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二日目・火曜日➂

〈二日目・火曜日 謎の転校生➂〉 


 放課後になると、俺はミス研の部室に行くために席を立った。

 一方、気にかけていたルーシーはというと、視線を向けた時にはまるでコマ落としのように教室から消えていた。

 まるで魔法のようだ。いや、魔法のはずがないな。

 魔法とは文字通り魔の法則なのだ。この世界を作り上げている目に見えない根幹の法則を操る方法の一つなのだ。

 つまり、魔法はこの世界にとっては絶対のはずの物理法則すら変えてしまう。

 だから、素手でダイアモンドを破壊できるようにすることだってできてしまうのだ。その逆も然りだ。

 そして、魔法を扱えるのは、この世界の創造主とそれに仕えていた者たちだけだ。

 創造主たちは今でもこの世界を管理、運営をしている。でも、この世界にいる人間が彼らのやっていることを観測する術はない。

 そこには物理法則以上の鉄壁の法則が立ちはだかっている。

 とにかく、人間には魔法は使えないし、人の心から生まれた悪霊や妖怪もそれは同じだ。

 人間が使えるのはせいぜい術くらいだ。

 魔術、法術、妖術、呪術が人間に扱える力の代表例だろう。

 もし、身近に魔法を使える者がいたとしたら、それはこの世界の創造主にかつて仕えていたが、今は反逆者としての烙印を押されている悪魔と呼ばれる者たちだけだ。

 もっとも、俺は悪魔に会ったことはないけど。

 とにかく、ルーシーがこの学校に転校してきた理由は何だろうな。

 あれほどの魔力の持ち主なのだ。悪霊や妖怪と全く無関係のない人物とは思えない。彼女の存在が、俺の仕事に何か悪い影響を及ぼさなければ良いのだが。


 俺は気にしていてもしょうがないと思い、ミス研の部室へと足を向けた。そして、いつものように「入りますよ」と言って部室の中に足を踏み入れる。

 すると、倉橋先輩が可愛いピンクのデコレーションが施された自分のノートパソコンから顔を上げた。


「遅いわよ、宮代君!帰りのホームルームが終わったら、部室には駆け足で来なさい!」


 倉橋先輩のいつもと変わらない檄が飛ぶ。

 でも、それがルーシーのせいで右肩下がりになっていた俺のテンションを上向きのものにさせてくれた。


「そんな無茶な」


 運動部じゃあるまいし、駆け足で文化部の部室になんて行ったら周りに何事かと思われるだろう。


「男の子なんだから、つべこべ言わずに、それくらいはやるの!」


 倉橋先輩の道理が引っ込むような言葉には俺もげんなりした。

 ま、駆け足は無理でも早足ならできるかもしれないな。実践するつもりは毛頭ないけど。


「善処してみます」


 俺はガスが抜けたような声で返事をした。


「よろしい!にしても、宮代君。今日は何だかやけに顔色が悪いけど大丈夫?ひょっとして、風邪でも引いた?」


 倉橋先輩は自らの闊達さを引っ込めると、一転して俺を心配するような顔をした。


「風邪なんて引いてないですし、大丈夫ですよ」


 俺はいつもの淡々とした態度を装えず、少しぶっきらぼうに応じてしまった。

 なので、今は部室に居るんだから、いい加減、教室に充満していた空気は忘れようと自分に言い聞かせる。

 じゃないと、ミス研の活動にも身が入らなくなるし、それでは倉橋先輩に叱られるだけだ。


「なら、良いけど。でも、体調が悪いなら無理はしないでよ。私は部員の不調な体に鞭を打ってまで部活をやらせるほどスパルタじゃないわ」


「分かっています」


 倉橋先輩にしては、優しい言葉が飛び出したな。つまり、それだけ今の俺は無理をしているように見えるということなのだろう。

 ま、ルーシーの持つ尋常ではない魔力を何時間も感じ続けていれば顔色だって悪くもなるか。

 正直、感じ取る力のない普通の人間が羨ましいね。


「随分と熱心にやっているようだけど、親戚のアルバイトって大変なの?」


 倉橋先輩は俺がパイプ椅子に腰を下ろしたのを見ると、探るような口調で言った。なので、俺も空々しい言葉を口にする。


「熱心なのは否定しませんが、大変というほどのものではありませんよ。好きでやっていることですし」


 実際には大変な時もあるけど、それで日常生活に支障をきたすことはない。いや、きたすわけにはいかない。

 もし、そうなれば、退魔師の仕事はすぐにでも辞めさせられる。それもまた両親と交わした約束の一つだから。


「そうなんだ。なら、要らぬ心配だったみたいね。私もお節介だから、つい余計なことを言っちゃうんだよなぁー」


