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二日目・火曜日➀

〈二日目・火曜日 謎の転校生➀〉


 少し肌寒さを感じさせる朝になると俺は寝ていたソファーから身を起こした。それから、体に掛けられていた薄いタオルケットを取る。

 枕元には喧しく鳴り響く目覚まし時計があったので、それも止めた。

 もし、これが昔だったら、朝は母親が必ず起こしてくれたので、目覚まし時計など無用の長物だった。

 でも、今は違うし、うっかり二度寝することなんてできない。

 学業だけでなく、生活態度でも問題を抱えるようになれば、即、退魔師の仕事は辞めさせられることになるからな。

 それだけに、俺も遅刻や欠席は絶対にしまいと心掛けている。

 実際、塚本学園に入学してから今日まで、ずっと無遅刻、無欠席だったし、成績表にもその間の俺の生活態度は大変よろしいと書かれていた。

 その生活態度は退魔師の仕事をしている間も崩れたことはない。

 もっとも、俺の両親は生活態度が良いくらいで安心してくれるような、楽天的な人間ではないが。

 だからこそ、色んな面で信頼を勝ち得る必要がある。


 とにかく、こんな風に事務所の中で迎える朝は、もう一年以上も続いている。でも、慣れてしまえば悪くない。

 むしろ、自宅にあったベッドより、この革張りのソファーの方が寝心地が良いくらいだからな。

 時々、首が痛くなることもあるけど。でも、それすら心地良く感じられる時がある。

 さすが、百万円近くもしたという外国製のソファーだけのことはあるな。やはり、高いものは使い勝手も良い。

 俺はそんなソファーから立ち上がると、びっしりと黒い汚れがこびりついた古いガスコンロの前に行って火を点ける。

 壊れかけているガスコンロなので、安全のために火力は中くらいに調節してヤカンの水を沸騰させた。

 俺は沸かしたお湯で砂糖多めのコーヒーを入れると、それを口の中に含んだ。それから、駅前のコンビニで買っておいたサンドウィッチも齧る。

 そして、飽き飽きした味が口の中に広がるのを感じると、俺は何とはなしに事務所の天井を仰ぐ。

 しばし空虚な時間が続いた。

 すると、また自宅にいた時のことを思い出してしまう。

 自宅で暮らしていた頃は朝食も毎日、母親が作ってくれていたし、あの頃は炊き立てのご飯と焼き魚があたかも当然のように用意されていた。

 だから、それを思い出すと無性に寂しくなるし、手作りの料理なんて恋しくならないさ、と高を括っていたのが馬鹿みたいに思える。

 こんなことなら、一人で暮らさなければならなくなる前にしっかりと料理を憶えておけば良かった。

 俺も料理を作るのは嫌いじゃないし。その上、料理やお菓子を作る授業が多かった家庭科の成績も良い方なのだ。

 なら、美味しい朝食を用意することだって、やってできないということはないはずだ。

 もちろん、手間はかかるけど。でも、手間を惜しんでいたら料理なんてできやしない。

 何にせよ、母親がいれば面倒もなく済んでいたことがたくさんあるのだが、もう、それを懐かしがるのは止めないとな。

 俺は全てを承知した上で、ここでの生活を選んだのだから。今頃になって、その選択を後悔するようなことがあってはならない。


 俺は一人、事務所の窓の傍に立つと本日、二杯目のコーヒーを飲む。

 こうして事務所の窓から見える景色を前にしながら飲むコーヒーは何だか感慨深いものがあった。

 事務所はビルの三階にあるので、そこそこ良い景色が眺められるし。

 なので、まるで映画やドラマの登場人物になったようにも感じられるし、ちょっとハードボイルドだ。

 これでタバコがあればハードボイルドとしては完璧なのにと思うけれど、俺は未成年だしタバコの臭いや煙も嫌いだった。

 でも、事務所の天井は祖父が長年、吸っていたタバコの煙のせいで、色が汚らしく黄ばんでしまっている。

 まあ、このビルも相当、古いし、たぶん、そう遠くない日に建て替えられることになるんだろうな。

