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第2話:酒場にて

 酒場の中は雑多な熱気と活気、そして喧噪に包まれている。

 冒険者や傭兵や行商人や街人達、外来者も住民も隔たりなく、一時の憩いを求める者が集まっての大賑わい。

 そこら中を飛び交う怒声に歓声、盛大な笑い声から憚らない泣き声まで、どれもこれもがしたたかに酔った客の放つもの。大多数が程度の差こそあれ騒いでいるからか、咎める者など居はしない。

 先まで高かった日は傾きを見せ、夕焼けの朱色が深みを増し始める時刻。もう暫くすれば、徐々に宵の帳が降りてくる。

 一日の終わりが近付き、溜まった疲れの発散と労い、明日への英気を養う目的から訪れる者は多い。

 加えて、酒が入れば口も軽くなるというもの。酔いが回って饒舌になった誰彼から、噂話や儲け話を聞きだそうと情報収集に足向ける者も混じっている。

 お陰で店内は盛況だった。等間隔に配置されたテーブルは九割方が埋まり、各々に多様な客衆が腰を落ち着けて飲み食いの真っ最中。

 赤ら顔で禿頭の中年男や、夢中で串焼きを頬張る兎獣人の少年。

 豪快にジョッキを呷る有翼族の女性に、盛りつけられた肉皿へかぶり付く小人族の若者達。

 吸血族の紳士に絡み愚痴を零す人狼族もいれば、ほろ酔い豚頭族が単眼族のウェイトレスを呼んでいる。

 尾鰭で酒樽回す芸当を見せる人魚族の酔漢と共に、妖精族の少女が音頭を取って騒がせている場面もあった。

 大いに飲んでは食べ、叫んで歌い、酔い潰れたり乾杯したり、皆が思い思いに今を楽しむ。この時間ともなれば、どんな街の酒場でも見られる光景だ。

 静寂の真逆もいいところな飲み所、その一角に僕は座っている。

 目の前の木造りテーブルには、はみ出しそうなほど乗せられた料理の大皿が並ぶ。そのどれもが香しい匂いを立ち昇らせ、否が応でも食欲を刺激した。


「まぁ、まずは一杯やってくれ。遠慮するこたぁないぜ」


 僕の隣に腰掛ける大男が笑みを浮かべて、特大の酒杯を差し出してきた。

 器に並々と注がれた黄金色の液体は、鮮やかな白泡を湛えている。

 しかし僕の手には既に、自前で頼んだ果実酒がある。渡されそうになった杯と比べ大きさは半分しかないけれど、これで普通の一人前だ。あっちの酒杯が大き過ぎるだけ。


「いや、自分の分はあるからいいよ」

「お、そうか? だったらこいつは俺がいただくかな。だっはっはっは!」


 幾つも古傷の刻まれた厳つい顔が、豪快に大口を開けた。大男は見た目に相応しい声量で、腹に響く笑い声を上げる。

 年齢は40代半ば。座っていても見上げなければ顔が分からないほどの巨体。身長は2mに達している。そして筋骨逞しい屈強の肉体は、ただ其処に在るだけで絶大な存在感を放っていた。

 その姿を見れば魔族の傍系種『巨人族』だと分かる。

 大柄で頑強な肉体を誇るのが、巨人族最大の特徴だ。魔族の中で最大級の大きさと身体強度を有する彼等は、こと肉弾戦に於いて並ぶ者がない。他傍系種を遥かに凌ぐ耐久力と持久力、なによりその豪腕は純粋にして脅威的。殴り合いの喧嘩になろうものなら、一撃で大抵の相手は沈んでしまう。

 反面、魔族としては最も魔力が少なく、その扱いも不得手極まる。魔法の制御力が殆どないという、両極端な種族特性を持っていた。だからこそ荒事専門の従事者、兵士や傭兵、冒険者として働く者が多い。


「とはいえ兄ちゃんよ、飯ぐらいは奢らせてくれ。なにせ大事な妹分の恩人だ。妹分の恩人は、俺の恩人も同じだからな!」


 僕の肩に手を置いて、大男は歯を見せ笑う。

 歴戦の貫禄ある顔を楽し気に緩め、自身の持つ特大酒杯を高く掲げた。

 テーブルに並べられている料理の数々は、どれもが彼の注文品だ。僕が何か言うより先にウェイトレスへと伝え渡し、一人では到底食べきれない量を運ばせている。

 巨人族は体も大きければ、やることも同じぐらい大きいのか。気っ風の良さには圧倒された。


「すみません。リーダーがはしゃいでしまって。ご迷惑でしたか?」


 同じテーブルの対面席から届けられた、か細くも澄んだ声が耳朶を打つ。

 声を辿り視線で追えば、料理を挟んだ正面側に座る女性と目が合った。

 僅かばかりに不安を交えた薄紅色の瞳が、真っ直ぐ僕を見ている。


「別にそんなことはない。奢ってくれるっていうんなら、御言葉に甘えさせてもらうさ」


 僕の言葉を受けて、彼女の両目から不安の色が消えた。

 ほっそりと整った貌へ、淑やかな微笑みが浮かぶ。

 威勢の良い巨人族とは対照的な、小柄で華奢な女性だ。

 歳の頃は20代前半か。ポニーテールに結わえられた長い白銀の髪に、新雪めいた白皙の持ち主。大人しく控え目な雰囲気も相まって、神殿内奥へ秘匿される聖女めいた貞潔さと儚さがある。

 彼女が羽織っている白を基調としたローブも、神官職が身に着ける法衣を連想させた。

 こっちは魔族の傍系種『妖狐族』に他ならない。それは頭に生えている銀毛の狐耳と、椅子の後ろ側へ覗く狐尾が証明している。

 妖狐族は生来より魔力の保有量へ富み、魔族全体の中でも五本指に数えられるほど多い。特に魔法制御力に秀で、精密で大規模な魔法を長時間維持することができる。最も得意とするのは治癒と幻惑の魔法だ。他者の感覚を狂わせて、正常な判断力を奪う。本物と見分けがつかない虚像を投影して、真実を覆い隠す。そうした搦め手を使わせれば、右に出る者はないという。

 一方で身体能力はそれほど高くないため、殆どが魔導師としての活動を志す。

 出会った時の彼女も、術師らしく杖を持っていた。

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