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お相手探しの段

――お相手探しの段――


 ――姫路城 城下――

「やれやれ。これは難しい事を言いつけられたものじゃ」

 太郎冠者は屋敷を出て、主人の酒の相手の心当たりを訪ねて見たものの、知った方々は皆、出払っていた。


「はぁ、黒田家中の皆々様はまだお帰りではないとの事じゃ。しかし御主人様の仰る武功を挙げた者とは立派なお侍の事であろう。そこらにいる足軽や中間などではいかぬ」

 太郎冠者は先ほどの主人の言葉を思い出す。

 そうしているうちに普請(ふしん)の音が賑やかな所に辿り着く。

 見るとこの辺りでは、あちこちで屋敷を建てているようだ。


「そう言えば、この辺りは羽柴様の長浜以来の御家来衆のお屋敷がある辺りではないか?」

 羽柴秀吉は、姫路城を居城にするより前から長浜城を居城にしている。

 現在、太郎冠者のいる辺りはその長浜城以来の秀吉の家臣が多く住む一帯である。

 三木合戦が一段落した今、家臣団の新しい屋敷が多く作られていた。


「……別に相手は黒田の御家中の者でなくともよかろう。これ以上時間が掛かっては事だ」

 太郎冠者はそう思いなおすと道を進む。そうこうしている内に知った声が聞こえた。


「えぇい!」

 とある屋敷から武稽古と思われる声が聞こえる。


「お、この声は市兵衛様ではないか! そう言えば市兵衛様とは面識がある。この屋敷はもしかすると市兵衛様の屋敷かもしれぬ」

 太郎冠者は居住まいを正すと、市兵衛の声がした屋敷の門前に進んだ。


「物申す! 案内申す!!」

 太郎冠者が案内を乞うと、屋敷の奥の庭にいた人物の耳に届いた。この屋敷の主である市兵衛である。


「いや、表から案内を乞うとある。誰であろう?」

 武稽古を終え、汗を拭っていた市兵衛は、急いで着替えを済ますと玄関を通り屋敷の門まで出てくると声を上げる。


「どなたでござる?」

「私でございます!」

 太郎冠者は、玄関から現れた市兵衛に頭を下げる。


「おお、太郎冠者か! 英賀城の合戦以来ではないか! その折に足半(あしなか)を無くしておった儂に草履(ぞうり)を分けてくれた恩は忘れてはおらぬ」

「おお。私の事を覚えておいて下さりましたか?」

「なんの忘れるものか。まだ先月の事じゃ。あの時は乱戦の最中に落ちておった刀を踏んでしまっておっての。足の裏を切って難儀(なんぎ)しておったのじゃ。そなたがくれた草履(ぞうり)がなくば凱旋(がいせん)(おり)に恥をかく所であったわ!」