 そうなったら、どこに退魔師事務所を構えようか。

 お金はかなり貯まっているし、その気になればどんな場所にだって良い造りをした事務所は構えられる。

 もっとも、今の事務所と同じくらいの愛着が持てるようなものになるかは分からないけど。


 俺は朝食を済ませ、コーヒーを飲み終えると、制服に着替えて事務所を出る。

 それから、値打ち物や骨董品がたくさんある事務所に泥棒が入られると困るので、入り口のドアにはしっかりと鍵をかける。

 俺がビルから出ると、周囲は閑散とした空気に包まれていた。

 夜遅くまでやっている居酒屋や服に染み付きそうな臭いを漂わせる焼き鳥屋もシャッターが閉まっているし。

 それは、人だけでなく、建物も眠っているように思える。

 でも、夜になると刺激的に見えるビルの集合看板だけは、まだチカチカと光を放っていた。

 俺はビル群の路地を抜けて駅の真ん前にある交差点に出る。

 すると、そこには制服姿の学生やスーツを着たサラリーマンのような人たちがたくさん歩いていた。

 まるで、人間の人生そのものが交差しているようにも見える場所だし、通行人たちは大きな横断歩道をいそいそと渡ると、みな駅の中へと消えていく。

 雑多な駅前ではあるが、朝に見られるこうした光景は俺の心を何だか清々しいものにさせてくれるのだ。

 駅の向こうには、まだ見ぬ世界が無限に広がっているようにも思えるし。

 こんなに近くに駅があるのだから、俺も頻繁に電車を使えば良いのだ。なのに、俺が電車に乗って他所の町に出かけることは滅多になかった。

 夏休みになったら、電車を使っていろんな場所に行ってみることにしよう。

 こんな田舎町から出ようとしないのは、若い俺にとっては何だか健康的とは言えない気がするし。


 俺はとりあえず駅には用はないので、学校のある方角へと歩いて行く。

 それから、学校に辿り着くと、廊下に漂う新鮮な朝の空気を吸い込みながら、そのまま教室へと向かった。

 そして、既にかなりの数の生徒がいた教室の中に入ると、席に着いて肩の力を抜くように息を吐く。

 すると、いつもの日課のように慎太郎が話しかけてきた。


「おはようさん、圭介」


 慎太郎は相も変わらず陽気な声で朝の挨拶をしてきた。こういう挨拶を煩わしく感じる時もあるけど、さすがに嫌な顔はしない。

 挨拶の大切さは俺も人との繋がりを重んじる祖父に教わっていたし。


「おはよう」


 俺は欠伸を噛み殺しながら言った。

 別に眠いわけではないが、窓の外に広がる雲一つない真っ青な空を見ていると、なぜか欠伸がしたくなるのだ。

 やっぱり、五月晴れの空は良いものがあるよな。この空がどんよりと曇ってしまう梅雨なんて来なければ良いのに。


「今日はいつになく冴えない顔をしているな」


 慎太郎は俺の机に手を置きながら言った。


「そうか?」


 探りを入れられているような言葉を投げかけられた俺はとりあえず惚ける。慎太郎との会話ではとにかく惚けていれば追及の手はかわせるのだ。

 慎太郎もつまらないと思ったら、すぐに話題を変えるし。


「家を出る前に顔くらい洗ったんだろ。鏡を見た時に自分の顔を見なかったのか?」


「見たけど、自分的にはいつも通りの感じだった」


 だから、おかしなところは何もないと鏡の前に立った時も思ったし。


「その顔で?他人どころか自分のことにすら鈍いって言うのは、ちょっとまずいと思うぜ」


 この言葉には、つい、お前に言われたくないわ、と言い返してしまいそうになったが。


「かもな。まあ、昨日は夜遅くまで親戚のアルバイトがあったから、たぶん、そのせいだと思う」


 寝たのは夜中の二時頃だったはずだ。

 でも、あのくらいの時間に寝るのは別に珍しいことではなかった。なのに、いつになく冴えない顔をしているのは、やはり精神的な疲れか…。

 俺はこと退魔師の仕事に関わることには殊更、敏感になろうとするが、他のことには割と鈍感なところがある。

