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一日目・月曜日➃

〈一日目・月曜日 退魔師の日常➃〉


 俺は路地を抜けると、外観が特に薄汚れた雑居ビルの中に足を踏み入れるようとする。

 その雑居ビルは一階が貴金属の買取りをしている店で二階がマッサージ店、四階が雀荘になっていた。

 ビルからは何とも雑多な空気が漂って来る。

 少なくとも、子供が用があるようなビルには見えない。が、そんなビルの三階に俺が住んでいる退魔師の事務所があるのだ。

 もちろん、両親の住んでいる自宅は別の場所にある。


 俺はビルの狭くて薄暗い階段を上って行く。

 それから、宮代退魔師事務所という年季の入った金型のプレートが貼り付けられているドアの前まで来た。

 俺はポケットから鍵を取り出すと事務所のドアを開けて中に入る。

 空気がガラリと変わる事務所の中は、まるで映画やドラマなどに出て来る探偵事務所のような様相を呈していた。

 立派なデスクや革張りのソファーがあり、分厚い本を収めている本棚や時代を感じさせるキャビネットがある。

 他にも壁には堂々とした字で書かれた書簡が貼りつけられていたり、怪しげな雰囲気を漂わせる掛け軸なども飾られていた。

 部屋の隅にも、考えられないような高値が付いている骨董の壺があるし。

 あと、物騒な日本刀などもあるので、そういうものからは、そこはかとなく裏の社会の臭いがした。

 とにかく、この事務所は死んだ祖父が俺に遺産として残してくれた大切な場所だ。

 だから、俺も強い愛着がある。

 ただ、このビルのオーナーは祖父ではなく、俺の遠縁の人だった。祖父も生きていた頃はオーナーとは良く酒を酌み交わしていたからな。

 ついでに二人は麻雀が好きだったので、四階の雀荘にも一緒に入り浸っていたし。

 でも、俺はまだ子供だし、賭け事も苦手なので、今のところは雀荘には入らないようにしているけど。

 一方、一階の貴金属の買取り店は、俺も仕事の関係で入ることがある。退魔師の仕事では、お金以外の物も報酬として受け取ることがあるからだ。

 なので、そういった物を現金に変えたい時には、貴金属だけでなく色んな物を買い取ってくれるあの店は便利だった。

 まあ、さすがにマッサージ店は若い俺には用がないな。

 祖父は良くマッサージ店で背中に灸を据えたりしてもらっていたけど、健康な俺にはその必要はないし。


「さてと、霧崎さんが来るなら、お茶とお菓子の用意をしとかないとな…」


 俺はそう呟くと、事務所の中を歩いて、これから来る英国育ちの霧崎のために紅茶とお菓子の用意をする。

 この用意がしっかりできていないと、霧崎の機嫌が斜めになりかねないのだ。だからこそ、紅茶も雑に入れて、その味を落とすわけにはいかない。

 そして、お湯を注いだティーポットから紅茶の良い香りが漂い始めると、事務所の入り口のドアをノックする音が聞こえて来る。

 なので、俺も急いでドアの方へと駆け寄った。


「待たせたな、圭介君」


 ドアを開けると、そこには二十代半ばほどの女性がいた。キッチリとした女物のスーツを着こなしていて、まるでビジネスウーマンだ。

 その上、女性の顔立ちは綺麗に整っていて、お世辞なく美人と言えた。セミロングの髪形も良く似合っているし、その上、体のスタイルも抜群。

 なので、さぞかし男には好かれることだろう。

 実際、彼女が町を歩けば男なら思わずといった感じで振り返ってしまいそうだ。


 とにかく、この女性こそ、この町にいる退魔師や祓い屋たちに仕事を斡旋している仲介屋、霧崎なのだ。

 俺と死んだ祖父にとっては、古い馴染みである。


「今日はどことなく浮かない顔をしていますね、霧崎さん」


「君にもそう見えるか」


「ええ」


「だとしたら、君も大分、観察力が身についてきたということだ。けっこう、けっこう」


 そう言うと霧崎はズカズカと事務所の中に入り、何の遠慮もなくどっかりとソファーに腰を下ろした。

 彼女のこのような振る舞いはいつものことだ。なので、俺の方もいちいち気を悪くしたりはしない。

