで少年だ。イノセントと比べると、「男の子」っぽさで言えば彼女の方が上だろうか。しかしよく見れば美しい。俺が性別と美しさについて混乱している中で、彼女は我々を分け入って建物の中に侵入する。止める間もなかった。銃撃が轟く。中で何が行われているのかわからない。困惑している俺の前で、脚を抱えて悶絶したままの男たちを前に、イノセントは暢気に辺りを見渡した。

「今のはルーデかな? 超長距離射撃。相変わらず良い腕前してるな~」

「いやあの、イノセント? イノセントさん?」

「んあ、なーに」

「今突っ込んでいった彼女は……」

「ああ」

 そう言う、イノセントの顔はやや紅潮していた。場違いなほどの頬の染め方。室内からは呻き声がする。飄々と出て来たアッシュブロンドの女性は、「全員無力化したから縄持ってきてもらわないと」と呟いている。そんな彼女を示して、イノセントは言った。

「この人、俺の彼女。マリーアって言うんだ」

「え? あぁ、なんだ初対面の人か。宜しく」

 そう言って無邪気に手を差し出してくるので、あぁなるほどイノセントと同類か。そう思いながら、半ば思考停止した状態で俺はその手を握り替えした。


 この国には警備会社が存在するという。警備会社、と言っても要は武闘派集団だ。

 王家を守護することに命を賭す王立騎士団、国教を守ることに命を賭す騎士修道会。彼らもそれぞれ治安維持活動はするが、縄張り争いが絶えない。

 そこで、実際に契約を結んでいる相手の護衛及び救出を担当するのがこの国の警備会社だった。

「俺は命も貞操も狙われやすいからね。騒ぎが起きると騎士団にも騎士修道会にも通報されるけど、警備会社にも連絡がいくんだ。で、結局1番に動くのが警備会社ってわけ。契約者の利益に叶っているからね」

「何というか……世知辛いね……」

「まあぶっちゃけこの国だけじゃなくて近隣諸国にも似たようなシステムがあるらしいから。そう悲観することじゃないよ」

「どこに安心できる要素があった? まあいいけど」

「しかしイノ、今回はどの方面だった?」

 マリーアと紹介された女性がイノセントに問う。イノセントはけろりと答えた。

「『ユヴェリーア』目当てだってさ。全く懲りないよねえ」

「あの……そのゆう゛ぇりーあって……」

「え? こいつ知らねぇの? どこから来たんだよ」

 似たようなことさっき言われたな、と思っていると「すっごい遠くかららしいよ」とイノセントが俺の言葉を復唱する。「ふぅん」と納得したのかしないのか、マリーアは言った。

「ユヴェリーアを知らないってことは、ひょっとしてこの国がどういう国かも知らないってことか」

「はぁ、まぁそうですね」

「ここはユヴェーラント。正式名称はユヴェール王国。多種多様の宝石が産出されることで知られる国だ。ここだと宝石職人が尊ばれる。で、その中でも特に秀でていて、且つ作品にトゥグラ(花押)を刻印できるのがユヴェリーアだ。で、こいつはその最年少」

「どうも。最年少ユヴェリーアです」

 イノセントが頭を掻きながらお辞儀する。それに俺は顔を引き攣らせた。

「……それって、やっぱその、凄いことなんです?」

「メチャクチャすげーぞ。前の最年少も凄かったがこいつは別方面で凄い。ただ、この『トゥグラをユヴェリーアのみが刻印できる』って言うのに反発している奴らもいてな。何せ同じ天然宝石を加工したものでも、トゥグラがつくかどうかで価値が爆上がりする。他にもユヴェリーアには様々な特典があるから、それで反発して、過激な連中がテロを起こすってわけだ。ほれ、この通りこいつ目立つ見た目してるだろ」

「あぁ……まぁ確かに」

 白髪赤目はやはりこの世界でも珍しいらしい。おまけに絶世の美少年ときた。それにマリーアは嘆息する。

「鉱山から石を直接採掘したいなんて言って年がら年中三輪トラックでふらふらして。だから目を付けられるんだろ。全く少しは大人しくしろよな」

「宝石が俺を呼んでいるんだ……」

「反省してねぇな。今回は一般人が巻き込まれたんだぞ、反省しろ」

「はあい……」

「それじゃあたしらはこいつら牢屋に放り込んだらエーデルシュタインに戻るから。それじゃあな」

 そう言って、彼女は去っていった。気が付くと周りには、スーツを着た人々がわらわらと集まってきてテロリストたちを文字通りお縄につかせている。そして彼らが去ったのち、「じゃあ宿に戻ろうか」と宣うイノセントに、自分は先程からどうしても気になっていたことを尋ねた。

「あのさ、イノセント……くん」

「イノでいいよ」

「じゃぁ、イノ。あのさ、さっき俺が『スキル』を使ったとき、言ったよな?」

 俺は言った。

「『君、死ぬぞ。正確には殺される』。あれ、どういう意味……?」

 尋ねる俺に、イノセントは腕を組んで嘆息した。そして言う。

「とりあえず洗車を終わらせてから話そうか」






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