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二日目・火曜日➁

〈二日目・火曜日 謎の転校生➁〉

 

 ホームルームが終わり休み時間になった。

 でも、転校生のルーシーに話しかける生徒は誰もいなかった。みんなルーシーのあまりの美しさに尻込みしているようだった。

 男子たちは見惚れたような顔をしているし、女子たちは何だか嫌な感じで近くの友達とヒソヒソと話している。

 みんな遠巻きにルーシーを見るだけで、彼女に対しては何のアクションも起こせずにいた。

 なので、教室全体に陰鬱とも言えるムードが漂っている。

 そんな教室の空気を吸い込んでいる俺も、まるで心にニガヨモギがあるような錯覚に囚われていた。


「まさか、転校生があんなに可愛い女の子だったとはなぁ」


 慎太郎が情けない顔で俺に話しかけてくる。それを受け、孤立することの辛さを分かっている俺は少し憤りを感じてしまった。


「積極的に声をかけてみるんじゃなかったのか。さっきまでの威勢の良さはどこに行ったんだよ?」


 俺は当て擦るように言った。

 心の中では自分のことを盛大に棚に上げて、何でみんな話しかけてやらないんだよと呟いてもいたからな。

 てっきり、休み時間が来れば、ルーシーの前にはたくさんの生徒が詰めかけるものだと思っていたし。

 なので、こういう村八分のような状況は予想してなかった。

 ひょっとしたら、みんなも外国人と言うことを差し引いても、ルーシーは普通の人間とはどこか違うと思ってしまったのかもしれないな。

 ま、このクラスに魔力を感じ取れる人間はいないだろうけど。


「意地の悪いことを言うなよ。彼女は俺なんかが軽々しく声をかけられるような女の子じゃない。そんなの見りゃ分かるだろ…」


 慎太郎も自分の器を弁えているようだった。自分は脇役に過ぎない…と、こいつも悟っているのだろう。

 もちろん、俺は自分をちゃんと主人公にできているなどと思っているわけではないが。


「そうか。でも、こういう空気は嫌いだな、俺は…」


 まあ、俺も人のことは言えた義理じゃない。

 ただ美しいというだけでルーシーに話しかけられないみんなの卑屈さを糾弾する資格なんてないのだ。

 でも、この胸の内に沸き上がる苦い感情は理屈じゃないし、だからこそ、誰かに八つ当たりしたくもなってしまう。

 とにかく、このクラスの連中はみんな負け犬だ。

 特に女子なんて逆立ちしてもルーシーの可愛らしさには適わないと思い知らされていることだろう。

 なので、何とも敗北感を感じているような顔でルーシーを見ることしかできない。


「一人、ポツンとする辛さなら、お前も知ってるからな」


 慎太郎の言葉に、俺も忘れていた種類の心の痛みを思い出す。


「そうだよ」


 でも、ルーシーの感じている辛さはかつての俺の比ではないように思える。何せ、衆目に晒されているような不快感も伴っているんだから。

 俺もポツンとすることはあっても、クラスメイトたちの視線を一心に集めるようなことはなかったからな。

 それは空気のような扱いと言えるけど、その方が視線を集めてしまうよりかは遥かに気が楽だ。

 だから、俺も友達がいない時期を何とか耐え忍ぶことができたんだけど。


「俺も相手が女子じゃなかったら、堂々と手を差し伸べるような言葉もかけることができたんだが…」


 女子だからこそ、慎太郎の出番じゃないのかと言いたくなる。無類の女の子、好きが聞いて呆れるぞ。


「とんだチキンだな」


 俺は棘のある言葉を口にしていた。


「言ってくれるぜ。でも、そういうお前は声をかけられないのか?」


 慎太郎のその言葉に俺も鼻の頭を指で掻く。


「無茶言うな。こと女の子のことでお前にできないことが、俺にできるわけがないだろ」


 まあ、威張れることじゃないけどな。

 幾ら生意気な口を叩いても、結局、俺は何もできやしないのだ。それが自分に対する自己嫌悪にも繋がっているし。

 とんだチキンなのは俺も同じだ。

 とはいえ、誰も見ていないところでなら、彼女には話しかけてみたいな。

 やっぱり、あの魔力の大きさは気になってしょうがないし、退魔師としては無視できないものがある。


「そりゃそうだ。お前は超が付くほどの奥手だし」


 慎太郎は湿っぽい空気を振り払うように笑った。


「ああ。でも、度胸がないだけさ。俺はこういうことに関しては特に臆病なんだ…」


「そっか。ま、そういうのは別にお前だけじゃないさ。俺だって臆病なところはたくさん持ってるし」


「本当か?」


「本当だよ。でなきゃ、あんな可愛い女の子を一人ぼっちにさせたりはしないだろ」


 慎太郎は意外とも納得とも取れる言葉を口にすると、話を仕切り直すように口を開く。


「まあ、とりあえず、もう少し様子を見よう。昼休みになったら状況も変わるかもしれないからな」


 慎太郎は希望的観測を持たせるように言った。

 それを聞き、俺もそうなってくれれば自分の心も針で刺されたようにチクチクと痛まなくて済むんだけどな、と思う。

 が、結局、昼休みになってもルーシーに話しかけられる生徒は現れなかった。

 いつもなら明るい昼休みの教室の空気も昨日までは考えられなかったような、何とも重くて居心地の悪いものになったし。

 幾ら外国人とはいえ、たった一人の女子生徒が教室全体の空気をここまで変えてしまうというのは、かなり異様だ。

 まあ、それだけルーシーが無視できないほどの存在感を放っているということなんだろうけど。


 一方、ルーシーは昼休みになっても何も食べずに、ただ机の上で教科書を読んでいた。

 その横顔は周囲の動揺を他所に涼しいものだったし。

 少なくとも、表面上は精神的な辛さのようなものを感じているようには見えなかった。

 でも、トイレとかは大丈夫だったのだろうか…。

 俺は彼女から漂って来る強い魔力と、超然とした表情を見て、虫の知らせと言うべきか、嫌な予感を感じずにはいられなかった。



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