 そんな霧崎だが、死の間際にいた祖父に俺の面倒を見るよう頼まれたらしい。

 だから、退魔師としての力は備わっていても、この業界で生きていくための知識が欠けていた俺は彼女から様々なことを教わった。

 ちなみに、霧崎というのは通り名のようなもので、彼女の本名は俺も知らない。

 でも、イギリスの大学を十四歳で卒業したという異色の経歴は聞いているし、とにかく、優秀な女性なのだ、霧崎は。


「今日の夜は合コンがあるんだよ。私は合コンなんて行きたくはなかったんだが、日本の大学院にいた時の先輩に誘われてな。断り切れなかったんだ」


 ま、やり手の女社長のような霧崎にチャラチャラした合コンは似合わないよな。

 実際、彼女が嫌う軽薄な男がその肩に手をかけようものなら、柔道の技のように投げ飛ばされかねないし。

 屈強な男すら捻じ伏せる霧崎の腕っ節の強さは大したものだし、こういう女性と付き合うことになる男は苦労するな。


「それでこんな時間に事務所に来たんですか?」


 霧崎が来るのは大抵、朝か夜と決まっていたからな。だから、今日はどうにも中途半端な時間だった。


「その通りだ。ひょっとして、まずかったかな?」


「ええ。さっきまで部活があったんです。でも、あなたからのメールが来たから切り上げるしかなくて」


 おかげで倉橋先輩に借りを作ってしまった。それも、新聞の記事を三つも書かなければ返せないという高い借りだ。


「それは悪かったな。ま、退魔師をやっていれば、そういう日もあるということは憶えておくと良い」


「そうですか」


 合コンで大事な仕事の話をする時間が変わるなんて、無茶苦茶な理屈もあったもんだな。

 でも、結局、俺は霧崎には頭が上がらないのだ。彼女は一人っ子の俺にとって実の姉にも等しい存在だからな。

 もし、彼女がいなければ、俺は退魔師のことに関しては誰にも相談することができなかっただろう。

 だからこそ、俺も彼女に支えられている部分は大きいし、そこには一角の感謝をしているのだ。


「それにしても、君ももう高校生なんだな。そりゃ、部活くらいやるか」


 霧崎は俺が入れた紅茶をすすりながらしみじみと言った。


「はい」


 俺が闇の世界の水先案内人ともいえる霧崎と初めて会ったのは八歳の時だ。なので、もう付き合いはかれこれ五年以上になる。

 月日が経つのは早いと俺も思うけれど、霧崎の態度や物言いは昔から変わらないな。

 たぶん、この先も彼女の俺への接し方が変わることはないと思う。


「で、何の部活をやってるんだ?私が予想するに、退魔師の仕事にも生かせる剣道部だと思うんだが」


 剣道と良く間違われる剣術は生きていた頃の爺さんが教えてくれた。俺は神剣使いの退魔師だし、剣の腕はどうしても必要になるのだ。

 なので、木刀を持たせれば、大人の男が十人がかりで襲って来ても返り討ちにする自信があった。


 一方、霧崎もイギリスの大学ではクリケットと掛け持ちするような形でフェンシングをやっていたらしい。

 イギリスのジュニア杯で優勝したこともある彼女のフェンシングの腕前は今でも相当なものだと聞く。

 機会があったら、フェンシングをやっているところを拝見させてもらいたいな。


「違います」


 俺が木刀を振るっていたことを知っている人間は大抵、学校では剣道部に所属してるんじゃないかと想像するんだよな。

 でも、その想像はいかにも短絡的だ。たぶん、そういう人は剣道と剣術の区別が付いていないのだろう。


「ふむ、予想が外れたか。けっこう自信があって言ってことなんだが」


 霧崎は釈然としない顔で言った。


「残念でしたね」


 さすがの霧崎でも、俺のやっている部活を当てることはできなかったか。

 ま、それができたら、心を覗く能力も持っているということになるから、益々、下手なことを口にするわけにはいかなくなる。

 闇の世界で生きる人間の中には、特殊な力を持つ者も多いのだ。


「なら、一体、何の部活をやっているのか、君の口から教えてもらいたいな」


「それって、教えなくちゃ、駄目なことなんですか?」


 俺は難色を示すように言った。


