第1話:ファイファトの伝説
南北分立世界ファイファト。
この世界は至高なる創造神ファイファトによって創り出されたとされる。
創造神は無窮の場を天地に分かち、海原、大陸、時間、天候、理、生命と順番に創り上げた後、自らの力の一端を二つに裂き、それぞれから秩序の守護者『光明竜』と、混沌の守護者『暗黒竜』を誕生させた。
そして二大守護者に世界の管理を託し、次なる創造のため異なる領域へ去っていったのだと、伝説は語る。
兄弟竜は創造神から譲り受けた世界を二分して治める取り決めを交わし、南方大陸を光明竜が、極北大陸を暗黒竜が支配地とした。
更にその後、光明竜は知性と規律の種族『人類』を創り、暗黒竜は魔力と我欲の種族『魔族』を創った。
光明と混沌の守護竜は自らが創り出した種族には直接干渉せず、繁栄と衰退と統合と分裂の歴史を見守った。
次第に人類は理解と競合を以ってまとまり、幾つもの国家群を築き、個々の国家が同盟を結んで成り立つ『人類勢力圏諸王国連合』を立ち上げる。
一方で魔族は強き者こそが最優という価値観に基づき、血で血を洗う闘争を経て、最強最大の唯一者たる魔帝が頂点に君臨する『魔族支配領統一帝国』を樹立させる。
双方の種族がそれぞれで大陸全域を版図としてより数百年間、互いに不可侵を貫くことで平穏と安定の時代が続いた。
しかしいつの頃からか魔族と人類は接触を持つようになり、主義と思想の相違、種族的な価値観の差から対立を深めていく。
そして遂に魔族支配領統一帝国は魔帝の号令を受け、大陸間境界線を割って人類勢力圏へと侵攻を開始する。
魔族と人類の激突、人魔戦役の始まりだった。
当初争いは統一帝国優勢に進み、南方大陸の各地域を次々と征服。諸王国連合を蚕食する魔族は、絶対的な恐怖政治によって人類を隷属させ、苛烈な酷使を以って支配した。その勢いは凄まじく、南方大陸全土を飲み込まん勢いだったと伝えられる。
一気に押し込まれ窮地へ立たされた人類は、開戦以後の数年間、酸鼻極める苦汁の生活を強いられた。だが若き英雄、勇者とその仲間達が立ち上がったことで状況は一変していく。
勇者一党は獅子奮迅の活躍を見せ、統一帝国の手に落ちた地域を解放して回った。各地を治めていた駐屯軍と魔族の代官を討ち、虐げられていた人々の発起を促すと、民衆を率いて反攻の波を拡大させた。
勇者に先導される形で諸王国連合も盛り返し、徐々に統一帝国を押し戻すと、今度は逆に極北大陸へと侵攻を進める。
特に脅威だったのは勇者一党だ。少数精鋭で突出し、帝国軍の要衝を抜け、魔族支配領の内奥深くへと斬り込んでいった。そして帝都帝城まで攻め込み、時の魔帝を討ち取ってしまう。
強大な支配者によって統制されていた帝国軍は、唯一無二なる軍団指揮官の敗死を知って混乱に陥った。
強さこそが全てという魔族の根源思想がアダとなり、統一帝国は大いに乱れる。負ける筈のない魔帝が負けた。その事実に軍勢力は纏まりを欠き、一枚岩として突き進んできた諸王国連合に大打撃を与えられる。
その後はもうまともな戦いにはならず、時を置かずして魔族支配領統一帝国は敗北した。既に大部分の者が戦意を喪失しており、抵抗勢力も殆ど立たない。
極北大陸は人類勢力圏諸王国連合に併呑され、魔族はかつて自分達がやったように、人類から強攻な支配の報復を受けることとなる。
こうして人魔戦役は、戦端を開いた魔族側の敗北によって終結した。