 そこら辺はあの霧崎からも指摘されていたし、だからこそ、慎太郎にすら精神的な疲れを見抜かれることになるのだろう。

 とはいえ、中間テストも終わったばかりだからな。テストの結果もまだ分かっていないし、無理に精神的な疲れを我慢する必要はないはずだ。

 少なくとも、慎太郎と話している時くらいは自然体でいないと。でなきゃ、身はともかく心が持たない。


「そっか。だけど、寝不足は良くないぞ。子供にとって一番、大切なのは睡眠だからな」


 慎太郎は教師ぶったような口調で言い聞かせて来る。


「そのくらい分かってるよ」


「本当か?なら、夜遅くのアルバイトなんて止めろよ」


「それができれば苦労はしない。でも、そういうお前は毎日たっぷり寝てそうだな。いつ見ても顔色が良いし」


 慎太郎がげっそりしているところは俺も見たことがない。

 元気だけが取り柄だと言ったら失礼かもしれないが、慎太郎の一番、良いところはそこだからな。

 こいつが憂鬱そうな顔をしているところは想像できない。


「当たり前だろ。俺はゲームは好きだが、夜更かしはしないタイプなんだ。ゲームのせいで体調を崩したなんてことになったら、口うるさい親に何を言われるか」


 慎太郎は親の顔でも思い出したのか、鬱陶しそうに言った。


 ま、今の俺にはうるさく言ってくれるような親はいないからな。だから、自分の面倒は自分で見るしかない。

 それは、何かあっても、自己責任という生活と言って良かった。


「でも、うるさく言ってもらえる内が花だと思うけどな」


「かもな」


「お前の話を聞いてると親のありがたみが良く分かるよ。やっぱり、親との関係は大切にしなきゃ駄目だよな」


 俺も時が来たら、拗らせてしまった親との関係は修復しようと思っている。でないと、取り返しのつかない後悔が待っているだけだ。


「それはちょっと大げさだと思うが」


「そうでもないさ…。とにかく、俺の心配なら無用だ。お前に言われるまでもなく、健康にはちゃんと気を遣ってるからな」


 慎太郎には色々と言われてしまったけれど、実のところ俺は普通の人間よりも遥かにタフだ。

 体の中にある生命エネルギーを自由自在にコントロールすることができるからな。

 なので、生命エネルギーを上手く活用し、少し眠るだけで無駄な疲れを残さないようにすることもできる。

 とはいえ、それでも疲れてしまうのは、退魔師の仕事が体だけでなく精神的な面でもハードだからだろう。

 精神的な疲れは幾ら特殊な力を持っていても癒すことはできない。


「それなら良いが。でも、何というか最近のお前は、見ていて痛々しく感じられる時があるんだよな…」


 慎太郎はしんみりとした声で言った。


「気のせいだろ?」


 そう言いつつも、なぜか胸の奥が疼くようにズキッとした。

 俺の抱えている事情など何も知らないはずの慎太郎の言葉が正鵠を得ているような気がしてしまったからだ。


「そう思えれば、こっちも気が楽なんだが…。とにかく、あんまり一人で抱え込み過ぎるなよ。そういうのは心だけじゃなくて、体にも悪いぜ」


 慎太郎は俺のことを心から気遣うように言った。


「なら、何かあった時は、お前に相談することにするよ」


 慎太郎じゃ相談できることも多くはないだろうけど。

 でも、そのことで慎太郎を軽視するつもりはない。慎太郎の存在に支えられている部分が大きいことは俺も認めているからな。


「それが良い。話すことで楽になることもあるだろうからな」


「ああ」


「ま、俺に何か大きな悩みができた時は、お前も聞いてくれよ」


「お前に悩みねぇ」


 俺の含むような言葉に慎太郎はムッとする。


「幾ら俺がガサツに見える男でも、悩みができることくらいあるんだぞ。ただ、誰かに話さなきゃならない程、その悩みが大きくないだけで」


 慎太郎は珍しくナイーブさを見せるような顔で言った。その顔が俺にとっては何だか擽ったく感じられる。


「そっか」