「市兵衛様。お体に大事はありませぬか?」

「大丈夫じゃ。もう治った。それ故に先ほどまで武稽古をしておったのじゃ!」

 そう言うと市兵衛は快活な笑顔を太郎冠者に向けた。

 もうすぐ二十歳ほどであろうか。まだ初陣から何年も経っていないが体は大きい。

 その恵まれた体躯(たいく)は敵には畏怖を、味方には信頼感を与える美丈夫である。


「まあ門前でする話でもなかろう。案内致す故、屋敷に入ってまいれ」

「いや、今は御役目の最中でございますれば、これにて――」

 その時、太郎冠者に閃きが走る。


「……そう言えば市兵衛様は、先の戦にて武功を挙げられましたかな?」

「勿論じゃ。名のある侍の首級(しるし)を挙げたぞ」

「もしや知行をお持ちで?」

「二百石取りじゃ。まだまだ上を目指しておる」

「おお、知行をお持ちとは! 市兵衛様は立派なお侍様でございましたか」

 知行とは所領、領地の事であり、知行取りは所領を持っている領主であると言う意味である。その権威は給料として扶持(ふち)米を頂く下級武士とは一線を画す存在である。

 この時代の『侍』とはそのような上級武士の通称であった。


「そうじゃ。いずれ、大身とよばれる身分になって見せるぞ」

「左様でございますか。……市兵衛様は御酒を(たしな)まれますかな?」

「酒か? 勿論じゃ。好きなどと言うものではない。浴びるほどじゃ!」

「それは、ようございました」

 太郎冠者は、主人の相手は市兵衛殿が相応しいと思った。


「そなた。何か思惑でもあるのか?」

「……いえ、市兵衛様。これはそれがしの御役目の事にございます」

「そう言えば先ほど役目の最中であると申しておったな。太郎冠者、何か言えぬ役目か?」

「いえ、それがしの主人である方が先だっての英賀城の合戦において武功を挙げられましてな。よって羽柴様より御酒を下されたのでござる」

「ほう。それはそれは。太郎冠者の主人殿も、あの戦に居られたか。……羽柴様の軍も大きくなった故、中々、全ての者と顔を合わすと言う訳にも参らん。何処かで世話になっているかも知れぬ」

 市兵衛は感慨深げにうなずく。


「主人が申すには羽柴様が武功の御酒を下されてござる。これに合わせて肴を料理しましょう程に御出で頂いて、御酒を一つ上がって下され、との事でござる。市兵衛様、如何(いかが)でござる?」

 太郎冠者は市兵衛を、主人の酒盛りの相手に誘った。市兵衛は少し思案顔となる。


「太郎冠者。そなたの主人殿は何処(いずこ)の御家中か?」

「黒田の殿様の家中の者でございます」

「太郎冠者。そなたの主人殿は黒田殿の御家中か。そうかぁ――」

「市兵衛様。御出で頂けましょうか?」

「うぅむ。……それよの。行きとうはあれども、黒田殿の御家中とは今まで付き合いがござらぬ。……太郎冠者。これは門違いであろう。誰かと間違えているのではないか?」

 市兵衛は、つい数か月前までは裏切りの嫌疑があった黒田家との付き合いがなかった。

 よって、この誘いが人違いではないかと勘繰(かんぐ)った。


「いえいえ、市兵衛様。これまでお付き合いがなかったからこそでござる!」

「そうかのう?」

「幸いにしてこの太郎冠者の主人と市兵衛様は同じ合戦にてお味方として戦われたのでござる。武辺(ぶへん)者同士、お話しも合いましょう」

「そうじゃのう。……黒田殿は一年もの間にわたって土牢に閉じ込められ、ついこの間も小寺の姓を捨てると表明して織田の上様と羽柴様への忠誠を示したばかりじゃ。これから世話になる事も、その御家中と会う事も増えよう。……相分かった。御酒を頂こうぞ!!」

 市兵衛は、太郎冠者の主人のもてなしを受ける事にした。


「それは(かたじけ)のうございます。いざ、御出でなさりませ!」

「いや太郎冠者、着替えてから参ろう。少し待て」

「畏まってござる」

 市兵衛は、太郎冠者の主人の屋敷への訪問のため着替えを行った。


「待たせたのう太郎冠者。それがしは不案内故、先に行け」

「左様でございますな。では市兵衛様。さあさあ御出でなさいませ!!」

「では参ろう!!」

 太郎冠者と市兵衛は、太郎冠者の主人である黒田家中の侍の屋敷に向かい始めた。


「市兵衛様、この辺りはお屋敷の作事(さくじ)が多くございますな」

 屋敷に向かう道すがら、太郎冠者はこのところの姫路の変わりようについて市兵衛に(たず)ねた。


「そうじゃ。あれに見えるは羽柴小一郎様の屋敷じゃ。他にも大身の方々の屋敷が作事(さくじ)されておる」

「羽柴様がこの姫路城を御居城になされてから、それなりに経ちまするが、今になって屋敷の作事が増えるのは、如何なる所以(ゆえん)でございますか?」

「太郎冠者、それこそ黒田殿の進言によるものぞ!」

「ほう。黒田の殿様にございますか?」

「そうじゃ。本来であれば羽柴様は三木城を落とした後に御自身は三木城に入り、姫路城は黒田殿に返す御積もりであった。しかし、黒田殿の進言により姫路をこのまま御居城することが決まったのじゃ。近頃の屋敷の作事(さくじ)普請(ふしん)の増加はそれに(ともな)うものじゃな。」