人類の奴隷として魔族が使役された時代は、以後100年余り続くことになる。
かつての争いを経て、世界の統治権を確立した人類と、その足元へ跪くことを余儀なくされた魔族との関係は、思わぬ形で変転を迎えることとなった。
人類の創造主である秩序の守護者、光明竜が突如として動き出し、異形の怪物群を生み始めたことが要因だ。
光明竜は破壊衝動と闘争本能に塗れた怪異『光輝獣』を際限なく増産し、世界中へばら撒いていく。光輝獣は人類も魔族も関係なく、無秩序に襲い、殺し、喰らい、或いは繁殖の糧とした。情け容赦のない暴力で、築かれていた社会秩序を破壊する悪意の群勢。
これに最も衝撃を受けたのは、光明竜を信仰の対象として崇拝していた人類だ。自分達の主が、自分達を滅ぼす為に魔物を寄越したとして、絶望と混迷へ沈む。中には世界の終わりが創造主の意志ならば受け入れるべきだとして、人類同士で殺し合いを始める者さえいた。
だが魔族は戸惑わなかったし、即座に反撃を開始した。人類が迷妄へ嘆くのを余所に、光輝獣を迎え撃ち、討滅して活路を拓く。
魔族は暗黒竜を信仰するため、光明竜の意向など気にしない。寧ろ明確な敵として見据え、敢然と立ち向かった。
光輝獣へされるがままになっていた人類を庇い、矢面に立っての戦い。人類への反感も憤りもあった筈だが、混乱に乗じて復讐へ駆られることなく、魔族は命あるものの為に抗った。
その誇り高い勇姿は、今も吟遊詩人達の歌う人気の英雄譚として広く知られる。
魔族の背中を見て、次第に人類も立ち直り、覚悟を決めて武器を握った。上代の頃は反目し相争った人類と魔族だが、等しい障害へ対峙したことで肩を並べる時が来る。
光輝獣と人魔供合勢力の争いは、先の大戦よりも長く続いた。
尽き果てることのない怪物群の猛攻は凄まじく、人類と魔族が手を取り合って尚、一進一退の攻防が繰り返される。
種族の存亡を懸けた戦いが契機を迎えたのは、人々の与り知らぬところで行われた光明竜と暗黒竜による、守護者同士の激突からだった。
秩序と混沌の守護者がぶつかり合い、その結果、暗黒竜が光明竜を抑え込んだことで、光輝獣の無限産出が終わる。敵勢の勢いが衰えたことで、人類と魔族は怒涛の反撃を重ね、自身らの活動圏から光輝獣を退けた。
戦線が一定の落ち着きを取り戻すと、人類と魔族は積年の確執を抱きつつも和解し、再び南北の大陸に分かれて暮らすこととなる。ただし光輝獣の駆逐には依然及ばず、極北大陸・南方大陸共に、少なくない領域が怪物達へ奪われたままだ。
暗黒竜は光明竜との戦いで深く傷付き、この傷を癒す必要から深い眠りへ入った。光明竜も息絶えたわけではない。同じように傷へ由来する眠りを要する。そして時折目覚めては、暗黒竜の目を盗み、光輝獣を生み出して世界へ放った。
光輝獣は滅びることなく跋扈し、人類と魔族は今もこの外敵達と戦いを続けている。
これは2000年以上前の伝説。
現在の暦が始まるより以前の歴史。
今では誰も光明竜を秩序の守護者と呼ばない。生命の敵対者『狂乱の破壊神』と呼ぶ。代わりに南北両大陸で信仰の中心は『混沌と生命の守護者』暗黒竜となった。
人類と魔族は怪物群が犇めく土地を奪還すべく、公民問わず戦士を派遣し、襲撃と剥奪の渦中にある。
光輝獣を倒し、奪われた地の探索を進め、敵勢力圏から切り取ることは、今や最も危険だが最も見返りの大きい事業。富や名声を求める命知らずの冒険者が、己の人生を掛けて挑んでいた。
僕もまた、そんな冒険者の一人だ。