「別に駄目なわけではないが、私は君の身の回りのことを一通り知っておく義務があるし、差支えがないなら教えて欲しい」


 霧崎はケチをつけることができないような、模範的な尋ね方をする。

 彼女は俺の保護者のようなものだし、こういう風に言われると俺もこの人に隠し事はできないなと思わされるのだ。


「なら、言いますけど、ただのミステリー研究会です」


「ほう、第一線で活躍している退魔師が学校のミステリー研究会に入ったわけか。それは何だか滑稽で面白いな」


 そう言って、霧崎は悠々と笑った。

 彼女のこういう魅力的な笑顔を見ていると、彼氏の一人や二人はいてもおかしくないように感じられるんだよな。

 やっぱり、闇の世界で生きているような人間だから恋人も簡単には作れないのだろうか。

 それとも、男勝りの性格が恋人のような存在を許容しないのか。

 ま、俺としては霧崎がいつまでも独身でいてくれた方が嬉しいんだけど。


「全然、面白くないですよ」


「そうなのか?」


「はい。まあ、滑稽という部分は否定しませんけど」


 でも、熱心に世の不思議を追いかけている倉橋先輩に、自分がやっている仕事のことを明かせないのは後ろめたさを感じるな。

 彼女がどれだけ俺が身を置いているような世界のことを知りたがっているかは良く分かっているつもりだし。

 その思いに応えられないことには、俺も忸怩たるものを感じているのだ。


「じゃあ、なぜミス研になど入ったんだ?」


「そう尋ねられると、困るとしか言いようがないんですが…」


 俺は言葉を濁した。すると、何かにつけて察しの良い霧崎の言葉が剣の切っ先のような鋭さを帯びる。


「だが、幾ら退魔師とは言え、お遊びで世の不思議を追いかけているミス研など君の趣味ではないだろうに」


「全くもって、その通りです」


 霧崎も俺という人間を良く見ているな。さすがに何年も付き合ってきたわけではないか。


「なら、是非ともミス研に入った理由を聞かせてもらいたいな」


 霧崎の目がギラリと光る。こういう時の霧崎に嘘や誤魔化しは通用しない。


「爺さんが退魔師をやっていたことをミス研の部長に嗅ぎつけられたんです。それでミス研に入部するよう脅されて…」


 倉橋先輩のあの押しの強さには、俺も適わなかった。


「そいつは穏やかじゃないな。だが、君自身が退魔師の仕事をしていることは知られてないだろうな?」


 霧崎はこっちが縮こまってしまうほど、ドスの利いたような声で問いかけて来る。

 まるで極道の女だ。


「は、はい」


 こういう勘繰りをされると分かっていたから、俺もできることならミス研のことは言いたくなかったのだ。

 話の流れとは言え、つい不用意なことを口にしてしまったな。


「それは良かった。はっきり言って、退魔師や祓い屋の世界は世間で思われている以上に危険なものだからな。普通の子供を巻き込んだりしたら、大事に繋がりかねない」


 霧崎はこれまでに何度も繰り返してきた言葉を説教じみた口調で言った。


「その辺りのことは、重々、理解しているつもりです」


「だが、理解していても、どうにもならない時があるのがこの世界の怖さだ」


「その怖さは常に忘れないようにしています」


 だからこそ、子供の理解者は一人も作れないのだ。

 そこに息苦しさを感じているのだが、まあ、その程度のことは我慢して見せるしかないだろう。

 俺だって、この業界ではプロと呼ばれるような人間になったのだから。だったら、甘えは捨てないと。


「なら、私としても安心できるな」


「だと良いんですけど…」


 俺は本当に霧崎を安心させることができているのだろうか。彼女はいつも俺のことを持ち上げるようなことを言ってくれるけど。

 でも、それが彼女の本心かどうかは分からない。人間、身内のような相手にはどうしたって甘くなってしまうからな。


「そんなしょぼくれたような声は出さないでくれ。君が良くやっていることは私も知っているんだから」


「でも、俺はまだまだ未熟です」


「君よりも未熟な退魔師や祓い屋はたくさんいるよ」


「だけど…」


 俺がいつまでも弱々しい態度を取っていると、霧崎もイラっとしたのか急に顔つきを険しくして口を開く。