「左様でございますか」

「確かに黒田殿の申しようはもっともじゃ。三木城は姫路城から七里も東。播磨(はりま)全体からみれば少し東に寄り過ぎておる。これより毛利と相対し中国路を平定する本拠としては適しておらぬ。しかし、この姫路城にも問題はあるのじゃ」

「市兵衛様、姫路城の問題とは如何なることにございますか?」

 太郎冠者には軍事的な事が分からない。


「巨大になりつつある羽柴軍の本拠地としては余りにも手狭じゃ。それに羽柴様の御居城としての品格が全然足りぬ」

「ほう、この太郎冠者の目には姫路城は立派に見えまするが?」

「まあ、黒田殿を悪く言う訳ではないが、姫路城の元々は播磨(はりま)の守護であった赤松家の家来の小寺家の、そのまた家来であった黒田殿の城。これより数ヶ国を統治し、毛利を討伐する羽柴様の城としては、余りにも貧弱。――せめて石垣くらいは必要じゃ」

「そういうものでござるか」

「よって近々姫路城の大改修が始まるのじゃ!!」

「市兵衛様、それは誠にございますか?」

「太郎冠者、左様じゃ。織田の上様の安土城にも匹敵する西国一の城がここに建つのじゃ!!」

 太郎冠者はここに建つと言う新しい城に想いを馳せる。


「音に聞く安土城。それに匹敵するお城が、ここに」

「そうじゃ。いずれ姫路城は播磨(はりま)の誰もが自慢に思う城となろう!」

「市兵衛様は安土城に行ったことがあるのですか?」

「勿論じゃ。身共(みども)は羽柴様の小姓であるぞ。しかし、あの感動を言葉にするには難しい。極楽浄土もかくの如しといった景色じゃ!」

「私には夢想すらできませぬ」

「太郎冠者、楽しみにしておれ。そなたであれば主人殿の供として姫路城内の御殿の前までは行けるかもしれぬ」

「楽しみでございますなぁ」

「ふふ、それで太郎冠者。そなたの主人殿の屋敷はまだ遠いのか?」

 話しをしている内に辺りは静かになっていた。作事(さくじ)の音は聞こえない。

 太郎冠者は黒田の家中が多く住む辺りに戻ってきたようである。


「いや、何かと申す内に、はやこれじゃ。もう主人の屋敷の門は見えてござる」

 太郎冠者と市兵衛は、太郎冠者の主人の屋敷の門前に到着した。


「おう、到着したか。黒田殿の御家中の屋敷は皆この辺りであったな。これ、太郎冠者!」

「市兵衛様、どうかなさいましたか?」

「先ほど申した通り、身共(みども)は黒田殿やその御家中との付き合いはない。首尾よく頼むぞ!」

「市兵衛様、お気遣いは無用でござる。ささ、玄関へとお進みいただき、しばらくお待ちなされませ。主人を呼んでまいりまする」

「心得た」

 二人は屋敷の門を入り、それから太郎冠者は主人を呼びに玄関を入っていった。



――姫路城下 黒田家家臣たる侍の屋敷――

「御主人様。申し頼んだお方がござりまする!」

 屋敷に入った太郎冠者は主人に、相手をする客を連れてきたことを伝えた。


「えい太郎冠者! 戻ったか?」

「只今帰りました」

「やれやれ骨折りであったな。して、誰のお供をして参った?」

「市兵衛様でござる!」

「市兵衛殿? ただの市兵衛殿では誰か分からぬ。そのお方は侍か?」

「左様でござる。二百石の知行をお持ちとの事でござる」

「おお、知行取りとは。それは立派な侍じゃ! して、そのお方は何処(いずこ)に?」

「玄関でお待ちでござる!」

「それは出迎えねば! 太郎冠者、行くぞ!」

「心得てござる」

 屋敷の主人は市兵衛を出迎えに向かった。


次の話に置いて「市兵衛」の正体が判明いたしまする。

クイズを正解致したい方は少しお考え下され。

ご機嫌が斜めでければ高評価、ブックマークをよろしくお願いいたしまする。

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