 何だかんだ言っても、慎太郎も俺と同じ年頃の少年だからな。悩みがない方がおかしいか。


「まあ、俺が言いたいのはそれだけだし、とりあえず、話題を変えるぞ。…俺が掴んだ情報じゃ今日はこのクラスに転校生が来るらしい。それも、男子には嬉しい女の子だぜ」


 慎太郎は一転して愉快そうに笑った。

 こいつは幅広い人脈を生かした情報網を持っていて、この学校のことなら俺なんかよりよっぽど詳しいのだ。

 人付き合いが得意だと、本当に色々な情報に通じることができる。あの霧崎のように。


「女の子の転校生だって?」


「そうだよ。しかも、外国からやって来たって聞いてるし、一体、どんな子なんだろうな?」


「俺に訊かれても困るけど」


「でも、外国人の女の子なら絶対、可愛いよな。これでブロンドの女の子だったりしたら最高だぜ」


 慎太郎は鼻の下を伸ばす。

 その分かりやすい性格の言葉を聞いて、俺も苦笑する。

 でも、外国人だから可愛いって言うのは、先入観の持ちすぎなんじゃないのか。そういうのは物語の世界だけだと思う。

 それに、外国からやって来たということしか分からないなら、転校生は必ずしも慎太郎が喜ぶようなアメリカやヨーロッパの女の子とは限らないだろうし。

 ひょっとしたら、ただの帰国子女の日本人かもしれないぞ。


「俺はブロンドより落ち着きのあるブルネットの髪の方が好きだけどな」


 もっとも、俺が一番、好きなのは日本人だからか普通の黒髪だけど。

 なので、今まではあまり意識してこなかったけど、あの桜井のような艶やかでサラサラした黒髪は好きだと思えるな。


「確かにブルネットも悪くないよな。自然な色っぽさがあるし」


「だろ」


「ああ。ま、このクラスの女子はどいつもこいつも女の子としての魅力に乏しいから、誰がなんて言おうと俺は期待するね」


 慎太郎の言うことにも共感できる部分はある。

 人間、容姿の良さに救われることが多いのは俺も知っているからな。俺だって自慢じゃないけど、自分の容姿はそれなりのものだと思っているし。

 あの祖父も自分を物語の主人公のようにできる容姿は大切だと言っていた。

 今でも祖父の熱の籠った声は思い出せる。


 何があっても自分を主人公とすることから逃げてはいけない。もし、逃げればその人間には暗く、惨めな末路しか待っていない。

 今の世の中、自分を脇役にしてしまう人間がなんと多いことか。

 そういう人間の中には平気で人を傷つけ、犯罪を犯せる者がたくさんいる。

 そのような者たちは、もはや、脇役からも逃げ出したただの悪役だ。ただの悪役は人の心を踏みにじることしかできない。

 だからこそ、逃げるな。

 自分を主人公とすることを止めなければ、例え血を吐くような思いをしても、まっとうな人間に留まることができる。

 そして、そういう人間は自分でも気付かない内に、周りの人間を勇気づけたり、幸せにしたりしている。

 その素晴らしさは、きっと何物にも代えがたいものだろう。

 そして、その代えがたいものは、きっと自分を含めて多くの人間を救ってくれるはずだ。

 だから、何度でも言うぞ、自分を主人公することから逃げるな。例え、途中で挫けそうになっても諦めるな。

 そうすれば、どんな未来だって切り開ける…。


 そう力説した祖父の言葉は今にして思うと、かなり小っ恥ずかしい。でも、俺が精神的に弱った時なんかは、その言葉が良く心の中で木霊するのだ。

 他にも祖父から教わった言葉は多い。

 ホント、祖父は格言のような言葉が好きな人だったよな。

 その影響をもろに受けてしまっている俺は、果たして自分の道を歩んでいると胸を張って言える日が来るのだろうか。


「なら、俺もその転校生とやらに期待してみるかな。気分転換に」


 俺は口の端が緩むのを感じていた。

 まあ、こういう時に冷めた態度を取ってしまうのが、俺の悪いところだからな。なら、たまには熱い心を持ってみるのも悪くはない。


「それが良い。もし、本当に可愛い女の子だったら、俺も積極的に声をかけてみるし、その時はお前も付き合えよ」