「君は自分が優秀な人間だということをもっと自覚するべきだな。もし、違うというなら私だって君に仕事など回さないよ」


 霧崎の声には有無を言わさぬ強さがあった。

 優秀だという言葉は、身内贔屓などではなく、極めて客観的な評価だということか。

 まあ、優秀な人間には多くのものが求められるのが世の常だし、確かに霧崎の言ったような自覚は必要なのかもしれない。


「それもそうですね」


 自分を卑下している内は、一人前の退魔師とは言えないのかもしれないな。なら、もっと自分に自信を持たなければ。

 それが霧崎に余計な心配をさせないことに繋がるというなら尚更だ。


「ああ。それと、話は変わるんだが、君が頼んでいたアルバイトの求人は祓い屋組合のホームページに載せておいたぞ」


 その話を聞いた途端、俺の心も明るくなる。なので、霧崎に向かって、少しオーバーに頭を下げていた。


「ありがとうございます」


 俺はこの事務所の掃除や電話対応、あとは俺の身の回りの世話などをしてくれる人をアルバイトとして募集していたのだ。

 元々、この事務所には祖父の代から務めていたお婆さんのハウスキーパーがいた。

 でも、その人は三か月前に腰を悪くして仕事を辞めてしまったのだ。

 だから、一人でこの事務所を維持していくことの難しさを感じた俺は仕方なくアルバイトの募集をした。

 もちろん、一般人は閲覧することすら叶わない会員制の祓い屋組合のホームページなので、募集を見て来てくれる人は俺の仕事に理解がある人だけだ。

 故に、俺も若くて美人の女性が来てくれるなどとは思っていない。

 とにかく、働く気がある人は、今週の日曜日の夕方にこの事務所に来てもらうことになっている。

 まあ、面接は受ける方だけでなく、する方も緊張してしまうな。


「なに、礼など良いさ。君はまだ高校生だし、一人で暮らすのは何かと大変だろうからな。余裕を持って仕事をするなら、家政婦の一人くらいは雇った方が良い」


「ですよね」


 俺は我が意を得たりと言った感じで笑った。霧崎も紅茶の入っていたティーカップを空にすると、相好を崩す。


「ま、私的には紅茶を入れるのが上手い人に来てもらいたいんだが。そうすれば、この事務所に来るのも楽しみになるし」


「そう都合良くはいかないと思います。所詮はアルバイトですから」


 霧崎の舌を満足させられる紅茶なんて、喫茶店のマスターくらいでないと入れられないんじゃないだろうか。

 そんな人がこの事務所に働きに来るとは到底、思えない。


「確かにな。だったら、君もせいぜい良い人間を雇うことだ」


「俺も人を見る目は養って来たつもりです。ですから、明らかに悪い人を雇ってしまうことはありませんよ」


 お金を払うのは俺なのだ。役にも立たない人間に、お金をくれてやるほど俺はお人好しじゃない。


「それは心強い言葉だな」


「はい」


 俺がそう返事をして笑うと、霧崎の目が急に翳った。

 その瞬間を俺も見逃さなかったし、彼女がこんな感じの目をする時は大抵、良くない話が始まる前触れだ。

 長い付き合いだし、こういう時の俺の予想が外れたことはない。


「そうそう、君はテレビのニュースはもう見たかな?」


 霧崎は妙に白々しい顔で尋ねて来る。


「まだですけど」


 紅茶とお菓子の準備に忙しくて、テレビを点けている暇などなかった。


「じゃあ、君はこの町にある大霊石が壊されたことはまだ知らないんだな?」


 霧崎は俺がまだ耳にしていない話を持ち出して来た。なので、俺も不穏なものを感じ、ゴクリと唾を飲み込む。


 ちなみに、大霊石というのは塚本の地に昔からあった特殊な力を持つ石だ。

 見かけは三メートル以上もあり、縦に長いタイプの石で、角は丸みを帯びている。

 表面はゴツゴツしているけど、大きなへこみやでっぱりはない。

 綺麗ではないが、形は良く整えられている石なのだ。

 そんな大霊石はまるで偉い人の墓石のように、崇められている石でもある。だから、大霊石の近くには、良く花や食べ物のお供えがされたりする。

 また大霊石のある場所に来ると元気が出たり、病気が治ったりすると言われていて、巷ではパワースポットとしても知られていた。