 そう言うと、倉橋先輩は湯気の立ち上るマグカップに口を付ける。彼女がいつも飲むのは砂糖もミルクも入れないブラックのコーヒーだ。

 俺もコーヒーは好きだけど、さすがにブラックは飲めない。コーヒーについて色々とこだわりを見せている人間としては恥ずかしいことだけど。

 まあ、ブラックのコーヒーを飲めるようになれば、俺も大人になったと言えるのかもしれないな。


 とにかく、口うるさいところはあっても、人が嫌がるようなことを必要以上に詮索しないところが倉橋先輩の良いところだと思う。

 ここでしつこく根掘り葉掘り訊いてくるような人が部長なら、やっぱり、俺はミス研を辞めていただろうからな。

 無茶苦茶な理屈を振り回すこともあるけど、倉橋先輩は人間としてはできている方だと思う。


「余計だなんて俺は思っていませんよ」


 俺は心がじんわり温かくなるのを感じながら言った。


「そう?」


「ええ。そんな先輩がいるから、俺はここを居場所にできるんです。正直、感謝してます…」


 倉橋先輩には職業柄、嘘を吐くことも多い。だけど、その言葉だけは嘘、偽りのない本音だった。


「それは嬉しいことを言ってくれるわね」


「空世辞を言ったわけではありませんよ?」


「分かってるって。私も宮代君の心の傾向は理解しているつもりだから。伊達に何か月も同じ部室にいたわけじゃないわ」


「そうですか…」


 俺だって倉橋先輩の性格は把握しているつもりだ。

 先輩は思い込んだら一直線に突き進むような性格をしているからな。そこに妥協のようなものはない。

 あるのは何が何でも真実を突き止めようとする情熱だけだ。


「でも、何か悩んでいるようなら相談に乗るわよ。同じ部員なんだし、困っていることがあるなら何とかしてあげたいじゃない」


 倉橋先輩は面倒見の良さを見せるように言った。こういうところも、俺が先輩を高く買っている部分の一つだ。


「今はその気持ちだけで十分です」


「そっか」


「でも、この先、どうしようもなく困ったことがあったら、相談くらいはさせてもらいます」


 こんな言葉を口にするなんて、今日の俺はいつにも増して弱気だな。

 ま、幾ら闇の世界の仕事をしているとはいえ、何でもかんでも一人で抱え込む必要はないだろう。

 退魔師の仕事、以外のことなら、倉橋先輩にも相談はできることはたくさんあると思えるからな。

 少なくとも、慎太郎に相談するくらいなら、彼女に相談した方が良さそうだ。


 一方、俺の言葉を聞いた倉橋先輩は何とも溌溂とした顔をした。


「是非、そうしてちょうだい。部長たるもの、困っている部員を助けるのは当然のことだし」


「ありがたいお言葉ですね」


「ええ。もっとも、宮代君は見かけによらずしっかりしてるし、私がいちいち言わなくても自己管理くらいはできるわよね」


 倉橋先輩はそう言うと、信頼の眼差しを向けて来る。これには俺も薄く目を伏せた。

 まあ、退魔師を続けていくなら、しっかりとした自己管理はやらなければならない義務と言えるな。


「はい」


俺は弾みのある声で返事をした。


 が、その際、この人になら退魔師のことについて打ち明けても良いんじゃないかと、ほんの一瞬ではあるが思ってしまった。

 なので、そんな考えはすぐに振り払う。

 普通に生きている人間を闇の世界に引きずり込んではならない、と口を酸っぱくして言っていた霧崎の怖い顔を思い出したからだ。

 世の中には知らないで終わる方が良いこともあるし、もし、無関係の人間を巻き込んで何かあったら、俺では責任が取れない。

 生きていた頃の祖父も真実は良い結果ばかりをもたらしてくれるわけではないって、何度も言ってたからな。

 なら、災いの元となる口は閉ざさなければならないだろう。


 そんなことを考えていると、今度は桜井が躊躇いがちに口を開く。


「私、宮代君のクラスに外国人の転校生が来たって聞いたんだけど…」


 桜井は肩にかかる長い黒髪をどけると、上目遣いで俺を見た。


「外国人の転校生?」


 俺よりも早く反応したのはお菓子のスコーンを口に放り込もうとしていた倉橋先輩だ。


「は、はい。何でも凄く可愛い女の子みたいです。私のクラスでも男子たちが騒いでいて…」


 他所のクラスの奴はあの空気を吸わなくて良いんだから気楽で良いよな。

 俺たちのクラスはたまったもんじゃない。

 なので、教室の入り口で面白おかしく屯していた別のクラスの連中には、唾でも吐きかけてやりたかった。