 今日の慎太郎は本当に生き生きしてるな。水を得た魚とでも言うべきか。転校生の女の子のことでここまで盛り上がれるとは。

 でも、今日は俺もその盛り上がりに、とことん乗ってやろうじゃないか。こういうイベントは滅多にあるもんじゃないし、楽しんだ者が勝ちだ。


「構わないぞ。たまには俺も男だってところを見せてやる」


「そうこなきゃ」


 慎太郎は実に良い笑みを浮かべた。


 その後、俺と慎太郎は打って変わって今度はゲームのことについて話し始めた。

 俺は慎太郎のゲームに関する蘊蓄を適当に聞き流しながら、朝のホームルームが始まるのを待つ。

 いつも通りの日常がそこにはあった。

 そして、十分ほど経つと外国からやって来た転校生とやらが現れる時間になる。


「みんな席に着け。今からこのクラスにやって来た転校生を紹介するからな」


 みんなが固唾を呑んで見守る担任の教師の横には一人の女の子がいた。明らかに日本人ではない。

 美しい金色の髪を童女のようにツインテールにした女の子だ。

 そんな女の子は背はあまり高くないが手や足は長くて、スタイルはまるでバレエのダンサーのように良く見える。

 肌も透けるように白いし、瞳は宝石のサファイアのように青く輝いていた。顔立ちの方も人形のように端正で、可愛らしさという点で言えば、浮世離れしていた。

 彼女を見たみんなも呆気に取られたような表情をしている。

 でも、高校生にしては、少し幼く見える。

 実際、高校生どころか、中学二年生くらいにしか見えない。外国人だから、年齢に違和感を感じてしまうのだろうか。

 もっとも、世間的には外国人より日本人の方が幼く見えがちだと言われているんだけどな。

 つまり、その理屈は万人に当て嵌まるわけではないということか。

 ま、人間なんて十人十色だし、当たり前か。

 いずれにせよ、女の子には興味の持てなかった俺でさえ心を奪われてしまうような絶世の美少女が教壇に立っていた。


「イギリスのロンドンからやって来た、ルーシー君だ。みんなも仲良くするように」


 うだつの上がらない担任の教師はテンプレートのようなセリフを口にする。まあ、この教師に気の利いたセリフを期待するのは間違っているだろう。

 問題なのは緊張した様子もなく、済ましたような顔をしている転校生の方だ。

 この転校生にはいかにも儚げな表情が似合いそうなのだが、実際に浮かべているのは豪胆とも言える表情だ。

 何も恐れてはいないと目力の強い瞳も語っている。その瞳の輝きには俺も魅入られるものがあった。


「ルーシー・シルヴァースです。日本の学校に通うのは初めてなので、至らない点もあると思いますがどうかよろしくお願いします」


 澄んだソプラノのような声がルーシーの声から発せられた。それを聞いた俺は随分と流暢な日本語を話すんだなと驚いた。

 不思議なほど違和感がないし、日本の学校に通うのは初めてでも、日本にいた期間は長いのかもしれない。


 でも、俺が驚いたのは話し方の点だけではなかった。ルーシーからは強い力を感じるのだ。

 この力の系統は魔力だと思う。

 主に外国の魔術師が持っている力だ。

 祖父の知り合いには外国人の魔術師もいたので、俺も過去にこの系統の力は感じ取ったことがあった。

 だけど、この力の大きさは何だろう。

 あの羅刹に匹敵するような力の大きさを感じるし、はっきり言って、人の身で持てるような力の大きさではない。

 この少女は本当に人間なのか。


 俺は肌がピリピリするものを感じながら、ルーシーの挙動を観察した。

 すると、ルーシーが宛がわれた席に着く際、目が合った。一瞬ではあるけれど、視線が絡み合う。

 向こうも俺が持っている力を感じ取ったのだろうか。

 俺は何だか胸騒ぎを覚えながら担任の教師がいつもの定例事項を告げ終えるのを待った。



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