 とにかく、そんな石が塚本市には六つもあるのだ。

 しかも、六つとも全く同じ大きさと形をしているんだから、あの倉橋先輩に言わせればまさにミステリーだろう。


「そんな話は全く知りませんでしたし、正直、驚いています」


「君もニュースくらいは見るべきだぞ」


「ニュースなら普段から見るようにしているつもりです。ただ、今日はその暇がなくて」


 情報収集は俺の役目ではないが、それでも最低限、テレビのニュースをチェックすることくらいはしなければならない。

 だから、俺も夜のニュースは毎日、欠かさずに見ている。


「そうだったか。ま、大霊石が壊されたことを報じたのはお昼のニュースだからな。学校にいた君が知らなくても無理はないか」


「ええ」


「なら、夜のニュースはちゃんと見ると良い。その時にはもっと色々なことが明らかになっているかもしれないからな」


 そう言うと、霧崎はこめかみに指を這わせる。彼女にしては何とも悩まし気な仕草だな。

 実際、この件では彼女も頭を悩まされているのかもしれない。


「そうですね…。でも、大霊石のおかげで、強い霊気を色々な場所に行き渡らせることができているのに、それを壊すなんて…」


 はっきり言ってしまえば、大霊石の力は単なる噂や迷信ではない。

 大霊石には強い霊気が絶えず流れ込んでいるので、この町の寺や神社以上に人体に影響を与える力があるのだ。


「ああ。大霊石の価値はこの町にとっては計り知れないものがある。しかも、その恩恵を一番受けているのは我々のような霊や妖怪と関わる人間だ」


 退魔師や祓い屋は霊気をエネルギーとした力も使うからな。

 大霊石を壊したのは、その価値が分からない奴だろうか。でも、もし、分かっていて壊しているとしたら、その目的は何だ?

 霊気を必要としている者たちへの嫌がらせか?


「俺も霊脈の中心地から大霊石までは、霊気の大きな通り道ができていて、その通り道にほとんどの神社や寺が建てられてるって、爺さんから教わりました」


 大霊石は霊脈の中心地から、まるで畑や田んぼに水を引くかのように霊気を引き寄せている。

 大霊石があるからこそ、大きな霊気の通り道ができているのだ。

 もし、大霊石がなければ、大量の霊気は霊脈の中心地にだけ集まることになる。それでは、霊気を効率的には使えない。

 霊気をこの町の色んな場所に行き渡らせるには大霊石の存在は必要不可欠なのだ。


「その通りだよ。とにかく、あんな大きくて頑丈な石を木っ端みじんに打ち砕くなんて、人間業とは思えない」


 大霊石は相当、頑丈な石だし、それを木っ端みじんに破壊するなんて、人間なら爆弾でも使わなければ不可能だろう。

 でも、こんな田舎町で爆弾を使うような過激な人間がいるとは思えない。となると、人外の存在の関与を疑わざるを得なくなる。


「だとすると、妖怪の仕業ですか?」


 妖怪でも大霊石を破壊するのは容易なことではないはずだ。また、妖怪は大霊石を破壊する理由もない。

 霊気は妖怪にとっても、妖気ほどではないにせよ、エネルギーの源となるものだからな。

 そのエネルギーが絶たれては、さぞ困ることになるだろう。


「分からん。だが、この件に関しては既に他の祓い屋たちが動いている。だから、君は何かしようなどと思わなくて良い」


 霧崎の言葉は暗にこの件には首を突っ込んではならないと言っているように聞こえた。

 いや、首を突っ込むなと言いたかったから、この話題を切り出したのだろう。

 やっぱり、俺は本当の意味では霧崎からの信頼を得られていないのかな…。


「はい…」


 俺が大霊石を破壊した奴は何を考えているんだろうなと思いながら返事をすると、霧崎は気を取り直したように口を開く。


「さてと。じゃあ、そろそろ君に斡旋する仕事の話に入ろうか。私もお茶を飲みながら駄弁りにここに来たわけではないからな」


 そう言うと、霧崎は打って変わったキリッとした表情で、俺に斡旋する仕事の話を始めた。



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