「ひょっとして、宮代君はその女の子に惚れちゃったの?」


「そ、そうなのかな?」


 倉橋先輩と桜井の視線が俺に突き刺さる。この部室にいる時くらいは、嫌なことは考えたくなかったんだが。

 ま、この二人を相手に逃げるつもりはない。逃げたら、この部室でさえ居心地の良い場所ではなくなってしまうからな。

 それだけは絶対に嫌だし、二人には誤解を与えないような言葉を返したい。


「まさか。俺は女の子には興味ありませんよ」


 俺は砕けたように肩を竦めた。それを見た倉橋先輩はニターッとする。こういう時の倉橋先輩は特に苦手だ。


「でも、十五歳なんでしょ。そろそろ、女の子と付き合いたいと思う年頃なんじゃないの?」


「いいえ」


 今は女の子と仲良くなるよりも男友達との良好な関係を維持したい。高等部に入ってから、やっと友達も増えてきたからな。

 できることなら、その友達を敵に回すようなことはしたくない。


「硬派なのねぇ。ま、宮代君らしいって言ったら、それまでだけど」


「俺は硬派なんかじゃありませんよ。ただ女の子と付き合うなんて面倒だと思ってる青臭いガキです…」


 俺は何とも鬱々とした声で言った。

 でも、今までは面倒だという意識すらなかったような気がするな。

 はっきり言って、昨日の放課後に慎太郎にからかわれるまでは女の子と付き合うという考え自体なかった。


「青臭いガキねぇ。そんな風には見えないんだけど」


「いつもは大人ぶってますから」


 霧崎もそんな俺を見て背伸びをしたい年頃なんだなと言って笑ったし。


「それはあるわね。でも、後悔したくなかったら自分の気持ちには素直になった方が良いわよ。これは先輩からの忠告」


 倉橋先輩はやけに説得力の籠った声で言い聞かせてきた。この辺は俺より長い人生経験がものを言うのか。

 でも、そういう倉橋先輩こそ男と付き合いたいとは思わないのだろうか。いや、思っても無理か。

 あの分厚いレンズの眼鏡とおかっぱの髪形を何とかしない限り。

 とはいえ、倉橋先輩も顔立ちは良いので、思い切ってイメチェンして見せれば、みんなもあっと驚くかもしれないな。

 少なくとも、俺は眼鏡を外した先輩の顔を見てみたい。


「その忠告はありがたく受け取っておきます」


「それが良いわね。そういう聞き分けの良いところは好感が持てるわよ、宮代君」


「はあ」


「そんな間の抜けたような顔はしないの。褒めてあげた私に失礼でしょ」


 倉橋先輩は子供をあやすように言って、言葉を続ける。


「とにかく、理由としてはつまらないけど、異性と付き合うのが面倒だって言うのは分かるわ。私も今は男子と付き合いたいなんて全然、思わないもの」


 それはさばさばした倉橋先輩らしい物言いだった。


「でしょ」


 共感を得られて何よりだ。


「ま、高校生の恋愛なんて、漫画やアニメの世界で描かれるような素敵なものじゃないってことね」


 倉橋先輩の言う通りだな。

 一生、後悔するような羽目にならないためにも、こと恋愛に関してはしっかりと現実を直視した方が良いだろう。

 軽はずみな恋愛をしたせいで、どん底を味わった人間はテレビでも良く出て来るし。ああいうのは他人事ではないと思う。


 とにかく、転校生の話はこれ以上、しないで欲しい。それでなくても、あの教室の空気は心が痛むものがあるし。


「そっか…。やっぱり、誰かと付き合うって面倒なことなんだ…」


 桜井は意気消沈したような表情で言った。

 これには、何か悪いことでも言ってしまったのだろうかと俺は自分の言動を振り返ってみる。

 そして、恋愛に対して否定的なことを言ったのが悪かったのかなと思った。

 幾ら控えめでも、桜井だって俺と同じ年頃の女の子なんだし、誰かと付き合いたいと思うことくらいあるだろう。

 その願望に期待が持てなくなるようなことを言われては顔色も沈むか。


「…」


 俺は桜井の様子を見て、何を言って良いのか分からなくなり黙ってしまう。が、気まずい空気が漂う前に倉橋先輩が口を開く。


「さあ、さあ、関係のない話はこれくらいにして、新聞作りをするわよ。私も昨日は一人で色々と調べてきたんだから、宮代君と桜井さんも気合を入れなさい!」


 倉橋先輩は部室に漂う空気を入れ替えるように言った。それから、プリントした紙の束を俺と桜井に渡してくる。

 それを見て、俺はひとまずルーシーのことは頭の片隅に追いやることにした。




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